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LV99

 額の上に取り合った手指をかざせば、そこを軸にしてクリス様が純白のドレスを翻し、くるりと軽やかにもターンする。私が取り合った手を引けば、離れた姫様がこちらの腕の中へと回りつつ戻ってくる。……あぁ、なんという至福な、瞬間だろうか。姫様をお相手にダンスに高じるなんて、まさに夢心地。


「……もう、なにを独りで笑っているんです?」

「ははっ、いや、姫様がタイヘンにかわいらしいので、つい」

「またワタシを揶揄いになって。非道い」


 いえいえ、揶揄うつもり微塵もないですよぉ。それに、姫様がかわいらしいのも事実ですしね。さっき姫様の梳いたように細い金髪が衣装に絡まっ時なんて、あせあせと姫様が解こうとしても、なかなか解けなくって「もう! 恥ずかしいから見ないでください」ぷくっと頬を膨らませるクリス様には鼻血が出そうになるぐらい萌えた。

 ……もう、このまま女王陛下のもとに、私が結婚を申し込みにいきません? て、それはあれか、陛下に即効でギロチンにかけられるよね。……クッ、我が愛は、ここで潰えるにしかないのか。無念すぐる……。


「しかし、姫様は踊りがお上手ですね」

「フレイ様こそ。たった半日で、もうコツを掴んでしまって。ワタシの方が、自信がなくなってきちゃいますわ」

「そんなことありませんよ。何度も場数を踏まれた方は違います。姫様のステップに合わせるのに必死で、サマーパーティまで、忘れずにおければいいんですが……」

「身体に覚え込ませれば、後は勝手に身体が動いてくれますわ。相手に遠慮をせず、思い切って動いて楽しめばそれでいいのです」


 そうですか?

 まぁ、たった一夜のサマーパーティに開かれるダンスのため、こんなに熱心にやることないかもしらないが、姫様自ら教授いただくのはタイヘン光栄ですからね。


「クリス様のおかげで本番の時には猫踊りを披露して恥をかかずに済みそうです……まぁ、あちらはまだ教練が必要でしょうけど」


 と、ボギーペアにチラッと目を向ければ、


「きゃ、ごめん!」

「い、いいえ、いいのですよぉ。でも、ふぎゃ!?」


 と、姦しい様子にクリス様も苦笑してる。向こうは正に互いの足を踏みあう猫踊りだな。でも、アルマの名誉のために言えば、運動音痴なボギーに引き回しにされてるだけですけども。

 じゃあ、クリス様のお手を拝借してよろしいですか? これまで姫様のリードで踊ってみたけど、今度は私がリードをする番で。

 俺たちは楽しく踊りつつ、姫様をくるり、とその場でターンして戻ってきた姫様だが、その顔が少しく強張っていた。

 え、どうしたの? と、思わず動きを止めたら、ドアの方から突如として威厳と自信に満ちた声がかかった。


「おや、もう止めてしまうのか? せっかくなのだから続けてみよ」

「じょ、女王陛下!?」


 入り口には、女王陛下とお付きの従者や文官たちまでいるよ!

 俺は慌ててクリス様のお手を離しかけたら、陛下は「よいよい、我のためにも踊りを続けよ」と、続きを促すように手拍子をした。

 それに、後ろにお付きの従者たちまでもが笑顔でそれに習った。ど、どうします姫様?と、向ければ、クリス様もどうしていいのか、と固まっている。ちょ、マジ? こんな、初踊りにしてはギャラリーが多すぎるけど…………えぇい、こうなりゃ、ヤケっぱち!


「姫様! 失礼を!」


 と、俺は茫然としていたクリス様のお手を取ると、リードするようにステップを踏む。部屋に打ち鳴らされる拍手は徐々にテンポを増していき、それについてくのに必死だわ。途中、たたらを踏んだり、ぎこちない動きだったり、とすでに自分がどういう動きをしたかもわからんが、そんなの関係ない。

 激しくも楽しんでターンを決めれば、向き合ったクリス様も弾んだ笑顔をされた。そして、互いの動きが合ってきた頃、――タンッ、とその場に足を揃えて、ダンスは終曲。

 お互いに汗みどろで、ふぅ、と、呆けたように吐息を漏らすと、その場で拍手が巻き起こった。いつもの優美な笑顔の陛下が近寄ってきた。


「スバラシイ踊りだった。次の学院でのサマーパーティが楽しみだな。それは学院で習ったのかな?」

「いえ、学院では侍従は踊る機会などない、と、習うことはありませんので」

「淑女を養成するはずの学院にカリキュラムに含まれてはない、と。ふん、おかしな話だ。まぁ、我が一々に授業内容も変えさせるには、ともかく、良いものを見させてもらったぞ。クリスも、見事だったな。その仲睦まじい姿は、我がまさかふたりも娘を持った、と勘違いしそうだ」

「いえ、それほどでも……あの、それで、お母様はワタシになにか用事でも?」

「とくには。なんだ? 娘の顔を見に行くのに、理由が必要かな」

「でも、いつもなら」


 と、クリス様は唇を噛んだようにうつむいた。それに陛下はなにも言わずに、青い同じ瞳を伏した姫様を無言で見つめてる。

 ……なんだ、この雰囲気。

 さっきまでの和気藹々な気分がすっ飛んだようだけど。

 クリス様が、気まずそうに背を向けると、陛下は、フッと吐息を漏らして「いや、踊りの練習を邪魔して、すまなかったな。我もそろそろ、政務に戻ろう」と、部屋を出て行こうとしてる。

 ……あの、クリス様も、なにかお言葉を――と、その肩に触れようとしたが、戸口に戻っていた、陛下が、ちょいちょいっ、と俺を手招きしている。

 えぇ、お、俺!?

 ……なんでしょうか。私は、クリス様の妹君ではございませんけども。

 と、嫌々ながらも、平民根性剥き出しで、へこへこと近寄る。すると、陛下が端正なお顔を近づけてこられた。


「我だけではなく我の娘にもちょっかいをかけておるか。ずいぶんと気の多い娘よの?」

「えぇ?」


 ……なにを言うかと思えば。

 姫様はともかくとして、陛下には逆ナンされた方ですけどぉ……。


「フフッ、戯け。そうゲンナリした顔をするな。しかし、お主の手並みは見事なものだ。あの大人しい娘を、コロッとたぶらかしおって。あんな浮かれたクリスを見たのは何年振りかな?」

「そうなのですか」

「アレはほとんどの者と仲良くはできるが、心を許すことはないからな。ほれ、あの通り、我がいると気まずいらしい」


 と、声を潜めながらも振り向くと、クリス様はまだ背を向けたままだ。

 ……うーぬ、陛下は親子仲がよろしくくないって言うてたけど、あの頑な様子を見れば本当のことなのね。姫様は反抗期なのかしらん?


「あれの扱いには、ジョシュア・ルクレールもヘンリック・ハミルトンも苦労してるぞ?両者は、教室にまで押しかけてきて、愉快な騒動に振り回されてるそうだな。フフッ、男のあしらいなど、少しはお主の手並みを見習って欲しいものよ。シャナン・ローウェルに、ヒューイ・ラングストンまで天秤にかけておるのだろ?」

「天秤って、なにをですか?」


 あの、さっきから得心したように言ってますけど、私は話題についていけてないわ~。クリス様の反抗期? ってのも、シャナンとヒューイを両天秤って……それ、私が両者に惚れられてるって前提の話でしょ。

 いやいやぁ、ヒューイが私のこと好きだなんて、ないっすよ。普通に顔を合わせて話す、いいお友達ってだけだもん。そんな雰囲気になったことないない。

 それに、シャナンは輪をかけてないわ~。てか、あり得ない。顔を合わすたびに、あーだ、こーだと、喧嘩してますしねぇ。女王陛下の”御耳”に入れてる情報屋さんは、乙女スイッチが入り過ぎてやしません?


「……自覚はなしか、まぁよい。あまり罪作りなマネはほどほどにな。しかし、つくづく妙な星の巡りあわせだな。アレはお主を誘拐した手の者の子息だというのに」


 は?

 誘拐って、陛下がなぜそのことを!?

 それよか、ヒューイが誘拐した手の者の子息、とか言いませんでしたか?

 ……ェエエッ!?


「わたしを誘拐したって……辺境伯の息子は、レオナールでしょ。まさか双子――」

「辺境伯には子息は独りだよ。ヒューイは、ミルディン・マクシミリアンの子だ」

「それか! ……で、ございまするか」


 思わず、アルマが乗り移ってしまったでござる。

 って、それは置いといて!?

 ……ミルディン・マクシミリアンって、俺をわざわざ村まで誘拐しに来たオッサンじゃないか! いや、いまに思えば懐かしい。って、ンな美化される思い出じゃねぇから!

 ってか、あのオッサンと、ヒューイが親子ってどーいうことよソレ!?

 向こうは、マクシミリアンで、ヒューイはラングストンって、家名がてんで違うじゃないの! 


「色々と事情があるのだろうよ。よいか、貴族と付き合いを深めるのは、お主の好きにするがよい。だが、知識もなにもなく近寄っていけば、相手のいざこざに巻き込まれることもある。心しておくのだな」

「……陛下は、その辺の事情を教えてくださいませんでしょうか?」

「当然だ。相手の重荷を背負う覚悟したもののみが、そこに踏み込む立場になれるのだ。お主にまだ覚悟はあるまい?」


 ……いや、それはそうですが。しかし、覚悟って言われても、一度誘拐された者としては、ヒューイがオッサンと血縁だってだけで、こう、なんだ。いままでとは付き合いを変えざるを得ないというか……まぁ、最近はろくに会えてもいませんけれども。


「安心せよ。学院の警備は常に万全を期しておる。そこに所属するものに、害をなす存在があらば、どんな地位に与ろうとも、重罪は免れない……それに、我の手先に指一本触れれば、どうなるかは」


 クククッ、と陛下は悪い含み笑いをした。

 ……そーいう陛下のご事情だって、俺もよく知りもしないのに付き合わされてるけど、ソレはいいのかしらん。


「我が娘に近づくのはよいが、このことはくれぐれも内密にな」

「……ハイ」


 陛下は忠告とばかりに目を光らせて釘を差した。私もそれには深く頷いた。いや、私もまだ首と胴体と離れ離れになりたくないもの。

 陛下の話はそれで終わったのか、満足げに目を細めたが「あぁ、それから、日程があえば、我が専属の料理人として、いつぞやかかすてらを焼いてくれ」と、言い置いて、今度こそお付きの者たちを連れて行った。

 ……はぁ~。汗が引いて、折角のドレスがべったりだわ。

 陛下とお付き合いしてると、毎回心臓がバクバクと驚きで、寿命が縮まるよ。




 俺は負け犬のようにすごすごと姫様たちの元に戻ると「アルマ、お茶のご用意を」と、固い笑顔をしたクリス様が言われた。

「あ、あたしも手伝います」とボギーもアルマを手伝いに行ってる間に、俺たちはドレスを脱いで普段着に着替えた。


「お母様とフレイ様はずいぶんと親しいのですね。いったいどのようなお話を」

「あ、いいえ…………大した話しではあ、料理を提供するにはいつに都合がつくか、と、相談をして」

「そうですの。フレイ様がお母様とのご縁があるなんて、驚きでした。でも、お母様とは気が合うかもしれませんね。フレイ様はとても賢いし、勇気がおありですから」

「いえ、それは褒め過ぎですよ……あの、つかぬことをお聞きしますが、あまり陛下とお話しになることは」

「フフッ、そんなことを聞かれたのはフレイ様が初めてですよ?」


 わわっ! と、とんだ非礼をしまして、ハイ。

 いやぁ、いつもはいい子なんですよ!?


「いいんです。あんな風な口の聞き方をして、お母様と仲が良いなんてだれが見てもウソとわかりますから……お母様は忙しい身の上の方でしょ? だから、ワタシは小さい頃から、話す機会がなくて。それに例え会えたとしてもあんなにも、お付きの方々が周りにいて、親しくする機会が……いえ、変ですね。親子なのに親しくするっていうのも!」


 クリス様は、苦笑をして「こんな話は止めましょう」と、打ち切った。


「それよりも、フレイ様がお母様の専属料理人となったのでしたのよね。ならば、ワタシにもかすてらを頂けることになると思うと、嬉しいですわ」

「え、カステラのことをご存知でしたか?」

「ハイ……実はワタシも謁見の間で、フレイ様をお見掛けしておりましたの。あの時は、とてもびっくりしました。あんな大勢の大人の前で、堂々と振舞われていて」

「ははっ、いや、そう褒められると、こそばゆいです」


 襟足を掻いて縮まると「フレイ様のかすてらを頂いた時は、より一層美味しく、感じましたわ」と、クリス様はクスッと微笑んだ。


「ワタシも貴女のように堂々としてなければいけないとも思いましたわ……ワタシは次期、女王なのですものね……フレイ様のかすてらを楽しみにしてますわ。アレを頂ければ、勇気が湧くかもしれません」

「そうですとも。アレはなにあれ、勇者様が「このかすてらがあれば、邪竜を退治するのが十年は早まっただろうに!?」と、悔しがるほどの絶品なものですからね!」

「ほんとですか?」


 えぇ、あ、う、うん。そうだれかが、噂してるってことなのですよ。そーなのよ。

 あははっ、だから姫様にも、きっとご利益がございます。

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