大学1人
この作品はフィクションだと信じている。
小中高と勉強をしたいと思ったことは1度もない。というよりも、やりたくないと思っていた。けど、やらないとしょうがない、そう思う自分がいて、最小限の勉強をしていた。テストの目標は常に学年平均点。苦手な科目は欠点を取らない程度に。テストの結果は100人いるなら67番目ぐらい。
そんなこんなで高校までやってきたはずなのに、これからもやっていくはずだったのに…唯一の誤算が進路希望調査だった。
右も左も分からない高校1年生の時は、知っている大学と国公立の大学を書いていた。2年生になると、国公立のレベルの高さに挫折、それでも法学部に行きたいという意思は固まったので、どうせ希望書に書くなら「少しレベルの高い大学」を書いておこう…そこが間違いだったらしい。
引き際を間違えた、と言うべきか。3年生になると、勉学をやらず就職を目指す組や実力に見合った大学に推薦で合格を勝ち取る組が続出し、67番目を維持していたはずの自分が…少しずつ30番目ほどに上昇してしまった。原因は、自分の実力は何も変化していない中で勉強をしない集団による平均点の減少。その結果、自分の成績は落ちるどころかむしろ好転してしまった。おかげさまで…家族や先生、周りの友人すら「勉強のできる奴」と自分を勘違いするようになってしまった。事実として成績は落ちていないのだから「勉強のできる奴」と見られても仕方がない。ただ、そうではない。
進路希望調査で書いた「少しレベルの高い大学」、周りが沈んだせいで浮き彫りになった「勉強のできる奴」という勘違い。
挙句、それは「頑張ったら目標に届くんじゃねぇの?」という錯覚を広範囲に展開した。もちろん、勉強を頑張ったら確かに目標には届きそうだった。しかしそれも不確定要素であり、もとより勉強したくないと公言していたはずの自分にとっては…最悪な事態と言ってもいい。
周りの期待値はどんどん上がり、今更「レベルを落としていい?」なんて言えない。仕方なしに「見せかけ」の努力をするようになった。ボーッとするならリビングのソファでなく、自室の勉強机の前でしたり、読んでもない参考書を広げたり…唯一やったことと言えば…高校主催の補習授業や今までやらなかった課題類。それでも予習や復習は滅多にすることがなかった。
そうした中、ついに受験を迎える。私立大学だったから、日付の組み合わせ方でかなりの数を受験することができた。最新のパソコンが買えてしまうほどの多額な受験料、普段なら出し惜しみするはずの親が…それをしなかった。自分は「どうせ受からん!」と心で叫ぶ。滑り止めに行くに決まってる、そう思っていた。
ところがどっこい、数撃ちゃ当たるというのもまさにその通りで、たった1度、数受けて1回だけ…不合格ではなく、合格の文字が出現してしまった。行きたい大学だったから、別に嫌ではなかったが…
これは悲劇なのか、喜劇なのか。
まぐれでほぼ底辺合格を果たした自分は…その少しレベルの高い大学に進学した。一応、親を喜ばせるためにも「そりゃ勉強してたし!」とか言っていた。後日談なんていくらでも美談にできる。付け焼き刃の分際で調子に乗りやがって。
高校では最終的に100人いるなら15番目ほどにまで順位を上げていた自分ですら「少しレベルの高い大学」なのだから、高校での合格者数も少なく、法学部はまさかの自分1人。同じ中学出身の奴とか期待したけれど空振りに終わる。
友達なんて後で作ればいい。今は底辺から脱しないと…
そこも間違えた。入学前の段階でSNSに「〇〇大学に合格したけど、ぼっちだから声かけて〜」と言わなければならなかったようだ。入学初日から「SNSの子だよね?」「やっぱり〜よろしくね!」と…初日からいくつかの集団形成が行われていた。まぁSNSをそのように使う人間はそもそも苦手だ。
ただ、そういった集団に気を取られている間に、自分の周りは…本当に自分だけとなる。そして既存の集団に声をかける勇気は…ない。意気地なし。ヘタレ…
どんどん消極的になる自分。ついには新入生歓迎会やサークル勧誘などからも目を背けた。残ったのは自分と…ついていくのにやっとな勉強だけ。これだったら、滑り止めの大学の方が友達もいるし、近場だし、勉強だってここよりかは難しくないはず。
もはや悲劇。それも自分だけが人知れずに陥っている。
「大学どうだった?」
「大丈夫」
大丈夫、としか答えることができない自分。電車やバスを駆使して2時間かけて都会の大学に通い、誰と話すこともなく、腕時計の針を気にする毎日。都会だから遊ぶ場所も多いはずなのに…それすら視野に入らず、講義の空き時間は自分の居場所を探すだけ。1人になれる場所を探すだけ。肌の合わない同級生に声をかけられたら…相槌と愛想笑いを浮かべるだけでそれ以上は踏み込まず…踏み込ませない。
朝早く起きて、バスに乗り、電車に乗って、乗り換えて、歩いて、大学に通って、帰る。それを永遠と続ける。1日が長い。休日が待ち遠しいのに、休日ほどすぐに時間が過ぎ去る。
高校時代はそれなりに叫んでいた携帯も、今では押し黙り、1人自分をどこか違う世界に誘おうと必死だ。
誰もいない孤独は好きだった。
でも、誰もがいる孤独は好きになれない。
悲劇のヒーローみたいに物語があるわけでもない。ただ…流され続けた結果。自業自得なのか…自分が悪いのか。
多分、自分が悪いのだろう。大半の人間は肌の合わない人間と我慢してでも話すのだろう。それの何が楽しいのだ。どちらにしろ楽しくないなら…何もしないほうがいい。
今日も腕時計の針を気にする。そろそろ講義だ。行かないと。
凹凸激しいビルの森、空は幾何学的な形をし、地元じゃ味わうことのなかった風を感じる。耳慣れない喧騒とした人混みの中で吸う空気は冷たく、吐く空気は重々しい。
自分の居場所はどこにあるのか。
今、何がしたいのか。
自分は…悲劇のヒーローにはなれそうにない。
この作品はフィクションだと信じたい。