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LV?? 事情通の少女


 王都には数多くの私学が開校されているが、そのなかでひと際名門として名高いのは、エアル王立学院だろう。

 広大無辺な敷地は、元は王都でも有数の保養地であったという。学院は、国内から選りすぐりの教師や教材の元、最高級の教育を施され、そこで育った者たちはどのような身分であろうとも一流の人材として、各界隈にて重用される。

 将来をやくそくされた生徒たちは快適な暮らしの元に育ち、やがてはこの国の将来を担う時を待つばかり……。



 ――というのは、あくまで表向きのお話しだ。

 庶民たちには、そんな風に噂と羨望の的になってるけど、内実をわたしが姉さんから聞いた限りでは、大違いなのだ。


「あそこ? 退屈なとこよ。たしかに、あそこでの暮らしは快適よね。休日には湖畔にボートを浮かべたり、公園を散策できたり? 貴族が暮らすコンドミニアムには、お風呂から食事までそのすべてが完備されているもの。でもそんなことできるのって、わたしたちには及びもつかないような上級貴族様だけよぉ? 猫の額のように小さな領地持ちの男爵家じゃ、お金が足りない足りない」

「……べつに、いい暮らしがしたいワケじゃないし。そこで学んで身についたことの方が、大事なんじゃないの?」

「あー、貴女は勉強がスキだものね。ン~、夢を壊すようで悪いけど、貴族の子女が少し勉強ができたとこで上はないわよ? 取り立てられる場所も、せいぜい女官としての王城務めだし。それも、結婚前の足掛けがほとんどだから。

 平民の男子生徒だって必死になって勉強していたけど、登用される人なんて、ひと握りもいないわよ。文官になるにも騎士になるにも、あそこでは、実力よりも縁の方が大事なんだからね」

「……ほんとなの、それ?」


 わたしが気落ちしたように言ったが、姉さんはそれには取り合わず、しかつめらしい顔をして「もう。ヘンな夢想はほどほどにしてよ」と、言った。


「貴女も来年には通うんだから覚悟して、戦略を練り直していきなさいよね?」

「……戦略ってなに?」

「鈍いわねぇ。だから、如何にして結婚相手をゲットするかってこと!」

「そんなこと気にしてたの?」

「甘い! いまからでも男の審美眼を磨いておかなきゃダメよ! 女王陛下のようにハズレを引いたら、悲惨なんだからねっ!」


 と、ガミガミと姉さんは、わたしの女子力の低さを詰ってくるので、耳からシャットダウンした。

 ……はぁ。まったく姉さんはこれだものね。学院のこと、手ひどくこき下ろすくせに、しっかり出会いの場として利用してるんだものちゃっかりしてるわ。

 あーあ、残念だな。

 恋愛とか結婚だなんて先の話には興味ないんだけど、わたしは勉強――というか、神学を学びたいと思ってたのだ。

 といっても、いままでの教会主導における、伝承と口伝においての解釈論に終始した、埃のついた古くさい神学とは一線を画し、より発掘と検証に基づく実存主義に重きを置いた学問を学びたい、とひそかに思ってる。

 でも、こんな話をしたって、周りの女子たちには引かれるだけだしね。学院に行けば、そこで話の合う生徒が増えるか、と思ったのに。そういう機会はないのかもしれない。

 あぁー、これだったら学院に通っても退屈かもなぁ。むしろ、修道女として、教会にでも入信して、ひそかに発掘作業に勤しんでいた方がよかったかも。

 ……な~んて、軽く考えていたわたしの予想は、悪い意味で裏切られた。




 わたしが教室で、孤独につらつらと姉さんとのやり取りを思い出してると、そこの扉がガラッ、と開いた。そこから、沢山の取り巻きに囲まれた、ひとりの華やかな女生徒が入ってきた。

 すると、騒がしかった教室が一瞬だけどよめきをあげ、皆は顔を青ざめて沈黙した。

 そして、皆おそらくは自分の運の悪さを嘆いてるんだろう。

 ……なんであの、テオドア・ルクレール様と一緒のクラスなんだよ。って。

 彼女は、三侯爵家で有名なルクレール家の娘だ。とても、美しいお顔立ちなんだけれど、その気の強さのせいか、笑顔をしていても冷たい印象を受ける。

 赤い瞳と同色のドレスを翻しては、兄妹共々主要なパーティに足しげく参加されている。なかでも、クリスティーナ王女とも懇意にしてるという噂だけど、おしとやかで腰の低い姫様とは似ても似つかない横柄な態度で有名だ。


 ……嫌だなぁ。

 あんな、貴族ウチでも有名な人と、一緒のクラスなんて。

 頭のなかでも、様、って敬称をつけてないと、呼び捨てでもしたらとんでもないことになるわ。些細な粗相をしでかして、彼女のお怒りを買った娘が、後に家が破産に追い込まれた。と色々と逸話があるものね。

 わたしは息をひそめてると、テオドア様はまるでた赤絨毯の上を歩くかのように、傍を通り抜けていく……うぅ、凄い威圧感。怖くて失神しそうだ。

 やがて、行きすぎていったわたしの背後から、しばらくして話し声が上がった。

 ……あら?

 どうやら、テオドア様が談笑されてるみたい。

 わたしはもちろん、教室の前の生徒たちも振り向くことも出来なかったけど、勇気を振り絞ってソーッ、と振り返ったら、テオドア様は日頃の冷たい表情とは打って変わって、クスクスと、少女のように微笑んでいる……これは、いったい?

 いや、話しかけられてる子も、少しく戸惑ったような表情をしてるが、凄いイケメンの男子だ。

 実はわたしも、教室に入ってすぐ、彼にポーッ、と見惚れてしまうような、大人びていてキレーな顔立ちをしてる。いっそ、あんな風になれれば、と思えるようなクールな表情なのだ。

 ……もしかして、あのテオドア様がまさかの恋をしちゃったとか?

 それなら、かわいい所もあるのね~、と、笑ってられたのだけどね。その後、ホームルームの自己紹介で、彼があの”ローウェル”だと名乗られて、またも教室中がどよめき立ったのだ。

 ローウェルって、まさかまさかの勇者!?

 わわわっ、まるで範疇外だったけど、こんな隠れた大物までいたの!

 ……もう、わたしの自己紹介の時に、いったいなにを申してたか、わからないぐらいの驚きと緊張でもっていたわ。ほとんど立ちながら失神したけどね。




 ホームルーム前にはシャナン・ローウェル様の周りに、勇気ある女子たちが数人話しかけにいってたけど、そんな色めきたって女子の群れは、テオドア様という巨大魚の出現に呑まれて、息を小さくしてる。

 そして、いまシャナン様の周りには満面の笑みのテオドア様が貼りついてる。

 ……冷静になって、考えてみればこれで彼女の目論見が、なんとな~くだけどわかってきたわ。シャナン様に張り付いてるのは、恋だなんて単純なものではなく、ルクレール家のさらなる権力獲得のための道具なんだ、ってね。


 ルクレール家はまるで世襲制のように代々、財務卿の地位にあずかっておられるのだが、その地位を利用して、自らの派閥を強引に形成したりするせいで、他の貴族たちには反発を招いてるようだ。

 財務卿も、自分たちの評判が芳しくないのは知れてるだろうし、その批判や反発をやわらぐため、民衆に評判高い勇者の血を自分の陣営に招こう。という魂胆なのかもしれない。

……あるいは、テオドア様自身にとっても、”勇者の血”がそれほどまでに魅力的な物なのか。

 実際のところは、推測するしかないけど、いずれにしてもわたしみたいな下級貴族には、及びもつかない世界のこと。

 長い物には巻かれろ、ではないけど、唯々諾々と従っていた方が身のためね。なんたって、あのルクレール家に楯突くなんて、よほどの命知らずかおバカかどっちかよ。テオドア様に目の敵にされて、ウチが破産に追い込まれたりでもしたら……そんな想像するだけで、身震いが。




 怖い怖い、と、わたしたち貴族もそうないものも、クラス中の皆がそう縮めてるのに、ただひとりの侍女だけは違った。


「申しわけございませんがテオドア様? 主の時間が押してございます故、長話はそれぐらいに致して貰えませんか?」

「あら、もうそんなに時間が。あまりに楽しかったから、つい。そうね喉が渇きましたから、他でお茶を――」

「重ね重ね申しわけございませんが。時間が押し迫ってございます。長話はもう御控えくださらない?」


 フレイ・シーフォはニッコリすると、テオドア様も「そう?」と、満面の笑顔で答えた。……ふたりが一瞬、シャーッ、と歯をむき出しにする、魔獣のように見えたのは、きっとわたしだけじゃないと思う。

 シャナン様が、ホッとしたように、ふたりの侍女に連れて行かれると、それをうふふっ、と笑顔で見送っていたテオドア様は、すぐにそれを消し「ローウェル家の侍女、フレイ・シーフォと口を聞いた輩は潰す。そう学院中に振れ伝えましてね?」と、配下たちに耳打ちをしてた。


 ……潰すって家ごと、いや、物理的にってこと。

 よくやったー! と、彼女に快哉を叫んでたけど、それを言葉にしなくてよかった……。

 噂だと、ふたりの仲たがいの原因は、フレイ・シーフォが豚呼ばわりされたのに激昂し、生意気にも歯向かったのが原因だっていわれてるが、それ本当なら凄い勇気だわ……その場にわたしを置き換えたって、テオドア様に歯向かうどころか「申し訳ございません!」と、彼女の威圧に屈してただろう。

 でも、テオドア様に限っていえば、ローウェル家の歓心を買うためにも、侍女を味方につけるべく、振舞うのが普通なのにね。普通、他家の侍女とはその窓口ともなる間柄なのだし、関係を悪化させるものではないはずなのに。それほど、フレイ・シーフォが洟についたのかしらん?


 確かに、あの娘はこの学院のなかにいても、フレイ・シーフォはとりわけ目立つ存在だ。

 田舎貴族のお付きの侍女なんて、元は農民だから見た目からして、日焼けした浅黒い肌に、褪せたような短髪をして、きょどった目で落ち着かないように学院をうろつく芋くさい娘ばっかり。

 彼女も、こんがりと日焼けした肌に、その短く切った金髪、とすべてが同じ――なのに、フレイ・シーフォの美しさは、侍女貴族と問わずに別格だ。


 物怖じするどころか凛とした佇まい。

 透き通った顔立ちに、静謐な物腰の態度。

 野暮ったい男装に隠れた上品な仕草。

 それになにより、”あの”テオドア様にでも、横暴は許さない! とばかりに、あくまで理性的に正論を述べて、その鼻っ柱をへし折る辺り、わたしも含めた田舎貴族にとっては爽快だ。

 フレイ・シーフォはむしろ表情乏しい程にクールなのだが、不意に小雨の後にかかる虹のような微笑に魅了される者が男女問わずにいる。

 そして、それを見た者たちは、いつものの表情とのギャップに驚きつつ、決して見てはならないものを盗み見てしまったような、後ろめたさになぜか震えがくる。

 そして、彼女に心を奪われるのだ。

 わたしも、もし、あの鳶色の瞳に自分の地味な姿が映っていたら――と、埒もないそんな想像をめぐらすだけで、胸がどぎまぎする。いや、わたしはべつにそんなんじゃないんだけれども……。

 しかし、フレイ・シーフォの隠れたファンは多く、わたしの侍女も実は大ファンだ。


「ねぇ、シータ様聞いてくださいよぉ! フレイ様ってば、あんな白い手をしてらっしゃるのに、剣タコが凄いんですって!?」

「へぇ……って、なにその情報。ウソくさい」

「いいえ確かです! 剣術テストの決勝で敗れた娘がおりましたでしょ? 「大丈夫?」なんて、気遣われてた。あの娘情報ですから間違いありません!」


 ……あぁ、そんな娘いたっけ。あの時はわたしも羨ましいなぁ。と……違うけど!


「ふーん。大した情報じゃないわね」

「もう、シータ様は興味ないふりしてぇ……あ~、いいな、いいなぁ。フレイ様にあんな優しくされて。……話しかけられないのがつらいです」

「止めてよ! 怖い人たちに目をつけられたら困るんだからっ」

「……えぇ、残念ですけど、ファンクラブの娘たちにも抜け駆け禁止、って怒られちゃいますから。あんなにクールなのに、凄い優しいって……あぁ……天性の才能だけじゃなく、努力家って……素敵。ローウェル家の方は、ふたりとも本物の王子様みたい!」


 と、わたしは夢心地に語る彼女の口を塞いだ。

 そこに、ちょうど上級貴族の侍女たちが、つまらなそうな顔で廊下を横切っていった。


「……ふぅ、肝が冷えた肝が冷えたじゃないの!」

「す、すみません」


 下級貴族と上級貴族との間に壁があるように。下級の侍従たちと上級侍従にも同様の壁がある。

 下級貴族の侍女たちは、おおむねフレイ・シーフォの輝くようなタレント性に惹かれて、キャッキャと、ヒーロー扱いしているが。王都に元から暮らしていた侍女たちには、フレイ・シーフォとは強力なライバルに当たるので不愉快なのだろう。

 街暮らしの長い侍女は、その多くは街の法曹家や、大手の商人の娘がほとんど。

 彼女たちの食卓には、甘~い果実があがるのに、貴族になれる機会があるにしたって、退屈な上にフルーツも菓子もない田舎暮らしになんて、耐えられやしない。むしろ、オマエこそが貴賤だ。と、こっちから願い下げすることもあるのだ。

 そんな彼女たちの将来の望みは、王城務めの侍女として働きながら、そのお眼鏡にかな結婚相手を探すのが常だ。

 そして、そんな目論見を抱く侍女は多く、その働き口は限りなく少ない……。

 ならば、他の目に付く相手は、自分の敵……! と、嫉妬心が渦巻いてるのだろう。

 ま、ウチみたいに、田舎からぽっと出できた、ジルからすれば、そんな腹黒い嫉妬とは無縁なのか「貴族の侍女として仕えるだけでも、好待遇です!」なんて喜んでるのよねぇ。


「あっと、まだローウェル様のお話があったんでしたっ!」

「……まーた、ジルお得意の「ここだけの話し?」シリーズなの?」

「えぇ!」


 ……はぁ。

 まだ、どこからか仕入れたゴシップがあったのね。

 いつも、熱心にネタを追いかけてるけど、そんなの明日には皆が知ってるんじゃない?

 ローウェル家の話なんて、いまや学院中を席巻していて、フレイ・シーフォと、テオドア様との対決――は、元より「勇者×クリス姫」との婚姻の行方もそう。


「いいえ、今度はほんとのほんとのビッグニュースですって! あの、ローゼンバッハ様がフレイ様を勧誘してるらしいんですよぉ!?」

「……ハァ?」

「これは、由々しき事態ですよぉ! あたしたちのフレイ様が、あんなキノコの手に落ちる危機ですー」


 と、大いにはしゃいでいる。

 ……いや、ないでしょそれ。

 勧誘自体は、べつにフレイ・シーフォは、学年トップを取るぐらい成績優秀なのだから、そんな話が持ち上がってもふしぎはないわね。

 侍女の個性や人格など認めず「ローウェル家の方」呼ばわりされることもまま、あるが、テオドア様も他の上級貴族様たちの例に漏れず、美しい物が大好きだ。なので、自分たちに仕える侍従らも、見目麗しいものたちばかりを集め、たくさんの着飾った衣装を施し、それをパーティで見せびらかすように、自慢をして悦にひたる趣味がある。

 それでいえば、フレイ・シーフォもいつも気怠そうにしてるが、朝日を浴びて黄金色に輝く微笑、そっと指先を伸ばせば、その先に小鳥が乗るような、いっそ幻想的な美しさがある。

 だから、当然ローゼンバッハ家が目をつけてもふしぎではないはずだ。


「でも所詮、辺境伯といっても金だけがある成金でしょ。王家やラザイエフ家との結びつきも深い勇者様から侍女を取り上げるなんてできるわけないじゃない」

「……あー、ですよねぇ!」


 むしろ、子爵が「ふたりの侍女を仕えてけしからん!」なんて、難癖をつけて身の程知らずもいいところだわ。

 フレイ・シーフォが、入学初日に机を持たせて入らせたり、あんな男装をしてお叱りを受けないのも、女王陛下の”とくべつの計らい”で、入学を許されてるのは知れ渡ってるのだ。

 とくべつな寵愛を受けてる彼女に、いくらテオドア様が気に入らずとも排除できない。

 増してや辺境伯ごときが押しかけていくだなんて「貴方、陛下のご厚意をなんだと思ってるのかしら?」で、終了。



「ね、だから、安心しなさい。フレイ・シーフォはどちらにしても、ローウェルから離れられないんだから」

「え、どうしてですか?」

「どうしてって、わたしと貴女は同性でしょ?」

「え、それがなに?」

「だからぁ、普通は主とその侍従との性別は、同性が基本なのよ……なのに、ローウェル家は男と侍女となってる。……つまりそれは、そういう意味でしょう?」

「エーッ!? お、王子様と王子様とが、けけっ!?」

「シッ、ここだけの話!? でしょ」

「……は、はい」


 まったく、目をつけられないよう気を付けてよ? なにかあったら責任取るのはわたしなんだから。

 ……でも、わかったことはすぐ教えてちょうだいね。

 こんなおもしろそうなこと、教会に入ったら、聞けやしなくなるんだろうから。

 


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