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LV95

 クィーンガードの案内を受け、王城へと向かう馬車に乗り込んだ。

 馬車や馬にはあまり愉快な思い出はないが、王都の道が平坦なおかげで、舌を噛む心配なんてせずいっそ快適な程。

 車両の造りも、いっそ目を瞠るものがあり、まるで翔る芸術品のように、車内の至るところに緻密な幾何学模様が描かれて、その目を飽きさせることもない。

 なかでも一番に目立つのは「三つ葉の紋章」たる、王家の紋章だ。これはドアから常備している膝掛けなど、いたる所に色んなアレンジつきで描かれていて、この車両が王家の所有物なのをうかがわせる。

 ……ヤ、べつに隣のクィーンガードさんを疑ってたワケじゃないけどね。道行く先は、しっかと王城に向けてるし。しかし、このお方もよくよく見ればかなりの美形だな。瞑目してる横顔なんて、象牙の彫刻のようだし。アルマが美形たちに囲まれて働きたい! みたいに言ってたが、その思いが少しはわかるかも。

 でも、それ以上に気になんのは、この方の耳が尖って見えることなのよね。

 ……もしや、エルフ?


「……なにか用か?」

「あ、いえべつに」


 馬車旅は、ものの30分ほどでつつがなく終わった。

 王城の前を通り抜け、やがて人気のない裏門へと回り込んで止まった。すると、物憂げに瞑目してたクィーンガードは、颯爽と降り立つと、紳士らしく俺の方のドアを開けてくれた。

 やや、すみませんね。って、わわっ……なんで裏門なのに、兵士たちが敬礼してるのよ。まさか、この人も結構な立場の人なん?


「こっちだ」


 俺が泡を喰ってるのにも頓着せず、クィーンガードは当然のような顔で敬礼する兵士の作る道を進んでいった。それを、俺は日本人的にへこへこと、頭を垂れつつ後に続いた。




 クィーンガードの背中を目標に、俺は白と黒の市松模様の石造りの回廊を遅れないように連いていった。

 ときおり、幾人かの文官氏らに通りがかったが、皆クィーンガード氏に向け敬礼をしてがゆくも、当のクィーンガードは颯爽として、その歩みを止めやしない。てか、むしろ俺こそ庶民根性まる出しにして、わたわたと、お辞儀し返して妙な見られたりして迷惑千万極まりない。てか、目礼し返せよな!

 しかし、まぁ、こんな巨大な王城なので、行き交う相手に挨拶しあえってたら、時間がいくらあっても足りないのだろうな。

 いっそ、外から見ても巨大な王城だが、かなり内部に潜入したと思っても、回廊を抜けた先が、さんさんと日差しが注ぐ中庭であったりして、とてもとても王城の広さはおよびもつかない。

 そればかりか、その頭上に高い天井には、騎士が魔獣を討伐する壁画や、巨体を支える城柱自体も鍾乳石をくり抜いたような見事な作りで、これ、いったい何千、何億、といった金貨が消費されてるのか、と、考えたらバカらしくなるような思いだ。


「ここだ」


 と、ついにクィーンガードが、とあるドアの前で立ち止った。彼はノックもせずに、閉ざしてたドアを開く俺を招じ入れると、そこは意外にも目立った調度品の類もなく、赤い壁紙のシンプルな個室だった。

 クィーンガードは、しばらく待つように言われた。彼がしばらくして戻っきたときには、胸元に手を添え、軽く頭を傾けてる。その奥から姿を現したのは、不敵な笑顔を浮かべた女王陛下だった。


「すでに来ておったか。今日は急に呼び出してすまなかったな。フレイ・シーフォ」


 純白のドレスを翻して、足の長い座椅子に腰を下ろす……いや、それだけだというのに、なんだかこの人自身が調度品のように、部屋中が輝いたように見えるよ。

 陛下は静々と控えているクィーンガードに軽く目配せすると、彼は音もなく部屋を出た。


「元気そうでなによりだ。あれからひと月は経ったであろう。どうかな我が王都は」

「ハイ、毎日を楽しく快適に過ごしております……これも、ひとえに陛下の善政のおけること――」

「ふふっ、心にも無い世辞を言う口はこれか?」


 いててて!

 頬を引っ張るのは止めてください!?

 ひりひりする頬を撫でさすりつつ、恨みがましく見やると、陛下はニヤニヤして俺にそこに座れと、命じた……うおぅ、真正面にでござりますか。こんな狭い個室の小さなテーブルだと、文字どおり膝詰談判って感じがする。な、なんか、こう端正な顔が近くてドキドキするんだけど。


「あの、お話しと言うことですが」

「せっかちなのは主譲りか? 少しは我と世間話ぐらいはする余裕を持ってはどうだ」

「世間話と申されましても、わたしは、その学院に詰め込まれてましたから、とくに語る話題だなんて……」

「それならば我はもっと箱入り娘であろう?」


 HAHAHA、娘って歳ですか?


「我が箱入り娘、というのはそんなにおかしいか」

「め、滅相もない!?」


 ひえっ、思っただけでコロスとか止めてくださいッ!?

 てか、どうして私の心が読めてるのっー!?

 その青い瞳はなにもかもをお見通しって怖すぎーッ!!


「くくっ、お主はわかり易いだけだ。しかし、学院内にも閉じ込められたとはいえ、そこに子供の世界があろう? その様相を我に語ってくれれば、有難いのだがな?」

「それは、」


 学院内の様子を語れって、こと?

 やっぱそれって、トーマスさんの読み通り、俺が姫様とシャナンのパイプ役をやれってことなんじゃ……と、俺が返答に窮してると、陛下は指で髪を遊ばせつつ、ニヤッと笑みを深めた。


「どうやら、我の意図するところを察しておるのあか? はて、だれの入れ知恵……なんて、答えは明らかだな。トーマスであろう?」

「……はい」

「ふふっ、あれもつくづく友人思いだな。まあ察しているなら話は早い。お主を此度に呼びつけたのは、無論色々と話を聞くためだが他にも要件がある。実は、お主を我の専属料理人としようかと思ってな」

「えぇー!?」


 いまなんつったこの人!?


「……わたし如きを料理人だなんて、畏れ多い!?」

「なにを驚いている? お主の料理は美味かったのだから、召し抱えたいと思うのがそんなに疑問か?」

「いえ、有難い申し出でございますが……わたしなどより、他に優秀な方々がおられるのでは」

「謙遜するな。王国内にあっても、その料理の腕は特筆したものであろう。それに、我の娘が珍しく、あのかすてらという菓子に執心してな」

「クリス様が?」


 左様。と、陛下は自嘲気味に頬を吊り上げた。


「大した話しではない。娘に構って貰えなんだ親がその手土産に菓子を包んで持っていく。とな」

「……はぁ」


 ……それで、お菓子を贈るために、って?

 そいや、前に陛下もあまり親子関係が上手くいってないとか、自嘲してたっけ。カステラのレシピはすでに公開してんだから、俺を雇う必要なくない? 

 まぁ、俺にもこの話は渡りに船どころじゃなく、料理を作れる環境が欲しいーっ! って、心の底からで渇望するレベルだけど……この話を乗るのは危険だ、と私の生存本能が訴えている。


「ちなみに給金は月に金貨3枚を考えているが」

「金貨3枚!? ちょ、多すぎ!」

「左様か? ならば取り過ぎた分は他の働きでもってかえて貰おう」

「…………」


 藪蛇を避けたはずなのに、何故か避けた先から猪が突進してきたような気がする……。ってか、まだ俺は受けるなんてひと言も申してないんですが、ソレハ!?


「さて。実はお主には菓子を提供する以外、やってもらいたい頼みがあるのだ」

「……それってシャナン様とクリス様とのことでしょうか?」

「左様だ」


 と、俺がゲンナリと頭を垂れるも気づかず――てか、絶対に気づきながら、エレン陛下は青い瞳を細めて面白そうに頬を緩めた。


「我の娘はいわば”年頃”でな。生まれたその時から、やれ縁談だのなんだのと、求める声がうるさくてかなわぬてな。以前は黙れ、と蓋をしてはきたが最近では、一喝するだけではきかない年齢にもなった。いくら、大事とはいえいつまでも、閉まったままにしておけまい? ……色々騒ぐ諸侯の不安もわからぬではないからな。学院に入学したのもいい契機だ。ここは娘に婚約者でも据えれば、少なくとも不安は解消されるであろう?」

「そう、ですか」


 自分の結婚相手は、えらいハズレを引かされたワケだから、ひとり娘のお相手選びには慎重になりますよね。


「……しかし、そのぉ、わたしにそのような申し出をされるは、どういう」

「薄々察しはついておろうが?」


 ……ハイ。


「つまり、わたしにシャナン様とクリス様の仲を取り持つよう工作せよと仰せで?」

「いや、そうではない」

「え?」


 な、なに? どういうこと?

 話し全然、違うじゃん。俺にスパイをさせようってワケじゃないの?


「いや、たしかに我は、勇者殿のご子息が娘の婚姻相手に相応しいと考慮している。が、あくまでそれは現時点での話だ。ことを急いて、後で思いもよらぬ所からどんな条件で話が飛び出てくるとも限らぬであろう? ……その意味するところはわかるか?」


 意味するところ? 急になぞなぞですか。

 でも、新しく婚約者が現れるって、お相手なんてそもそも限られてるんじゃない?

 トーマスさんの話しだと、古くからの慣習で、三侯爵家の人間からしか婿入りや嫁入りはしないってんだし。そこに、いまは何千年にひとりという「勇者の子」って、まぐれが出たから、シャナンが騒がれてるんでしょ。

 ……他の、思いもよらぬ相手って、

 あ。


「まさか!? 敵対してる共和派からも婿を取る用意がある、と!?」


 俺が礼儀も何もすっとばしてそう叫んでしまったが、陛下は涼しい顔のまま肯定も否定もしなかった。しかし、その顔はまんざらでもないようで、正解だ。と書いてある。

 ……なるほどなー。

 敵対派閥の方に「そっちの婿を取るよ」と、エサをちらつかせて、切り崩しに使うってことか。権力に飢えてる共和派には、その効果は抜群だろうが……仮にも娘をエサに使うって、やり方がエゲつくなくね?


「不満か?」

「あ、いえ……」

「このような手法は人としては下策だろう。だが、婚姻とは当人同士だけですむものではない。まぁ、こんな物言いはただの言いわけに過ぎぬがな。これは、クリスにも先立って伝えたことだが、其方と結婚する相手はシャナン殿が望ましい。とは伝えはしたよ」

「ほんとに!?」


 ……うっわ、俄然シャナンが王族へ、って話が笑いタネじゃなく、マジに近づいてきたくね……。


「それで、その姫様の答えは?」

「さぁてな」


 さぁてな、って。

 肝心なことをボカすなんて、解決編のない推理小説みたいなマネは止めてよ。


「ふふ、そんな顔をするな。単に我もその胸の内が聞けなかっただけだ。娘は神妙に頷いてね。まあ、ピンとくるものがなかったのだと思う。しかし、重ねて言うが、シャナン殿が婚約者に相応しいと願うのは、あくまで我の希望にすぎない。娘が嫌だ。と、言えばそれは諦めるしかないがな」

「えっ!? よろしいのですか!」

「家の事情を優先しても、当人の気持ちが離れていては破談は眼に見えておろう?」


 ……うん、そら、そうですよね。

 エレン陛下はゆったりと足を組み替えると、やがて重々しい口調でスッと眉をひそめた。


「一族の血筋を絶やさぬよう娘には必ず婚姻を結ばねばならない。これは王族としての義務だ。しかし、結ばれる相手がだれでもよい、とは言わんが、よほど好いた相手がいるならば筋はいくらでも曲げよう。だが、相手を選んだのであればそれ相応の責任を持ってもらわねばならん。相手にも、両家の人々に対しても相応のな」

「…………」


 ……怖いなぁ。なんで、娘の色恋沙汰の話をしてるはずなのに、こんな心胆から寒からしめられるんだろう。エリーゼ様のハートを象った手が懐かしい。いや、いっそ陛下が手を打ち合わせたら、死、という字が視えそうだわ……

 俺は面倒ごとが回ってこないよう、その意見に肯定も否定もせず「つまり」と、指を立てた。


「つまり、わたしはふたりのご様子を陛下に報告すること、でよろしいでしょうか」

「話が早くて助かる」

「わかりました。では微に入り細を穿つがごとく、懇切丁寧にお伝えして……」

「そのように気張らなくてもよい。大まかな経緯とお主の得た感想で十分だ」


 そうですか?

 メロドラマ調に話をでっちあげるのはお手の物ですよ。


「我の前で、でっちあげや虚言を伝えたらどうなるか、わかっておろうな?」

「…………あの、わたしはなにも申してはおりませんが」

「たわけ。その顔が物を言うておる」


 マジか。さすがに王宮で顔芸に長じてきたわけじゃないのね。


「繰り返しになるが、婚姻とは家と家との結びつきを人の強固なものとする。それが王家の婚姻とあらば、その重要性は軽いものではない。国の安定を図る上でよい人材を取りたいのはやまやまだが、すべてを我が差配するものではない。決めるのは娘だ。だが、すべてを本人たちに任せるにもできない。しかし、たとえ、我らが放っておいたにしても他者の介在を排することはできないだろう? ……フフッ、かわいい子豚の匂いは、良き香りがするな?」

「え?」


 そ、それってテオドアのこと。って、なんで諍いの原因まで――わ、ちょ、陛下! ご、ご乱心をっ! お顔が近こうございますっ!?

 陛下はヘビのように俺の首に手を回してきた。子豚の匂いがどうたらよりも、陛下のかぐわしい香りの方が……

 と、俺はしばし、凍結したスライムのごとく固まりつつも、「……あ、あの。ルクレール様のことを、どうして?」と、訊ねたら、陛下は含み笑ったようにくつくつとした。

「フフッ、我の耳がふたつではないということだ。それに今宵は、新たにもうひとつの耳が手に入ったからな」


 ぎゃーっ!?

 み、耳たぶに息がーっ!? ちょ、耳元でささやく声に、背筋がゾクゾクッしるーっ!俺が暴れると、「止めぬか」と、陛下はこっちの頭を軽く小突き、やがてゆるりと身を起こした。……は、はわわ、ちょっと、残念な気もするが、俺の心臓的には安心でござります。


「それでは、我の頼みちゃんと聞き届けてくれよ。あぁ、それからトーマスにもよろしくな?」


 ……ハイ。

 って、言葉以外に私の選択肢はなにひとつ残されておりませんでしたわ。

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