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LV101

 また三侯爵家の娘に喧嘩を売って、粉砕までしたせいか今日は朝から学院で向けられる視線がキツイ。ヒソヒソと囁かれる声には「エミリア様が……」と、もう噂になってるのな。この学院の連中の耳のデカさときたら、ダンボよりもジャンボジェット並よね。

 まぁ、今更ハブられても、噂されようとも、私はもう気~にしないけど。

 だって、今日のミランダ女史のとくべつ授業を乗り越えてしまえば、今学期も残す所、後一週間だよ。

 そして始まるのは栄光の夏休みが俺を待っている!

 ……あぁ、楽しみだなぁ。クォーター村に帰ったらなにしよう。川原でBBQはやりたいし、ハンモックに寝そべって昼寝とかしちゃったり? あ、王都で買い占めた食材で思う存分、菓子作りをして楽しむのもいいかも!

 ぐふふっ、夢が広がるなぁ! 楽しみだなぁ!!


「……なにニヤけてるのよ」

「ぐふふっ、いえ、夏休みの計画を練っておりましてね! ボギーも村に帰ったら一緒に遊びましょうね!」

「夏休み? 村に帰るって無理よそれ」

「は?」


 無理って、なんで?


「予定表ちゃんと見た? 学院のサマーパーティ、夏休みのちょうど半ばでしょ。王都からウチの村まで往復で二週間はかかるのに、行って帰ってなんてしてたら出席できないでしょうが」

「………… …………」


 ボギーたんてばおバカさん。貴重な夏休みをたった一夜のパーティで棒に振ることなんてないわ。そんなパーティなんかに出席しなきゃいいのよ。


「可哀想なおバカさん。女王陛下から直々に書面まで貰って出席しない。なんて選択肢があるわけないでしょ。現実を受け入れなさい」

「じゃあわたしの夏休みはッ!? 毎日を寝て過ごす日々はッ!?」

「あるでしょ? 王都で過ごす夏休みが」


 ……いや、王都でって。公園でBBQなんてしたら、即退学でしょ。ハンモックは? 川で遊ぶのは? 俺の菓子作りは? 毎日をシャナンに棒切れで戦い、毎日をボギー様に叩き起こされるの?

 ……そんなのいまの日常を引き延ばしてるだけじゃない……。

 例えようもない、失望と落胆とに打ちのめされながら、教室へと入った。自分の机を涙にぬらしていたが、不意に見上げた予定表にテカテカと「ドレスアップ・メイク術」なるものが眼に入った。




 …………俺はいま、人生の最底辺にいるのだろうか。


「ハイ、このようにアイラインを際立たせるこちで、目元がくっきりとしますね。メイク術はそれぞれ流行り廃りがあります。しかし基本をマスターすれば、後は柔軟に取り入れればよろしいでしょう。少しの工夫で美しく見られますが、日頃から正しい所作を身に着ければ、それこそが最大の化粧にもなるんですよ?」

「「「「ハイ、ミランダ先生!」」」

「…………」


 悲嘆にくれる俺の肩に手を置いたミランダ女史は、生徒たちの反応にスッキリ笑顔で、頷かれた。

 その真ん前に置かれた姿見に映るのは、青ざめた顔の私……その顔は哀れにも化粧を施され、肩がモロ肌剥き出しのイブニングドレスという、痛ましい姿で、クラスメイトの前で女装を披露させられてる。

 なんで連日のように女装を施されてるかといえば、ミランダ女史に「フレイさん化粧のお手本が必要なのでこちらへ」と、見世物にされたのだ……どうして、私がっ? って、たぶん日頃の男装が目に付いたのでしょう。

「もういいですよ」と、ミランダ女史に促されてフラフラと元の定位置に戻れば、はしゃいだボギーに「凄いカワイイわよ、フレイ! 貴女もやっぱ、ちゃんと女の子を磨けば光るじゃないの!」と、言われた。


「……女子ステータスをカンストしたって、嬉しくないですっ」

「贅沢~……フレイが化粧し終わったら、ワーッて皆凄い色めきたってたわよ? それにテオドアが忌々しそうに歯軋りしてたし。ふふっ」

「そんなの興味ないっすよ……見世物にされて、恥ずかしいったらないのに」



 私の心痛とは裏腹に、授業はつつがなくそして賑やかに行われた。

 教材用のために、色とりどりのドレスが用意されていて、そのドレスに群がるように、女子たちは歓声を挙げながら、その身にあてながらはしゃいでいる。

 いつも取り澄ました顔のテオドアも、今日はやたら食い気味に授業に聞き入り、習いたての装いを一派の連中に施しては、褒めあったり、おちゃらけてパフをふいたりして浮かれている。

 その影では侍従生徒らは慎ましく固まって、姿見に映る自分にうっとりしていた。

 ……やはり、どんな女子でも、自分の美貌を高めるのは好きなのな。

 しかし、主に化粧を施すのが侍従の務め、とはいえ、ウチのような男の主だと、とくに化粧術を学ぶ必要はないと思うのだが……。

 ブツブツと愚痴りつつ、ボギーを相手に化粧をして差しあげたのだが、我が儘なお嬢様にはカンカンに叱られました。


「ちょっとぉ! なんでアイライン引きすぎだってばっ!? はみ出てるでしょ!」

「えぇ? ……いいじゃないちょっとくらい出ても」

「ダメッ!! もう一回やり直してよねっ!」

「……面倒い」

「相手を引き立てられない化粧なんて失格なの。女の子は、全う限りに全力でキレイになりたいものなの!」

「ボギーさんの言う通りですよ。男装の貴女だって、女子らしい格好をすれば見栄えがよくなるでしょう。もう少し精進なさい」


 ミランダ女史も乗っかる形で叱られた。

 ……いや、なにも言うまい。




 授業は終わって休み時間となった。ミランダ女史はドレスを脱ぐよう促したが、そこにテオドアがおずおずと進み出て、


「あの、先生? 化粧を落とさねばなりませんので、もしよろしければ井戸まで水を汲んできてもよろしいでしょうか?」


 いつもなら、侍従に水を持ってきなさい。で終わらすくせに、どうやら学院中に見せびらかしたいらしいな。

 それは後ろに控えてた、女子が全員思ってたことのようで、彼女らもミランダ女史にお願いするような視線を向けてる。

 それに「仕方ありませんね」と、ミランダ女史が苦笑すると、女子たちは歓喜の声をあげて廊下に飛び出してった。

 先頭のテオドアたちが華やかなのはいつもだが、その後ろについてく侍女生徒も楽し気だ。化粧を施しただけで、こうも日頃の鬱屈が晴れるのか、と思うとふしぎだよね。

 この姿からさっさと解放されたいんだけど、アップにした髪を嬉しげに手で押さえて、ドレスを翻すボギーも悪い気分ではないみたい。



 しかし、たどり着いた井戸場はすでに賑やかで、ウチのクラスの男子どもが集っている。連中は揃って乗馬のレッスンだが、膝下や靴の泥を落とすのに、水場を占有してる。

 ……あ~あ、こりゃ、終わるまで時間かかるなぁ。と、女子一同で待ちぼうけていると、

男子どもは、道具の泥を落とすのもソッチのけで冷やかしてきた。


「おいっ。あれ、オマエの侍従だろ?」

「すっげぇ変わりようだな」


 ……いいから、早う洗えよ。

 と、イライラしてると、次第に声を落として30とか、80とか点数が漏れ聞こえてきた。それに女子たちは、一様に顔を曇らせた。

 この腐れ男子どもが。我々を品評する程、己の顔面偏差値が高いというかね?


「ちょっと! そこの貴方!? テオドア様が80点とかいったい何様のつもり!?」

「テオドア様がそんな低い点数なワケないでしょ!? いますぐ撤回なさい!」

「すすす、すみません!?」


 うっかり口をすべらした阿呆男子が、取り巻きどもに引っ立てられて、テオドアの前で半泣きで謝罪してるよ。あれでも一応は貴族生徒だろうに。


「……なんか、凄いねあっちは」

「……怒る沸点がびみょーにズレてる気がしますけどね」


 つーか、その点数は何事! とか、取り巻きが騒いで詰っても、テオドアの傷を抉るだけだと思うが……ほら、引きつった笑顔で窘めてるし。やれやれ――って、あ、シャナンだ。


「え、きゃ、きゃあっ!?」


 ボギーは突然、顔を真っ赤にすると、シャナンの前に壁を築くように、俺の腕を引いた。

 ちょ、足元ヒールなんだから引っ張るなって!


「急に人の背中に隠れて、暑苦しいから離れてくださいよ……」

「いや! こんな格好をシャナン様に見られちゃ、恥ずかしいでしょ!」


 ……なによ、その複雑な乙女心。せっかく、おめかししたのに、すごすご逃げ帰るだなんてボギーらしくないよな。ほら、テオドアが阿呆男子に気を取られてる合間に、シャナンに見せて…………て、動くたびに、隠れるな!

 この背後霊をお祓いするべく「お~い」と、シャナンを手招いたら、その呼び声に気づいたのか、首にかけてたタオルで顔をこすりつつ、こちらを振り向く。と、次の瞬間、そのタオルが吹っ飛ぶ勢いで顔を逸らされた。

 えぇー!?

 ちょ、なにその反応! 目が合った瞬間に逸らすとか、失礼すぎんだろ!

 その非礼な態度にムカっ腹が立って、ドレスの裾を持ち上げ近寄って行こうとしたが、向こうは首にかけたタオルで顔をぬぐいつつ、こっちから遠ざかる。

 あ、コラ、勇者とあろうものが逃げ出すなんて、あ、あ~、行っちゃった……。


「ボギー、シャナン様行っちゃいましたよ」

「えぇ! そんな!?」


 私の後ろに隠れていたのに、ボギーは落胆したようにガクッと首を折った。

 ……そんなに残念がるなら隠れるんじゃないよもう。

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