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LV117

 稽古終わりのシャナンの様子は大分おかしかったが、持ち上がった婚姻話に乗り気じゃないことだけは確かみたいだね。

 地位や名誉どころか、あ~んな美人な姫様まで付いてくるんだから、ウッシシ、と鼻の下を長~くしてもおかしくないであろうに、なにが気に入らないのだろう?

 てか、俺だったら甘~い誘いにホイホイ乗っかり、姫様と恋のロマンスに耽っては歯軋りするルクレール兄妹に「涙ふけよ」と優しく声を掛けて進ぜよう……て、そんな生温い生活をしてたら、あの女王陛下に即、寝首をかかれるだろうけどね。

 確かに、王配ともなれば煩わしいことがいままで以上に増えるよね。それに伴う責任も重大だ。それに、なにより鼻持ちならない貴族たちに一生を囲まれて暮らすっていう盛大なる罰ゲーム付きだと、やはりは躊躇する物があるかもね。




 俺とボギーはラザイエフ邸を訪ねると、今日も今日とて暇なトーマスさんが玄関までお出迎え。ラフな夏服のシャツ姿のまま、応接間を抜けてトーマスさんの自室に招かれたが、部屋は独身貴族らしく物が少なくて、なかなかキレイにしておられる。……例の物はやはりベッド下にあるのかしらん?


「フレイちゃん、そんなあら探しをしようとしちゃ、ダメだよ?」

「うふふっ、いえ、何分侍女の性分で、埃が気になっちゃって」


 俺らは空々しく応酬を重ねていたら、トーマスさんは表情を見せない笑顔をして、


「まぁ、ボギーちゃんとは久しぶりだったかな。元気してたかい?」

「ハイ、ごきげんようトーマス様」

「はははっ、どうもごきげんよう。ふたりともすっかり淑女様だな。わざわざ俺のために菓子を作ってくれに来たんでしょ? もうお兄さん感激で胸がつぶれそうだよぉ」


 トーマスさんは「アァ」と、眉根を寄せて、そんなことをのたもうていた。

 ……今日、ラザイエフ邸を訪ねたのは、べつにトーマスさんのためでなく、姫様へのお礼の菓子作りのためなんですが。って、聞きやしないか。トーマスさんは「まぁ、そこに座って楽にしてよ」と、革張りのカフスに腰掛けるよう促すと、思い出したように机の引き出しを開けた。


「あ、そだ。渡しそびれてたけど、ボギーちゃんにお手紙があったんだ」

「おじい様からのお返事ですか!?」

「もちろん。ハイ、どーぞ」


 トーマスさんが手紙を手渡すと、ボギーは感激したようにその分厚い束を胸に抱いて、早速とばかりに読みだした。

 …………。

 あ、あの、トーマス様? 私の分はどちらにおありなの?


「あ、フレイちゃんの分はないんだ。ごめんね」

「はぁぁあああ!?」


 どーしてお手紙を預かってないのよ!?

 こんな目に入れても入れなくても痛い娘がいるのに、手紙を送らぬ選択肢があるぅ!?


「いや、俺もキミの親父さんに聞いたんだよ、返事を届けますけどって。ンでも、娘から絶縁状が送られてきたから、返信もなにもないだろ。ってね。あ、でもキミの親父さんの伝言があるよ。「文句があるなら、直接伝えに帰っておいで」ってさ」


 ……こっちは田舎に帰れないから苦労してんのに。

 いや、そりゃ確かに、先に絶縁宣言をかましたのはこっちですけど? そこはソレとして、もうちと説得とか? ご機嫌取りとかしても罰は当たらないんじゃないの?


「そんな心配しなくても、親父さんは元気にしていたよ。どうも新しい商売を軌道に乗せるのに夢中なようで、すっごい張り切ってたな」


 ……ふん、いいですよ。父さんの近況報告なんて。べつに絶縁してんですから、父さんのことなんざ知りたくはありません。

 遠く離れた都会に暮らす娘に、返事を書く暇も惜しんで商売に励むなんて……あ~あ、なんて不人情な親かしら。もう、私は知りません、勝手にどーぞ、だ。


「あぁ、そう? じゃあ俺の報告もいらないかな」

「……べつに? 聞いておいても損はないですからぁ、そうそう、母さんとはべつに絶縁してないし……お宿の様子はどういったものですの?」

「宿の方は盛況だったよ。奥さんも目が回る程忙しいから、新しく人を雇うだなんだって。ソレに親父さんが乗り気な商売ってのも、計画を聞いた限りじゃおもしろいかな。って感じかな」

「…………むぅ。そ、その計画ってなんなんですか?」

「いやいや、親父さんからフレイちゃんには内緒にしてくれ、って頼まれてさ。三年内には形にしてみせるって、やけに張り切ってんのよ。娘には負けてられない、ってやけに意気込んでたからさ、きっと漢のプライドに火がついたのさ」

「またソレですかッ!?」


 なによこの空前の漢のプライドブームは!? そんな100円ショップで手に入るような安っぽい品物に拘泥するなんてマジ愚か!

 と、俺が憤慨をしてみせると「いやいや、フレイちゃんのせいだよ~」なんてトーマスさんに弄られるし……私が、どう彼らのプライドをかきたてたというの。




 しばらく雑談してると、お付きの侍女さんが「厨房の準備が整いましたが、如何いたします?」と、尋ねてきた。


「あぁ、オッケー。料理長にも使うって伝えておいて……さて、と。それじゃもうそろそろ初めてくれるかな?」

「……ハイ、今日は厚かましいことをお願いして」

「いいって、いいって。といっても屋敷は一応、俺の兄貴の持ち家だけどね。まぁ、勝手知ったる実家だから、だれも文句は言わないよ。まぁ、それでも気兼ねするっていうなら、キミらが俺のお嫁さんになれば家族とし――」

「「まぁ、トーマス様ったらぁ」」


 と、俺とボギーたんは白々しく投げつけてこられた冗談に(棒)を付けてスルーした。……ボギーたんの抱くトーマスさんへの信頼度も、もはや零か。

 冷たい空気を引き摺りつつも、早速、厨房に赴けば、いかにも美味いメシが作れるぜ!的に腹がぽっこり膨れた料理長さんが「おう、嬢ちゃんたち! オレの魂のこもった職場だ、キレイに使ってってくれよ?」と料理長さんはサムズアップして、厨房を出て行った。



 寮から持参してきたエプロンを身に着け、菓子作りの支度を始めたが、俺たちの様子に、ニヤニヤとあらぬ妄想をしてるトーマスさんがタイヘンにウザッたい……でも、厨房を使わせていただいてる手前、邪険にもできないし、シカトするのが一番か。


「じゃあ、まずフレイのお菓子から作っちゃいましょうか。ソッチの方がどーせ手間がかかるんでしょう? で、なにを作るの?」

「ふっふ~ん。ソレを聞いちゃいますか……実はこれを使うのです!」

「……あれ、これって、前にプリシス先輩と食べた」

「その通~り!」


 ネコミミ先輩ことプリシス先輩と、市場をぶらついた時に、庶民が食べる甘味物としてドライフルーツを奢っていただいたのだ。その時、ピンときたのよね。

 実はこれは――ギザールという名の野菜で、細長い円筒形の身に鮮やかな紫色をしてる。その身を地中深くに隠す根野菜の一種で、ねっとりとした甘味と、やわらかな味わいが特徴だ。

 調理方法も煮てヨシ、焼いてヨシ、と、多種雑多であり、王都の食卓では麦パンと一緒でかかせぬ食材で、寮ではほぼ毎週のように様々な料理に姿かたちを変えて、食しているのだ。


「そういえば、前に市場に遊びに行った時に、買ってたっわよね。あの時はなにをする気か、と思ったけど、これを菓子に使うんだ……でも、まさかこのまま使うの?」

「そうですよん」


 と、俺が自信満々に言うたら、ボギーは「エー」と、ばかりに顔をしかめた。


「……でも、乾燥させたのならともかく、これ甘くないでしょ」

「いえいえ、ボギーの仕込みがうまく聞いていれば、バッチリ甘くなるはずですよ」

「仕込み?」


 そうそう。ギザールを色んな形で喰ってきたが、素材としての甘味が少ないのだ。では、なぜドライフルーツとしてなるのか、といえば、おそらくはギザールに多量に含まれてるでんぷん質によるのだろう。

 これを、冷たい空気に触れさせ乾燥をして寝かせれば、ギザールに含まれているでんぷん質が酵素分解によりブドウ糖へと変換をして、甘味がぐぐっ、と増すのだ。

 俺もそこに目を付け、前もってボギーの魔術で作ってもらった氷の隣にギザールを一週間ばかり寝かして置いたのだ。これで、俺の予想が当たっていれば、かなり甘くなっておるはず。


「じゃあ始めましょうか!」


 俺はまずギザールをやわらかくなるまで蒸かすと、その立ち上る蒸気のなかに、ほのかに甘い香りが立ち上っていた。ボギーはそれに「ふわあ、いい香り」と、洟を鳴らしている。俺は、ホクホクのギザールの身をすり潰し、丹念にこしていけばペーストの出来上がり。

 そして、ボギーに泡立ててもらったクリームとペーストを混ぜていけば、アメジストのようにシックな紫色が、段々と淡い桜色に変わっていくのをボギーは見惚れたように輝かせた目で追っている。

 そして、オーブンから平べったく焼いた生地を取り出し、完成したペーストを惜しみなく塗りつけ、生地の端を持って慎重に巻いていけば……。

 フッ、これぞロールケーキ仕立てのギザールモンブランの出来あ――


「出来たあっ!」

「ちょ、わわっ!?」


 ぼ、ボギーたん!?

 飛びついてくるなら先に言って!?

 転げて顔面からロールケーキにダイブしたらどうするのよ!?


「えへへ、ゴメンね。でも見た目も面白いし、きっと姫様も喜んでくれるわよ!」


 そんな晴れやかな笑顔をしたボギーに、俺は深く頷いた。

 うん。喜んでもらえるよね、きっと。

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