LV10
シャナンと顔を合わすたび、再戦の申し出を受けるようになった。
所構わず木剣を足元に放って「決闘だ!」と迫ってきて、大変ウザったいったらございません。いったい貴族としての礼節はどこへ逝ったのでしょう。まあ、手袋をぶつられても全力でお断りしますが。
ジョセフや団員の目の届かないところでの死闘は固く禁じられてるし、俺にやる動機も目的もない。
毎回、そのような旨を誠心誠意お伝えしていてるのですが、残念なことにご理解いただけた試しがない。いくら筋の通った道理でも、相手に理解する気がなければ通らぬという典型である。
あまりにもしつっこいんで、いい加減ガン無視を決め込んでいたら、シャナンの阿呆はよりにもよって朝食の席で絡んできやがった。コイツ場所を選べやっ!
「ふふふっ、仲がよろしくって良いことですねぇ」
まったくよくありません。
貴方の息子の顔が赤いのは決して恋心ではなく怒りのせいなのです。
「母様は誤解をしています!」
俺たちをからかったエリーゼ様に、阿呆がいち早く立ち上がって抗議した。
……余計なことばっかすんなこいつ。そんなこといま言ったって信じるわけないだろ。エリーゼ様の顔をよく見ろ。おやおやっ、て楽し気な顔に大書してあんじゃん!
「ふふ、そういう歳になったのね。こんなにも早熟だとは思わなかったわ」
「は、なにがですか?」
「いいのよ、いまはハッキリとわからなくとも。いずれその感情に気づいた時には、それは素晴らしいことだと、わかるのですから」
「母様はいったいなんの話をしてるんですか!」
……だれか、エリーゼ様の誤解を早く解いてください。
俺もこういう身体ですが、心は紳士である。
身分違いな田舎娘(心は男)×生意気な領主の息子(男)=
なんて永遠に開通しなくていい雪山遭難ルートに等しい。
シャナンも独力で誤解を解くのを困難と悟ったのか「オマエの口からなにか言えよ!」って目がうるさい。いや、アンタが食事終りに絡んでくるこうなったんでしょ。
でも、どうすっかな。助け船ってヘタにだすと俺まで帰路がなくなっちまうし。
かといって黙ったままでいれば、認めたってことになりそうかねんし。
しょうがないなぁ……。
「あの、エリーゼ様は少し誤解をされておりますね」
「あら、そう?」
「そうです。シャナン様が仰せなのは、わたしとの稽古の結果に不服がおありで、再戦をしたいと――ですが、それには及びませんよね。前の結果はただのまぐれですから」
「まあ、シャナン! 貴方フレイちゃんに負けたの?」
「…………」
エリーゼ様がトドメをさした!
ちょ、負けとか、勝ちとか、そーいう言葉使わずに誤魔化したのに……いや、なんか、目に殺気を宿してる人がいますけどいまの俺の責任じゃないし、ヤンデレルートはもっとお断りです!
「ハッハッハ、謙遜も過ぎれば嫌味となるぞフレイ」
「……はぁ」
よっぽど悔しかったのか、シャナンは目を吊り上げて食堂を出るのに、クライスさんはドッと吹き出した。
まあ、正直半分は嫌味入ってたけどね。負けず嫌いって傍目で見る分には楽しいけど、からまれると厄介だよな……これに懲りて大人しくしてくれればいいけど。
「ごめんなさいねフレイちゃん。シャナンったら気難しい所があって」
「そんな。シャナン様は村中では評判の人ですよ」
ちょっと吊り目なのがマイナス点だが、黒髪黒目のシャープな感じなイケメンだからな。女子たちには憧れてる娘が多い。
クライスさんの領内の視察に、決まってシャナンも隣で政務に付き添ってるからね。村人もその姿勢には関心しきりだ。まあ、この辺はお世辞抜きに立派なことだと思う。小学生時代の俺なんて、ボーっとしてるだけで日が暮れてたような気がするものなぁ……。
それからひとしきり、魔王討伐の旅の話や、恋話に華が咲いた。
彼女いない歴=年齢の俺に語り草はないんで、エリーゼ様の惚気にふんふんと頷くだけだが、なかなか楽しい。
エリーゼ様は頬を桜に染めて、一言一句に顔が綻んだり、悩んだり、って表情が豊かでなんとも麗しい。思わずデヘデヘと話に聞き入っていたら「貴女も恋話に興味がおありなのね」なんてたいへんな勘違いをされた。
「そうだわ! 前にね読んだ本のなかで、たいへんにすばらしい物があるのよ! いま王国で流行の小説なのだけれど、商家の少女がとある国の王子様と恋仲になる話で――」
「……いえ、あのわたしはそういう話はちょっと」
……あらすじの時点で恣意的なものを感じるんですが。もしや、それって、
”身分違い恋愛”物ではございません?
大人しそうな外見とは裏腹に恋愛には肉食系ですか……熱っぽく語るエリーゼ様には申し訳ありませんが、本のような恋のルートを辿ることはできかねますね。
「うぅん、そんな食わず嫌いなマネしちゃだめよ? 本の趣味は広げようとしないと狭まるだけよ。ダマされたと思って読んでみて。ホントーにおもしろいんだから!」
「……わかりました」
……どうしましょうコレ。明るい装丁でぺらっと軽いはずなのに重たいんですが……。
「――旦那様、お話し中に申し訳ありませんが」
「お、おお。何用か?」
侍女のハンナさんがやってきたら、クライスさんの顔がパッて輝いた。
てっきり逃げたか、と思いきや、あ、いたんだこの人。
恋の手の内をさんざん暴露されて、冷や汗たらたらもんだったろうに。いままで息を殺していたとは。ステルス技術もさすがは勇者よ。
「はい急なお客様が来訪されまして」
「また旅人の類か」
「――久しぶりだな勇者殿」
「トーマス!?」
そこには悪戯っぽい顔をした若い男の人が立っていた。若いといっても、クライスさんと同じくらいだろう。彼は細身の体躯で冒険者が着るような、上質な革の鎧に身を包んでいた。
クライスさんは椅子から立ち上がって客人に近寄り、お互いに笑いあいながら肩を叩きあった。エリーゼ様も客人の腕を取って再会を喜び合っていた。
唯一、蚊帳の外な俺がぽかーんとその様子を見ていたら、「ん?」と、悪戯っぽい顔つきをした客人の目が俺に止まった。
「おやおや~、前に会った時と比べたら、いやにかわいい女の子になってるな――妹? ってわけもないよな?」
「男が女に変わるワケあるか。その子はシャナンではなく領民の子だ」
「あぁ? 領民の子がどうしてこの館に? ンだよ、貴族になって十年近くたってんのにいまだに振る舞いが身につかねぇらしいな」
「よく言う。私が生粋の貴族ならお前はとっくに縛り首だ」
「違いない」
トーマスって人は、青みがかったぼさぼさな頭を掻きつつ、へらへら笑った。
スッとナイフで入れたような切れ長の瞳は、理知的な感じを受けるが、全体的に雰囲気が軽い人だな。しかも、勇者に対してこの気安さっぷりはどうなの。村人一同がこれを知ったら、きっと村を叩き出されますよ。
――ン? いや、でも、トーマスって名は……。
「あ、気づいた? よかったー、はは俺もまだまだ有名人のうちに入ってるんだわ」
「はい。皆さんはもう伝説みたいなものですから」
道すがらジョセフに毎回語られてるから耳にタコだよ。
勇者パーティの一人に「神槍の使い手」と呼ばれる一人の名前がいるってな。
「トーマス・ラザイエフ様、ですよね……わたしはフレイ・シーフォと申します」
「これはこれはカワイイお嬢さん。改めまして、俺の名前は、トーマス・ラザイエフと申します。以後お見知りおきを」
と、眩い笑顔で手を差し伸べてくれた。
俺は英雄に出会えて感動で胸がいっぱいの少女――のふりをしつつ握手する。
「急にウチにやってくるなんて、いったいどうなさったのトーマス様? また女の人に振られて傷心を癒す旅行かしら?」
「おやおや、俺が受けた傷でもっとも深いのは君とクライスとの結婚だぜ?」
「またご冗談ばっかり」
「ははっ、ま、俺も冒険者生活も長いからさ、ここらでちょっとまとまったた休暇をってとこだよ。ここにしばらく滞在していっかな? 宿代も払うしなんなら腕も貸すぜ?」
「水臭いこと言うな。部屋ならいくらでも余っているし、一年でも十年でも好きなだけ滞在していけ」
「長すぎだっての」
トーマスさんはおどけて言った。
クライスさんたちは、ワイワイと冒険の思い出話に盛り上がった。
仲間ウチでの笑いがほとんどで、俺としては話題に乗れない。
三人とも楽しそうで、ちょっと嫉妬。
しかし、俺が10年も前にいてたら、勇者の立ち位置がソックリ変わってたはず。なので、おじゃま虫な空気も気にせず居座り続ける。まだ母さんのパンをくすねてないしな。
聞けば、トーマスさんって、いまも現役の冒険者らしい。討伐から帰って、国から十分な恩給は出てるんだろうに、根っからの冒険者なのかな。
「あら。でもこの人のご実家はタイヘンなお貴族様なのよ? 彼の方が私たちよりも正真正銘のね」ってエリーゼ様が茶化した。
へぇ……え、マジに?
いや、クライスさんとトーマスさんって、ふたりが並んでたらクライスさんの方が余程優等生に見えるんだけど。人は見かけによらないな――
ン?
まてよ。根っからの貴族ってことはお金持ち、なのか……じゃあ、もしやこの人を俺の商売計画に組み込めば……うん、イケルな。少なくとも、試してみるだけの価値はある。
後は、この人がどんだけ俺の話に乗ってくれるかだけど。よーやく俺にも貧乏から脱出する光が見えてきた気がする!




