LV125
朝。
「起きろー」と、ボギーに叩き起こされ、私が包まっていたタオルケットをひっぺがした。私が目をしょぼしょぼしてれば「おはよ。今日もいい朝ね!」と、いつものように明るく元気なご様子で、そのまま窓辺に干している……ボギーたんってば、すでにいいお嫁さんね。
昨日はふたりで、どうすれば素の自分を出せるのか~と相談をし合って盛り上がったけど、答えは出ずじまいだ。まぁ、そうお手軽に格好良くはなれないものね。
「なんだかフレイには格好悪いとこ見せてばっかだね」
なんて、照れくさそうに笑われたので「そんなのいいよぉ。むしろ、わたしの方が格好悪いとこばっかだしぃ」と、謙遜した。
が、真顔で「そういえばそうね」と納得をされてしまった……え、そんなことないよぉ。って、否定してくれる流れじゃないの?
確かに日頃からお腹出して寝たり、暴食したりするけども。ボギー様の目から見た私の生活のただれ具合は尋常ではないらしい。
そしてふたりで教室に赴けば「やぁ、子猫ちゃんおはよう」と、不審者ならぬジョシュアからの声掛け事案が発生した。
俺は頬を引きつらせつつ「オハヨウゴザイマス」と、おざなりに言って、鞄をドカッと机に置いた。アァ、鬱陶しいったないわ。お巡りさんこいつです。って、交番に駆け込みたいけども、この世で頼れる公権力はおらず、俺にデキうる対処法なんてのは無視、シカとぐらい。
だが、妹と面の皮の厚さでは世界一を争うのか、ジョシュアは俺の席にまでついてくる。
「フゥ、まだ私の贈った制服を着てくれないのかな。パーティの日に見たキミは、とても輝いていたよ。あれを一夜限りの夢として終わらせず、どうかもう一度見させてくれないだろうかな?」
「………… …………」
……言葉もない。夢なら寝て見ろよ、とアドバイスを送りたいが、素直には聞いてはくれないだろう。無念。
「ハハッ、意固地なキミも素敵だよ。いつか、夢が現実となるまで待つとしよう。まぁ、代わりといってはなんだが、今日の放課後、私と付き合ってはくれないかな。ちょうど、いい食事を出す店をキープしてあるんだ。そこで、ふたりで一緒に――」
「…………あのなぁ」
勝手に人の予定を指図するなよ。と、啖呵を切ろうと思いきや、
「いい加減にしてください!」
バンッと前の席にいたボギーが机をたたいて立ち上がった。振り返ったその目つきは、キッと鋭くジョシュアを見据えている
……ぼ、ボギーたん?
「フレイは迷惑してるってさんざん言っているじゃないですか! 毎日、毎日女子につきまとって恥ずかしいと思いません? 学院は女子を口説く所じゃないの。いい加減、自分の教室に戻ってください!」
「ハァ? ……キミは貴族の私に意見をする――」
「貴族だとか関係ございませんでしょ。ってかなに? 貴族だからって、他所の家の侍女にヘラヘラと色目使っていいわけ? 大体、先輩の睦言って、はたから聞いてたら気色悪いですよ!」
「気色悪いだとぉ!?」
と、ジョシュアは心に拭い難いダメージを受けたように絶句した。
ボギーはとどめを刺すように「この教室の皆が思っていることです。もういいから、その制服を持って帰ってください!」と、ショックを受けたままのジョシュアを教室から追い出した。
その場のクラス中が、あんぐりと口を開けてるなかで、ボギーはフン、と腰に両手をあててひと仕事終えたわって感じに自慢げだ。
「……ありがとう、ボギー」
「うん!」
と、呪いのアイテムを祓ったようにボギーは、晴れやかな笑顔で頷いた。
「ハハッ、ダッセェなルクレールの阿呆兄貴! てんで大したことねぇじゃん」
「ぼくらも見たかったよね、その場面」
ジャンとニコラはまったく役に立たなかったくせに、愉快な風に肩を揺らかせて笑った。
「ルクレール兄粉砕記念!」と、称して俺たち四人で中庭に集まり、購買のパンを買いあさってのパーティナイ!
まぁ、主役のボギー様が呼べないのでいまいち締まらないのだが、しかし、シャナンを渦巻く陰謀に巻き込みたくもないので、しょうがないのよね。感謝の気持ちは帰ってから改めて伝えよう。
「しかし、ボギーの雰囲気は変わったな。前はもっと落ち着いたというか、物静かな感じだったのに」
「……へぇ、鈍感なシャナン様がお気づきになられるとは。明日は雨かな」
「どういう意味だよ」
その意味のままですがね。
ジョシュアに切れたのもそうだけど、ボギーは変わったよね。
学院では、伏し目がちだったり澄ました顔の方が優秀な侍女っていう雰囲気があって、ボギーもそういうしきたりに習って、喜怒哀楽を出さないようにしてた。
けど、教室でも寮で俺と話すときと同様に、明るい笑顔をしてバカ話しにも付き合ってくれるようになって、そこはかとなく我が教室も騒々しくなったかな。まぁ、いままでひとりでに騒ぎを独占してきた、テオドア一派は渋い顔をしてたけど。いい気味でござる。
……後は、肝心のシャナンの前では盛大にドモらなければいいんだけどな~。
「……まぁ、なんにしても明るいのはいいことなんだが、無理してなければいいけれどな。ボギーは張り切り過ぎるきらいがあるし」
「シャナン様がそんな気遣いをするなんて。明日は槍が降りますね」
「だからどういう意味だよ!」
だから、その意味のままですってば。と、ニヨニヨと生暖かい視線を贈ると「ったく」とシャナンは悪態をついて、ライ麦パンを喰いちぎった。
「ここは村と違うって言ったろ。家族とも離れて暮らすことはなかったのに、あれだけジョセフに懐いてたんだ、寂しい思いをしてたってふしぎないだろ。だから、オマエの方から気遣ってやってくれればいいってだけなんだ」
「……そういうことは、当人に言ってあげてくださいよ」
「いや、余計な気遣いをして、妙に寂しい思いを呼び覚ますかもしれないし。なら日頃、親しいフレイに聞いた方が確実だろ?」
……この阿呆勇者様は真顔ですっとぼけたこを。乙女心がまるでわかっちゃいないわ~。いい? そういう気遣う心は、本人に言ってあげなきゃ相手に伝わらないの。たとえボギーの心内がわからなくたって「あ、シャナン様がこんな風に思っていてくれたのね!」って、それだけで、乙女心はキュンと小動物を〆殺すようにイチコロなのに。
……ま、シャナン様にはこんな恋の初頭の技術でも、難しいんでしょうけどね~。
「オマエの方から気遣ってくれれば安心だ。って言ってるだけだろ? わからないなら、わかるヤツに聞けばいいって、それだけのことだ。それを鈍いだのなんだのって、人を罵って……意味がわからん」
「だぁかぁら! そういう気遣いをお見せするだけでボギーは安心するんだって!」
「どうしてだ?」
一から説明しなきゃわからんかっ、このおバカさんめがっ!?
鈍いにも程があるね。
「やっぱ、当初の予定通りに、ボギーとシャナン様のふたりだけ。なんてのは無理でしたよね~。こんな頼りない主の元じゃ、大事なボギーを預けられませんよ。ってか、わたしがいなかったら、淋しさで潰れちゃってたかも」
「よく言うよ。オマエこそよくよく寂しがって、手紙を何度も読み返してるって、ボギーに聞いたぞ?」
「……ハァ!? そ、そんなわけないし?」
それはボギーという乙女が生み出した架空の私ですよ!
「やかましい集いだと思ったら貴様らか……」
シャナンの腕に歯型を残してやろうか、と腕にへばりついたら、露骨なまでに不機嫌な声がかかった。
振り返ると、陰険そうな面構えのマッシュルームカットが、侍従たちを連れてきておる。あら、貴方様は辺境伯のバカ息子じゃん……えっと、名前は、レオナールだっけか?
「フン、久しぶりじゃねぇか。見ない顔もいるが、揃いも揃って野蛮で下賤そうなサルどもだな」
「ンだとコラァ!!」
「ちょっ、落ち着いてよジャン!」
そうそう。こんな小物に煽られたぐらいで切れるって、お腹均しにももったいないって。話しは学院じゃなくて、あっちの公園でもやれるんだから、行きましょ。がるると犬歯を剥きだすジャンを、ニコラと一緒に手で抑えると「目障りな我々は失礼致します――」と、軽く目礼したら、
「待て。オレの話はすんでないだろ。フレイ・シーフォ」
「……なんでしょうか?」
……こっちはアンタへの用事は皆無なんだよ。と、俺は引きつり笑いを堪えて、こちらを見下すように眇めた目を振り返った。このマッシュルームも大概、ねちっこい性格をしてるようだな。
「もしかして、まぁだわたしを侍女として迎え入れたい、と仰せで? ……もう、その話は済んだと思いますが?」
「ハン、いつまでもお高い所でヘラヘラしてられると思った大違いだぜ」
と、レオナールは鼻を鳴らしてせせら笑った。あっそ。じゃあ、なんの用事だよ。
「オレは……レオナール・ローゼンバッハの名において、貴様を――告発する」
……告発って。なんだ、そりゃ。
「ちょっと、仰る意味がわからないんですが――」
「慌てるなよ。オマエに懲罰を加えてやりたいのはオレだけじゃねぇんだよ。来いよ――ヒューイ・ラングストン」
と、廊下の奥に呼びかけた声に応えるように、青白い顔をしたヒューイの瞳が俺をしっかと捕らえていた。。




