LV124
私はステーキを追いかけている。それは夢だとわかる程、肉厚で巨大なものだ。それは円盤状の皿に乗っかり、「おいちぃよー」と、言っては、どんどん逃げている。
待て待て~、と、私は正しく阿呆の子となって、スキップしながら追いつめた私はついにあ~んとかぶりつくと、その寸前――
「フレイ朝だよ。がぉー」
と、心無い煽りにパチンと夢が弾けた。
私は素晴らしき夢の世界から追放され、大いなる失望に打ちひしがれつつ、布団の世界から不機嫌に顔を出して、ニヤつくボギー様を振り仰いだ。
「……ボギー。そんな台詞を言うのもう止めってって、昨日さんざんお願いしたでしょ」
「どーして? かわいいじゃない。がぉー」
「もう止めてったら!」
「ボギーちゃんの意地悪ッ!」って、叫んだら負けだと思うので、黙然と布団ごと被さるように迫ったら、寸でのところで避けられた。ちぃ!
「フレイが毎日ちゃ~んと、自分で起きれるんだったら、あたしもこんなこと言わなくてすむんだけどなぁ。がぉー」
と、ボギーはおちゃらけた風に手をニマニマと閉じたり広げると「にししっ」と笑って水差しを持って部屋を出て行った……その顔、かわいくねーっすよ。
……まったく、嫌な言質を取られちゃったわ。と、私はノロノロと身支度を整えつつも、独りでに愚痴った。
日頃、ボギー様にはさんざん揶揄われてはいるが、これほど頭が上がらぬ立場に陥ったのは初めてだ。これもすべて「がぉー」のせい。って、その穴を掘った挙句、キレイに埋め戻して更地にまでして差し上げたのは、他ならぬ自分なのだけど。
しかし、悪辣な大悪女ボギー様は、私が「がぉー」に反抗できないと見るや「宿題やりなさい。がぉー」とやって、私に言うことを聞かす脅迫材料にする。
あんまりにも腹が立ったので仕返しに「上目遣いに小首を傾げる」って、ボギーオシのかわいこポーズを披露してやったら、しげしげとこちらの顔を眺めて「……やっぱあざといか」と、私を揶揄うだけじゃなく、踏み台にまでされた。なんて無慈悲なお方だ。
ことほど左様に迷惑を被ってるのに、私の半径一メートル内は空前の「がぉー」ブームだ。
クリス様と久々に図書室でお会いした時、すでに入れ知恵された後か、出会い頭に「がぉー」と、やられ、為すすべなく机に突っ伏して笑われる。
廊下でたまたま出くわしたアルマにも「がぉー」と、嬉々としてやられ、裏で糸を引くボギー様の巨影に、思わず無言で睨みやったら「……あ、アルマはかわいくなかったですか?」と、半泣きにしてしまった。
「違う違う、アルマはめっちゃかわいいなぁ!」と、必死になって擁護しおえた後にも、なんなのこれ。と、くたびれていたら、突如現れたプリシス先輩も「がぉー」とやられる始末。
いや、先輩の場合はここは「にゃー」でしょ、と教練をしたらプリシス先輩はしばらく首をこてん、と横にしていたが素直に「にゃー」としてくれた。うん先輩、かわゆい。
そんな風に揶揄われるに任せていた私だが、淡々とボギー様への復讐の舞台を整えていた。
放課後。授業が終わり、鞄にノートや教科書を詰めてるシャナンの袖をつかむと「ちょっといいですか~」と、有無を言わさず廊下へと連れ出した。それを怪訝に目で追っていたボギーも同じように連れ出す。
「……なんだ、改まって話しとか」
「いやいや大したことじゃぁないんですけどぉ。ちょっとシャナン様からご意見を聞きたいと思いまして」
「ご意見って」
「……まさか!?」
と、ボギーたんは顔を青くした。グハハハッ、今更気づいてももう手遅れよ!
「そう。わたしが考案したかわいいポーズが、本当にかわいいのか、そのジャッジをしていただこうかなってね。さぁ、シャナン様。こちらのボギー様のかわいこポーズを思うが存分括目せよ!」
「はぁああっ!?」
バーンと、俺がどんぐり眼で絶句してるボギーを指さしたら「ちょ、ちょっと!」と、大慌てで俺の袖を引いてきた。
(……ちょ、ちょっとどういうつもり!)
(どうもなにもさっき申した通りですよ? 前の賭けは、あたしがかわいい、と認めたら、シャナン様の前でご披露してやる。って豪語してらっしゃいましたよね)
(……そ、そのあたしが言ったか、かわいいってのは、その発想が子供っぽくてかわいいって!)
(それでも、かわいい、はかわいい。つまりは正義は我にあり)
(嫌よ! そんなバカッぽいポーズを)
「やくそく、しましたよね」
「っ!?」
俺がなめくじのようにジト~っと迫った。ボギーも観念したのか「っかたわよ!」と、キレたように呟くと、すでに羞恥に染まった顔を、シャナンを振り仰ぐ、と、
「…………がぉー」と、消え入りそうな声で、ポーズをした。
プッ、ボギーたんかわゆ~い!
「まぁ、かわいい! ボギーちゃんかわいい! ねぇ、シャナン様よ~くご覧ください。あそこの手を丸めた感じが、とっても愛らしいでしょ?」
「……そ、そう、なのか?」
俺がはしゃいで同意を促せば、シャナンの眼が徐々に見開かれていった。あら、そんな括目するほどにかわいいってよ。ほら、ボギーたん笑顔、笑顔!
――って、私がふざけてられたのはそこまでだった。
「ボギー?」と、シャナンが怪訝な調子で呼びかけるのに、私も思わずボギーを見ると、真っ赤に染まった頬の色が目に宿り、眉尻が吊り上がっておられる。ギュっと引き結んだ唇は、噴火間近の活火山のようにぷるぷると震えている。
……あ、ヤバイ。これ、今世紀史上最大級のド怒りが。と私は身を縮めたのだが、ボギーのいからせていた肩がしゅんと縮まり、さっと身を翻して去って行った。
え?
……いまのは、泣いてた、よね。
廊下に取り残された俺たちはシーンとなった。
「……もしかして、僕が悪かった、のか?」
「そう――じゃなくって、いまのはわたしが悪いんです……」
……そうだよ。私がバカだったわ。いくら、揶揄われて頭にきたからって、好きな人の前で恥をかかすなんてルール違反だよ。悪ふざけにしても、こんなの最悪だ。
……だぁー、もう、私の阿呆ッ!
「すみません失礼します!」と、私はシャナンに頭を下げると、ボギーの鞄を持って寮へと走った。
ボギーはすでに帰っているらしく部屋の鍵が開いていて、それに少しくホッとした。
カーテンに閉められた部屋は薄暗く、かすかに塵埃が舞っていたが、部屋奥のベッドが、人の形に膨らんでいた。意を決してなかに入ると「ボギー」呼びかけた。
…………。
やっぱ顔も見たくないのかな。と、きびすを返しかけたら「フレイ。帰ったの?」と、ボギーがムクリと起き上がった。
「……ボギー、その」
「うぅん、いいの。そこ座って」
俺が示された所でおずおずと正座したら、ボギーは微かに笑って「そんなのいいよ」と、言った。
「……ゴメンね。フレイがあんな嫌がってたのに揶揄って」
「いや、いいんですよ。その時には腹が立ちますけど、最後にボギーが笑ってくれさえすれば、それでチャラなんですから……わたしの方こそ。すみません」
「……フレイは優しいね」
優しい、って私が?
「うん。いつもフレイは他の人のためにって、頑張ってるのに、あたしはいつも自分のことばかりだから」
「……そんなの買いかぶりですよ。わたしはエゴの塊みたいなもので……」
「そんなことないよ。フレイは走り出したらいつも周りの人を気遣ってくれる。でも、あたしは違う」
と、ボギーは栗色の髪をベッドに押し付けて、沈んだ声をした。
「……フレイの言った通り。あたしはいつもシャナン様の前では格好つけてばっか。本当のあたしを見せれない。隠していたかった……だって、本当のあたしは弱いし、ダメだし、ドジばっかだから。だからずっと昔から、不安だったの」
「……不安?」
「うん。シャナン様はいまよりもっと昔から、いつもあたしの憧れの勇者様で。でも、そんなステキなお方が、あんな小さな村にいつまでも留まってはいられないでしょ? 学院でもいつも周りに人がたくさんいて。だからいつも、勝手に、シャナン様に相応しい物はなにか、って、そう考えてきた。自分がシャナン様の隣に並ぶに相応しい存在になれれば、村から出て行ってもいつまでも追いかけていけるって。
”ひなびたクォーター村なんてシャナン様に相応しくない”村の娘だなんてシャナン様に相応しくない”って。
村おこしの時も、皆は村のためにって、考えていたのにあたしだけは成果をあげれば振り向いてもらえるかも。って、期待してた……シャナン様に対等に話してたフレイに勝手に嫉妬してた。
フレイに威張ってたのも、御守りをしてる自分が上に立っててるような気分になってた。そうすれば、シャナン様にもフレイにも追いつける気がして……ははっ、村から出てきたのに、あたしだけやってること、昔のままだね。ダメなままずっと変わらない……」
「そんなことないってば!」と、力なく笑ったボギーの手を掴んでた。
「……人に褒められたいとか認められたいとかって。普通に皆が思うことですよ。ボギーがダメじゃないって、近くにいる人は皆知ってるって!」
そりゃ癇癪持ちでドジっ娘で。ドーナッツの成形もヘタだし、さんざん踊りの練習では足を踏みぬかれたりした。でも、最後には踊れるようになったし、全部が克服してきてるじゃない! 私が飽きておざなりになった毎日の瞑想も、ボギーは魔術のためにってやり抜いてるし。そういうコツコツと努力を積み上げるって、凄いことだよ!
「引け目を感じることなんて最初っからなにもないんですよ。素のボギーがかわいいって凄いって、わたしが全部知ってるから。だから、そんな風に自分を卑下しないで……てか、わたしのなかでは、ボギーの地位は、シャナン様なんぞよりも、上なんですからね!」
「……フフッ、シャナン様よりも?」
「もちろんですとも!」
私は力いっぱいに頷けば、フッと笑顔のボギーがこちらの胸に飛び込んできた。
いぃっ!?
「ありがとう。フレイの前じゃ、あたし格好悪いとこ見せてばっかだね」
「……い、いや、べつに構いませんとも」
でも、あの抱き付くのはよろしいのですが、そのボギー様のお顔が私のふくよかな双丘に埋もれるってのは、ちょっとこそばゆいというか……私的には、立場が逆になりたい。まぁ、ボギー様の真っ平では、無理な話なんだが。
「…………フレイ~、なんかいやらしいこと考えてない?」
「え、ちょ、そんなことないよぉ。てか、むしろボギー様の方がいやらしいことしてるって感じですが?」
「バカッ……」
ボギーは私の胸のなかで含み笑ったように震えてたが、不意に顔を離して見上げた目は、まだ赤かったけれども、晴れやかな表情だった。そして「あたし、決めた」と、凪いだ海のように落ち着いた声音でそう言った。
「シャナン様の前でも、素の自分を出す!」
「……え、ホントに?」
「うん……それで嫌われるのはヤだけど、それでもそうする! もっと格好悪くても、格好イイ自分になる。フレイみたいにね」
「えぇ?」
……私みたいに、格好悪くて、格好イイって、それ褒められたのか? 端的にこき下ろされたような気がしないでもないけども。
「いいのよ。フレイがあたしの目標なんだから、乗り越えられる程度の壁になってもらわないとね」
「ソレやっぱ褒めてないでしょ!?」
苦い顔をしていたら、ボギーはクスクスと笑った……まったく、少し慰めたらす~ぐこき下ろすんだものね。まぁ、私如きで喜んでくれるのならば、いつでも立ちはだかる壁役になるのもやぶさかじゃございませんけどぉ。
「でも、素の自分を出すってどうしたらいいんだろう。ねぇ、シャナン様の時と、フレイといる時で、あたしってどう違う?」
「え、そりゃ――バッカじゃないの、ってこう手を広げるとか、そんな感じ?」
「……それじゃあ、シャナン様が相手だとそんな場面はないかもね」
「えぇ!? いやいや、前から思ってたけど、ボギーはシャナン様を買いかぶりしすぎだってば。普通にバカやってるじゃないの!」
「どこが?」
ボギー様はガチできょとんとしておられる。
……ヤーババイよ、この娘。シャナンの不手際やら、そのおそまつ君ぶりが目に入らないというか、零れ落ちていってんだね。いい、ボギーたん。素の自分を出すよりも先に、まずは人への評価をまっとうに正しましょう。シャナンはそんな崇め奉るような貴き存在じゃないわ。むしろ私に恋しちゃった方がいいと思う。
「これは二重にも三重にも重ねますけど、ほんとシャナン様なんて大したことないんですって。もっと、他にイケてる男性なんざ、月の数ほどいるんですから。たとえば、このわたし?」
「……や、貴女は女でしょうが。てか、月の数ってやっぱひとつじゃん」
いや、そうですけども、ほら、そこは言葉の綾というか、間違いね。げへ? でもでも、ステキなお方には性別の垣根を飛び越えてでも、飛び越えるのがいいんじゃな。って、な、なに? そんな熱い視線をして……
「うぅん、べつに……あたしはフレイに感謝してるけど、諦めないってこと。でも、まぁ、負けたら恨みっこなし、だからね!」
は、ハァ?
……恨みっこなしって、なんのこっちゃいったい。




