LV103
……怪しいよね~、あの疑ってください、とばかりに挙動不審なシャナンの態度。
いつも、クールに澄ましてるのに、慌てたように視線までそらして。きっとなにかよからぬこと企んでるますよあれ。
「……でも、シャナン様に限って悪いことだなんて。フレイは、朝稽古の時にも聞いてみたんでしょ。どうだったの?」
「て~んで話してくれませんでしたよ。探りを入れても誤魔化されたし」
ジトーって、無言の圧力に訴えても「いいからあっち行けっ」て怒られたし。ちぇっ、大概のことは粘ったら話してくれるのに、今回は口が堅いな。
「やっぱ、よからぬことを考えてるのかも知りませんよ。日頃のテオドアからのストレスから解放されて、その溜まった鬱憤を夏休みで晴らす気では?」
「……そんなこと、シャナン様に限ってありません!」
私の読みをボギーは口では否定しつつ、自信がないのがありありだ。目の前であんなに挙動不審になられては、シャナンを信頼してるボギーにも疑わないって選択肢はありますまい。
「先輩に聞きたいことがある、って、言ってたわよね。ソレがわかれば、そのシャナン様の妙な態度も分かるかもしれない」
「……さぁね。でも探りを入れようとしたって、プリシス先輩も日頃どこにいるかを捜し歩いてるぐらいだから、難易度高いんじゃない? しかも、賢者とは正反対な……その、不良っぽい感じだし」
シャナンでもなしのつぶてな対応なのに、女子ふたりで聞きに行ってもガキの使いじゃないんだよ。と、恫喝されそうだわ。
「あんまりヘンな心配してもしょーがないかもね。こんだけ心配してあれですけど、案外、ほんとに大したことじゃなかったんじゃない? 相手は賢者の子息だから勇者一行の積もる話とか?」
「…………かもね」
椅子の背もたれに首を預けつつ、難しい顔で呻いていたボギーは無理くりに納得させるように呟き「勉強でもしよっかな」と、机に向かった。
……ボギー様はまさか、夏休みの宿題を初日にクリアするという、かの優等生様なのですか? 翻って私は、夏休み終わりに泣きながら、スパートをかける劣等生でしたっけ。
俺は過去の懐かしい思い出に浸ってると、ボギーの書き物をする音だけが耳に届いて、実に静かだ。
夏休みに突入して、寮で暮らす生徒も大半は帰省してしまい、居残ってる生徒はよほどの田舎者か、家に帰りたくない生徒のどちらかだ。
寮に人が揃っていたとこで、俺はどーせ没交渉なんで、あんまり寂しいワケじゃないけどね。
……しかし、こういう人寂しい時にこそ、居残った寮生に積極的に声掛けして、仲良くするのも手かしれん。
と、独りで友達作り計画を思案していたら、ノック音がした。
……え、む、向こうの方から来てくれ、た?
わわっ、どうしよう。ホットパンツにシャツ一枚ってこんなだらしんない格好で!?
と、慌ていたら、ハ~イとボギーが扉を開けた。
「プリシス先輩?」
「おはようございますボギー様」
ちょこん、と、ネコミミ先輩、ことプリシス先輩が頭を下げた。
「おはようございます……あの、ごめんなさい。コレがだらしない格好で……」
「急にお訪ねしたのはこちらですので。お構いなく」
ボギーにコレ扱いされた私とは違い、プリシス先輩はこんな日にでもノリの効いた制服姿……だが、妙に生臭いね。と、思いきや、部屋に招じ入れられた先輩の手には、ごりっぱな魚を提げている……。
「こちらですか。朝市で仕入れた物で新鮮な物です……先日は、我が主がローウェル家のご子息様に、タイヘンなご無礼を致しまして。些少ながらもそのお詫びと謝罪に参りました次第でございます。その節は申しわけございませんでした」
「え、先輩が、謝ることないですよ!」
「そうですよ!」
「いえ、そういうワケには参りません……本来ならば主様をつれて、シャナン様の元へとあがるべきなのですが、主に逃げられてしまって」
いやいや、そんな我々に頭を下げなんでもいいですってば! 原因があるのはこっちの方だとシャナンも言ってるから……。
先輩はキレイな黒髪に自慢の三角巾をへたっ、と沈めて激しく落ち込んでる。俺たちも腰を低くしながら肩を抱くように慰めた。
「ひとまず落ち着いてそこにお座りくださいよ……後、その魚の方は、部屋が生臭くなるので持ち込みは」
「左様ですか。ではこれは私の昼餉に致しましょう」
……じゅるっ、と涎をすする音がしたが、ま、まあ気にせんでおこう。
先輩に上がっていただいたが、その生臭い香りをだす魚を、日蔭である私の居住区へと置かれた……そこ臭いがこもって困るんだけども。
「つかぬことをお聞きしますが、シャナン様とアイゼン、様、ですか……? そのふたりの諍いの原因については、ご存知ですかね?」
「さぁ? 我が主は秘密が多くございまして。そこに私が首を突っ込みますと、大層お怒りになられます。なので、お伺いをしたことはなにも。ただ、我が主が、ローウェル様を突き飛ばした、とだけしか……」
「……ハァ。たしかにあの顔で怒られると怖いでしょうね」
「いえ、我が主はあのような顔立ちですが、本当のところはお優しいお方なのです。私がこうして不自由ない暮らしを送れてるのも、主様が手を差し伸べていただいた故にでございますので……」
先輩は、主様を本当に尊敬してるのか、珍しく感情を露わに伏し目がちにそう言った。
「あ、すみません……ろくに知りもせずに、陰口めいたこと言って」
……人のこと見た目や、第一印象だけで判断するのはよくないよね。と、俺がプリシス先輩に頭を下げると、先輩はふっくらとした笑みをして、いえ、構いませんから。と、許していただけた。
「もう、こんな暗い話は止めヤメ!」と、ボギーが強引に話を打ち切り、夏休みを街に繰り出す計画に、先輩をお誘いした。幸い、先輩もご実家には帰ることなく、毎日を主様のお世話して過ごすらしい。
その主様も、どこかへとフラフラ出歩いてて、自由な時間は多いらしく、先輩も快く我らがパーティに参加していただいた。
……フッ、これで選ばれし三人目の遊び人が揃いましたね。後はこのメンツにアルマが足りないが、誘おうにも王城にまで行かないと無理だよね。残念だが、夏休み期間に会う機会があればって集まりたいけどねぇ。
俺とボギーが熱心に、ドコに行くべきかを激論をしていたら、気づいたらプリシス先輩は俺の文机のスケッチを取り上げていて、なにか上機嫌にふんふんと頭を揺らしてる。
「先輩~。なに読んでるんですか」
「――失礼。少々気になった物で……しかし、これはなかなか素敵なスケッチですね」
あぁ、それ。
そのノートには、私の腹立ちと癒しと慰めに、せめてにもイメージしたお菓子のスケッチが乗ってるのよ。
恥ずかしながら、鉛筆で書かれたラフ画のスケッチをおふたりの前で広げれば、ホーッと感心してくれた。ぬふふっ。なんたって、それは手順から出来上がりまでを図解入りで記した、我ながら大作だと胸を張れる代物ですからね。
「なるほど。黒焦げた失敗作までも描かれたございますね……イメージ上でも失敗をして研鑽を積んでおられるとは、流石です」
……いや、チョコビーンズを混ぜたアイスケーキなんで、失敗ではないんですがソレは。まぁ、チョコつっても、カカオを見たこともないふたりには、説明しきれるものじゃないのけど……しかし、この味を伝えられぬもどかしさときたら、なんとせう!?
「やっぱフレイの頭のなかはふしぎよね。あ、これ、カラフルな感じだけどドーナッツよね! 先輩、これあたしも作れるんですよ?」
「あ、そーいえば、シャナン様にプレゼントする、と張り切ってたものでしたっけ」
シャナン様はお喜びになられまして~? と、揶揄いにいったら「フレイが誘拐されてるのにそれどころじゃないでしょ!」と、大いに叱られて口も聞いて貰えなかったのは、いい思い出です。
「しかし、どれも目移りするほど美味しそうでございます」
……じゅるうっ涎をすする音がしてるが、そんなにも喰いたいのか。ドーナッツに穴が――あ、いや、スケッチに穴が空くほど覗いて居る。
なんか、先輩が釣れそうだな。
先輩、プリシス先輩。ほ~ら、この私の指で作ったこの穴、ドーナッツみたいでしょ?美味しいよ~。
と、鼻先に、ドーナッツに見立てたOKマークをふらふらとさせると、先輩は黒目を米粒のように丸めて、追いかけている。
――と、
ぱくっ、と喰いついてきた。
ぎゃっ!?
せ、先輩が俺の指を……はむはむしてる。
……鼻血が出そうになるほど、かわいすぎんだろ!
やわらかそうな頬っぺたを、はむはむして一生懸命に噛んでいる!
はぁぁあ、かわゆいなぁ……。
「ちょ、先輩で遊ぶのは止めなさいよ!」
いや、そういうボギー様だって、かわゆい先輩をチラッチラッ、と見てるじゃない。
「ぷへっ。おふたりとも私で遊ぶのはお止めください」
「「……ハイ」」
……すみません。
謝罪に来られた方に、逆に叱られてしまっては立つ瀬がないっす。
……しかし、忠義に厚く、気配り上手で、癒し系とは。まさに先輩こそ侍女の鑑ですね。でも、その、遊ぶのはダメというなら、今度は本物のドーナッツでなら餌付けしてもよろしいでしょうか?




