LV106
猫踊りもずいぶんとマシになったなぁ。
ボギーはパーティ仕様に結った、ゆるふわウェーブの栗色の髪をなびかせ、ターンを決めている。会場の淑女たちにまじっても、その踊りには贔屓目にしても、ひけを取らないものだ。
ボギーの表情はまだ緊張は解けてないようだが、ときおりは笑顔も見られて、心からダンスを楽しんでるようだ。
落ち着いて動けてるし、あの調子でいればヘタな失敗はしないでしょう。
練習の時、これでもかと足を踏みつけられた甲斐があるってものよ。
と、満足げに頷いてみた。が、しかし、考えてみればなぜ、私がここまでキューピット役を演じねばならないの? てか、その御役目を全うするにしても、配役がシャナン×クリス様でなければ、陛下への立場上マズくないか。
…………。
ま、まぁ、陛下にはふたりの間を”取り持て”とは頼まれてないものね。私としては、陛下への義理があるにしたって、私はボギーとの友情を選びたいのだ。
それに、肝心の姫様の想いが定かじゃない以上、私がどうこうしたって、怒られるのは筋が違う、と声を大にして陛下の前で主張はできかねます。できかねますが、たぶん大丈夫……でしょうきっと!
陛下の陰に怯えつつ、私は下へと降りたった。これ以上、周りに振り回されるだなんてごめん被るね。パーティの席ぐらいは、私も存分に楽しんでなにが悪い。
と、豪勢な食事の並ぶテーブルへと赴けば、そこには仔牛の丸焼きを中心にして、様々な料理たち……ウッシシ、ここにあるものぜーんぶ喰っていいだなんて、ここは桃源郷かしらん。
さてさて、大皿にいっぱいに盛り付けて進ぜようぞ。手始めに、仔牛のローストをいただくとして、次はロブスターの姿焼きに取り掛か――
「フレイ」
「ン?」
と、明るい声がして振り返ると、そこに立っていたのは白の夜会服に身を包んだヒューイだった。
「ヒューイ! ずいぶん久しぶりですねぇ」
「ウン、ホントに」
在校生なのにヘンな会話だなぁ。と、含み笑ったら、ヒューイもニコリとした。
「少し髪が伸びたんだね。ここで待ち伏せてたら来るかな、と思ってたけど、キミを遠目から見かけたけど、いつもよりキレイで見違えたよ。その青のドレスも似合ってるしね」
……ナハハ、そう褒められると照れるんですけどね。
どっかの阿呆とは大違いだ。
「どーも。ヒューイ様もその夜会服似合ってますよ」
「ありがとう。元気そうでなによりだ。テオドア様のパーティ以来だから……前はウチの侍従が失礼な物言いをしてゴメン」
「あの……一風変わった侍従さんね」
「そう。クルトワ。あの後叱っておいたけど、こっちが逆に叱られてね。他家の侍女などと頻繁に合うなどあらぬ醜聞を立てられる。とかって。それで四六時中を監視されてて、キミにも会えなかったんだ」
……はぁ。主の立場も形なしですな。って、俺が言うと、ボギーにはどの口が言うの。って、頬っぺた摘ままれそうだけども。
それから、俺たちはひとしきり、最近の出来事について雑談をした。できれば豪勢な食事に集中したいのだが、また会える機会も少なかろうし、貪るのは後にしてとにかく大皿に積んでおけばよかろう。
と、話の切れ間に抜け目なく、料理を積み上げていけば、ヒューイもおしゃべりに疲れてきた頃に、片手で給仕を呼び止めて、飲み物をいただいた。
しかし、ヒューイの給仕を呼びつけた、あの洗練された仕草からして、やはりパーティに場慣れしてんだね。
いやさ、貴族といっても、その辺の度胸がついてるのと、ついてない方ではバサッと別れてるのだ。身分の高い方は、この会場では中心で堂々としてるし、逆に身分の低い貴族や侍従なんて日蔭の方に置かれてるし。
てか、あれ、さっきまで周りには侍従生徒がいなかったのに、やけに増えてきたけども。皆、遠慮してたんかな?
「ハイ、フレイの分……って、両手が塞がってるか。そんな山盛りにしてどうするの?」
「どうするの? ってもちろン食べるですよ」
「フフッ。じゃあこのグラスは持っててあげるから、少し減らしたら?」
それは重畳……なんだけど、ちょっとこう、仮にも私のような美少女が、山盛りの食事に喰いつくのは画的に問題が……それに、オノコに直視されながら食べるのも、私の仮初であろう乙女心が拒否してる。
――って、そだ。積もる話の忘れんうちに。ミルディン卿のペンダントを返さないと。こんなこともあろうか、と思って、持ってきといて正解だった。
「あの、ヒューイ様にお見せしたいものがございまして」と、俺が懐からそのペンダントを取り出すと「これ!?」と切れ長の瞳が驚きに見開かれた。
「やはり見覚えがございまして? ウチが宿屋をしてるのは、以前お話ししましたでしょ。そこでお泊りになられた方のお忘れ物で……ミルディン卿というお客様なのですが、そのお方が、ヒューイ様のお父上だと小耳に挟んだので、これを」
ヒューイは無言のまま手に持って、淵に書かれたイニシャルを指でなぞった。
やっぱ陛下の話は本当だったか。
なんにしても、ようやく俺の手から離れてくれて助かったよ――
「……んなの、ウソだ」
「え?」
パチン、と泡を踏み砕くように、その手に在るペンダントを握りしめた。
ヒューイの柔和な顔はこわばり、その目元に影を落とすように陰鬱とした声で囁いた。
「……忘れるなんて、あの人がするわけがない……あの人が命よりも大事にしてたのに、……それなら、ぼくはなんなんだよ!きっと、要らなくなったんだ、ぼくと同じようにこれも捨てていって……!」
「ヒューイ?」
と、俺はその陰鬱な響きの声にそっと彼の肩に振れた。けれど、彼は頑なに拒むように、握った拳が白く変わる程、手に力を込めて俯いてる。
……ちょっと、どうしたんだよ、いつもらしくもなく……なにか、ヒューイはオッサンに怒ってるみたいだけど、ペンダントを忘れたくらいで、そんなに怒ることなん――
「いやいやさすがは王都でも名のある楽団の演奏ですなぁ。こちらの琴線に触れるというか、上で踊る若い者たちに混じって年甲斐もなくはしゃぎたくなってきます」
「フン、我がカルバチアの楽団と比べたら、いささか賑やかに過ぎますよ。これでは大衆迎合に過ぎてはホンモノの芸術とは呼べませんな。もっとエレガントさを持たねばな」
ふたりの年嵩の親父が、尊大な口振りでくっちゃべりつつ、こちらに歩いてくるのがわかった。
そして、そのひとりのねちゃねちゃとした粘着質な声には聞き覚えが。
…………うわぁ。振り向きたくねぇ。つかヒューイの様子がおかしいのに、その上こんな輩と関わりたくないんだっての! あっち行ってくれ~、頼むーっ!?
「ン? おぉ、そこにいるのはヒューイ君ではないかな?」
げえぇええっ!?
「いやぁ、ラングストン卿には先ほど挨拶に――あ、き、貴様は!?」
と、俺の顔を見つけた辺境伯は、ギョギョッと身をよじってたじろいだ。
……見つかっちまった。
てか、隣にはバカ息子のレオナールまで! バカ親子が揃ってるぅ。って嬉しくねぇよ。
「あら、辺境伯様ではございませんか? その節はどうもお世話になりまして」
「き、貴様がどうしてこのようなパーティにいるのだっ! え、衛兵はどうした、ここから摘み出せ!?」
「摘み出すもなにも、わたしはこの学院の生徒でございます故、参加することにふしぎはございませんわ」
「なっ!?」
フフン、忌々しそうに歯軋りをしおって。相変わらず尊大な態度であらせられますこと。そんな大声で叫ばれては、他の皆様の迷惑になられましてよ?
辺境伯は、その鼻を大きく膨らませて息を吸うと、次第に落ち着きを取り戻した様子。だが、頬を軽く引きつらせては隣で目を瞬かせてた貴族の男に耳元でささやいて、あっちへと追いやった。
すると、不機嫌なへの字に唇を尖らせてたレオナールが、爆弾を投げ込むように、
「ねぇ父上。オレはバカ揃いの侍従を切って、この侍女を雇いたいんだけど」
「はぁっ!?」
と、辺境伯が、レオナールをガバッと振り返った。
……やはりこのバカ息子、そこの父上が俺たちに煮え湯を飲まされたのを知らないか。
「……こんな不出来な娘は我がローゼンバッハ家に相応しくない。いまの連中で我慢しなさい」
「そうかも知らないけど、学院のテストで10位にすら入れない連中よりマシだよ。結構、見栄えは効くだろうし、オレはコイツで良いっ――」
「黙りなさい!! コイツだけはダメだと言ってるだろ。聞き分けよっ!」
ガツン、と叱られたレオナールは肩を一瞬、びくっとさせた。そして驚きの表情に見開いた細目が、納得をする所かサッと怒りの色に満たして、それを俺へとぶつけるように、睨みつけてきた。
んだよ? と、俺は息を呑むと、レオナールは身を翻して離れの出口へと走ってった。
「レオナール!」と、辺境伯は呼び止めたが、チッと舌打ちをして、凶悪な人相を俺に差し向けた。
「女王陛下のご厚意にすがって、学院に潜り込んだ身の上で、図に乗るなよ小娘風情が!……ワシにまた楯突こうものならそれ相応の報いが待っておるからな」
「左様でございますか。ならその報いとやらについて、陛下ともご相談をせねばなりませんね」
俺がしれっ、と陛下の威を借るスライムに変じると、辺境伯はその額に青筋を立てた。が、傍らにいたヒューイに「ヒューイ君?」と、猫撫で声を向けた。
ヒューイはさっきまでの騒動にも興味がないように、うつろな瞳で呆けていた。
辺境伯はその華奢な肩を抱きつつ「君の義父上が捜しておったよ。さぁ、こちらに」と、引っ張っていく。
「ヒューイ!」
と、俺は呼びかけても、彼は青い顔をして、辺境伯に何事かを囁かれながらも、付いて行った。
……クッソ、あの辺境伯のやつ!?
ヒューイとも知り合いだってのか。にしても、あんな穏やかなヒューイが、あんな風に取り乱す……いや、あんな静かに怒るだなんて。いったいどんな事情があるってんだ。




