LV102
いよいよ夏休み最後の授業日となり、今日は授業もそっちのけで早朝の講堂にて学院長からの訓示をいただいた。てか、学院長なんていたの? ってぐらい影が薄くて存在自体を今日初めて知ったよ。
長~いお説教を棒立ちで聞き終えて、教室に戻れば今度はモーティス教諭がだみ声にて「はめを外さぬように紳士淑女に相応しい振舞いをして~」云々と夏休みの正しい過ごし方を語るという、まさに終業日恒例のお説教の連鎖だ。
こちとらはめを外すどころか、優雅な夏休みへの梯子を外されたのにどう浮かれるというの? サマーパーティなんて滅びてしまえ。
「それでは皆様、よい夏休みを!」
と、モーティス教諭が別れの挨拶を告げて、一学期はほんとに終わた。
生徒たちは皆、輝かしい笑顔で鞄を抱え、箱庭たる学院から外へと飛び出して行った。私はそれをうじうじとした気分で教室の窓辺で眺める。
この学院に帰ってくる時には、皆はキャリーケースいっぱいに甘酸っぱい思い出を持ち帰ってくるんでしょーね……あぁ、羨ましくて涙が。
「なんだかあっという間だったね。心配したほど勉強につまづくこともなかったし、腹の立つことも多かったけど、総じて良かったかも。あー、夏休みの間は、嫌な声も聞かずにゆっくりと過ごそう、っと!」
「……ボギーは前向きですね。これから毎日が寝て曜日が始まるってーのに」
「そう? あたしはゆっくりと、読書とか街めぐりとかしてみたかったから、長い休みは良かったなぁ。って思うけど」
ルンルン、ってな感じにボギーは心から夏休みを楽しみにしておられる様子。
……まぁ、ボギーたんと毎日デートに繰り出すのも悪くないけど「フレイに似合う~」って、タイトスカートを差し出してくるのは、マジ勘弁だものなぁ。ソレに、毎日がそうめん尽くしみたいに、顔合わせが同じだと倦怠期のカップルのように飽きるものよ~。
「……ふーん。フレイが行きたくないんだったら、置いてくからべつにいいけど?」
「行かないなんて言ってないですよぉ。荷物持ちでもなんでもするから~。私も連れていって、ね、ね!」
もう~、ボギーたんってばすぐムキになる~! と、揉みモミとボギー様のお肩をおもみしたら、ハァ、と呆れたように額に手を当てた。
「まったく調子いーんだから。大体、あたしよりフレイの方が忙しいんじゃないの。女王陛下に任命された料理人さん?」
「……相変わらず、ボギー様は忘れた頃に嫌な話を思い出させてくれますね」
……いやさ、たしかに陛下から拝命したはいいが、いまの所、なにをしろ、だのとも言われてないし。ハッキリ宙ぶらりんの状態なのよね。
私的にも、王都に来てからずーっと料理を作ってないから、こりゃ私史上最長に厨房から離れてるといっていいのだ。
「カステラを作れ」と、お話しがきたら物凄く不安だよ。女王陛下を相手にキャラメリゼ、し過ぎな黒焦げカステラをお出しした日には、にこやかに樽に詰められリアル黒ひげ危機一髪ゲームをされるであろう。
もちろんクリス様からも「楽しみにしてますね~」と、言われたからには、私もご披露したいのは山々なんだが……でも、陛下が私に期待してるのって、料理のこととは思えないしそれ以外の”報告”に重きを置いてるだろうな。って気配がひしひし感じる。
「それよかシャナン様はどうしたんです~? ま~だ貴族様方からお誘いを受けてられるのでしょ?」
チラッと教室中に目を向けたが、シャナンの姿がないな。
さっきまでは、テオドアたちに「ワタシの別荘でひと夏を過ごしになられません?」と、迫られてたのに。さては、廊下にでも逃げたのだろうか?
「困りましたねぇ。シャナン様から今後の夏休みのご予定をお聞しておきたかったのに。それ如何で、わたし共の夏の過ごし方も変わりますよね~……てか、最悪テオドアの誘いに乗るのも悪くは……」
「……ボソボソ言って。なに企んでるワケ」
「べつにぃ?」
シャナン様をエサに、貴族様の避暑地を一緒にめぐろうなんて、甘~い考えは持ち合わせてもないです。ハイ。
「ヘタな考えは止めてよ? どーせ甘い誘いに乗って付き合わされたって、あたしたちはロクな目にあいはしないんだから」
……ですよねぇ。
テオドアが侍従らに向ける、優しさだなんて微塵でも持ち合わせてるワケないか。
あーあ、夏の過ごし方、ほんとどーしよ。
と、窓辺の縁にもたれかかろうとした時、
「キャーッ!?」
と、耳をつんざくような悲鳴に、俺たちはぎょっとした。
「いまの、なに?」
「悲鳴ですが……テオドアの声でしたよ」
俺らは咄嗟に廊下へと出でたが、すでに校舎には人気も少なく、生徒の姿もなかった。と、階段の下からついで「シャナン様!」と、続く呼び名がした。
……シャナン? と、振り返ると、ボギーがサーッと青ざめた顔で、階段を駆け下りていく。ちょ、待てって。と、俺も付いて行けば、尻餅をついたシャナンが目に入った。
「なんの騒ぎですかこれは!」
と、叫ぶと、シャナンの目の前にいた白髪の男子生徒が、鋭い双眸をこちらへゆっくり向けた……だれだ、こいつ? 顔立ちは整ってる風なのに、目つきも姿勢も悪いが、とくに強い敵意も見られない。ただ、興味なさげに短い襟足を掻いてる。
……ちょっと、おまえ、ウチの主になにして――
「アイゼン・ヴァン・ラームズ! シャナン様になんてことを……!?」
俺ごと押しのけて、隣にいたテオドアが叫んだ。
……ヴァン・ラームズ?
って、それネコミミ先輩の主のことじゃないか!?
じゃあ、こいつが、賢者の子息~!? ……うわぁ、学院の生徒とは思えない程、ガラの悪そうな生徒だな。そーいえばプリシス先輩も捜した時に聞いたあの容貌通りなんだし、さもありなんだが。
「聞こえていて! アイゼン・ヴァン・ラームズ! シャナン様への無礼な仕打ちを謝罪なさい!」
「……うるせぇな。キンキン喚くな」
テオドアのキンキン声に、アイゼンは眉間にシワを寄せて、耳を指で押さえていたが、不機嫌に低めた声でそう言った。
「……そいつがオレを付きまとって、勝手に転げただけだろ。外野がガタガタ騒ぐんじゃねぇよ。巻き舌女が」
「なぁっ!?」
テオドアは顔を真っ赤にしてぷるぷる震えた……この怒りっぷり。巻き舌ってこいつの禁句ワードなのな。
怒り狂ったテオドアは、冷めた目をしたアイゼンに詰め寄ろうとしたが、彼は興味なさげに両手をポケットに突っ込んで、廊下の奥へと行ってしまった。
テオドアは「待ちなさい! アイゼンッ!?」と、呼びかけたが、ボギーに助け起こされたシャナンが「テオドア嬢、お待ちを」と、止めた。
「そのお騒がせしてすみません。ですが彼の言う通りです。アイゼン先輩に、無理に話を聞こうとして、僕が振り払われて転げただけで……」
「……ですが、とてもそのようには」
「いえ、しつこく話を持ち掛けた僕に非がありますので。こんな騒ぎは大きくしたくありませんから、これで。今日は妙な騒ぎに巻き込んでしまってすみませんでした」
と、無理くりにシャナンはテオドアを宥めると、俺たちに付いてこい、と目配せをして、静かな水場へと連れてこられた。
「ちょっと、テオドアではないですが、ほんとになんの騒ぎだったんです? ……心配したんですからね」
「大したことじゃないよ。軽く突き飛ばされて」
「そう、ですか……じゃあ、あの先輩に聞きたいことって?」
「へ? あ、ぁあ、聞いてたか…………いや、それも大したことじゃないから。いいから、オマエたちが気にするなよ。忘れてくれって――それじゃ、僕はまだ学院でやることがあるから」
ボギーの気づかわしげな視線に、シャナンは気まずそうに目を逸らしてそそくさと廊下の向こうへと走ってった。
「……シャナン様、おかしかったね」
「ええ」
……てか、あんな賢者のイメージとは正反対の輩に、聞きたいことってなんだってんだいったい?




