LV9
「なんで食べちゃうのよせっかく残しておいたのに!」
「あ、いや、その。余っていたのかと」
「どう考えたって余りものなワケがないでしょう! ちゃんと残して置いたの!」
明くる日の昼下がり。自室で本を読んでたら、母さんの怒声が響いてる。
なんだ? と、部屋からひょっこり顔を出すと夫婦喧嘩の真っ最中。といって、母さんにデレデレな父さんが一方的になじられて、しどろもどろになってるだけだが。
でも温厚な母さんがあんなに怒るなんて、喧嘩すら記憶を探っても滅多にないのに珍しいな。って、まずは止めないと。
「母さん、落ち着いて。その、喧嘩の原因はなんです? 父さんが浮気したとか?」
「ちち、違うよぉ~!」
と、父さんは情けなく叫んだのを尻目に、母さんは俺の肩をひしっと抱いてきた。
「フレイ聞いて! せっかく貴女が勇者様からいただいた白パン! この人がぜんぶ食べちゃったのよ!?」
そんなことかよ……って、母さんを笑えんな。あのパン一個でも、ここ最近の粗末な食事では一番マシだったしね。
「こんな無神経な人だと思わなかった……ひどいっ、ひくっ、ひどいわ……もう顔も見たくない!」
「ちょ、母さん泣かないで! と、父さんとにかくちゃんと謝って!」
「か母さん、わ、わしが悪かった! だから、泣くのは……」
「いや、あっちいって! そうよ、どうせ私が作る食事がマズイってお腹のなかでは思ってるんでしょ!? ……なによ、私だって、私だって食材があれば普通の味になるんだからぁ!?」
「わ、わしはそ、そんなこと全然思ってないよぉ! 母さんの作る料理はいつも最高だ!な? フレイもそう思うだろ!」
「……え、あ、そうですね」
「ほらフレイもこう言ってる! と、とにかく落ち着いて、ね。いま母さんが振り下ろそうとしてる花瓶はまだ売れ――「ガシャン」――あー!?」
……あぁ、もうしっちゃかめっちゃかだ。
俺たちは母さんを必死になだめたが、すっかり幼児退行して「白パン、白パン」って、呟きつつそのままベッドに寝込んじゃったし。ったく、父さんの食い意地の悪さのせいで非道いめにあったぜ……。
まあ、原因は俺がパンなんか持ちかえったせいだが……ン? もしや勇者が俺がパンをくすねるのを見逃したのは、我ら一家を仲たがいさすべく仕組んだ埋伏の毒であったのではないか?
……クッ、げに腹立たしきは勇者よ! せっかく広い心で許そうと思ったが、このような仕打ちをされるなど……憎い! しかし、勇者以上に貧乏が憎いッ!
「あー、貧乏がツライ……」
すっかり居づらくなった家から出て、俺は村にある林へと向かった。
微力であっても家計を支えるため、後は母さんのご機嫌が少しでも治るように薪拾いに精を出す。ほんとは母さんにパンを買っていってあげたいが、勇者プレミアがついた物でなく、普通のパンでは慰めがきくまい。せめて明日まで待ってもらおう。
……ふぅ、しっかし、こうなるともう四の五の言ってられないね。本腰をいれて金儲けをしないと一家離散の危機だ。
いい感じに元手がかからず、濡れ手に粟なビジネスがあればいいんだけど。
……たとえば、そう! 多数の魔物が繰り出す最高スペクタクルな大サーカスを開いて、ショービジネスに打ってでるか。
あるいは「貴方の貧弱な装備で死線をくぐりぬけますか? 不安をお持ちの貴方に! 今日は勇者印の新商品がオススメ! 厳選なる試験にたえて、この「こん棒」で、ゴブリンの脳汁を弾き飛ば――
…………いや、どれもねぇわ。
この世界でも独力で生き抜こう――と誓ったのに、勇者をプロデュースして肖像権でがめるとか、魔物サーカスとか、どれも俺の力と関係なさすぎ。
仮にも異世界転生主たるや、勇者にしっぽを振って寄生しようなど甘い考えは捨てよ。それなら、村でバイトでもした方がマシだわ。
「あ~あ、それよりサッサと薪を見つけないと暗くなっちゃう。さて、いい具合に乾いてるのが見つかればいいけど……」
森の入り口の外周辺りじゃ、村の子供らも回収してるし燃やすに適した木は少ないな。奥に入れば見つかるけど、ぜったいダメ! って言われてるからな。
ちぇ、めぼしい収穫はなしか。なんかその辺の草でも喰べれればいいのに――と、
ガサガサ、と音がした。
まさか、魔物!
と、肝を冷やしてると、で、出たオーク!? って、よく見れば豚面いじめっ子のアントンだった……なんだよ、豚汁にしてやろうかと思ったのに。
がっくしと肩を落としてたら、藪のなからゾロゾロと子分たちまで出てくる。無視して行こうと思ったが、アントンは俺を見咎めたように目を細めると、
「おい、勇者様の館に出入りしてるってホントかよ」
「…………」
ウザッてぇ~、と華麗にスルーしたら「無視すんなよブス!」と、アントン一味のひとりが俺の集めた薪を踏みつけて折った。
その拍子に、ぴきっ、と俺様の堪忍袋の緒まで切ってくれたね。
「……なにか用事ですか」
「さっきから言ってるだろ、オマエ勇者様の館に出入りしてんの? まさか訓練場にまで入ってやしないよな」
「ええ、それがどうだって言うんです?」
シーン、と一味は黙り込んだ。
なんだ、ただ聞きたかっただけか。なら、もっと丁寧に聞いてくれれば普通に応対したのに。阿呆らしい。って呆れたら「ハッタリに騙されんな!」」と、アントンが丸っこい指を突き付けて叫んだ。
ハァ?
「金貸しゼリグの娘だぜ? 人を騙して地獄に落とそうとする悪魔の手先だ! こいつなんかが勇者様に認められるワケないだろ!」
「でも、事実ですよ?」
「へっ、じゃあオマエみたいな女が、……自警団の訓練に参加してるって言うのかよ!」
「そうですよ――ね、トビーのお父さんもそう言ってるでしょ?」
と、アントン一味のトビーはビクッとした。ふっふっふ、俺は自警団員のお父さんとは顔見知りだぞ?
「わたしは貴方のお父さんから、昨日の夕飯がはクォーター村名物の一角兎を喰った、って伺ってますけど?豪勢でいいですね」
と、告げたら、ざわッと動揺が広がり、
「……シャナン様が?」「……負けるなんてウソだよ」と、囁いてる。
あ、こいつらあれか? なぜか俺が子勇者に勝った、てことになってるのが噂になってるから、その真意をたしかめに来たって感じ?
……むぅ、これはよろしくないな。俺が注目されるのは心地よいが、村人の心証が悪いのにヘタな注目を浴びるのもよくない。スライムのとんがりのように鼻高々に自慢するより、誤魔化しておくのが吉であろう。
「じゃ、これで失礼していいですね?」
と、俺はせっかく幕引きしてやろうと思ったのに、アントンは顔を真っ赤にして、
「このウソつき野郎!」と、詰ってくる。
それに、うなじに髪をひっかけつつ軽く睨みすえると「……ぐっ」と言葉に詰まった。
ふっ、盛大にたじろいでるな。そうだよなぁ、昔の「フレイちゃん」だったら、オマエに責められたら下を向いて黙ってただろうけど、いまはそうはいかないよ?
「信じるも信じないも勝手ですけど。疑うのなら試してみますか? わたしが訓練されてるか、どうか、」
俺は近くに落ちていた手ごろな木片を取り上げ、スッと鼻先に向けたら、アントンは急に顔を青くした。そして「……覚えてろよ」と月並みな台詞を吐きすてて、逃げて行った。
……ふっ、勝った。
しかし、つまらん勝利だ。が、得た物は大きい。
俺は森へと少しわけ入ったら、やっぱり! 連中の集めていた薪が。ひとりじゃ運びきれぬ量も!
……スバラシイ。ぜんぶ頂いていこう。




