LV96
今日も元気に朝稽古。朝方の公園は初夏の日差しに焼かれて、湖畔はキラキラと光らせている。
「招待状? って、今度はまたなんだっていうんだ」
「さぁ。よくわからなくて」
「……いや、オマエが女王陛下から頂いたんだろ?」
と、シャナンは不審そうに三つ葉の紋様が描かれた、女王陛下からのお手紙を、矯めつ眇めつした。
それは、シャナン宛に書かれた、今度は女王陛下からのパーティへの招待状――だった。
何故、それがシャナンの手にあるかといえば、いつの間にやら俺の上着に入ってたのだ。……いや、女王陛下と俺がお会いしたのは、昨日の今日な出来事だが、正直いつそれが仕込まれたのか不明だが、おそらくは女王陛下に骨抜きにされてた時だろう。たぶん。
「……こんな仕込みをしないでも、別れ際の時に渡してくれればいいのに。おかげでボギーにエライ目にあいましたよ」
「上着に入ってたこれなンなの? 貴女、またあたしに隠して、危ないことに巻き込まれてるんじゃないの? なにか隠し事があるんだったら、さっさと教えなさいよね!?」と、ボギーにめっさ怒らるわ、なじられるわで、昨夜は寝るにも恐ろしい思いでしたわ。
ってか、私もこんな手紙の存在なんて、自室に帰って「おや?」と、気づいて驚いてんのに「これはなんなの!」と、問い詰められても、わからないって。いくら、私が潔白を主張しても、信じるどころかしかも、ギリギリと首を絞めてくるわ、睨むわで。
……シャナン様。絶対にボギー様にバレるような浮気は止めてくださいね!
「……しかし、ボギーの疑う気持ちがわからないでもないが?」
「止めてくださいよ~。モウヤダー、ワタシ隠し事シテナイシー?」
「………… …………」
テヘッ、と舌を出しつつ自分の頭をコツンこして、天然少女への擬態をせしめたけれど、何故かしら、シャナンのこちらを追求するような視線が一段と鋭くなった。
……何故、見た目は完璧なのに? どうして、このような疑惑の視線にさらされるの?
「……まぁいい。それにしても、女王陛下の意図はなんなんだ。こんな手紙なんて送ってこなくとも、すでに学院の生徒には通常通りの日程に乗ってるじゃないか」
「へ、そうなん?」
「あぁ。夏休み期間に開かれるサマーパーティと、この招待の日にちと会場も一緒だぞ。それなのに、なぜわざわざ僕ら宛に、こんな手紙を寄越してきたのか疑問だな……」
なるほどな~。
ヤ、シャナンには難問だろうが、予め女王陛下の御話を聞いたいまなら、その意図するところを推察すれば、
――シャナンに姫様を口説け、ということなんでしょう。
女王陛下からすれば、シャナンを婿として取る気が満々だが、クリス様のご意志はいまだわからない。なのに、陛下の耳に入るのはルクレールとハミルトンと、両家の男どものアプローチばっかり。
その現状に業を煮やして、シャナンに姫様をその気にさせるべく、デートに誘えよ。っていう、おせっかいを焼いた、とか?
……いや、でも、あの政治の傑物たる陛下がそんな小賢しいマネをするとは思えないな……なんか、他に思いもよらぬ裏がありそうだけどね。
てか、俺に手紙を仕込んだのも、俺たちがあえてシャナンに秘密にしてるのを知ってて、それでシャナンに気づかせるべくやってるとしか思えないよ。俺への嫌がらせも含めて。
「……で、オマエの考えはどうなんだよ?」
「え、ワタシ。そんな難しいことわかんナ~イ?」
…………。
えぇい、そんな目で俺を見るな!
「もう、そんな話しいいから、ほら、稽古をやるんでしょ! こうなったら、このわたしが、貴方をけちょんけちょんにして差し上げましょう! 久しぶりに本気で掛かってきてドーゾ!」
「……いや、唐突すぎるだろ? それに本気でって、それこそ本気か」
「いいから掛かってらっしゃい! シャナン様も、いつもわたしに手を抜いての訓練しかしてないっしょ!? それじゃ、わたしもシャナン様も村に帰って成長してきたゼ。なんて、言えやしませんってば!!」
勢いに任せて挑発してみたが、シャナンは「まぁ。そうだな」と、頬をポリポリして、剣を構えた。
……うぉ、このピリピリと肌が粟立つ緊張感。ジョセフと対峙してた時以来だな。
だが、今日こそは私が勝つ日だ!
フンッ、と息を吐くとともに、飛びかかる。一撃、二撃! と、声なく叫び、切りかかるが、シャナンに軽く剣でいなされ、距離を取られた。シャナンはこちらに反撃に加えるべく、俺から距離を取るべく身体が後ろめりにふわっと膨らんだ。
――フン、それはこちらの読み通りよ!
俺は踏み込んだ右足を踏ん張ると、右肩に壁を作るように、その場でコマのように回転をして、後ろ足蹴りを放った。
が、その乾坤一擲の攻撃も、手ごたえすらなく、躱される。だが、しかし、それもこちらの読み通り! だぁぁが、しかしこちらはもう品切れですーっ!?
えぇい、やけっぱちだ! 足先にかすりでもすれば――と、伸ばしたのが悪かった。
ぐらっ、と傾いたかと思いきや、目に光が走った。
「ふぎゃっ!?」
「うわっ、だ、大丈夫かフレイ!?」
「…… ……」
……ダイジョ、ブジャナイ。
は、鼻が。私のかわいい小鼻が、思いッきし、潰れた……。
「うっわ、顔面から地面に激突って……それ、めちゃくちゃ痛いだろ」
「……痛いよ。痛いに決まってんでしょーガッ!」
おぉおお、ツッコミを入れるだけでじわじわと傷む……あぁ、鼻血がドクドクと。まるで、心臓の刻む音と動悸するみたく……
「おいおい、いま治療してやるから顔を上げて」
「……あい」
くぅ、敵の情けが身に染みる……右足を振り過ぎて、その場でスッ転んだマヌケに、なんてお優しいお言葉! ……は、早く、魔術をお願いいたします。
…………。
あり? なんで、痛みが引かないの。早く、魔術をかけてよ。と、俺は催促すべくパチクリ、と目を開けたら、顔を真っ赤にしたシャナンの顔が近くにあった。
「……オマエ、なんで、目を閉じてるんだよ」
へ?
………。
……少し、落ち着いて考えよう。
私はいま、シャナンに顔を突き出し、魔術をせがみながら目を閉じてる。
この状況を客観的に見れば、キス待ちしてる女子と、うろたえる男子っていう地獄絵図
が展開されてるのではあるまいか?
「どさくさに紛れてなにしようとしてるんですかっ!?」
「僕が知るかっ!」
ササッ、とお互いに遠ざかると、私は恨めしく膝を抱える防御姿勢を取り「まったく」と、素知らぬ方を向いて呻くシャナンを睨む。
……クッ~、なんて恥ずかしいマネをしたのだ、私は。いや、まさか、ボギーとの訓練のせいで、反射神経で思わず目を。くはっ。これは、私の一生の不覚……。
それにしても、痛いよぉ。血が止まんない……。
「はぁ、もういいから、顔を貸せってば」
「わわっ」
顔を貸せって、カツアゲかよ? と、訝しんでたら、シャナンは俺の背後に回ると、そのまま頭を後ろに引っ張り、仰向けにされた。なになに!? と、暴れかけたら「いいから、大人しくしてろ」と、逆さ顔でも仏頂面と知れる顔で言われた。
……え、こ、この体勢はまさか、膝枕? まさかファーストキス喪失危機から去って、お、おのこ相手にこんなってマジ!?
おおぉお、落ち着け某!? こんなのノーカンですよ!? そ、そりゃシャナン美形だから、見様によっては女子としてカウントしてもいいが、こんなのに胸がときめきを憶えてはいけな――って、急に暗っ、
「な、っ、なにのハンカチは!?!?」
「うるさい。オマエの眼があると、集中して魔術が使えないんだよ」
「……ぶー」
いつも普通に治してんでしょーが。
……ま、まぁ、治してくれるのなら、シャナンに膝枕もしゃーないけど、こんな血まみれで逆にいいの? ま、べつにいいけどさ。
はぁ。
それにしても、シャナンには勝てないなぁ。もう、長く剣を合わせてるのに、その勝利の糸口も見当たらないのね……エライプライドが傷つくが、認めざるを得ぬ事実だし。そーいや、ジョセフにもしつこいぐらいガミガミ言われたっけな。
シャナンを相手にすると、反撃も大したことないからそれに甘え、防御無視の攻撃特化に努める。そのせいで、逆にスキが多くなる。って、大きなお世話だっ……て、言いたいが、さっきのはまさにソレの例だ。
「オマエの実力では、敵を打ち倒すのは難しいだろう。故に、攻撃となればシャナン様の力を最大限に引き出すように、サポートに徹し。そして、相手の隙を作るような動きをしてろ」とか。
ほんと、ジョセフも失礼なヤツ! 仮にも異世界転生ともあろうものが、人のサポート役で終わるだなんてことできますか! むしろ、私こそが主役! ヒーローなのに!?
「なに、ブツブツ言ってるんだよ?」
「……べつに。勇者様はお強いのね~って、恨み言ですよ」
「勇者、って。べつに僕は勇者じゃない。僕の至らなさはオマエがよく知っているだろ」
「……なんですか、その殊勝なキャラに」
こう揶揄ったら、ムッとして僕は父様じゃない。だの、うるさい、だのって返してくるのに。いつになく落ち着いた声音をしているのね。
「ここの学院に来てから、毎日のようにちやほやと騒がれてるが、周りの人間は、僕をなにも知りやしない。僕を素通りして父様の投影した姿をしか見ないんだ。べつに僕自身が、優れてもないのにね」
「……いえ、そんなことは」
と、俺が慰めると「自分の実力は心得てるよ」と、軽く笑ったような声で言った。
「まぁ、なんだ。周りはこれからも騒がしいかもしらないが、そんなことに惑わされずに居られるのも、オマエとボギーがいてくれるからだ。いつも感謝してる」
「……ソレ、わたしだけじゃなくボギーにも伝えてあげて」
「わかってる」
……わかればいいんだけどさ。それよか、この沈黙の間は。こう、そうも素直に出られると、面映ゆいという以上に背中がムズムズとして。まだ治療は終わらないんです?
「いや、終わったよ」
「……早く言ってくださいよ」と、俺が勢いよく起き上がって半眼で睨むと、シャナンはいつものクールな表情だ。俺はそれになぜかムッときたが、手を差し出して引き起こしてやった。




