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チート憑依

作者: 木嶋隆太

「わし女神。おまえは死んだのじゃが……本来死ぬべきではなかったんじゃよ」


 白い部屋の中で、女神はそういった。


「どゆこと?」

「じゃから、そのままじゃよ」


 男は理解が出来ず、首を捻ってしまった。


「まあ、死んだのはわかったよ。じゃあ、ここは何だ? 死後の世界って感じか?」

「そうじゃな。……正確には憑依の間じゃ」

「憑依の間?」

「そうじゃ。そこにあるパソコンで好きなようにステータスをつけ、そしてこの男に憑依するのじゃ」


 女神がパソコンを指差し男もその画面を見る。

 そこには、今まさに死に掛けている少年の姿があった。


「なんでパソコン……てか俺すぐ死んじゃうじゃんか」

「死に掛けている体にたくさんのチートをつけていけば、大丈夫じゃろ?」


 女神はまるでパソコンの画面など見ずにひらひらと手を振っている。

 男は不安を感じながらも、パソコンの前に座る。


「なるほどな……よし」


 こういったことは、ライトノベルなどを読み理解していた部分もある。

 予想以上にすんなりと受け入れられた。

 女神の話を聞きながら、出来る限りステータスをあげたところで、女神はあれっと短く声をあげる。


「ちょ、ストーップ! そいつじゃないんじゃ!」


 同時に男はそのままOKというボタンをクリックした。


「びっくりして押しちまったぞ!」

「そ、その少年じゃなかったのじゃ! 憑依は!」

「へ!? ……けどま、いいんじゃねぇか?」

「今おまえが弄っていたのは、ただその人間のステータスを弄っただけなのじゃよ! 生きている人間のステータスは絶対に弄ってはいけないし、変えてはいけないんじゃよ!」

「……けど、憑依すればいいんじゃね?」

「憑依はできる相手がきまっており、そいつはダメじゃ。その世界で重要な人間となるはずのものだったんじゃからな」

「……まあでも、間違えたってことで直せばいいんじゃねぇか?」

「わし怒られるの嫌!」


 女神の言葉に頬がひきつる。


「……じゃ、じゃあ俺は?」

「……まあ、わしのうっかりじゃ。別の奴で適当に楽しむと良い」

「太っ腹じゃねぇかっ」

「女神の腹を触ろうとするんじゃない!」

「けど、こいつのステータスは? 戻せるのか?」

「……いや、その、なんだ」

「なら、このままだといけないだろ!」

「じゃあ、どうするのじゃ?」

「それは――」


 男はそのまま女神と話をして、どうやって異世界へ行くか、話あった。



 ○



 

(これは……夢、かな)


 目の前には、小さい頃の自分と王女様の姿があった。


『ねぇ、一緒に遊ぼうよ』


 クリスがいうと、王女様は困ったように首を振る。


『……けど、私王女様よ』

『王女様だからって関係あるの?』

『……けど、みんな王女様だからって遊んでくれなくて』

『関係ないよ。一緒に遊ぼうよ!』


 そういって、クリスは王女様の手を掴んだ。

 その後、こっぴどく怒られたクリスだったが、王女様とはまた遊ぼうと約束した。

 初恋、だったかもしれない。

 クリスは王女様のことが確かに気になっていて、そして一つの約束をした。


『王女様は、魔王を倒しに行くんだよね?』

『そうよ。私は勇者の力を持っているの』

『僕も……王女様の力になりたいんだ。だから、一緒に戦いにいくよ』

『クリス……嬉しいわ。もしも、本当に一緒に戦えたら……嬉しいわね』


 王女様のあの笑顔は凄く印象的だった。



 ○

 


「……懐かしい」


 目を覚ましたクリスは、そう呟き、それから頬が緩んだ。相変わらず、王女様は可愛らしい。

 今日をもって、クリス・アンジェルドは十歳の誕生日を迎えた。

 ――もう、十歳になってしまったのだ。

 アンジェルド家は代々優秀な魔法使いの家系であり、その血の半分が流れている。

 そして、今。クリスは妹ともに魔法の練習をしていた。妹と言っても腹違いのため、年齢は同じ。

 そんな妹に見守られながら、クリスは今日も魔法を使用とするのだが。


「……ダメだよ。僕にはやっぱり無理なのかな」

「諦めないで! クリスはこんなに頑張っているんだからきっと大丈夫よ!」


 妹が全力で励ましてきてくれるのだから、兄としては応えたい。

 クリスは一生懸命に魔法の練習をするのだが、結局魔法が発動することはなかった。


「何が、ダメなんだろう」

「……うーん」

 

 クリスと妹の二人は首を捻っていた。もしかしたら、あと少しで何かができるかもしれない。

 クリスは自身の中にある、不思議な感覚を理解しながらも、それを外に出せない状況であった。

 と、そんな二人のもとへ、厳しい目つきをした父が歩いてきた。

 クリスは父の表情に怯み、身体が竦んでしまったがそれでも必死に勇気を奮い立たせる。

 それは妹が見ているからという、小さな勇気でしかない。


「クリス。今日はおまえの誕生日だっただろう。さぁ、これから魔力の検査に行こうか」


 そういう父の顔には明確な苛立ちが込められている。

 アンジェルド家の長男は、クリスだ。

 だが、家の中でもっとも魔法の才能がないのもクリスである。

 だからこそ、クリスにとって、ここ最近の父は恐怖の対象になっていた。

 毎日のように厳しい訓練を与えられ、その課題が終わるまで食事はなかった。


 酷いときは骨を折られたときもあった。

 父は穏やかな笑みこそ浮かべていたが、握られていたクリスの手は赤くはれ上がるほどだった。

 痛い、などといえばそれ以上の痛みに襲われることはわかっていたため、クリスは黙ってついていった。

 やがて、町にある教会につき、すぐに魔力検査へと映る。

 大きな宝石の近くにまでいき、クリスは片手を向ける。

 一緒についてきた妹も、険しい顔を作っていた。


「……魔力反応は……ほとんどありませんね」

「……そうですか」


 父がぼそりと呟き、振り返った。

 外で、父が暴れることはない。

 しかし、帰ってからも……同じわけではない。

 早々に家と引っ張り上げられたクリスは、すぐに拳の餌食となる。

 派手に飛ばされたクリスは、頭を下げるしかない。

 

「す、すみません……僕は」

「黙れ! 何度も言っていただろ! どうして貴様の魔力は一向に増えない! どうして、貴様は魔法を使えない! 貴様は本当に、優秀な私の息子なのか!? あぁ!?」


 胸倉をつかまれ、放りなげられる。落下した瞬間に魔法が飛んできて、体がゴミのように弾かれる。

 それでもクリスは起き上がり、謝ることしかできない。


「すみません、すみません……」

「黙れ! 二度と貴様の声など聞きたくはない!」

「お、お父様! やめてください! クリスが死んじゃう!」

「死ねばよいだろう、あんな才能のないゴミクズは!」


 父は正気ではなかった。

 常軌を逸した目に、クリスは怯み後退していく。


「死ね!」


 今度の魔法は、しつけなどでは到底誤魔化せない威力だった。

 クリスは自分の人生の終わりを感じた。ただ一つ。後悔があるとするならば、王女様との約束が守れなかったことだった。

 ごめん、と短く呟いた瞬間。クリスの左腕が光る。

 戸惑いの間に、父の風魔法が腕へと直撃し……そして相殺してみせた。


「な、に!?」

「これは……」


 左腕は、異形の生物へと変身していた。

 例えるならばそれは、魔物だ。

 クリスの左腕を見た瞬間、父は確信したように高笑いをする。


「は、はは! そうか! どうりで魔力の才能がないと思ったら、貴様は私の息子ではなかったのか! 合点がいった死ね!」


 父の放った魔法が体に直撃すると思った瞬間、水の壁が出現する。


「に、兄さん逃げてください!」


 それは妹の魔法である。


「……くっ!」


 父が妹を跳ね飛ばそうとしている。

 助けたい、と思ったが、クリスは自分に力がないことをわかっていた。

 悔しい思いを胸に抱きながら、左腕を隠すようにして逃げ出す。

 背後から騎士たちが追いかけてくるのがわかったが、クリスはどんどん自分の体が強化されていくのがわかった。


「なにが起こっているんだ!?」


 疑問に思ったが、今はチャンスだ。

 あのまま家にいれば、父に殺されることになる。

 他にいくあてがあるわけもないクリスだったが、逃げるしかなかった。

 気づけば、見知らぬ土地へとやってきていた。

 振り返るが町は見えない。知らない間に随分と遠くまで走ってしまっていたようだ。


「……腕も、治まった」


 左腕の魔物も、今は消えている。

 ただ、依然として、身体能力は向上していた。

 軽く力をこめて木を蹴れば、簡単に吹き飛んでしまう。

 空を飛べそうな勢いで跳躍もできる。


「……どうなっちゃったんだよ、僕の体は!」

「見つけたぞ!」


 と、走竜に乗った騎士たちが周囲を囲む。

 走竜を使わなければならないほどの距離を、移動していたことに驚きながら、クリスはキッと視線を周囲にやる。


「へへ、まったく。おちこぼれのお坊ちゃんを殺すだけでたんまり金をくれるんだから、あの当主もなかなか面白いことをするよな」

「油断するなよ。こいつは左腕に魔物を狩っているんだ。それに、走竜でどれだけ走ったか。こいつは生身でここまで移動したんだ」

「わかってるって!」


 騎士たちは走竜をたくみに操り、周囲を回る。

 連携による剣が服をきり、体を痛めつけていく。

 クリスは力を解放しようとするが、制御がうまくできなかった。

 強力な一撃で殴れることもあれば、普段よりも弱い力になってしまうことも。

 

「くっそ!」


 体がうまく操れなかったクリスは攻撃も防御もままならない。

 体も頑丈になったり、弱体化したり……ダメージはどんどん蓄積してしまい、膝をつく。


「くそ! 僕はまだ死なない! 生きて生きて……生きぬくんだよっ!」


 ――例え、家に捨てられようとも、王女様との約束がある……っ!

 こいつらを殺してでも――。そんなどす黒い感情がわきあがる。


「黙れよ、クソガキ! おまえみたいな化け物を認めてくれる場所はどこにもねぇよ!!」


 騎士の構えた剣が胸へと突き刺さりそうになった瞬間、別の何かがクリスの間に入る。


「おっと、間に合った! 女神様サンキュー!」

『……まったく。無茶な要求をしてくるものじゃな』

「あとは、制御ができれば……いや! 今は全力を叩き込む!」


 男は空間を割くようにして大剣を取り出し、横薙ぎに振るう。

 斬撃と風圧で、走竜と騎士が吹き飛んだ。


「……すっげぇ、チートだな」

『そりゃあそうじゃ。目的は忘れていないな?』


 クリスがぽかんとその状況を眺めていたが、先ほどから聞こえてくる不思議な声に今さらながらに気づいた。

 そして、恐怖に近い者を感じる。

 目の前の男は能天気な笑顔を浮かべているが、もしもその刃を向けられれば……。


「……あなたは?」


 恐れながらも問いを投げると、男はにこっと微笑んだ。


『安心せい。そやつはおぬしを助けるために、来た異世界の男じゃ』

「……俺は、連っていうんだけど……怪我ないか?」

「……はい」

「悪いな、その……色々あって俺のせいでこんなことになっちまって」

「……俺のせい、どういうことですか?」

「その腕とかさ――」

『安心せい。貴様が弄ったのはあくまでステータスだけじゃ。その腕は、彼が生まれもって持っているものじゃ』

「……えと、その?」

「……ああ、もう。良く分からなくなるから、どこか落ち着ける場所で話をしよう。女神様、どっか人のいない場所は!?」

『わしが座標を送る。そこに転移すると良い』

「了解。クリス……その、おまえが家を追い出されたのは、知っている。もしも……他にどこにもいかないなら、しばらく俺と一緒に暮らさない?」


 のん気な物言いで彼は手を差し出してきた。

 いきなり現れた青年に不安がないといえば嘘になる。

 だが、クリスは他に頼れるものは何もない。選択肢など最初からなかった。



 ○



 青年は連というらしい。

 連が創造という力で作った家に入り、クリスは話を聞いた。

 にわかには信じがたいことだったが、クリスはようやく自分の力を理解した。

 どうして突然体が強化されたり弱体化されたりしたのかは、クリスという人間が持つステータスを、連が弄くったからだ。

 それに対して連はしきりに謝っていたが、クリスはもう事情のすべてを理解したし、連というよりはあっけらかんと話しているこの女神のほうがミスをしているのではないかとも思っていた。


「この腕は?」

『……それは、わしには言えないことじゃ。おぬしに関わる大事なことで、女神様も触れられないタブーなのじゃ』

「使えない女神様だなぁ……」

『何を言うか! 貴様を何とか無理やりこの世界にねじ込んだじゃろ!』

「まあ、それは感謝するけどさぁ……」


 複雑そうに連が頭を掻いている。

 連と女神の会話を聞いている間、クリスは深く悩むことはなかった。しかし、今状況のすべてを理解したところで、自分がもう戻れないということに気づいた。


「……わ!? クリスどうした!」

『泣かせたようじゃな、連よ。いけないんじゃー』

「マジかよっ。クリス、本当にごめん! なんか俺のせいで家を追い出されることになっちまったみたいで……」

「……違うんだ。僕は……魔法の才能がなかったから、父さんに嫌われて追い出されたんだよ」

「……魔法の才能がないだけで?」


 連からすれば瑣末な問題なのかもしれないが、クリスからは大きな問題だった。

 連は悩む様子を見せた後、ぽんと手を打つ。


「……落ち着くまで、ここで暮らすか? 俺の創造の魔法さえあれば、どうにかできるしな!」

「……いいの? 僕、なんだか良く分からない力も持っちゃっているんだよ?」

「そんなもんより、俺のほうが強いもんね。こ、怖くないからな」

「……怖いの?」

「わー! 怖くないから! 全然、へーきだ!」


 クリスが少し悲しそうにすると、慌てて連が反応した。

 そんな様子が楽しくて、クリスはくすくすと笑った。

 困った様子の連も呆れたように肩を落とした後で笑った。


『まったく、連一人では不安じゃ。しばらくはわしも見てやるからの』

「お、なんだなんだ? ツンデレか?」

『ち、違うわい! 良いから、まずは生活環境を整えるんじゃ! 家の回りに結界! あとは家具とか全部おぬしの世界のもので良いから作り上げてしまえ!』

「了解……ちょっと大変そうだけど! 何とかやってやるよ!」


 クリスと連と女神による生活が始まった。



 ○



 連と女神は、それこそ両親……いや、姉と兄のようにしてクリスに接してくれた。

 だからこそクリスは、道を誤ることもなく、自分の力と向き合いそして……力をつけていくことができた。


「……さっすがに、そっちのほうがステータスはやばいかぁ」


 連の大剣が宙をまい、クリスは長剣を背中に戻す。

 今日で四年半が経過した。この期間、ひたすらに体を制御するための訓練を行ってきた。

 その結果、異常なまでに膨れ上がった体を問題なく扱えるようになってきたのだ。


「確か、連兄さんはバランス型って感じなんだよね?」

「そ。ステータスはまあ一般人よりかはかなーり高いけど、俺の基本はこのバランス力なんだよ」


 そういって、たくさんの魔法を作りだしてみせた。

 近接も遠距離も、なんでもできるのが彼だ。クリスは身体能力こそ高いが、結局魔法の才能はなかった。

 連は剣による戦闘よりかは、こちらの魔法のほうが得意なのだ。


「……魔法を使わないなんてずるいよ」


 本気の勝負を望んでいるクリスだったが、連は魔法を使って戦闘してくれたことはなかった。


「加減ってわけじゃねぇよ。あんまり魔法連発すると疲れちまってのぅ~」


 なんて老人くさい演技とともに、連は大剣をしまった。

 クリスも彼と並んで歩いていき、部屋へと上がる。

 連は料理こそできなかったが、創造によってたくさんのおいしいものを作ってくれる。


「それじゃあ今日はこれだ」


 連が作り出したのは、日本という彼が過ごしていた世界の定番メニューだ。

 焼き魚、味噌汁、米、納豆、サラダ。

 そんな料理を見て、クリスはすぐにかきこんでいく。

 運動の後は何を食べてもおいしかった。


「連、そういえばそろそろ勇者の護衛が選ばれる大会があるらしいぜ」

「……ほ、本当!?」


 前から調べてもらっていたことだ。

 王女様との約束を守るための、最後の手段。

 クリスが顔を近づけると、連はにやりとさらに笑う。


「ふふーん。人間の国じゃ、今大盛り上がりなんだからな!」


 クリスは人間の国にはあれから一度も行っていなかったが、連は頻繁に行っていた。

 そのために、連は世界の情勢についても結構詳しかった。

 やがて、連の表情がぴたりと固まり、食事から手を離した。

 

「あれどうしたの?」

「……い、いや……そのちょっと運動しすぎて気持ち悪い。おえっぷ」

「もう……吐くならトイレに行ってよね」

「……わ、わかってますって」


 逃げるように連が駆け込んでいったところで、クリスの脳内声が響く。


『……異常が出始めているようじゃ』

『メガねぇ、どういうこと?』

『この会話は今、わしとおまえにしか聞こえていない。だから、聞きたいことがあったら聞いてくれて構わないからな』


 そう前置きをしたところで、女神がこほんと咳払いをする。

 

『……もともと、連はこの世界の誰かに憑依して、この世界で生きる予定じゃったのじゃ』

『うん、きいたよ。けど、元の体で来たくて来ちゃったんでしょ?』

『それは、連の嘘じゃよ。元の体でも確かにくることはできる。じゃがな、元の体ではこの世界には対応できないのじゃ』

『……え?』


 嫌な予感があった。


『つまりじゃ。連はこの世界にいる間、ずっと毒をくらっているようなものじゃ。段々と体が蝕まれていき、まあ早くて十年もすれば死ぬのじゃ』

『……あと、五年?』

『じゃが、奴は体にチートを入れてしまった。異常な力を体が支えられるわけもなく、さらに寿命を縮めることになってしまったのじゃ。ああ、安心せい。おぬしは全然大丈夫じゃからな』

『……連兄さんが助かる方法はないの?』

『ないのう。もって、あと半年ということもわかっておる。連はそれをわかっていて、残りの時間を生きるつもりじゃ』

『……そんな』


 連が戻ってくる。

 その顔は笑顔で溢れていたが、よくみれば口元がひきつっているのがわかった。

 今まで気づかなかったのが悔しくて、拳を固める。


「どうしたクリス。飯食わないのか?」

「……連兄さん。今、メガねぇから話をきいたよ」


 それだけで連は察したのか、耳元に手をやる。


「……お、おい馬鹿女神! 何隠していたこと話しちゃってるの!? ださいじゃんか! 俺の予定では、かっこよくこう老衰的な感じで死ぬ予定だったのに!」

『残された者のことを考えろ。そういう馬鹿な発言で終わらせられる関係は、とっくに過ぎているんじゃよ』


 クリスにもその声は響き、それから連は諦めたように席についた。


「……ま、そういうことなんだよ。もうだいぶ前から体がだるくってしょうがねぇんだよ。俺は師匠として、最後くらい全力のおまえと、全力で戦ってやりたかったんだけどさ」

「……だから最近、ほとんど魔法を使わなかったの?」

「そんな感じだ。もうすぐ、勇者の護衛を選ぶ大会があるって言っただろ? もしも、俺のこと知っちゃったら躊躇いが生まれるかなぁって思ってさ。大事な人に、会えるチャンスなんだろ?」

「けど、ここに大事な人がいるんだ」


 クリスがそういうと、連は肘をついた。


「俺なんか、勝手なことをした罪滅ぼしのつもりなんだよ。俺に構わず行ってくれ。そっちのほうが、俺も嬉しいんだ」

「……それを決めるのは、僕だよ。……確かに王女様に会えるチャンスかもしれないよ。けど、今ここで連兄さんのこと放り出したら、きっと後悔する」

「王女様に会えなくなるかもしれないのにか?」

「僕は……十分強くなったよ。これからどこかの学園に入って、騎士の資格でもとれれば王女様に会える可能性はある。王女様は生きている人で、たぶんきっと、魔王を倒して戻ってくる。けど、連兄さんには明確な寿命がある。死んじゃったら、もう二度と会えない。だから、僕は……最後のときまで、連兄さんと一緒にいるよ」

「……クリス。その……なんかあんまりうまい表現が見つからないけど……嬉しいな」


 にこっと笑った連だったが、そのまま身体が傾いた。

 慌ててクリスが駆け寄り、連の体を掴む。

 凄い熱だった。

 

「いつから?」

「……お、おまえの誕生日のあとくらいからかな?」

「半年の間、ずっとこれだったの!? 休んでて!」


 連を慌ててベッドへと運び、冷やしたタオルを持ってくる。


「……サンキューな」

「連兄さんはこれから魔法の使用は禁止。……少しでも、長く生きていて」

「料理……できるのか?」

「こ、これから覚えるよ。この島には魔物だってたくさんいるんだしね」


 クリスは短くため息をつく。

 今まで連に頼りすぎてしまっていた。もっと早く気づいてれば、彼の寿命がもっと伸びていたかもしれない。

 ぶんぶんと首を振る。

 クリスはあの日から、涙を見せないと決めた。

 強く自分を持ち、前へと進んでいく。



 ○



 半年の間、毎日を過ごした。

 連は口を開くのも大変そうだったが、それでも女神のテレパシーがあれば問題なく会話は楽しめた。

 そして……女神がいう、今日が最後の日。

 早起きしたクリスはいつも通りに連の様子を確認する。

 まるで動けないわけではないようで、軽く体操をしていた。


「……よっ」

「大丈夫?」

「最後の日、くらい。元気にしないとな!」


 連がにっこりと笑って、クリスは初めて出会った日を思い出していた。

 あのときも連は笑って自分を助けてくれた。そう思うと、たまらなく悲しかった。


「最後の日だ。何が食べたい?」

「……創造できるの?」

「今さらちょっとくらい使ったって変わらないっての」

「……連兄さんの一番好きな料理で」

「よっし」


 連はすぐにいつも通りの焼き魚などを作り上げた。

 一緒に朝食を食べ、適当に部屋で過ごしたり、外に出て剣を振ったり。

 さすがに連は剣を触れなかったが、それでも近くで見ていてくれた。

 クリスは自分のすべてを見せるように体を動かす。


「……さすがにもう教えることはないな」

「もともと、連兄さんに教えてもらったことはないけどね」


 ちょっと意地悪をいうと、連が苦笑する。


「まあ、俺だって力は使えなかったしなぁ。一緒に成長してきたってことで」


 軽い調子の連はそこで咳き込んで部屋へと戻る。

 彼を支えながら慌てて部屋へと戻る。


「……あ、女神が近づいてきた気がする」

『おぬしが死のうが、わしは別に迎えにはいかないからの』

「冷たい奴めっ。クリス、最後に何か聞きたいことはあるか?」


 連の視線をしっかりと見返したクリスは、ずっと気になっていた問いを投げた。


「……どうして、僕のためにここまでしてくれたの?」

「一つ、俺が多少原因だったから。二つ、どうせ異世界に行くなら、やっぱり自分の体がよかったから。三つ、楽しそうだから。……まあ、つまり、俺は結局この体で、異世界に行きたかったんだよ。偶然おまえを助けることになったけど、たぶんクリスがいなくても、俺は五年間を精一杯生きたよ」

「……生きられた?」

「楽しかった、最高だった!」


 連が言い放ち、それから彼の手が伸びてきた。

 ぎゅっと掴むが、その手に温度はなかった。


「……おまえは、立派に成長したんだ。もう誰にも弱いとは言わせねぇよ。おまえは最強だ。だから……これからは精一杯前を向いて生きろ。人に怯えるな。堂々としていればいいんだっ。そうすりゃ、楽しいことは一杯ある!」


 精一杯に叫んだ連に、クリスはこくりと頷いた。

 ……連とともに人の町にいかなかったのは、怖かったからだ。

 どこかで自分を狙っている人がいるのではないか、そんな不安があった。

 だが、もう逃げるつもりはない。

 連のように堂々と生きるだけだ。

 連は満足した様子で、笑みを作ったまま手を離した。


『……まったく、どうして他人のためにここまでやろうとするのかの、人間は』

『……女神としても、人間の感情はわからないものなの?』

『そうじゃな。わしも、今日でお別れじゃ。まぁ……連は色々といっておったが、奴の魂はわしのものにする予定じゃ。じゃから、そこまで死を悲観することはない』

『ありがとね、メガねぇ。色々いっても、連に優しいよね』


 言うとつまったような声がしたあと、慌てたような否定が返ってくる。


『や、優しくはしていないぞ!』

『……ツンデレ、だっけ?』

『ち、違う! 黙れい! これが最後の連絡じゃからな! 残りの人生、頑張るんじゃぞ!』


 女神との通信も切れて、これでクリスは一人となった。

 悲しさはあったが、不安はない。

 すぐに旅の用意をしていると、連の持ち物が見つかる。

 そこには手紙も入っており、もしも、学園に通うのならばといくつか候補がメモされていた。

 汚い字に苦笑しながら、必要な荷物のすべてを揃えた。

 連が残した、万能亜空間収納腕輪に、武器の類もすべてしまった。

 クリスははっとする。


「……この島から、どうやって出ようか」


 考えてもいなかったが、どうにかなるだろうと前向きに捉えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ちょっと切なくて、でも面白かったです。 連がとてもかっこよかった! 冒頭の伏線がある分、ここからクリスの新たな物語が始まりそうですが、ここで終わっても読後感はすっきりしていて、まるで週刊少年…
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