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LV108

 独りの阿呆の登場によって、その場は凍りついた。

 あんぐりと口を開けて固まる俺たちを前に、片やキメ顔のまま跪きこちらに手を差し伸べるジョシュア・ルクレール。これが三侯爵家の跡継ぎ……。

 それは傍から見れば、麗しの乙女に向けて愛を乞う男とそれに戸惑う少女という風に見られるだろうが「その宝石のような瞳を、私にもっとよく見せてくれるかい?」と、のたもうても、私の背筋がゾゾーッと凍るぐらいです。



 だれしもが混乱をきたして声もなく固まってたら、独りツヤツヤと元気なジョシュアがパチンと指を鳴らした。すると、背後に控えてた侍従たちが心得た、というように俺が抱えていた料理皿を取り上げる。

 ――え、ちょ、それ俺の晩御飯と夜食と明日の朝食ーッ! と、取り戻すべく伸ばした手が、何故かしらジョシュアに掴まれた。

 うげぇえぇええっ!?


「なにさらすんですか貴方っ!?」

「なにを、とはおかしなことを。これから、私とダンスをするに決まってるじゃないか」


 なんら疑問を抱かぬ顔つきで、ジョシュアが恬然と言い放った。

 ……だれが、いつ、どこで、アンタと踊ることを了承したんだよ? って、ツッコミを入れたかったが、頭がクラクラして言葉にならない……人って、余りにも怒りが過ぎると、思わず脱力してまうのね。

 俺らがジョシュアの毒気に当てられていると、さすがに耐性があったのかテオドアがいち早く恢復をして、


「お兄様! 正気ですか!? その娘はたかが侍女なんですよ!」

「こんなにも美しい娘が侍女か!? いやどこぞの淑女かと思いきや、そうか、見慣れぬワケよ。あぁ、妹よ心配はするな。侍女風情を正妻の地位に当てようなど思うはずがないだろう? ……しかし、逃すには惜しいな。妾として輿入れさせるとして……」


 ……なに勝手に、アンタの将来設計に人を組み込んでんのよ。アレか。オマエら兄妹の、俺様、ワタクシ様が”世界のルール”ぶった態度は遺伝なんか。


「まぁ、後のことは追々考えるとしていまを楽しもう。さぁ、参ろうか」

「…………いえ、謹んでお断りさせていただきます」


 と、俺は顔面が引きつらせつつ、頑として断りを述べて手を引いたが「いいえ、貴女は私とダンスをするべきだ」と、ぐにっと掴んで離さない。いい加減にしろよ、オマエっ。てか、さりげなく人の手を撫・で・る・な・ッ! キモイッつーのよ!?

 と、苦心惨憺してたら――パンッと、手が弾かれた。


「……いい加減にウチの侍女を困らせるマネは止めていただけませんか」


 ジョシュアの拘束からササッと逃れて、苛立ちのピークに達したようなシャナンの背後にピタッと貼りついた。

「……助かりました」と、シャナンに囁けばそれに軽く頷いて、ジョシュアを強く睨みつけた。怒り色に染まった睨みに、ジョシュアは呑気な仕草で叩かれた手を撫でると、まるで駄々っ子を相手にするように肩をすぼめた。


「いやいや、シャナン君。キミには我が妹が相手にいるじゃないか。同じ貴族からの誘いを拒み、自分の侍女と親しむなどとは……それがどういう意味を成すのか知ってるかい?そんな浮薄なマネをしちゃ、ローウェルの、勇者の名に傷がつきかねぬよ」

「……嫌がる侍女の手を引く輩を、ただ傍観せよ、と? 自分の侍女を守れずに、なにが勇者だ。貴方こそウチの侍女に対して無礼な振る舞いは家の恥でございますよ」


 と、慇懃な態度で面罵すると、ジョシュアは理解し難いとばかりに眉間にシワを寄せた。


「こんなに下手に出てるのに、その返しがこれか。私とキミとの仲だが、そんな態度に出られちゃ仕方がないね。叩かれた手の痛み分、それ相応の報いをもってして答え――」



 ザワッ、と会場がどよめいた。

 ジョシュアは呆けた面で、言葉を区切らせ、視線を階段の上へと向けた。

 いつの間にやら、楽団は奏でた音色が弦が切れたかのように静まり、人のざわめきの波がこちらに向けて押し寄せてくる。

 振り返って見上げれば、会場の人たちが恭しい仕草で胸に手を添えては「女王陛下!」と声にだし、忠義を示している。

 そして、吹き抜けた階段の上から、輝くような純白色のドレスの女王陛下と、かわいらしい桃色のドレスを着た、クリス様がこちらに降りてきた。

 女王陛下は、軽やかにストールを腕に巻き付けると、理性的な瞳を俺たちへと向けた。


「ジョシュア・ルクレール。このような場所で如何した? 通行の邪魔だとは思わぬのか。すぐに退けよ」

「ハッ、失礼しました女王陛下」


 と、陛下の指摘を受けて、ジョシュアが恭しい仕草で一礼をした。


「お騒がせして申しわけございません。実は、後ろの友人たちと、ダンスの相手をだれにするか、と決めるに難儀しておりまして……ですが、それも陛下のお言葉があればすぐに解決しましょう。ぜひ、私にクリス様をエスコートさせていただきたく存じます!」


「…………うわぁ」


 と、ボギーたんが思わずといった感じに、声を漏らした。

 ……俺も当事者でなければ、呻いてたよ。

 ついさっきまで私と踊れ~などと騒いでたのが、本命が現れたら、尻軽にホイホイ乗り換えるって。襟首掴んで、絞めていいレベルだわ。

 それにさりげな~く、騒ぎの責任を軽やかに押し付ける辺りもね。オマエがすべての元凶かつ、原因かつ、諸悪の根源だろうに……。

 陛下は、そんなジョシュアの尻軽発言に、クスッと笑うと、


「たわけ。口説く相手を違えておるわ。その言葉は我が方ではなく、娘に申せよ」

「ははっ、そうでした……姫様、ぜひ私とダンスを?」

「え?」


 ジョシュアはとち狂ったのままに、今度は可憐なクリス様に向けてその手を差し述べた。

 姫様は、それを戸惑ったようにジョシュアに見つめていた――が、すぐに逸らした。

 ザマァ!?

 と、ショックに笑顔を凍らせたジョシュアに心の底からお悔やみを申し上げたが、次に姫様が視線を向けたのは、シャナンだった。

 ……ま、マジかっ!? シャナン王族ルートキタコレ!!

 と、思いきや、姫様は視線をスライドして、俺に向けて固定した。

 ……え、俺ッ!?


「ハッハッハッ、どうやら男衆は頼りにならぬようだな」

「い、いや、女王陛下! 女性同士で踊るなんて!?」

「くどい男は嫌われるぞジョシュア。娘が選んだのはフレイ・シーフォだ。見苦しい嫉妬をするでないわ」


 と、ゆるりと陛下は笑っていたが、その視線をテオドアにスライドさせた時には、表情が一変して厳しいものとなった。


「ところで、他の貴族たちから学院に苦情が上がっているそうだな。なんでもルクレールの娘が、公共財たる学院を私物化していると」

「……え?」


 と、テオドアは目を泳がせた。


「それによれば、其の方らは学業もソッチのけで私的なパーティを開催しているとある。これでは学院が遊び舎ではないか、とな。それが事実なら、その苦言はもっともであろう……さて、それは本当かな?」

「……それは、」


 すっかり青ざめた表情のテオドアは、陛下の迫力のある笑顔に圧されたように俯いた。

 すると、ジョシュアが苦笑をして首を垂れて、


「……陛下、申しわけございません。我が妹が行き過ぎた行為について謝罪をいたします。シャイな妹には、友人を喜ばせるために、とつい。行きすぎたのでしょう。陛下、どうか、その咎を妹にではなく、私にお申し付けを……」

「よろしい。それで貴君はどう責任を取るのだ?」

「え?」


 と、ジョシュアは盛大に目を泳がせた。

 ……甘いなこいつ。

 陛下は、相手の二手三手先を読むお方だよ。

 ジョシュアは、一歩以上も先を考えてなかった、と、陛下の青色の瞳を見返した。

 陛下は面白くもないものを見るように、威圧感たっぷりに叱責を続けた。


「貴君らが起こしたのはだ学院の財を私物化するだけではない。学院のカリキュラムを強引に捻じ曲げたのだ。無論、それを許した罪は、許可を下した学院長にも、ある。彼には我の方から処罰をするつもりだ。で、翻って、貴君はどう自分を罰せる。ルクレール家の次期当主として、その意見を聞かせて貰おう?」

「……そ、それは、」

「それは? どうした答えられぬか? 我にした謝罪で済ませるか、それとも苦情を申し出てきた貴族らにも、ひとつひとつに謝罪行脚に回るか? 意見をしかと聞かせて貰おうか」

「…………」


 ジョシュアも余裕の表情がかき消えて、青ざめた唇を震わせて黙った。

 陛下はまだお怒りを示すように、額に手を添えられている。

 ……マジ怖ぇよ。

 シーン、と辺りが静けさに包まれてるなかで、まるで公開処刑だわ。

 息を呑みこむのも躊躇するなかに佇んでんでいると「たわけが」と、鋭く差す言葉に、ルクレール兄妹の肩がびくんと跳ねた。


「謝罪の方策も、その後の処遇も考えておらぬとは、これはこれは児戯めいたマネだな。……よろしい、自らの謝罪の仕方も罰っし方もわからぬ頭ならば、我から処罰を命じてやろう。よいか、我が王城から、侍従たちには作法を学ぶために、ミランダが派遣されておるな。其の方らは「作法も知恵も足りぬ故に、侍従たちとともに学びたい」己の口から、そう彼女に申し出でよ。よいな?」

「…………」

「…………」

「返事は?」

「「ハイッ!」」


 と、ルクレール兄妹は、しゃちほこばって声を挙げると、そこで強張ったままの身のままただ俯いていた。それに、陛下はゆるりと嗤うと、吹き抜け階段を上り、そこの手すりから聴衆に聞こえるように声を張り上げた。


「諸君、今宵のパーティを楽しんでおるうちに、些細な事柄で場を乱してあいすまぬことをした。主催者としてそのことを詫びよう。この祝賀は貴公らも一度は通った、この学院の伝統による。その思い出を楽しみ、皆々、父祖の貢献と尽力に感謝の思いを抱いてることだろう。その今日にまで続いた伝統を絶やさず、ここにいる小さき子らも栄えある伝統を継承し、それに則った政治を行い、広くあまねく善政を敷いて欲しいと思う――しかし、

ある者は言うだろう。古いままでよいのだろうか、と」


 そんな、陛下の問いかけにも似た言葉に、会場は一瞬、ざわめいた。

 ……なに? と、俺は訝しんで辺りを見回したが、陛下は投げかけた言葉の意味がよくわからない。陛下は、表情を変えるでもなく、高らかに歌うように続得る。


「目まぐるしく変わり続ける人の世だ。古い政治のままでは対処はできない。なら、古き物を打ち壊して、新たな政治手法を発明して、身分にとらわれず自由闊達な世を切り開いていくべきだ――と。

 だが、それは本当だろうか?

 古きものを壊して、新しい入れ物に作り替えても、よいだろうか?

 我は血気盛んな改革者たちにこう答えたい。そんなにも、貴公らの先祖が作り上げたものが、価値がないだろうか、と?

 無論、ただそんな言葉で幼い子らを古い因習に囚われよとはいわぬ。伝統に則った政治とは新たに”発明”をする物ではない。古い物を現代にあわせて修繕していくこと。先代が、なにをなにを守り大事にして受け継ごうとしたのか、その想いを”発見”してそれを新たに蘇えらせることにある――――」


 陛下は悠然とした笑みを引き締めると、自らの言葉を噛みしめるように頷いた。


「ここにいる小さき子供らには、多くの気づきを得るよう願っている――今宵は楽しんでくれ」


 そう結ぶと、即座に聴衆から鳥肌がわき立つような拍手が巻き起こった。

 わわ、凄いな。この雰囲気の変わりよう……隣のボギーや、シャナン、それに叱られてしょんぼりとした、テオドアやジョシュアまでも、呆けたように手を叩いてる。

 しかし、そんななかでもクリス様だけが、俯きがちに陛下譲りの青い瞳を伏せている。

 俺は思わず「クリス様」と、呼びかけようとしたが、その前に肩をぐいっと引かれた。え、だ、だれ? って、振り返るや、そこにいたのは、陛下お付きのクィーンガードのエルフだった。

 彼は声もなく付いてこい、と身振りで示した。

 ……えぇ、でも、クリス様が。って、ハイハイ、行きますからそんな睨まんで。と、俺はシャナンたちにバレぬように、そっとパーティ会場を抜けた。

 静まり返った離れの渡り廊下を抜けて、校舎の応接室に赴けば、またそこは陛下の衣裳部屋と化している。

 陛下は出番を終えた女優のように気だるげな様子で手を振ると、にんまり笑みを深めた。


「先の演説はどうだったかな? 改革派の血気盛んな演説をマネてみたが、守旧派の頭目にしてはなかなかの代物だろう?」

「ハイ、わたしにとってはその前の、ルクレール様へのお叱りの方がよほど清々しいものでしたが」


 我ながら毒のある笑みをして言うと、陛下はアレか、と苦笑した。


「妹がしおらしく謝罪し、そこに兄が私を罰して。と、それでいままではことが有耶無耶になってきたのだろう。しかし、そんな性根のままで、政治をやられては困る。あれで少しは大人しくなればいいが……」


 ……あれぐらいで凹む程、かわいい性格じゃないよね、あの兄妹。


「フフッ、しかし、お主はかように言い寄られるとは、羨ましい限りだ。お主がかわいらしいのはわかっていたが、こうも衣装ひとつで変わるとはな?」

「……は、ハァ」


 あの、くすぐるみたいに、頬を撫でないでくれます?

 ……こそばゆいっていうか。照れるんですが。

 俺が煙たそうにしてると陛下は立ち上がり「我は先に帰る。娘の世話を頼んだからな」と、言い置いて執務室を出て行った。


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