LV?? とある貴族の子息。ジャン・デュバリィ
「それで。気恥ずかしくなって彼女の前から逃げてきやがった。というワケな」
「……べ、べつに逃げたわけじゃ」
「相手と眼がバッチリ合った上、声までかけられて、そんな言い訳は通らないな」
「だろぉ? フレイちゃん今頃、勇者様ダッセェって呆れられてるぜ」
オレとニコラが揃って突っ込んだら、シャナンはクールな顔を渋くして背けちまった。
ちょっと、揶揄りすぎた?
でもよぉ、わざわざ女子がオシャレしてんのに、そこを褒めないとか……マジないわ。と、オレが、お説教しようとしてたら「君の醜態はどーでもいいけど」ニコラは艶のある黒髪を絵筆で掻きながら、横槍してきた。
「フレイ・シーフォがどういう格好をしていたのか。仔細な報告をくれないか。この画に付け足すのに、後はそのドレス姿だけなんだが……」
「お、二コラ画伯は、また仕上げてんだ?」
「当然だ。せっかくの稼ぎ時を見逃すなんて愚を犯すぼくではない」
「二コラは相変わらずの銭ゲバっぷりだなぁ」
「ちょ、邪魔するな、この玉葱頭がッ! 筆が乱れるじゃないかッ!」
二コラはキャンバスを抱え込みつつ、目を剥いて怒った。
ワリィ、ワリィ。と、手をついて謝る。いやぁ、ニコラの絵には期待してんだってば。
ニコラやシャナンにオレも含め、いわゆる田舎の貧乏貴族だ。
三人共、学院の寮暮らしなもんで、部屋がちょうど隣あった縁で仲良くなった。
まぁ、芸術家肌で変人気質な二コラと、生真面目なシャナン、万事がいい加減なジャン――って、先のふたりが罵ってくるオレと――と、波長が合ったのだと思う。
「で、フレイ・シーフォの衣装は?」
二コラがしつっこく追及したが、あいつ振り向きもしないで、
「……桃色のイブニングにフリルつきの華美な雰囲気だったかな。白い縁取りがされて、腰のラインもよくわかる形で……後は胸元には大輪の薔薇の刺繍が浮き上がる形に飾られていた」
「一瞬でよくそんだけ覚えてたな」
「よろしい。大分、イメージが湧いた…………で、背中は空いてたか」
「……知らないよ」
「だとさ。そこは想像で補って」
「偉そうに」
と、言いつつ、ニコラは絵筆を走らせる。
二コラは、学院でプロマイドを売る商売をしてる。その才覚は大したもので30人以上の顧客を抱えてるのだが、ほとんどが男。当然、そのニーズは美人画の一点に絞られていて、学院の男の間だけで密かに開催された「学院イチ美人コンテスト!」で、上位に食い込んだ娘たちを二コラは描いている。
コンテストの栄えある一位は、クリスティーナ王女だったが、僅差で勝利を逃した次点はフレイ・シーフォが喰い込んだのだ。
いや、他の淑女様方を押しのけて、侍女が次点人気だなんて相当なものだろ。
人気の秘訣は、他の侍女にない「高嶺の花」っぽい雰囲気と、人を近づけないクールな顔立ち。勉強もできる才媛でありながら、剣術テストでも一番を取る、あの健康的な肢体はガチで色っぽい! と、評判。
儚げで優しげな姫君と双璧に、クールでありつつも健康的な雰囲気の侍女。と、人気を二分する形になったんだろう。いや、ローウェル家の侍女は、ボギー・カーソンと共々レベル高ぇわ。あの娘も、何気に熱心な信者がいて、人気があるんだわこれが。
「あ~あ、こんなフヌケな主様のままなら、他の男に取られちまうぞ?」
「取るも取られるも、フレイは物じゃないし……僕はべつにアレを好きだなんて言ってないだろ」
「そーかぁ?」
その割には、あの娘に対する時だけ態度が違くねぇか。
オレら三人で中庭で食事してた時、貴族女子が割り込んできてもいつも素っ気なくしてるのに、フレイちゃんの前だと苦笑まじりでも楽しそうに笑ってるジャン。
それと、前に高飛車お嬢」こと、テオドアとフレイちゃんが衝突した時、フヌケ対応に怒られ、昼食のやくそくを反故にされてたよな。あの時は、トボトボとオレらんとこにやってきて、激しく落ち込んでた気がしたけど……。
でも、勿体無いよ。ほんと。シャナンは勇者の血筋というのもあって、女子なんて選び放題だろ。最近も夏休みの予定をひっきりなしに訊ねられて「ワタクシの別荘で一緒に過ごしません?」なんて、誘いぜーんぶ断ってるとか。
……あんな、美少女ふたりを侍られておいて、しかもそんな誘いまで袖にするとか……。マジ、羨ましすぎて殴りたくなってくんだが。
オレが半眼で腕を組んでいたら、ニコラが絵筆を置いてキャンバスを置いた。
お、出来上がったみたいだな。
「おぉ! こりゃまた凄いな……絶対、高く売れるぜ!?」
「……金の事しか興味ないのか、なにか感想は」
「いんじゃね? ほら、なんつーの。いままでにない女子っぽい雰囲気があるっぽい」
「それは、被写体の格好だろ? 絵についての出来栄えは」
「主様に聞けよっ」
二コラを宥めてシャナンに見えるようにキャンバスを掲げた。シャナンは横目でチラッ、とキャンバスを覗くが、あまり感心した様子もなく「……フレイはこんな笑い方はしないと思うが」と、感想を述べた。
「またかよ。ソレ。あ~あ、ニコラの絵も、まだ腕が足りないな?」
「……フン、いいんだよ。シャナンが知る彼女と大衆が望む彼女とは、必ずしも合致するものではない。本物がどうかと引き比べてもさして意味がないんだからな」
あぁ、確かになぁ。
キャンバスのフレイちゃんは、貴婦人のようにたおやかな笑顔で足を組んでお茶してる――が、彼女に近くにいるシャナンに言わせれば「こんなのフレイではない」らしい。
ま、話しに聞く限り、フレイちゃんはイメージとは違って、独特の雰囲気があるっぽいよな。いわば天然系ってやつ?
ちょいちょい、エピソードを聞かせてもらったけど、村でやってきた彼女の行動はどっか人並み外れてるからな。
泉に金貨を投じれば願いが叶う――とか、メルヘンチックな想像をしたかと思いきや、真実の口――という、嘘つきの腕を喰らう残忍な見世物でひと儲けしよう、と企んだり。……なんだか、メルヘンとスプラッターが混在する世界観の持ち主っぽいよな。
まぁ、シャナンからすれば「アイツはもっと単純で俗っぽい輩」だそうだ。オレには、そんな風にはまるで思えないんだけど……。
「アイツときたら。目を離したらなにをしでかすかわかったものじゃないんだから」と、よくよく、シャナンも惚気てるけど。それに、いい加減に気づけっての。
「まぁいいや。それよか、夏休みのあの”計画”皆はヤル気なんだろうな?」
「……ほんとにやるのか」
「二コラは反対か」
「当然だろ。ハッキリ言って、無謀すぎると思う……」
オレが例の”計画”について口に出すと、ニコラは不安げに言った。
「でもやるっきゃないだろ? 絵の値段を吊り上げたって、顧客が買わなくなるだけだぜ。客が離れたらオシマイよ。そうなったら、ますますオマエの弟の制服費用から、その他諸々の出費。工面できなくなっぜ」
「…………」
二コラは陰った表情で薄い唇を噛んだ。きっと、田舎に後四人もいるという、妹や弟のことを考えてんだろう。この手の話題になると、飄々とした変人っぷりが鳴りを潜めて、田舎貴族の長男として、懊悩に頭を抱えるのだ。
「やるっきゃないだろ? オレもオマエも尻に火が付いてんだ。だから、シャナン――」
「それ以上、言うなよ。僕もやる。ジャンやニコラを手伝うとかじゃなく僕の意志としてな」
震えそうなぐらい、格好いい声でシャナンはそう断言した。
……いや、ほんと、付き合わせてワリィと言いたいけど、ここはこいつに甘えさせてもらうわ。
「決まりだな。後は細かな点を先輩から話を聞き出すことだが……」
「僕がやろう。先輩との接点は、辛うじてあるとも言えるからな。なんとか話を聞けるかもしれない。父様のよしみで」
「……シャナンにそこまで甘えちまって頼むな。最悪、殴られっかもしれないけど」
「あぁ、それでも聞き出すさ」
オレたちは、だれともなしに互いの意思を確かめるように頷いて、揃って手をかざした。……この夏休みがオレたち家族の運命を左右する、と知ってるから。
「必ず成功させよう。そして家族を守ろう」




