LV100
ヒューイが俺を誘拐した、かのミルディン卿の息子だ。と、陛下から教えてもらったが、しかし、いったいどういうことなんだ?
ヒューイが何故、まったく別の家名の「ラングストン」を名乗るのか。
ヒューイが「マクシミリアン」の名を棄てた事情は?
てんで謎が深まるばかりで、頭痛が痛い。
……まぁ、いくら推察したって、答えはヒューイに聞かないと無理だけどね。陛下は、俺が事情とやらに首を突っ込むのは、よくないと思ってるようだが、しかし、釘を差されてもあんな事件に書き込まれた身としては、その裏事情こそら気になるものなんだが。
だって、結局、オッサンも、なにが目的で俺を誘拐したのか、辺境伯なんぞに小間使いのように使われてたのかまるで、わからなかったし。
今更そんな事件のこと考えても意味ない、っていわれればその通りだが……
私物入れには、忌まわしい記憶を具現したように、ペンダントが入ってる。それはあの焚火を囲んだ夜に、オッサンから「大人の言うことを信じるな」って、投げつけられたものだ。
……思い出してもつくづく、ムカつくわ。
売っぱらっちまうかなぁこれ。って、何度も私物入れから取り出して、手のひらで転がしては見たが……オッサンの酒代や宿代にしたって、どう考えてもぼったくりよね?
これ、何気に銀のチェーンやら、青くて瞳のように丸い鉱物がついてるし高いでしょ。俺は石に詳しくないけど、たぶん、アクアマリンってやつ?
……こんなの貰っても困るんだけどなぁ。ウチは善良商売を心掛けてるのに。いくら悪党からせしめた物でも、それ故にだれの物かすら不明なのを、勝手に売り払うなんてないわ。
あぁ、もう辺境伯の屋敷から持ってきてしまった金貨とともに、負の記憶だわ。
……ヒューイに返そうかなぁ。これ。と、青く透き通った石を透かして見る。
べつに、酒代を息子に請求なんて、下司なマネをするわけじゃなく、単にこれが俺の手元にあるのが、不釣り合いだわ。
ヒューイが誘拐犯の息子だろうが、親から受けた仕打ちなんて子供にも無関係だし。俺としては含む所もない。妙な恨まれ方をするのもされるのも嫌だから、そっと教室の机の引き出しにでも紛れ込ませておくのが、一番に後腐れなくていいかもね。
まぁ、これがほんとにオッサンの物で、元々あるべき場所に戻るのかは定かじゃないが。俺としても、そこまで責任も考慮もできない。
……ふぅ。でも、ふしぎね。私の心は夏空のように広いというのに、シャナンやボギー様には、まるで逆に見えてるのよね。ほんとふしぎだわ……
ねぇ、カラスさん、カラスさん。窓のひさしの下で小鳥を虐めるのを止めて。寛大な私の実像を、あの人たちに伝えてくれる? 貴方たちが日頃、粗略に扱っているお友達は、最高にできた大人物ですよ。って。
……あ。そーいや俺はヒューイの教室は知らなんだった……。
なにか別の方策を考えないと。
「やっほ~。って、君は遅くない? 主を待たせるなんていけない侍女だなぁ」
明くる早朝の公園に赴いたら、キンキンとした高い声とともに、晴れやかな笑顔に出迎えられた。
こんなチャライ台詞は、頼み込んでもシャナンは言わない。ならば、こんな朝っぱらの公園にいるのはだれか、といえば、人の胸を揉んではばからない「ボクッ娘」こと、エミリア・ハミルトンだった。
……何故、こやつがこんなとこにいるのよ。ちょっと、シャナン様。仏頂面してないで、その理由を教えてくださいます?
「……いや、昨日はずっと付きまとわれて。ウチの男子寮の下で「勇者出てこ~い!」と、騒がれるわ、街まで連れ回されるわ、でタイヘンだったんだよ」
と、首をガクッ、と折れたシャナンは、愚痴った。
なんだか、テオドアとはまたベクトル違う、元気さと厚かましさに振り回されたようね。でも、お互いに剣術には興味があったようで、そこの話題で盛り上がり。つい、ポロッと、朝稽古の話をしてしまい、いまに至る。と。
フーン。それはそれは……私のおらぬ間に、タイヘン気の合う仲間が見つかって、喜ばしいのではありません? 鍛えがいのある、やる気に満ちた朝稽古のお相手が見つかって良かったですわ。
「シャナン様はわたしたち抜きで、楽しい週末をお過ごしになられたようですね。じゃ、私はもう眠いので帰ります」
サヨウナラ。
と、踵を返したが、帰られると困る、と慌てた様子で肩を掴まれ止められた。
……なんですか、もう。
「おいっ、勝手に帰るなよ! ……アレ、とふたりっきりにされたら、気まずいだろう」
「昨日で耐性できたでしょ? 素振りだけして帰せばいいじゃないですか」
「……昨日は、僕の寮の友達も一緒だったから、話がまだ持っていたんだよ」
なんだよ、そのコミュ障っぷりは。
仮にも勇者と呼ばれる身ならな、犬、サル、キジ、と言葉を交わさずとも、腰に付けたきびだんごで鬼退治にでも行ってください。
「フレイ帰っちゃうの? ずっと来るの待ってたのになんで行っちゃうのー」
「……いえいえ、わたしはふたりっきりのお邪魔をする程、野暮じゃございませんから」
後はふたりお好きにどーぞ。私の用事なんて、昨日洗ってきたハンケチ返すだけから。後は膝枕の恩義だっけ? そんなのチャーシュー一枚で替えがきくでしょ。ぺらぺらなご御恩をどうもありがとうございました。
「だから行くなってば!?」
「……わたしはもう眠いんですってば。昨夜はずーっと、ボギーの猫踊りに付き合わされたんですよ?」
「猫踊りって、なんだそれは?」
「詳細はボギーに聞いてください」
きっと話してくれないだろうけどね。
ともあれ、俺が渋って帰ろうとしても「頼むから行くなッ!」と、手を離してくれぬ。……じゃあ、そこで寝てていいですか。
「ほんと、侍女のくせにヤル気ないな。もう、いいじゃんボクと勇者だけで。ねぇ、後で一騎討ちしようよ。きっと、ボクの実力だといい線イッちゃうんじゃないかな?」
一騎討ちだと、いや、シャナンに勝つ気って……
――いや、待てよ。
強くなるため、シャナンと朝稽古を。
なんて、この小悪魔ちゃんが本当に思っているのだろうか?
……まさか!? 稽古は口実で、シャナンからわざと手痛い一撃を貰うつもりでは。
そして、くすんくすんと泣きながら「勇者様に、傷物にされたぁ。もうお嫁にいけない。だから責任を取れ!」なんて、脅迫材料に使う気なのでは!?
おぉ、なんと怖ろしい娘!?
無邪気なぼボクッ娘を装いながら、腹の中ではそんな陰謀を巡らしているなんて。そうよ。そうに決まってるじゃない! あんな能天気に、ヘラヘラと木剣の柄に顎を乗せてるのは、擬態に違いない!?
……クッ、向こうにそういう目論見があったとなれば、口を挟むしかないか。
私はシャナンの手を払いのけると、きょとんとしたエミリアに近寄って静々と腰を折った。
「申し訳ございませんが、シャナン様との一騎討ちは無しでお願いいたします」
「は? ……なんで、侍女にそんな命令されなきゃいけないワケ」
「命令ではございません。これは必要な「配慮」でございます……タイヘン失礼ですが、エミリア様と我が主とではタイヘンな実力差があります。故に貴女様ではお相手には適しません」
「……フーン。ボクが君の勇者君のお相手に”認められない”って言いたいワケ?」
「そのような形で受け取っていただいても構いません」
「あっそ。侍女のくせに、ボクらの仲まで口を挟むんだ。いいよべつに。ボクはテオドアみたいにみっともなくないから、寛大に許してあげる」
エミリアはへへっ、と穏やかな風に笑ってたが、その目が据わっていてやけに挑戦的に、俺の眼を睨んで外さない……や、その反応は予期してたが、なんでテオドアの名前なんか、出してくんの? まぁ、いいけど。
「ご理解いただけたようでなにより。
「うん、理解した。じゃあまず代わりに君にお相手を願おうかな?」
「はい?」
と、私が疑問に首を傾げたら、エミリアは悪戯が成功したように笑った。
「だから、ボクとやり合う相手が君に決めた! ってこと。ボクが君を打ち負かしたら、そこの勇者君ともやり合ってもいいって、君が認めるワケだよね?」
「……いや、果たしてそうなりますでしょうか?」
「果たしてそうなりますよ。よろしく」
と、エミリアはエイのように伸びてる後ろ髪を見えるぐらい、頭を垂れた。
……うわ、こいつ。
貴族が侍女にこうも腰を低くして、断れぬと知ってやりやがったなっ!?
俺は心内で罵倒しながら、仕方なく引きつった笑みで「えぇ、よろしく」と、頭を垂れると、すでに顔を上げてたエミリアは晴れやかに笑っていた。
……チッ。やはり、こいつ純粋に腹黒いぞっ。
それから、三人でいつも通り最初のメニューの、素振りをして体を温めた。
シャナンはこちらの諍いには気づいてるのかいないのか、時折、私の顔を覗きながらも、剣を振っている。
エミリアは諍いの雰囲気がウソのように晴れやかで、こっちの素振りに難癖をつけてくる。
「もう、ダメだよ。角度が違うから、こう肘を畳んで、突き! と、ね? こっちの方が、よりスマートに見えるでしょ?」
……スマートって、剣術に意味なくね。
てか、そんな肘を畳んでいたら、相手の攻撃を受けた際に、骨が折れるのではないか。これもこの娘の口撃? と、訝しんではみたが、よく思い出してみれば、これ実戦にはなはだ役にたつとは思えない、師範の剣だった。
アレをまともに聞いてる弟子がここにいたのね……いや、貴族の剣術が、アレに毒されていたら、その実力が察して知るべし。
身体が暖まってきた所で、エミリアがこっちに意味ありげに嗤うと、剣を向けてきた。私もそれに応じて構えると「お、おい」と、シャナンがやはりわかっていないのか、戸惑ったように手を伸ばしてくる。
「ちょっと勇者君は黙っててねぇ。ボクらの勝負だから」
「左様です。まぁ、すぐに決着をつけますよ」
「言ってくれる~」
ひゅー、とエミリアは口笛を吹いて、おどけた顔した。
私も剣を構えて相対したら、不意に表情を消した、エミリアが「行くよ!」と、気合いを入れて襲い掛かってくる。
……って、遅っ!
剣筋が見えすぎーっ!?
って、一応なにかの策かもしれんっ、と警戒しつつ躱せば「へぇ、よく避けれたね!」と、エミリアは驚いた顔をしてる。
……をい、なによこの拍子抜けの実力は。さっきまでの私の本気モードを返せ。
毎日剣を使ってるようだし、そこらの女子より剣先は鋭いけど、てんで腰に力が入ってない。それに構えからしてスキが満載だわ。
俺がゲンナリしてると、エミリアは得意げに攻撃を繰り出してくる。
そのどれもが遅すぎるッ!
……これ、ほんとシャナンと相手にさせなくてよかった。どうやって相手と戦うかというより、どうやって相手を怪我させない程度に、片づけるかっていう戦いだよ……。
「さぁ、もっと行くからね!」と、エミリアは颯爽と向かってくる。
いや、次はないから。
「へっ?」
と、エミリアが間の抜けた顔をした。
きっと、自分の身になにが起こったか、見えてなかったのだろう。
俺が剣を一閃させて、エミリアの手に在る剣の柄を切り上げた。剣は彼女の手から離れ、クルクルクル、と上空を回転して、からん、と虚しい音をたてて地面に落ちた。
俺が剣を収めて、一礼をすると、エミリアはがくっ、とその場に膝をついた。
「ま、負けた? この、ボクが負けたの、侍女に?」
俺はシャナンに顎をしゃくって、解散を促した。敗者にかける言葉はない。しかし、これだけは言っておかねばな。
「シャナン様との一騎討ちなど100年早い。そうご自覚くださいね?」




