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LV109

 「はぁ……楽しかったなぁ」


 と、ボギーは寮の窓辺に肘をかけて、夢見心地の表情をした。

 きっと、シャナンにリードされて踊った光景を思い返してるのでしょう……まったく。パーティから三日も経ってるのにまだ悦に浸ってるのね。

 きっとその手にノートとペンを手渡せば、嬉し恥ずかしなポエマーと化して、黒歴史を生誕させることでしょう。悶え死ぬような思いをする前に、早く目を覚ました方がいいと思うよ。


「……なによ、その目。べつにいいでしょう、楽しい思い出に浸るぐらい」


 俺の生暖かい視線に気づいてか、ボギーたんが振り向いて毒を吐いた。

 まぁ、楽しい思い出はいいものだ。と、否定はしない。

 私も姫様をご指名を受けて、ワルツを踊った時は、それはもう夢のようでした。

 クリス様をリードしてターンを受けたり、姫様の巧みなステップのお相手をさせていただく胸躍る時間。

 周りの観衆も、クリス様のお手並みに驚いたように拍手を向けて、アンコールに応える形で、二回、三回とダンスを披露するはめになったもの。クリス様も終わった時には「疲れましたわね」と、晴れやかな笑顔を向けてくれた。


 ――が、調子に乗った代償か、ダンスを終えた直後「子供らは寝る時間」と、パーティ会場から締め出されたのは誤算だった……待ってよ! まだ、私はディナーをすませてないのよっ!? と、閉じられたドアに縋りついて泣きました。

 ……クッ、ジョシュア・ルクレールめっ!

 人にちょっかいを掛けるばかりか、俺の料理を奪って逃げるなんて許し難い暴挙!

 と、その夜は苦渋と恨みを募らせ、すきっ腹を抱えて寝た。

 しかし、そんな苦渋の思いを抱えているのは、俺だけでなくボギー様も同じだ。ボギー様はことある度に「どうしてシャナン様と踊らなかったのよ!」って、ぷりぷりと俺にお怒りをぶつけられる。

 あの後、意気消沈したテオドアもソッチのけで、ボギーとシャナンと踊ることができたのに何故だ?

 と、俺が指摘してはみたが「それじゃあダメなの!」なんて勢いよく齧りついてきたかと思うや、ボギーはまつげを伏せた。


「……だって、あたしが、シャナン様と踊れたのは、フレイが、練習を付き合ってくれたり、背中を押してくれたからでしょ? ……なのに、あたしはフレイになにもお返しできてない……」

「えぇ?」


 ……シャナンと踊ることがボギーのお返しになるのか、論理がいまいちよくわからんが、ボギーはそう難く信じている。べつに、気にせんでもいいのにね。夏の思い出作りには、「クリス様と楽しくワルツを踊った」って、記すことができたんだし。


「そうじゃなーいッ!?」


 じゃあ、どういう意味なのよ。って、怪訝に見やれば、ボギー様からは「うぅー」って、野犬のように睨まれるし……。


「い、いや、パーティはもうお開きになったんだから、楽しみは……そう! 来年に取っておきましょう! ね、ね?」

「…………わかった」


 ホッ。

 納得はしてないみたいだが、お怒りは収まったようね。

 ……いや、乙女心は難しいなぁ。ほら私って女子だけど、乙女心はサッパリなのよね。



 それから、話題は姫様へのお礼はなににしようか、ということに移った。

 クリス様にはパーティの別れ際、感謝のお礼とともに「ドレスを返しに上がります」と、申し出たのだが「いえ、それはもうおふたりの物として貰っていただけますか?」と、逆に返されてしまった。この、俺が着た青地のドレスも、深緑色のボギーのドレスも、どうやら俺たちにピッタリ合うように採寸してもらったらしくて姫様には着れないらしい。

 具体的には、俺もボギー様のドレスも胸囲周りが、キツキツゆるゆる……という、残念なことなので、もう使い道がないそうで、かたじけなくも頂くことにした。

 ……しかし、勿体ないなぁ。あんな見事なドレスなのに、使い道がないって。貴族様なら休日に私的なパーティに招かれたりして出番はあるだろうが、俺たちの元にあっても、一年間タンスの肥やしだろうね。


「相手はお姫様なんだから、ヘタなお返しはできないわよね……いったい、なにを持って行ったらクリス様に喜ばれるかな?」

「うーぬ……クリス様のお好きな物、といえば……本にお花とか?」

「つまんなくないそれ?」


 うむ。

 女子の心を鷲づかみ、からは程遠いありふれた返答をしてしまってござる。

 相手は姫様ってのが、高いハードルですよねぇ。仮に手元に、豪華デパートのカタログギフトがあっても、まだ役不足だ。なんたって、相手は欲しがればなんでも手に入る身分のお方よ?

 ソレがハンケチやらお化粧品やら、食器に雑貨なんて、庶民に手が届くお品を届けても、周りにある高級品に埋もれて、逆に悪目立ちしかしない恐れが……。


「そうだ。シャナン様にお聞きしてみよっか」


 と、俺たちが悩みに悩んだ末に、ボギーがいい思い付きかもってな感じに笑顔で言うた。

 ……その選択は間違えてやしないかな?

 あ~んな気の利かない男に、女子が飛び上がって喜ぶような、お土産を選択できます?……ボギーって、シャナンへの信頼度が粉飾決算された大会社のごとく異様に飛びぬけてないかな。


「話は変わるんだけど、その~、ボギーはシャナン様のどういうところが好きなの?」

「は?」


 ボギーは呆けた顔でこちらを凝視した。

 いや、急になんの話し、ってリアクションはわかるんだけど……一度、シャナンに対する高すぎる期待値を下げておかないと、失望した時の反動がでかすぎる気がして。一応、探りをいれつつ適度に腐しておこうという、紳士の心配りである。決して、キャッキャウフフな、ボギーたんの乙女心を揶揄おうだなんて、そんな思いはみじんも――


「どこが好きって、全部よ」


 は?

 と、今度は私が、呆けた面を満天下にさらした。全部って、え? マジ?

 あんな、気配りもできないわ、毎日人を凹すわ、素っ気ないわ、話を拡げられないわ、融通もきかないわ、目つきも悪~い頑固者――っていう、あれの全部が好き、と。そう本気で、仰いますのボギーたん!?


「そうよ。いつもステキで格好イイもの……とくに、こっちを振り返った時のお顔なんて、キョトンとされると、いつもより凛々しい雰囲気が崩れて――」


 キャッ! と、ボギーは頬を手で押さえた。

 ……なるほどな~。惚れた弱みで、相手の欠点もすべてひっくるめて受け入れてしまう。そういう乙女心理ですか。これでは腐す所か、持ち上げてよいしょする話題しか拡げられないよ、これ。


「でも、フレイからこんな話を持ち出されるなんて思わなかったわ~。そういう恋バナとか興味ないかと思ったのに!」


 ……いや、まったく興味ないデス。つい出来心で、腐そうとしただけなんです。

 だから、そんな情熱をたぎらせたように「シャナン様萌えポインツ」を語らないでください。モテる女子の秘訣から、化粧選びにまで話題を持ってかれても、俺的には未開の迷宮へと潜ってくような物なんです……。

 結局、私はボギー様が満足するまで、相槌を打つ機械となった。女子の恋バナは長いっす……


「あ、そういえば姫様のお礼の品を考えてたいたんだっけ」

「……そうですよ~」


 長かったなぁ、元の話題に戻るの。

 姫様のお礼の品選びには、二杯目のお茶が冷めきってるんですがね。


「じゃ、シャナン様に意見を聞いてこないとね。そのお買い物にも付き合ってもらわないと」と、ボギーは、言い捨ててウキウキと部屋を出て行った。それって、つまりはお礼を口実にしたデートのお誘いってだけじゃないの。ちゃっかりしてるわ。

 俺はよいしょ、と正座して痺れた足を崩していたら、すぐにボギーが出て行ったドアが開いた。ン? 早かったね。と、迎えようとしたが、そこに立っていたのは青ざめた表情をした、プリシス先輩だった。



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