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LV12

「商売、だと?」

「その通り! ま、この視察はさしずめ市場調査といったとこですかね……」


 どうだね恐れ入ったろう。市場の終わりまで粘れば、余りもの野菜貰えないかな~、と待つだけのウサギさんではないのだよ。

 ちっちっち、って俺は得意げにひとさし指を振ってやったのだが、シャナンは感心するどころか節足動物の恥じらう仕草を見たかのように世にも冷たい表情をした。


「……これだから女は。こんななにもない村でどうやって商売を起こすっていうんだか。無理なことぐらい少し頭を使えばわかるだろうに」

「なんですって!?」


 と、俺が凄んだのを、チラッと横目にしただけで呆れたようにかぶりを振った。

 ……ンだよ、こいつ。人のアイデアも知らんくせに、いきなり腐してきて。

 そりゃ見た目が子供な、俺如きが商売をやるって言えば、村の大人だって嗤うだろうけど。でも自分の領地や村まで貶めることないじゃん。


「嗤ったのが不満か? 僕は親切心で言ってるだけだけどな。叶わぬ夢を見て失望を抱くぐらいなら、最初からなにもしない方がマシだろ?」

「……それはそれは。ずいぶんな敗北主義ですこと」

「現実を見据えてるって言って欲しいな。僕は領主の息子だぞ。村の現状についてはだれよりも知っている」


 やれやれ、と肩をすぼめたシャナンは、まだ俺が不服に睨んでいたのに気づいたようで、唐突に「オマエ。そこまで言うなら、村の産業がなにかぐらいは知っているだろうな」と、言った。


「産業? そんなの知ってて当前ですよ……ほら、あそこの一角兎の毛皮ですよね」


 さっきボガードさんの店でも、おばさんが代金代わりに払っていた毛皮だ。

 アレは一角兎つって、猫より大きいサイズの兎形の魔物だ。

 その名の通り頭に一角が生えていて、魔物のくせに暖かな毛並みは貴族にまで珍重され、その鳥のささみのような味わいの柔肉も、街に下せば高値で取引される。

 ふさふさしてて愛らしい姿や、魔物にしては温厚な性格から、貴族のなかではペットとして飼う人もいたりして村では貴重な産業なのだ。


「そう一角兎。昔はこの村でも餓死者が後を絶たなかったらしいが、あの魔物のおかげで、なんとか生きていける状況だ……勇者が魔物に救われてるだなんて、皮肉もいいところだがな」

「……べつに、魔物を生業にする職業はたくさんありますよ。そんな後ろ暗い思いを抱かなくたって――」

「気遣いは無用だ。僕だってそんな道義を気にしてなんてないよ」


 と、俺の気遣いをサラッと退けた。


「村の産業がなんであれ、それで村が栄えるのなら魔物狩りでも諸手をあげて賛成する。僕が言いたいのは、買い付けにくる行商人の行動を見れば明らかだ。というだけだ」

「……どういうことです?」

「まだわからないのか?」と、シャナンはうんざりしたように額に手をやった。そして忌々しそうに面を上げると、その冷たい一瞥を向けた先には閑散とした市場だ。


「ウチの館に訪れる行商人は、勇者として名高い父様に会いにやって来る。オマエだって館ですれ違ったことぐらいあるだろ? その数は月に何十人も数えるほどにな。だが、その彼らがこの市場で姿を見かけたことは? 荷物を下ろしたことがあるか?

 答えは――0だ。

 行商人にはこの村に商売にやってこないんだよ。その意味がわかるか? 

 彼らにははなっからこの村にのことなんて眼中にないんだよ。ただ、父様に会いに来るだけ。この村の価値なんてなにもないんだ」



 ……あぁ、なるほどね。

 つまりウチの村がどうして貧しいかって、原因は物不足にあるのだ。

 衣料品から薬草の類に至るまで、市場に出回る商品は、農民が片手間に作った代物がほとんど。地場自産っていえば聞こえはいいが、それは単にこんなド田舎に商品を運んでくる人がいないからそうなってる。当然のことながら、その商品の質は言わぬが花。

 その上、村での生産のきかない生活必需品や、命の維持に必要な塩だって、領主様がわざわざ雇い入れた行商人に頼み、月に数回にやってきてもらってる有様だ。


 決して、商人が自主的に訪れないワケじゃないのにも、だ。

 流通が滞ってる理由。それは村で商売する価値もなく、また発展の兆しもない。

 ――そう、商売人のプロたちが見放してるって、シャナンは言いたいワケか。


 ……はぁ、英雄の統治する村だというのになんたる灰かぶり姫っぷりかね。村が物語のように美しくたって、だれの目に留まらなければ問題だ。ってことか。



「わかっただろ。村ではもうまともな発展なんて望むべくもない」

「……いや、だからって、簡単に村のことを諦めるんですか。第一村で暮らすわたしたちが諦めたら、村は永遠に変わりませんよ」

「だろうな。だが僕には関係ないことだ。成人したらこの村を出るつもりだからな」

「まさか、継承権を放棄なされるおつもりですか!?」

「それができれば苦労はしないさ」


 ……だよなぁ。シャナンには他に兄弟なんていないし、爵位の継承者は他にいないもの。


「貴族は勝手に継承権を放棄デキない……だから、僕はこんななにもない村に、一生を束縛されなちゃいけない。けど、こんなとこでなにも見ず、学ばず、何事も為さずだなんてゴメンだな。もう少し、後少し歳を取ったら村を出て……そうだな、父様たちにならって冒険者にでもなろうかな。そうして世界を見て回って、冒険を楽しんだ後なら、村に帰るのもいいかもしれないな」

「……でも、出ていった先がイイとは限りませんでしょう」

「べつに。ここでなければどこだっていいさ。確実に言えるのは世界にはなにかがある。でも、ここにはなにもない。空っぽだ」


 いつも恐怖心しか抱けなかったシャナンの双眸が、悲しそうに揺れていた。まるでどしゃぶりの雨に降られた黒犬みたいにで、痛々しくて見てられないぐらいに。

 だが、シャナンは暗い思いを発露して満足したように軽く溜息をついて「オマエもデキもしない夢なんて捨てて、少しはマシな将来設計でも立てるんだな」と、いらぬ忠告まで言って踵を返した。


 なるほどなー。スバラシイ人生設計を聞かせていただけましたわ。

 ――いい加減、耳触り過ぎて反吐が出る。



「勇者の子供はしっぽを巻いて逃げ出した、と」


 背中に嫌味をぶつけると、ザッと足が止まった。

 振り返った顔は当然のように不愉快に歪み、いままでにないぐらい怒りを露わにしてる。

 あぁ。図星をつかれたのがそんなに痛かったかな? 俺の言葉で気づかないぐらい不足だってんなら、なんどでも言うぜ。オマエは痛いよ。猛烈に腹がよじきれそうなぐらい痛いわっ。


「違いますか? 人には逃げるな戦えっ、と言っておきつつ、自分だけさっさとしっぽを巻いて逃げ出すんでしょ。さすがは名高い勇者様のご子息であらせられますこと。勇に勝りしヘタレっぷりでございますわ」

「……オマエ如きになにがわかるっていうんだ。オマエがなにを知ってるんだよ?」

「村人は無知だから、なにも言う権利はないと? ってか、村のこと諦めろ、とか言ってる貴方こそ、村のなにを知ってんですか?」


 黙って聞いてりゃ、ガタガタガタガタ、好き勝手なことだけ吐き捨てやがって。

 意識高い系君の泣き言ほどウザいもんはないわ。

 俺だって、村に感じる閉塞感ってのは感じてるよ。いつまでも、グダッてる日常が続くって思うと、ワーっておっ走りだして逃げ出したい気持ちもな。正直、村人にハブられてりゃこんな村なんぞ滅びちまえ、って何度思ったか知らない。

 でも、こんなしようもない村でも、それなりの人々が平和に暮らしてるんだぜ? マジメに畑に向かって、アントンみたいな阿呆たれの世話までして暮すってだけでもタイヘンなことだ。

 そんなガチな営みをしてる村民たちに上から目線で見下ろして、帰ってきたら後を継いでやるだぁ?


「貴方クォーター村を舐めきってんじゃないですか? まだ村は始まってもいないし絶望するほどに終わってもいませんよ。それが、冒険に飽きたら戻ってきて統治してやる――だぁ? ハッ! そんな半端な気持ちでわたしの村を統治されたくなんてありませんよ。わたしの村はわたしが守る!」

「……いい加減なことを言うなっ! 僕らがさんざん知恵を巡らせてもデキないんだよ。無理なんだよ!」


 はっ、まだ言うのかよ。ヘタレがどんだけがん垂れても怖かないね。


「デキますよ。村を変えることぐらいね。それを証明してみせましょうか」


 シャナンの眇めた目に負けぬよう俺は胸を張った。


「わたしはこれから村に新たな商売を起こすつもりです。もしも、シャナン様の言い分が正しければ、わたしが起こす商売だって、借金まみれの大地獄に陥るでしょうね。その時にならわたしも村のことを諦めましょう――でも、もしその商売が軌道に乗ったんなら、村を見捨てるとかいう妄言はその場で撤回していただきますからね!」


 俺は最後に不敵に笑うと、シャナンの返答も聞かずに無視して帰った。



 そうして家に帰りつくやに頭を抱えた。

 ……やっちまった。


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