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LV113

 村に一度とって帰り、無事にコボルト討伐を完了した、とシャナンが代表して村の村長に報告を告げた。

 どうやらあのコボルトの群れは全体で20匹程いたようで、ジャンとニコラがお花摘みに出かけたのを見計らい、シャナンの元にも強襲を仕掛けてきたみたいだ。まったく、人を罠にかけようなんて、なかなか知恵のある犬っころだ。


「いやぁそれ程の群れをなしていたとは、村に被害が出る前に退治できてよかったです。皆様にはたいへん感謝しております」


 出迎えた村長は血まみれの俺の様子に驚いてはいたが、無傷だと知って安心したようにホクホクと「ご苦労様でした」と、丁寧に頭を下げた。

 いえいえ、ほんとご苦労様でしたわ……。

 こちとら、コボルト一匹相手にするのに四苦八苦してたのに、その半分をひとりでボコして、証拠の耳まで取ってきた辺り、俺の心配はなんだったんだろう、といまだかつてない寂寥感に襲われているというのに。

 ……って、私はシャナンの心配なんかしてませんけどね。


「あぁ、これであとはギルドに帰れば報酬が貰えるんだね」

「……スッげぇよな。これだけで、金貨一枚か……いや、割に合うんだか、合わないんだかどうなんだこれ?」


 と、ジャンや二コラはそう愚痴ってるが、依頼達成の満足感はまんざらでもない様子で、ニヤケ面を晒してる。

 現金なヤツら。

 あんな、命を無駄に散らしかけて、ま~だ懲りないのね。って呆れはしたが、しかし、浮ついたような気持ちは俺もよくわかる。


「てか、貴方たちやけに満足そうですけど、お花摘みにいって腰ぬかしてただけで、実質なんもしてないじゃない……まさか、漏らして動けませんでしたとかそういうオチ?」

「漏らしてねぇよ!」


 ササッと、思わず距離を取れば、ジャンは赤ら顔をして否定した。

 ふん、確かに臭わぬものね。

 あ~、じゃあなに。俺だけ服を血みどろにして、まるっと損したワケなのか。……ハァ。我ながら幸運の女神さまに、どうしてこんな見放されてるのかしらん。後で、こいつらに弁償費用を請求しよ。





 若干の疲労感と昂揚感を引き摺りながら、俺たちは王都に帰りついた。

 大門をくぐった先に広がる、華やかでありながらのどかな街の光景には、胸にジンとくるものがある。

 俺は命の洗濯とばかりに、街の空気で胸いっぱいにしてると、ぐすっ、と洟をすする音が隣からして振り向けば、ジャンと二コラの目からポロポロと涙が溢れてきた。

 ……あ~、アレか、街の景色を見て緊張の糸が切れたんか。


「もう、男がそんな簡単に泣くなんて」

「……う、うっせ! な、泣いてねぇよ、ただの汗だっ!?」


 ……ヘタな言い訳だなぁ。ほら、いい子だからふたりとも泣かないで。と、溢れてきてる涙をごしごし、と拭ってやったが、ふたりともに火がついたように、両目から涙がこぼれてきてる……しょうがないなぁ。


「街の往来で泣いて格好悪いですよ――あ、そうだ。お金! ふたりともコボルトの報酬を、冒険者ギルドに行って受け取ってきてください。その帰りに、美味しいものでも買ってお帰りなさいな」

「……で、でもぼくらだけ」

「わたしたちはいいですからこれから用事がありますし。ね」


 ほらほら行った行った、と尻を叩いて押し出すと二コラがぐすっと鼻を鳴らしすと、シャナンになにかを囁いた。そして、俺やアイゼンに向かってもう一度「ありがとう」と、頭をぺこりと下げると、ギルドに向かって駆けだしていった。

 ……は~、びっくりした。

 さっきまで元気だったのに、急に泣き出すんだもの。最後まで世話のかかる。

 ……って、


「……なんですかふたりとも? その、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して……」


 と、俺が訝しんだら、居残ってたアイゼンやシャナンは揃って居心地が悪いのか指で頬を掻いた。ンですか? 言いたいことがあるならハッキリ仰いませませ?


「……まあ、なんというか」

「いや、てめぇにも人並みに母性ってのがあるんだなと感心しただけだ」

「はぁっぁあああ!?」


 母性だと!?

 この俺様のどこに母性が備わっているっ――

 て、しまった。

 泣いてる男子の涙を袖でぬぐってやるてガチで女の子じゃん…………


 ぴにゃぁああ!?


 恥ずかしいー!!

 なにをやってんですかお・の・れ・は・ッ!

 希代の紳士と讃えられし俺様が、いつ身も心も女子になったっていうのっ!?

 つーか、この記憶だけで軽く一時間は悶絶するッ……!

 ち、違うんだ!?

 アレは、えー……とにかく若気の至りというか、違うの!?

 そう、吾輩に備わっているのは、圧倒的なまでの父性! 本来ならば、涙ふけよって、ハンケチをやつらの顔面めがけて投げつけてやるの。それを袖でぬぐったのはコボルトの血で汚れたっていう、イレギュラーな対応にせざるを得ぬワケでございまして。



「……なにブツブツ言ってんだコイツ?」

「……時々あるんです。ウチのもうひとりの侍女が言うには「悪い魔女に心を乗っ取られる」状態らしいけど」

「……難儀な野郎だ」

「やかましいッ! 全部聞こえてますよッ!!」


 ……はぁ、はぁ、俺は、いま、先におかした恥を完膚なきまでに上書きし、忘却せしめることに全身全霊を集中させておるのじゃ。余計な軽口をたたくでない!


「……ふたりともわたしの恥ずかしい振る舞いを吹聴して回ったら、いったいどうなるかわかりますね?」

「恥ってあの――」

「言わんでいいですっ!」


 軽く死ねるから、それは禁句だから!

 あーゆ、おーけー?

 と、真顔でずいっと迫ると、ふたりともはいはい、とおざなりに頷いた。

 ……よし、後は残るはあのふたりの息の根――否、口封じをすれば俺の黒歴史は永遠に忘却せしめられる。


「その、アイゼン先輩?」


 俺が暗い決意のほぞを固めていたら、シャナンは挨拶もなしに行こうとしたアイゼンに声を掛けた。


「……今日は僕らの事情に付き合わせてすみませんでした! 先輩のおかげで皆が無事に帰れて――」


 と、そう真顔で迫るシャナンに、アイゼンは、ハッ、と軽く肩を揺らせて「暑苦しいんだよオマエ」と、言うと、俺に指を突き付けた。


「こんなくだらねぇことにつき合わされんのはこりごりだ。てめぇも主の手綱をしっかり握っとけよ」


 そう釘をさして、アイゼンは振り返ることもなく街の人ごみに解けていった……ふん。なんだかムカつくヤツだ。いやさタイヘン世話にはなったけれども!


「……ハァ。ともかく皆無事で怪我などなくてよかった」

「そうだな……フレイのおかげだよ」

「そうですよね! わたしの献身のおかげで皆が無事なワケです。うんうん。だから報酬はたんまり弾んでいただきますよ?」

「なんだ、それは」


 シャナンがプッと、含み笑って肩をゆすれば、金属の装具がガチャガチャと鳴らした。いや、ジャンも二コラの格好も大概、似合わなかったけど、シャナンのソレも合わない感じだな。


「じゃあ、僕たちも帰るか」

「いえ、その前に参らねばならぬ場所がございます。さ、参りましょうか」


 と、促すとその顔はピシリと亀裂が入ったように強張った。


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