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LV110

 勢いよく開かれたドア口に手を掛けたまま、プリシス先輩はなにも言わずに立ちつくしていた。走り回った後なのか荒い息遣いをしており、いつも冷静な無表情が珍しく青ざめている。

 そんなただならぬプリシス先輩の様子に「ど、どうしたの?」と、不安に声を掛けると、プリシス先輩は大きく息を吸って、荒れた呼吸を整えた。、


「……貴女の主様のことで、大事なお話がございます」

「シャナン、様のことで?」

「ハイ。事は急を要する話です。場合によっては、その……命に関わることかと」


 命に関わる?

 ……それって、シャナンが死ぬってこと?

 と、俺は呆けたように、プリシス先輩のきゅっと引き結んだ唇を緊迫した表情を見た。その顔は冗談を告げるものでもなく、真剣そのものだった。

 いや、あいつが死ぬってンな簡単に……。


「フレイ様。大丈夫ですか、フレイ様?」


 と、呼びかけられた声にハッ、としたら、プリシス先輩の心配したようにこちらを覗く顔があった。


「大丈夫です……少し驚いて、その」

「詳しい話しは我が主から致します。まずはついて来てください」


 プリシス先輩は丸い瞳で俺を見据えた後、ドアの向こうへと消えた。俺も後に続いて部屋を飛び出した。一瞬、ボギーの顔が頭をよぎったが、こんな不確かなことを伝えて不安にはさせられない。まずは、シャナンの身を確かめないと。


 意を決して寮を出ると、プリシス先輩は軽く頷いた。俺が付いてくるのを確認しつつ、駆け足で公園の方角へと向かった。しばらく道なりを進むと、歩道の木立ちにアイゼン・ヴァン・ラームズがぶっきらぼうに立っていた。


「シャナン様のお話しをお聞かせ願えますよね!」

「あぁ、後でな――」

「後じゃなく、話しはいまです」


 顎をしゃくって、先へ行こうとするアイゼンににじり寄って、そのがっしりした肩を掴んだ。アイゼンは、軽く手を挙げてそれを払った。

 おい、コラ。


「ちゃんと説明を頂けません? いったいシャナン様の身になにがあったかを、」

「まだあっちゃいねぇよ。その前にオレらが止める……こうして話してる時間も惜しいんだ。オレもてめぇなんぞと出かけたくねぇが……ただ余計なことを吹き込んだ責任があるんでな」

「余計なことを吹き込んだ、ってなにしてくれてんですか貴方っ!」


 ……愉快な石頭君に吹き込んだ、ってオイーッ! それめっちゃヤバイだろっ!?

 裏山に魔王が現れた。なんて聞いたら、飛び出していきそうな輩になに吹き込んだってんのよ!


「だから、それは追々説明する――って、おい、オマエは残れ」


 アイゼンは世にも嫌そうに顔を歪めていたが、続いてこようとする先輩の肩を掴んだ。プリシス先輩はは珍しく感情も露わに歯向かうようにキッと顔を上げたが「オレの言うことが聞けないのか?」と、強く迫られると、しゅんと萎えたように後ろに下がった。

 そして、アイゼンは凶悪そうな面構えをこっちに向けると、


「オマエも付いてこないんだったらそれでいい。後の始末は面倒だが止めるだけなら、ひとりで十分だからな」


 そうアイゼンは言うと、学院の正門の方へと走ってった。

 ……付いてこなくていい、もなにも、ローウェル家のことで俺が関わらないってワケには……でも、悪人面が本当のこと言ってるかどうかもわかんねぇし……えぇい!?


「フレイ様。アイゼン様のことをお願いいたします」

「……先輩?」


 迷っていた俺に向かって、プリシス先輩が深々と頭を下げてきた。


「アイゼン様は悪いお方ではございません。ただ人に理解されることも、理解されたいとも思わない人だから」

「……没交渉な人柄ってこと、ですか」


 ハイ、と先輩は消え入りそうな声で、顔も上げずに言った。そっか……プリシス先輩がそんなに信頼してんだったら、迷うことないよね。その先輩の信頼に相乗りさせてもらいますよ。


「わかりました」と、言い置いて、即座に走って追いかけると、学院の正門の前にてアイゼンの背中に追いついた。彼はチラッと俺を振り返ると、また駆け足になった。

 




 アイゼンの歩みに迷いはなく、新市街の門をくぐり抜けて旧市街へと入った。

 そこは旧市街において、もっとも華やぐ繁華街だ。区画整備がなされた新市街とは違い、道幅も狭く、入り組んだ小道がいくつにも枝分かれしている。

 ただでさえ、見通しの悪い道に行き交う人が溢れかえり、ともすれば前を行くアイゼンを見失いがちになる。

 そんな広い肩幅なくせ、どういう手練を用いてんだか呆れるぐらい、歩くのが早い。俺は、そこらの群衆に「すいません、すいません!」と、ぶつかる度に謝って進むのだが、アイゼンはヌルヌルとうなぎのように、滞りなく進んでいく。

 それだけでも、いら立ちが募るのに、辺りのモザイク画のような街並みの様子も頭痛がする。緩いスロープを描くように坂道を上ったはいいが、並列してた道だと思ってたところにいきなりドアがすぽっと現れて、家だとわかってビックリした。

 こんなカードを裏返しにした変じる、不可思議な街の様相やら、歴史の堆積には頭が痛い。こんな焦ってもなければ、タイヘン愉快だとも笑えただろうに……。


 と、俺は苦笑をしていたら、不意に前を行く背中がピタリと止まった。

 どうも目的地についたらしい。

 アイゼンは声もなく、顎をしゃくった。俺はその背中からひょこっと顔を覗かしてその店の看板を覗いて、絶句した。


「……ここって「冒険者ギルド」と大書してあんですけど」


 シャナンの捜索を依頼するってワケじゃないよね。

 ……まさか、あの阿呆!

 って、猛烈なイヤな予感に眩暈を憶えていたら、アイゼンはそれに頓着するでもなく、そこ冒険者ギルドの押戸を破って入ってった。



 店のなかに入るとイメージしていた”冒険者ギルド”を覆すほど、そこは清潔な雰囲気だった。なかには大勢の男たちがたむろしてるのは、唯一イメージに合致してたが、その手には間違ってもジョッキなどを掲げてはいない。幾分マジメな様子で、依頼の内容が書かれた掲示板を前に、パーティらしき人々が議論を重ねている。

 俺の踏み出した足は、リノリウム張りのようにぴかぴかに磨かれた床で、天井の採光取りから、明るい光が差し込んでいる。

 ……なんか会社のオフィスみたいだな。


「いらっしゃいませ! 冒険者ギルドへようこそ!」

「いっ!?」


 び、びっくりした。

 受付の向こうから、いきなりハイテンションなお姉さんが笑顔で俺に呼びかけてきた。


「お客様はこちらにこられるのは初めてでしょうか」

「え? ま、まあ」

「もしかしてご依頼の相談ですか。それでしたらこちらの窓口になります。どうぞご安心くださいませ! 手続ぎ簡略、待ち時間はいりません~! 皆様の懐に優しい仕様で、それで世界で最高水準の冒険者が、皆様のお悩みをズバーッと解決いたしま~っす!」


 ……な、なんすか。このキャンペーンガール。やけにハイテンション過ぎて言葉が逆に頭に入ってこないんだが。


「……そのキモイ喋り方はなんとかなんねぇのか」

「あ、なんだヨハン君のお連れなのね」


 お姉さんはさっきまでのハイテンションから一転して砕けた感じになった。

 ってか、ヨハン?

 俺がチラッとアイゼンを振り向けば、澄まし顔のまま肩をすくめた。

 ……その歳で偽名かよ。


「あら~ん、もしかして君の彼女? ダメじゃないこんなとこに同伴出勤しちゃ。もっと楽しいとこぐらい他にいっぱいあるでしょ?」

「妙な勘違いすんな。こんなちんくしゃこっちから願い下げだ」

「ちんくしゃ!?」


 コ・イ・ツ・ッ!!

 絶世の美女とうたわれたフレイ様に向かって、言うに事欠いて狗っころ扱い!

 ……マジ、許さんからな。これが終わったら、仕返ししたるっ!?


「それより、オレらと同じくらいの年恰好の冒険者が来なかったか」

「ン~、同い年……あ、その子たちならさっき来たから憶えてるわんよ。ひとりを除いてそこのお嬢ちゃんみたいに、緊張してたから。そのひとりは凄い格好イイ子で、将来有望って感じだったわねぇ。なんでも、勇者の里クォーター村の出身なんですって」


 ……勇者の里て。ウチの村に、いつの間にやら大論争を巻き起こしそうなヘンテコリンな呼称がついてたのね。


「そいつらがなんの依頼を受けたのか知ってたら教えてくれ」

「えー? 知ってるでしょ。冒険者の個人情報は」

「頼む」


 アシュトンが頭を下げた。

 驚いて声を亡くしたのは俺だけでなく、お姉さんも目を瞬かせてこめかみを掻いていた。やがて折れたように溜息をつき、手元をあさりながら、こちらの手に忍ばせるように一枚の書類を差し出した。


「……ハイ、その子たちが受けた依頼……たしかコボルト退治だった気がするわよ。場所はこれに書いてあるから。渡したこと黙っててよね」

「ああ、無理を言って悪かったな……お礼はこいつから貰ってくれ」

「ちょ、わたしですか!?」


 いや、ステキなお姉さんですけど、これ以上人と妙なご縁を築きたくないっす!

 ギョッと、後退りしてたら、不意にお姉さんはにっこりと笑って、アシュトンの手から渡した紙をひったくった。


「おいっ!」

「ヨハン君、どういう経緯かは知らないけど、人助けする気なら下げる頭のひとつやふたつは自分で用立てなさい。ここまで付き合ってきて、責任だけは相手に放擲するなんてのは愚図のやることよ?」

「…………わかった。感謝してるし、いつか穴埋めはきっとする」

「どういたしまして。ハイ、これ」

「あ……どうもありがとうございます」

「あら、貴女は良い子でよかった~」


 ちょこんと俺が頭を下げると、受付のお姉さんはさっきまでの険を含んだ声音からころっと変わって柔らかく笑った。


「ねぇ、この子はめっちゃ気難しいけど、実際のとこは良い子だから。ね、不快なことばっかだと思うけど、できれば長い目で見て付き合ってあげてね? 将来は良い男になると思うから」

「……え、ええ」


 それには素直に頷けんな。不快なはともかく、後段部分はハッキリお断りです。

 俺はもう一度、お姉さんに頭を下げて、冒険者ギルドから出していった。


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