LV120
――黄金に輝く夏休みが終わった。
始まった頃は永遠のように長く感じた夏が、過ぎ去ってしまうのはどーしてこんなにも短いんだろう……楽しい時は過ぎ去るのが早いというが、その速度はもはや閃光を凌駕する、異次元ワープに達してるんじゃないかしらん。おかげで、私の夏の記憶海馬を働かせる暇などてありやしない。
だって、私がいっくら頭を振り絞ったって、年上のお姉さんとの甘酸っぱい思い出や、虫捕りで遊んだ記憶、アサガオの観察日記すらもなかった。まぁ、そんな経験はしてないんだから、あったら逆に怖い妄想癖だけどね。
変わりに埋め合わせの記憶も、お昼寝して過ごしたり、寮生の皆さんにシカトされたり、ボギー様に叱られたりしただけ。冴えない日常。
うぅん、いいの! それでも!?
な~んの生産性もない無為な日々にあっても、そこに”夏休み”という単語が付け合わさればそれだけでとくべつ……。
だから、お願い待って、行かないで夏休み!
まだ、私はお昼寝もしたりないし、ボギー様に叱られたいの!?
これから、毎日を勉強に費やすとか、意地悪な同級生に絡まれる日々になんて耐えられないわ!?
「フレ~イ。もう朝よ、早く起きないと新学期初日に遅刻なんて嫌だからね」
「……うぅん、そんなのウソ。新学期なんて永遠に来ないの」
「現実逃避は止めなさい」
ボギー様に叱られてしまった。
……グヘヘッ、嬉しい。そこはかとなく夏休みの残り香を感じる……と、セミの断末魔のように夏を名残惜しんでいたら、ボギー様に姿見の前まで連れられた。鼻歌まじりなボギー様が、私の髪を丁寧に梳いてくれる。
「……毎朝、面倒なんだし程々で済ませていいんですけど?」
「いいの、あたしが楽しんでるんだから。こうして色々と試せるのは面白いじゃない?」
フ~ン、そんなものなんですか?
たしかに、毎日髪のセットも、バリエーション豊富に変えてくれてるのはわかるけど、でも、ご自分でも試せばいいのに。ボギーは私より童顔だし、髪質も違うんだから。
私はボギー様に髪を切るのをストップされて、肩甲骨辺りにまで髪が伸びたのに、ボギー様自身は、相も変わらず栗色のショートヘアを貫いている。
……まぁ、そのこだわりって聞けばきっと、シャナン様に褒められたから~。って惚気が始めるから、聞かないんだけどね。しかし、ボギーたんの惚気も凄いよ。アルマを窒息死させかけたベーグルだが、姫様たちには絶賛されたのに味をしめ、その日に早速、シャナンの元へと届けにいった。
そして、帰ってきた時には喜色満面といった笑顔で「美味しいって! ボギーは料理が美味かったんだな。だって~!」と、うっとりシャナンからいただいたお褒めの言葉を、いつまでも脳内をリフレインしてたようで、私に抱きついて力いっぱいに首を〆られたのはタイヘンに恐ろしかったです。まる。
寮のメシをたらふくに喰って、俺たちは登校路を歩いていった。夏休み期間にはセミの声しか鳴かぬ静かな通りが、一変して生徒たちの賑やかな声に占拠されている。
聞こえてくる華やかな声音でも、行き交う生徒たちの顔色は微妙に違うものだが、やっぱりバカンスを楽しんでたのが多いのかな。日焼けした生徒の数はやけに多い。
「ふぁ。きっと皆さまバカンスに耽ってたのでしょうね、いいなぁ。土産話も楽しそう。結局、わたしたちはサマーパーティの他、寮で寝過ごす毎日だもんね」
「そうね。でもやることなくって退屈だったわ」
「ね~、羨ましい……ン、待てよ。考えてみれば、シャナン様の元に押し寄せる令嬢様から、お土産がたんまりと貰えるのでは……グフフッ」
「涎出てるわよ」
「ぬぐっ!? ……って、出てないしぃ!?」
「まったく、現金なんだから」とボギー様のつれないお言葉に背を向けつつ、そっと口元を拭った。いいじゃない。お友達とのプレゼント交換なんて、想像するだけで楽しいでしょう? まぁ私の友達じゃないんだけどね!
「でも、あたしも村には帰りたかったかなぁ。おじい様にベーグルを食べて欲しかったし。おじい様はやわらかい物好きだから」
「次の長期休みにまで取っときましょうよ。冬にはなんか、小旅行でもいいから、暖かい土地にでも行きたいっすね~」
「……夏休みが終わったばかりで、もう冬休みの話し?」
いいのよ、ボギーたん!
楽しいことはなんでも、先取りしていかないと、時代に乗り遅れるっぺよ。
教室の扉を開けると、やはりこれも懐かしの光景というべきだろうか、お土産を片手にして勇者に群がる乙女さんたちに溢れている。
……フン、俺様が来たからには、君たちの天下はそこまでだ。俺は自分の席に鞄を放ると、少女たちの群れに「退いた退いた!」と無理くり分け入った。
すると、当然「な、なにするのよ!?」と、押された少女たちが、文句を言い募ってきたが笑顔で「お淑やかにお願いします、レディ?」と、口をふさぐとあっけにとられたように、後ろに下がった。
「シャナン様、ごきげんよう。今日は朝からお暇なようでございますね。実はこちらにご本を持って参りました。こちらをどうぞお楽しみになすってください」
「あ、あぁ?」
と、行ける土偶のように口を開けてたシャナンに、ボギーから借りた本を手に持たす。ささ、どうぞお読み薦めくださいませませ。と、目で訴えかけると、シャナンはおずおずと本を開いた。
それに満足して頷くと、俺に邪魔をされて目を剥いてる令嬢様たちに、「シャナン様はかようにお忙しいので、教室に戻りましてね?」と、軽やかにお辞儀をすれば、口惜しそうに俺を睨んで、すごすごと引き下がった。
クックック、上手くいったな。
我がアイテム「人除けの教本」により、シャナンは令嬢の攻撃ターゲット率が、ぐぐんと下がり、近寄ることもかなわない……。
(……ねぇ、フレイ? あんな風に蹴散らしちゃっていいの? 貴女の評判また悪くなるわよ)
(いいんですよ。どーせわたしの評判なんざ、最底辺なんですから。これもすべて、シャナン……というか、ローウェル家のためです)
そうだ。
俺はもう腹をくくった。
これからの、俺はどんなに令嬢様に煙たがられようと、お邪魔虫になろう!
とね。
前学期中は、シャナンに群がる乙女たちのなかに、腹に一物を抱えてるのを知りつつ、乙女心に遠慮して、邪魔だてしたりするのは気が引けてた。なかには本物の恋心を持って、近寄ってるのでは。と、思うと、少女たちの笑顔に怯んでしまってね。
……しかし、いまの俺様は、そんなぬるい考えは持たぬ。
むくりと起き上がったスライムがこちらに仲間になりたそ~にして見えても、その腹に一物があっては一大事。敵か味方か判断するに迷い、致命的な痛手を負う可能性があるのだ。
俺様もトーマスさんのお説教や、シャナンがきっぱり迷惑だ。と、断じているからには、もう遠慮はしない。その意思に反する者は、たとえ想いが本物であろうとしても近寄ってきた瞬間――敵だ。
べつになにも、シャナンが乙女たちにイチャコラされてんのが、腹立つ~!
という、思いなんて一切ありません。
シャナンがその想いに応えないと言う以上、恋が本物でも偽物でも、早めに終止符を打った方が先々のため、お互いのためです。
だから俺様も涙を呑んで、乙女たちの甘い夢に引導を渡して、とどめを刺すのだ。たとえば、勇者にみえてシャナンの正体が、実はホッケーマスクの殺人鬼だった!? という、驚愕の偽情報をつきつける、とかね。
それで諦めれば、やはり”勇者の血”目当てだったのね~、ですむし。それでも「この想いは本物なの!」と、殺人鬼を愛せると豪語されるヤンデレラ様は、違う意味で危険なのでこちらもやはり滅ぼす。怖ろしいけどね!
「……フレイ、そこまでシャナン様のために」
って、ボギーがジーンと感じ入ったように、平たい胸に手を添えて目を閉じた。
……いや、なんか誤解されてない? べつに俺は忠義心ではなくて、保身のために動いてるワケなのに。ま、いっか。ボギーたんの、俺への好感度がぐぃっと上がったゾイ!
「シャナン様、ごきげん麗しゅうございますわね」
その声に、ピクッとボギーの眉が揺れて、感激した表情がすっと色を消した。
――来たか、このダンジョンの最大のボスめ。
俺は笑顔を作りあげ、ゆっくりと振り返る。
「……おはようございます、テオドア様。申しわけございませんが、御覧のように我が主はご本を御読みになっておられます」
「あら、久しぶりに顔を合わせる学友を前に、そんな釣れないことを仰いますの。ワタクシにはお土産を渡すこともかなわないのかしら?」
「HAHAHA、ならば、わたしめがお預かりを致しましょう。なんなら、思い出を語る相手にもさしずめこのわたしが――」
「貴女の相手はワタクシではないわよ?」
なんだと? このフレイ様が相手では力不足だとでも……って、おい。その後ろで髪をかき上げやがってる赤髪って。
「ヤァ子猫ちゃん? パーティ以来だね」
「うげっ!?」
ジョシュア・ルクレール!?
……何故だ!?
隠れボスがこのダンジョンにエンカウントするなどおかしいだろう!?
と、俺が驚愕に目を見開いてるのに、ジョシュアはなにを勘違いしてかウィンクをしてきた。
「驚かせてしまったかな。いや、クリス様が登校されるのはまだだからね、それまでの暇つぶしさ」
「……そ、そうですか」
「そう。キミは夏を横臥してたんだね。ずいぶんと日焼けして元気なようだ。つましく咲く花よりも、その身に日を浴びて育つ健康な花の方が美しい……。キミのことだよ、わかるかな?」
「…………」
……うぜぇ。
なんだろう、このひと夏を越して、さらに臭みを増したウザさ。
パーティで振った記憶やら、陛下に叱られた記憶をすっぱりどこかへ放り出してのか。……ってか、さりげなく人の手を取ろうとしてくるのが、マジ迷惑。あっち行けし。
「あぁ、それよりも私から、キミへのプレゼントがあったんだ。受け取っておくれ?」
「は、はぁ」
なんだか、包みを渡されたけど、開けていいのこれ。
……てか、いますぐ返したいんだけど、しかし、開けもせず返すのは非礼か。ハァ、しょーがねぇな、ガサゴソ。
…………。
これ女子用の制服、だよね。いや「気に入ってもらえたかな?」なんて頭が沸いたようなこと言ってっけど、なんで、こんなもの貰わねばならんのだよ。あ、それともアレか。キミの女装癖を、面前で披歴しようってことなん?
「……あの、これはどういう?」
「どういうもなにもキミのために私が用意したんだ……可哀想に、女子なのに男の制服なんて着させられて。さぁ、遠慮することはない。これから、その服に袖を通して、大手を振って学院に通うんだよ?」
ジョシュアはウソっぽく涙をぬぐう仕草をしたと思うと、キランと笑顔で歯を光らせた。
……だれか、こいつにつける薬売ってください。
金貨100枚でも、俺はすぐ買いに走る。
てか、なぁにが可哀想にだ。俺は好きで男子服を選んでるワケで、こんな風に恩着せがましく服なんざ貰う理由はないね。ありがた迷惑も甚だしいっつの。って――ギャッ!? お、おま、人の肩に手を回しおって、触んなし!?
「……ウチの侍女に振れるのは止めてくれませんか」
と、本の隙間からこちらを伺ってたシャナンが、低い声音をして言った。
「おや、いたのかシャナン君かね。遠慮だなんて、キミが気を揉む必要はないよ。学院の制服は、おいそれと手の出せる値段じゃないからね。ハッハッハッハ」
「…………」
ガタッ、とシャナンが本を机に叩き付けて立ち上がった……や、ヤバ、あの顔怒り寸前、じゃね? ちょ、だれかシャナンを止めて!?
「あ、クリス様が参られたわ」
「なに?」
ジョシュアが、校庭に面する窓にへばりついた。そこにどうもヘンリック・ハミルトンの姿がいたのか「チッ、ヘンリーが!」と、吐き捨てると、俺たちに向かってニヒルに前髪をかき上げた。
「やぁ、すまないが私はこれで行くよ。テオドア!」と、テオドアを伴って、姫様の元へと向かった。
「よかったー、ちょうど姫様がきて」
「……助かったよボギー」
アレ、ボギーたんが気を逸らしてくれたのね。姫様には可哀想なことしたけど、とにかく助かった……。




