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LV121

「これからまた皆様とともに勉強励み、我が国にとって頼れる人材となれることを――」


 と、モーティス教諭のだみ声の訓示を受けて、気怠い授業のお時間となった。

 新学期が始まったといえ、俺のエンジンはかかる気もない。俺からしてみれば、授業もテストも子供の児戯に等しいレベルなんだもの。せいぜい暗記物だけに気を配れば、あいたたっ、な点数は取ることはないし、カリカリと、ノートを取るマジメ君を装いつつ、菓子スケッチのレシピ空想に耽る所存だ。



 そうして、気怠いだけの授業のせいではないが、シャナンの機嫌がすこぶる悪い。

 教室では、俺が授けたテオドア退治用の読書本を、ペラペラと繰っているだけなのだが、本の隙間から透ける表情はいつもより断然に渋い。

 そのお澄まし顔に、深~く眉間の辺りにシワを刻んでて、話しかけるなオーラがドライアイスのごとく可視化して見える。

 まぁ、元から機嫌がいいっていうタイプでも顔でもないんだけれどもこの不機嫌っぷりは尋常ではない。午前中を乗り切れば、ほとぼりが冷めるだろう、と注視してたが、潮が引くどころか、ますます悪化しておられるので、ちと心配。

 空気の読めなさでは、かくやというテオドアも、この半年間でシャナンをよく観察してるのか、あぁいう時には一切近寄らないのね……こちらとしては、幸いなんだが、今度は逆にボギー様が不安がるので痛しかゆしなのよね。



 シャナンの不機嫌の原因は、俺みたいに新学期が始まった、というよりジョシュア来襲によるものだろう。

 そう検討をつけた俺は、シャナンのご機嫌取りとガス抜きをするべく、中庭のランチの席でジョシュアの一件を探り探りに入れてみた。


「しかし、あのジョシュアって貴族はなんなんでしょ。こんな見知らぬ女子を相手に制服なんて贈りつけてきて。奇抜なのは格好だけじゃなく、脳ミソの方も逝っちゃってるんでしょうね」

「だろうな」


 チラッ、と俺がシャナンの顔を見れば、機嫌も変わらずちぎったパンを口に運んでる。


「あ~あ、制服の処分どうしましょ、こんなのわたし着たくないんですけどぉ……よければ、シャナン様着ます?」

「僕に預けられても、焼くか破くか捨てるか、売るかしかない」

「……処分一択じゃない?」

「だから、オマエの好きにすればいいだろってことだ。欲しければ使えばいいし、要らないんなら送り返せ」


 こちらの軽い冗談を切り捨てるように憤然と言うと、シャナンはちぎったパンで口をいっぱいにして席を立った。

 そんな、小さくなってくシャナンの後ろ姿にボギーが深々と溜息をついた。


「ご機嫌斜めね……まぁ、しょうがないと思うけど」

「ですね。ってか、あんな制服の一枚や二枚で、一々に機嫌を損ねてたら身が持たないでしょうに」

「それはそうだけど……フレイはなんでシャナン様が不機嫌だって、わかる?」

「もちろん。わたしだってジョシュア風情に「や~い、オマエン家は侍女に制服を買うお金すらないんだ~」と、侮られたらムカつきますからね」


 あのキザ野郎、ローウェル家を貧乏貴族だと侮りおってからに。

 ローウェル家の内情は苦しいのは事実だが、ボギーたんに制服を用意するぐらいの器量はお持ちですことよ!


「まったく、あのキザキザ野郎は人の肩に気安く触れやがってからに。いまに天誅を加え――ってなによ、ボギーたんその憐れな小動物を眺めるような目は」

「…………いや、フレイは男心もわからないんだな、って」


 なぁにその言い草!? てか、私はこう見えても元は男の子ですよ! プンプン!

 そんな風にボギー様にも侮られて大いに立腹した私ですが、これといってシャナンのご機嫌を取る手段も思いつかんな。アレはこじらせると長いから、ササッと解決したいんだけど。



 しかし、いまはそれも後回しよ。午後の授業に備えなければな。

 なんたって、午後は俺のももっとも苦手な、ミランダ女史の行儀作法のとくべつ授業が待っている。女史は俺らみたいな侍女にも身分の違いなく接してくれるが、その厳しさは折り紙付きだ。

 こんな学期初めにやるなんて、とブルーな気分の生徒が多いだろうが、おそらく学院は長期休みで緩んだ手綱を引く意味もあるんだろう……それを外部の先生にソレやらすなよとは思う……けど、あぁしかし、テオドアのヤツめが楽しみだ!

 陛下に「学院を私物化するな」と、こっぴどく叱られて、罰として侍女たちの受けてたミランダ女史のとくべつ授業に参加しろ。との、ありがた~いお言葉を授かったのを、私はしっかと覚えております。

 ゲヘヘッ、まさか、テオドア様も陛下の厚意に、ほっかむりして逃げるなんてできないよねぇ。と我ながら悪い笑顔をしつつ、クラス一同で離れへと向かった。

 ミランダ女史は相変わらずキビキビとした挨拶をして、その時、テオドアのヤツがおずおずと「ミランダ様、よろしいですか?」と、出て行った。

 

「あら、なんでしょうか、ルクレール様?」

「……実は、ミランダ様に、ワタクシから授業のことでお願いがございますの」


 テオドアはしゅんと俯いたままに、ミランダ女史の前に出でた。ミランダ女史はそれに怪訝な顔で「私の授業について、なんでしょう?」と、訊ねる。


「お恥ずかしいことですが、ワタクシは先のパーティの席で、淑女としての振る舞いが、色々と至らぬのではないか、と陛下から厳しいお叱りを受けまして……ミランダ女史から、ふさわしい振る舞いの教えを請うように、と申されましたの」

「……なるほど、陛下からそのような」

「ハイ、お恥ずかしいことです……」

「わかりましたわ。ルクレール様にも侍女としての習いを、始めから勉強をしなおさなければなりません。それでよろしいですね」


 かようにして惡は滅びるのよ。ガハハハッ! と、俺がほくそ笑んでおったら、くるりとテオドアが振り返ると――その顔は頬を吊り上げて不敵に嗤っていた。


「良かった。よろしいですわね、皆さん?」

「「「ハイ!」」」


 と、テオドアの言葉に教室の貴族の女子たちが全員一歩前に出て頷いた。

 ……ほわっつ?

 俺と同じく戸惑ったようにミランダ女史は怪訝と「これは、どういう?」と訊ねた。それに、テオドアはあくまで優雅ぶって、折り曲げた指を口に当てて微笑んだ。


「いいえ、ワタクシが貴族として至らぬ点があるのでは、と皆さんに思いの丈を告げて、ご相談をしてみたのです。そしたら「それは私の振る舞いにも自信がない」と、不安になられまして。”自発的に”ワタクシと同じように、ミランダ女史の指導を受けたいとお申し出になられましたの」


 ……こ、こいつ、至らねぇのは自分だけだってのに、学院の貴族女子全員にその責任をおっ被せてんのかよ! しかもさり気に怒られポジションから、恥を忍んでクラス生徒を思う優等生ポジにスイッチって…………な、なんてヤツだ。転んでもただでは起きぬテオドアさんかよ。



 俺は驚愕に打ち震えながらも、ミランダ女史の授業を受けた。そのメニューは新学期の受けた内容をおさらいだ……貴族様たちが全員”お客”役の侍従たちにお辞儀するとか、マジありえないんだけどね。

 そうして、ミランダ女史の授業が終わり、離れから出て行くと、テオドアが一派を引き連れて俺の前にやってきた。


「ローウェル家の方。まだお兄様の制服に着替えてらっしゃらないのね。奇抜なお恰好も、そう、毎日変わらないと飽きられるだけですわよ」

「……いえ、ルクレール様のご厚意に甘えるいわれはございませんですわ。先に頂いたプレゼント、すぐにでもお返しいたします」

「まさか、ワタクシに預けるって? ゴジョウダン。ワタクシは貴女のメッセンジャーにでもなったのかしら?」


 テオドアがそう冗談めかして肩をすくめれば、取り巻き共がオホホホッと笑った。だが、すぐにその赤い瞳がゆるりと細まると、後ろの連中も含めて冷たい笑顔になった。


「お兄様のご厚意には甘えない割に、王家の皆様の周りではウロチョロと徘徊しておられるのね。貴女ごときがあんな青いドレスを着られたら、ドレスの方が可哀想」

「――踊り相手に恵まれなかったお方は言うことが違いますわ~」


 と、間延びしたような声をして、ムン、と反り返る程に胸を張ったボギーが、俺たちの間に割って入った。

 ……ボギーたん?


「ウチのフレイの格好になにか瑕疵がございまして? あの娘のドレスアップを施したのあたしと姫様ですから。なにか為になるご意見がおありでしたら、いつでもお聞きいたしますけど?」

「……フッ、いえべつに? ただ、どう取り繕っても、ドレスの似合う似合わないはその当人の器量によりますからね」


 テオドアはツンとした顔でボギーの怒りを真正面から受け止めると、その表情をなぞるようにして睨んでいた。が「陛下のご厚意にすがって、増長しておられては、いつか足元をすくわれましてよ?」 


 と、テオドアは一派を引き連れて、離れから出て行くと、


「チッ、忌々しい女……」なんて、ボギー様がヤンキーのように舌打ちをした……うん、そういうボギーたんも怖いけど、庇ってくれてありがとね……。

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