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LV97

 パン、パンッ、と洗濯し終えたハンカチを窓際に干した。

 ……まったく、朝から災難が過ぎるなぁ。てか、災難は昨日からの続きか。

 シャナンのハンカチも、鼻血ですっかり汚れちゃったし、洗って返す。と、無理くり持って帰った。

 向こうは、返さなくてもいい、とか拒否られたが、そうはいかん。これ以上、シャナンに借りを作るなんて、私のプライドが許さなくてよ? 

 ……でも、そうなると膝枕の恩義についても、その返済プランを考えねばならないが、それはどーしよう。まさか、私の太ももを提供するなんてハードルが高すぎるし、いっそ豚のチャーシューで代用がきかないかしら?

 まさか、こんなことにボギー様のお知恵を拝借、としたら、事のあらましを語ったら、今度こそ私の鼻が潰れるだろうからな……膝枕は仮パクしよう。





 ときおり、鼻を撫でつしながら授業を終えた。放課後は机に突っ伏しているとボギーが、


「まだ。洟の調子が悪い? これから、あたし図書室に本を返却しに行くけど、フレイはどうする?」

「……うーん、やることないし行く」


 俺は金魚のフンよろしく図書室へついていけば、珍しく入り口からして混雑してる。

 今日は、昼からザーザ降りの大雨だもんね。

 行き場に困った生徒らの受け皿に、図書室は格好の暇つぶしスポットのよう。

 受付は返却された本が山積みになっており、ボギーが借りた本を乗せると、ぐらっ、と山が揺らいだ。それに司書さんがムッと、目つきを険しくしたので、俺たちは平謝りして書棚から離れた。忙しくて機嫌が悪かったのかな……。


「なにか見てくー?」

「いや、今日はいい本は先に借り出されてるかも、ね……」


 と、言いつつ、目が表紙を追っている。

 こりゃ長いな~っと、視線を読書コーナーに転じると、そこに座ってた男子どもがパッ、と視線を外す所だった「なに見てんだオラッ」と、ガン飛ばししたら、泡を喰ったように本で顔を隠しながら逃げて行った。

 ……ふっ、他愛のない。

 と、箱庭の王者の威風でもって周囲を睥睨していくと、そこに見知った顔がある。

 クリス王女だ。


 彼女は、書棚から離れた読書コーナーで、ひとり本の世界に没入してる。

 雨に混雑してる図書室にあっても、姫様の席周りにはひとりの生徒もいない。なにか、孤島にあるやしの木みたいに遠巻きにされ、近くを通りかかる生徒は音を立てることすら畏れ多いとばかりに、猫歩きのように身を屈めていた。

 ……なんか、寂しそうだなぁ。

 本読みのなかには、わたしに関わってくれるな。という思いで、周りの視線を本でガード人もいるにはいる。姫様もそういう孤独に慣れし猛者なんだかわかんない。でも、お声かけぐらいしても、いいよね?


「ごきげんよう。クリス様」


 と、俺は意を決して呼びかけたら、周りの空気がピリッと緊張した。

 その呼ばれたご本人も、少しくびっくりされたように、恐る恐る本の隙間から顔を覗かせるように「な、なんでしょう」と、言われた。


「いえ、ご本をお読みの途中にすみません。ご熱心にお読みになられておりましたから、いったいなんの本か、と気になりまして」

「……そうですか?」

「ハイ、よろしければタイトルだけでもと思いまして」


 と、厚かましくお隣の椅子に座ったら、クリス様はそれにびっくりして目を見開いたが、やがて、写真に収めたいようなはにかんだ笑顔をされた。


「これは、植物風土史――というタイトルで、主に海より南に渡った大陸の、様々な植物や果実を紹介した本で」

「それは興味深い。南の大陸といえば、亜熱帯植物が多いのですか?」

「もちろん。我らが住む大陸には見られない、色鮮やかで大輪のお花が多いとか。あと、変わり種のなかには、虫を食するばかりか、人を食べると伝わる恐ろしい花も……」

「えぇ! そ、それは恐ろしい」

「ふふっ、本の著者様もさすがにそんな凄惨な場を、目撃してはいないらしいのですが。むしろ、これは魔物に類するのではないか、と、記述されていますね」


 なるほどな~。

 南大陸の、変わった習慣やら、著者がその大陸で食した食事メニューまできっかり乗ってるのね。学者様の本のようですが、まるで冒険記のようだね……私もなんだか借りて読みたくなったよ。

 クリス様に読んだ部分をふむふむ、と教わっていたら、


「フレイ。こんなとこにいたの?もう、急に勝手にふらつかないでって……え、」


 やってきたボギーだが、クリス様のお姿を見て、盛大に動揺したのか大きな瞳を丸くして固まった。あら、緊張してるの?

 俺がにっこり笑うと、頬を引きつらせて、「どーいうことよこれ!?」と、目顔で訴えてくる。それをシカとして「まぁ、そこに座って」と椅子を引いてあげた。あ、クリス様お自ら本を片づけてくれるなんて、ウチのボギーが申しわけございません……。


「もうなにか借りる本は決めたんですか」

「……う、うん。そうだけど……そのおふたりはどうしたのですか?」

「少し挨拶をしてたら、ついそこのご本のお話しに夢中になってしまって」


 ねー、と笑顔を向けたら、クリス様も「ハイ」と、頷いた。

 ぬふふっ、これで姫様も我が友達として、カウントしてよいのではないかしらん?


「違う世界のことに触れるのはいつでも新鮮な気持ちになります」

「クリス様は勉強熱心なのですよね」

「いえ、それほどでもございません……お恥ずかしい話しですが、学院では他に身を置ける場所がありませんから」

「身を置けるって?」

「図書室にいるといえば、うちの侍女たちに迷惑にならないのです。彼女たちは日頃から私に付きっきりですから。私の世話に忙殺されて、せっかくの学院生活が楽しめないとあっては、申しわけが立ちませんからね」

「クリス様……」


 俺らみたいな田舎侍女にまで気さくに話されるだけでなく、己の侍女にそんな気遣いに溢れるだなんて。

 ……女神だ。ここに女神さまがおられる!

 私は感涙にむせび泣きそうになりながら、姫様に向けて片膝をつき、その手を伸ばした。


「姫様。そのお優しさにわたしの心、洗い清められました……我が生涯をかけて姫様に仕える所存です」

「え、でも、フレイ様は、ローウェル家の?」

「いいえ! ウチのへっぽこ主なんて捨てていいのです。恩義なんてハンカチ一枚程度ですから」


 毎朝、人をボコすような気遣い無ッシングなサディスト卿ですよ。

 無慈悲な主から、いまよりクリス様に個人的に仕える騎士に転職し、本を読まれるそのお背中を守ったり、毎日お茶したりして萌えキュン死するの。そう決めました!


「あの、クリス様、申し訳ございません。この娘は知恵の方があまり……それから少しでも気を許すと、ナチュラルにセクハラをしてきますから、嫌でしたらハッキリと叱り飛ばしてくださいませ」


 可哀想な物を見る目してヘンなこと吹き込まないでよ!

 でも、大丈夫! クリス様にはきっと俺の真心が伝わってるはずだから!


「あ、いえ、……あのフレイ様のお気持ちは嬉しいのですが、やはり……」

「ガーン!?」


 伝わってなかった!?


「その、代わりにといってはなんですが、お願いしたいことがあるんです……その、私とともだちになっていただけませんか?」

「え?」

「ともだち?」

「はい」


 と、クリス様は消え入りそうな声で頷いた。ともだち? って、そんなことでいいの? あの、俺の希望を述べれば、できればその一歩先の恋人から始めるのもやぶさ……いや、それだと俺のお命が無くなりますね。


「あの、ダメ、でしょうか?

「いやいや、ううん、全然っ! オッケーですから! ね、ボギー?」

「は、ハイ……」

「そうですか! ……嬉しいです」


 握手するべく、差し出した手におずおずとクリス様が手を取ってくれた。よほど嬉しいのか小さく握り返すと、恥ずかし気にふわふわ笑った。

 それから俺たちは、世間話をした。話題はなんてことない俺らの日常と村の生活だった。さすがに、図書室という場所を慮り、声を潜めていたが、クリス様が相槌を打ってくれたり、目を瞠らせてくれるので、つい乗ってしまった。


「ボギーは非道いんですよ? わたしが寝巻ももたずに寮に入った時なんて「カーテンでも巻いて寝れば?」とか、言って! 埃まみれになるって、その日は泣きましたわ」

「そんな話しウソですから! あたしはただ床で寝ろと言っただけで……!」

「どっちにしろ非道いですよ」

「ふふ、そうですよね。さすがに床で寝るのはツライと思います」

「クリス様までそんな話を信じて! フレイが話盛ってるだけですから!」


 クックック、ボギーが慌てておるわい。純粋なクリス様には、いったいどちらが惡の大魔王かしかと理解しておられるようだなぁ。フハハッ、ここで我が不遇の日々を語り尽くし、同情を買って進ぜようぞ!


「ですが、フレイ様が周りから遠巻きにされるのは、やはりその男装が原因だと思いますよ」

「え?」

「ですよねぇ! 今日も朝の食堂で、あたしと他の侍女の子が仲良くしゃべってたのに。フレイがガラッて扉開けたら、その場がシーンとなっちゃって!」


 ちょっと、人のこと惡の大魔王みたいに言わないでくれます!? 違うんですよ、べつに皆にハブられてるんじゃないの。ただ、話しの切れ間に私が飛び込んでしまっただけですから!


「でも、事実でしょ? やっぱり、その恰好が引かれる原因だと思うのよね~。あ、ほら、ちょうど、学院のサマーパーティがあるんだから、その日に合わせて新たなフレイデビューとかしたらいいじゃないかな?」

「……学院のパーティなんて、楽しまれるのは貴族様たちだけで――」

「いえ、違いますわ。その日は、侍女や貴族が身分に関係なくパーティに出席できるのですよ。それに皆ドレスコードが着用を義務付けられておりますから」

「必然的に、フレイも……」


 ボギーがにや~、と、腹黒い猫のように微笑んだ。

 ……なるほどな~。ドレスコードなどという面倒なものがあるのですか。それならば、紳士に相応しいフォーマルなタキシ――


「ドレスね」

「ドレス、ですね」


 ……えーっ。


「あぁ、俄然楽しみになってきちゃった! 例年のパーティの催しを、先輩方に聞いたんだけど、それだと学院裏の公園なんて魔術でライトアップされたり、ミランダ女史のとくべつ授業で使ってる離れを、ダンスホールにするとか!」


 ボギーは興奮したように、目をキラキラさせてはしゃいでる。今更だけど、ここ図書室だから、お静かに願えません?


「はしゃいでるところ、申しわけないですが、ドレスなんて我々に用意できる手段も財力もございませんよ。高望みする夢を持っても、どーせ湿気た現実に泣きを見るのがオチですよ」

「あ、それなら、ふたりにワタシのドレスを御貸ししますわ」

「本当でございますか!?」

「えぇ、もちろん。洋服ダンスには数えきれないほどの量がございますから。きっと、ふたりに合うのが用意できるはずです。なんなら、来週のお休みにでも、その試着をするのは如何ですか?」

「絶対に行きます! ね、フレイも、友達の誘いを断るなんてマネしないわよね?」


 と、ボギーは輝くような笑顔を浮かべたのだが、それは何故か私に下司笑いに見えた。


 …………私はスライムつむりになりたい。

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