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LV11

 実り多き一日でした。

 いただいた白パンふたつとほのかな満足感を胸に、うきうき気分で領主館を辞去した。が――領主館を出て早々に、門柱によりかかってるシャナンと遭遇した。

 ……うわぁ、また子勇者さんかよ。また「僕と勝負しろ!」とかやるつもりで、待ち伏せしてたのか? いや、イケメンに待ち伏せされれば普通は喜ぶかもしらないが、黒縁のツリ目が怖いのよね。

 俺はげんなり気分を隠しつつ「サヨウナラ」と挨拶して行こうとしたら、返事のない代わりに足音だけがついてくる。なんだよ、こいつもアントン一味と同じで付きまといをする気?


「……あの、わたしになにか用事しょうか?」

「べつに。気にするな」


 いや、めっちゃ気になるよ。木剣を携えたやつがくっついてるなんて。

 シャナンの木剣を胡乱に見つめたのが癪に障ったのか「武器を持たない相手を後ろから襲うマネなんてしない」心外だと頬が膨れた。


「ですか? でも最初にお断りしておきますけど、いくら付きまとわれても、ジョセフ様たちの目のとどかない場所での私闘は禁じられてるので……」

「だからわかっているって。だが、父様からは逆にオマエが再戦を望めば、やってよしと許可を得ている」


 ……領主様が辻斬りを奨励するなよ。


「だが、それ意外に父様に言われたんだ。オマエのことを観察しなぜ自分が負けたのかを考えること。それが負けたものの修行でもある、とな」

「修行、ねぇ」


 害意はないことはわかったけど、後ろを歩かれるのはちょっとね。

 これから行く所があるんですけど。


「用事か? じゃあ付き合おう」

「いや、ホントに大した用事ではございませんので」

「ならいいだろべつに。邪魔になることは絶対にしないと約束する」


 いや、そんね頬をむくれさせて強気になられても……なんか用事、の部分に勘違いしてやしないかコイツ。べつに秘密の特訓だとかなんでもなく、ただの買い物なんだけど。

 まあ、勝手に勘違いしてるんだったら、それでいっか。

「ついてきたまえ」と、俺は大企業の重役のごとく鷹揚に構えることにしてそそくさと道を歩いてった。




 前世の俺は高2の春から5年間、多国籍料理屋でバイトをしていた。

 多国籍料理と聞けば、味に自信がないんでシャレオツな雰囲気と内装で勝負するような店ばかりだが、バイト先ではウチは本格派だと自称していた。

 冷菜パスタの隣にカツカレーが並ぶようなごった煮メニューだけど、実際に料理の味はピカイチで、毎日行列ができるような人気店だった。

 ウチに立派な和菓子屋があるのに、なぜ俺がこの店でバイトに勤しんでいたかといえば、そこにいる天才料理人のマメチ先輩がいたからだ。

 俺も最初は、「なんか賑わってる店があんなー」ぐらいに、気楽に来店したんだけど、そこで出されたスフレチーズケーキを喰って仰天した。


 ――なんだ、これは。

 その形状はファミレスにでも見られる、あの三角形の普通の見た目で、なにか意趣を凝らした飾りもなく、ただ、デンと皿に乗っている姿からは、無骨ささえ感じる。

 なのに、ひと口を頬張った瞬間、その繊細な味に仰天させられた。しっとり濡れた生地はどこまでもやわらかで、憎いくらいに上品な甘さが口いっぱいに広がる。チーズの酸味が口のなかに芳し、次の一切れを早く! と催促しているかのよう。

 いままでに喰ってきたチーズケーキのなかでも別格だ。

 こりゃ、すごい。すごい。っと、バカの一つ覚えみたいに胸中で繰り返しつていたら、二口、三口でいつの間にかケーキがなくなっていた。


 俺はすぐさま店外に出ると、真夏の昼間から、とっぷりと日が暮れるお店の閉店時間にまで待った。こんな一品を作った料理人に会いたい、と願ったからだ。

 果たしてそこに現れたのが、まだ俺と変わらないぐらいの年若いメガネ男子のマメチ先輩だったのだ。

 その場で弟子入り志願をして、あっけなく「いいよ」と、許された時には、アイドルに告白してオッケーを頂けた少女のように感激で胸がつぶれたが、いま考えるに早まった気がしないでもない。


 マメチ先輩の脳内には、いついかなる時もまだ見果てぬ料理の味とイメージに溢れており、「ところで今朝は薔薇色の肉じゃがが降ってきたんだが」だとか、「日本人には時計味の舌平目が足りない」などと、意味不明な供述をして、周囲のバイト仲間から、奇人の類だと畏れられていた。


 マメチ先輩本人は、その周囲の無理解にも気にしたふうも反省の色もなく、己の信じた料理道をひたすらに邁進することにしか興味がない。

 問題は不肖の弟子である俺が、先輩のしでかしたフォローをしなければならないワケだ。

 ここで、一々を語ることは避けるが、代表的な例をいえば、先輩にひとたび料理の天啓がひらめくと「革命だ!」と、ところ構わず叫び、厨房に駆けこむのである。

 それが駅前の人通りの多い往来で、たったひとり取り残され俺のことも思慮にいれておいていただきたい。


 ちなみに――マメチ先輩のあだ名の由来は、昼の休憩時間に語るうんちくから取られたものである。

「知っているか? ミカンは皮をむく前に軽くたたくと、たたいた分だけ甘くなるんだ。いま俺がやっていることもそれと同じ。オマエはたたかれればたたかれた分だけ、それだけ甘く成長してるってワケ」


 なんて飄々と豆知識をのたまうのだから、そりゃ先輩もバイト友達から遠巻きにされるわな。

 めちゃくちゃな人だったけど、俺がパティシエを志したのも先輩の作った菓子のおかげなので、感謝はしてるんだけどね。

 それに先輩も、料理に関しての厳しさを抜けば優しいんだけどな。「今度、冷凍ミカンを持ってきてやるよ」と、ニコニコして言うし。そういうとこが憎めないキャラだったよねぇ……。




「……マメチ先輩は元気だろうか」

「マメチ?」

「いや、なんでもありません。それより、ピタってどういう味がするんですかね?」


 週終わりは村落に市が立つ日だ。

 昼下がりにもなると、あちこちの村落から村人たちが集まり、畑で作られた食材や雑貨なんかを持ちより、ご座をひいて即席の市場ができあがる。

 まあ、こんな田舎ですから、肉屋と八百屋と雑貨屋の3店舗が立つのに精一杯な寂しい市場で、八百屋のボガードさんとも顔なじみすぎて、憎さが余ってしまうくらいだ。


「なんど俺に同じこと言わせりゃ気が済むんだ。喰えばわかるって」

「なんどわたしに同じことを言わせるんですか。買う金がない!」

「帰れ」


 連れないなぁ。そんな邪険にせんでも。と、思いつつ視線はピタに固定。

 俺をいま猛烈に魅了してやまぬこの子はピタっていう野菜だ。

 そのごつごつとしたラグビーボールのような楕円形、鮮やかに赤い色合いといいこんな形の野菜は、前世ではお目にかかれもしない。なんとも異世界っぽい無骨な感じ……あぁいったいどんな味がすんだろう。気になるわぁ……。


「で、どんな味なんですかアレ?」

「ハァ?」

「だから味ですよ、味! 食べたことはおありなのでしょう」


 苦虫をかみつぶしたような表情のボガードさんから、ね、ね。とシャナンの袖を掴んで聞く。こっちはさらにうぜぇと言いたげな顔。折角ついてきたんだからリピーターぐらいにはなれよ。


「味、と言われても……味という味がないしな」

「ふーん、歯ごたえとか風味は?」

「さぁ」


 さぁってなんだよさぁって。オマエ味覚ないんかい。

 今度は二人してボガードさんを見ると、なにかを諦めたかのように大きなため息をついて教えてくれた。


「ピタってのは、そんなナリだが中身は白い果肉で、水分をブクブク含んでいる。新鮮なのはシャリとして歯ごたえいいんだが、坊ちゃまの言う通り、味っ気がないな。ピタは丈夫で冬にも育つもんだから、食料の足しに買われていくが、まあ人気はないな」


 なるほどなー。

 味がしないってのは、大根かそれともウリ瓜科の仲間かしらん?

 しかし、こんな無骨な外見の下に、つるんとした白い果肉を隠しているとはまさに異世界の食材っぽい感じだね。


「オマエの家では食べたこともないのがふしぎなんだが。僕でも食べたことがあるぐらい庶民の家でも普及してるだろう」


 ギクッ。

 ……食べたことあるけど、それは”フレイちゃん”の時なんで正直味は覚えてないのね。


「さ、さぁ。ウチの食卓にはあまり上がりませんでございますねぇ。ほ、ほら、父さんがこれをお嫌いなもので……そ、それよりも、ピタを使った代表的な料理ってなにかございませんか」

「あぁ? んなもの水と麦とを合わせて煮詰めるだけだよ」

「え、そんだけ!」


 豪快すぎる調理法だな。美味そうな気配がしないっていうか、ただでさえ水っぽそうなのに、そこに麦をいれてゆがいたらさらに、水っぽくなりそう。ラタトゥイユみたいなもんなの?


「そんな調理法だから人気がないんじゃないの。もっと他の食べ方はないんですか?」

「だからねえっての。だれもピタに味なんて高尚なものを求めちゃいねえよ。腹がふくれれば十分さ」

「えー」


 ……なんか、可哀想な扱いだな。俺に金があれば、いますぐ買い上げて、美味い調理法を考えてやれるのにぃ……貧乏がツライ。



 他の野菜についても質問したいけど、さすがにいつまでも話してたら商売の邪魔なんで、俺たちは名残惜しげにピタを撫でて後ろに下がった。

 未練たらたらに買われていく野菜たちを見送っていると、通り過ぎてく人たちは傍らのシャナンにギョッと瞠目しつつ、「なんでゼリグの娘っ子がシャナン様と一緒に?」って、不審そうに俺を見やって目礼だけして去っていく。

 シャナンも心得たもので、素知らぬ素振りで対応をしてたけど、そういうことが続くうちに唇が不機嫌に尖っていった。


「大変ですね」

「べつに」


 あら、拗ねちゃったみたい。こいつ堅物っぽいし、必要以上におだてられるのは窮屈で嫌なんだろうね。

 そうして、一時間ぐらいが過ぎた辺りで、シャナンはイライラと踏んでた足踏みをやめ、俺に喰ってかかってきた。


「……なあ、こんなとこにいつまでいるつもりなんだ」

「いつまでって、まあ市が終わるまで?」

「なんのために? こんなとこでジロジロと覗きみたいなことやる意味が、僕にはさっぱりわからないんだが」

「や、目的くらいちゃんとありますよ」

「だから、なんなんだその目的というのは」


 あ、聞いちゃうそれ。

 はっはーん、実はいいこと思いついちゃったんだよね。

 ――じ・つ・は。


「村に新たな商売を起こすんです!」


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