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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
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6 近況

 俺がアルスの圧迫面接にいびられてから三か月余りが経過していた。

 その三か月には、割と色々なことを経験した。

 つい最近まで半ば時の止まったような田舎で日々の日課をこなしながら暮らしていた俺にとっては目の回るような生活だったか、今のところ頭の痛くなるような問題は起きていないのが幸いだ。


 もちろん新たに経験したことの大半は俺の新しい仕事、密偵任務に関連しての話だ。


 例の問答でアルスの部下となることを決めた後、すぐに俺はこちらの事情を彼に報告した。

 といっても大して話せるようなことはあるはずもなく。

 俺がじいさんから聞いたのは先程の一件を含むいくつかの盗賊話だけであるということ、

 従ってアルスのいうコネとやらは、盗賊になりたかったら面倒を見てくれることになっているという人物の連絡先だけであるということ、

 あと一応俺が聞いていたじいさんの視点からみた、件の貴族との一件について述べただけである。


 大して参考にもならないと思っていたのだが、意外とアルスは興味深そうに話を聞いていた。

 何でも盗賊同士での繋がりのあり方や、じいさんが自慢げに話していた手口なんかはこれまで情報がなかったので参考になるらしい。

 ……拷問まですると言っていた割には捉えた賊からの情報収集が足りていないんじゃないかと思いビビりながらも意見してみるとアルスもやれやれといった表情で、


「結構、難しいんだよね。

 生半可な拷問では思いの他口を割らない。今までの騎士団のやり方からして、どうせ最終的に殺されると思っているからね、獄中で自殺してしまうことだって多い。逆に懐柔しての情報収集や密偵づくりは、やたらと身内からの反発が強いし、実際に少しリスクも高いからね。

 まあ君を使うなんて無茶をやったからには、これからはそんなの押し切ってやっていくつもりだけど」


 と言っていた。

 この人も色々と大変そうだな。


 じいさんから聞いた話については、アルスが語った話と食い違いがあるわけでもなく、じいさん側の行動についてもある程度予想がついていたものだったのようでコメントは多くなかった。

 が、唯一古文書のくだりでは怪訝そうな表情を見せていた。

 証拠として抹消されたらしいことは言われていたが、現地に赴いた騎士達も存在を知らなかったのだろうか。


 あと、何故か聖剣については触れられなかった。どうせ起動できないので、聞かれたら正直に答えようと思っていたのだが……。

 アルスに限って存在を忘れているということはないとも思うのだが、どうせもう処分しているとでも思われているのだろうか。

 何を考えているのかわからないが、正直にいって手ばなすのが惜しいという気持ちがあるので、その件はこちらからは敢えて話題にしない。


 それから、任された密偵の仕事を実際に行うためウダウダと今更のように躊躇しつつも、結局はじいさんの知り合いとコンタクトをとり盗賊ネットワークの隅っこにくっつくことに成功した。

 そこで俺はその知り合いの人に世話になりながら新米盗賊として活動を始めた。……のだが、盗賊の大多数、特に本格派を自称するようなタイプは盗賊業の他に世を忍ぶための仕事として仮業をもつものであり、今のところ準備段階として多くの時間をその仮業を過ごしている(ことになっている)状態である。


 その仮業としては、俺はとある小料理屋の下男、アルバイトとして雇われたことになっている。

 この小料理屋は一見何の変哲もない、どちらかといえば金持ち向けの、個室で料理をだすちょっとうまい料理屋だ。が、実は騎士団からの仕込みにより従業員に手が回っているため、仮業をしているふりをしながら自由に密偵としての活動ができるし、団への連絡拠点としても盗賊を引き込むトラップハウスとしても使える。


 ここまでをまとめると、俺はこの三か月を、騎士団の密偵として仮初に行っている盗賊業の仮業として小料理屋のバイトをしているふりをしながら騎士団に得られた情報を報告したりして過ごしている。

 自分が何者なのかわからなくなりそうだが、一応ちゃんと密偵として活動しているつもりだ。

 最もふりとはいえ、盗賊として信用されるためやむを得ず何回か(ツトメ)をしたり、小料理屋でも普通に下男の仕事をしたりはしている。

 特に後者では、俺が陽系統の魔術に一応の適正を持つのをいいことに、すごい勢いで色々なところにこき使われている有様だ。騎士として特別任務手当含めそれなりの給料をもらってはいるが、小料理屋の雑用からは一銭たりとも給料はでていないのでとても損した気分になってくる。

 女将さん、釜土の火種とか皿洗いの水まで僕に都合させるのは勘弁してくださいよ!


 騎士団に報告している内容は今のところ、教えてもらった盗賊宿に顔を出した時、そこにいる人の顔を覚えてその特徴を伝えたり、場合によっては彼らを尾行して住処を突き止めたりしているだけだ。

 注意すべき人物がある程度わかるだけで十分ありがたい、と何人かにお褒めの言葉をいただいたりしてはいるが、実際のところ成果としてはイマイチだろう。

 結局証拠を掴むまでいきなりとらえるわけにいかないし、それ以前に今俺が接点を持てている盗賊は穏健派ばかりだ。アルス達が本当に捕まえたい邪道とは接点が持てていないため当初の狙いからは幾分ズレていると言わざるを得ない。


 ちなみに報告は、毎回のこのこ詰所まで歩いていきアルスに報告するわけにもいかないので、時折警備団の人が小料理屋まできてくれている。定日に回ってきてくれる他、店先に札をかけておけば巡回中に見た騎士がその場で立ち寄ってくれる、といった具合である。まあ今まで後者の方法を使ったことはないのだが。


 そして大体定時連絡に来てくれる人物というのが、我らが長官アルスの妹にして第五騎士団における我が同期、リムル=ライオネルその人であった。

 彼女も勿論試験に合格しており、俺と同じく警備騎士団に配属されたらしい。運命かな?

 彼女が連絡役を務めているのは、団で俺達が最も下っ端だということの他に、俺が気を遣わなくて楽なようアルスが気を使ってくれているような感じがしなくもない。

 どうせなら一緒に密偵にしてくれてもいいのに……。

 いやリムルは見た目貴族っぽいし無理か。特殊な状況になればいくら腕が立つとはいっても危ない場面も増えるだろうしな。やらなくていいや。寧ろ大事にここに飾っておきたい。


「君も大変だな、盗賊になりきっての潜入調査なんて。全くアルス様も無茶をする」


 こういってリムルは週二回か三回、マメに店を廻りに来てくれている。ああ優しい……癒される……、ひょっとしてこの子俺のために生まれた天使なんじゃなかろうか。かわいい。


 そういえばリムルはアルスのことをアルス様と呼ぶ。

 アルスは事件時すでに養子にもらわれており、そこで一悶着あったらしいが今も貴族だ。

 片やリムルは貴族にしか見えないとはいえ、今では爵位を奪われた平民。

 この二人どういう関係なんだろう……。そんなに仲が悪いわけではなさそうなのだが……。


 それにリムルは例の話についてどこまで知っていて、どう思っているのだろう。

 時間的に父親と接点の少なかったはずのアルスがあそこまで知っていたのだから、彼より父親と長く過ごしたはずのリムルは同程度以上知っていても何もおかしくないが、時期はわからないが二人の父アルデリック氏は他界されているようなのでアルスより一回り若いリムルは逆に何も知らなくてもおかしくはない。

 またアルスは俺のじいさんと父について割り切っているようだが、リムルは一族と知った瞬間殺しにくるほど恨んでいる可能性だってある。

 いつかこちらから話して聞かなければならないような気がしつつ、怖くて先延ばしをしている。

 だってこの子に嫌われたくないんだもん……。


 そのリムルは、ここに姿を見せると店の斜め向かいにある武器屋にも寄っていく。

 ほとんど毎回、むしろあそこに行きたいがために頻繁にここを見回っているのではないかと思うほどだ。

 いや、まさかそんなことはないと思うが……、ないよな?


 何度か一緒に店を冷やかしたことがあったが、彼女はかなりの刀剣フェチのようだ。

 話した感触で剣術が好きというのは知っていたが、剣そのものも相当好きらしい。

 普段彼女が気づかいが出来る女でしかも優しいことを知らないと、業物らしい剣をうっとりと眺めている様は顔立ちが美しいだけにちょっと危ない人のようにも見えてしまう。

 そんなところもリムルかわいいよリムル。


 そんな彼女は今月に入ってすぐその店で一本の魔封剣を買った。


 魔封剣とは特殊な効果を持った剣の一種であり、読んで字の如く魔術が内部に封じられた剣である。

 魔封剣の効果は聖剣は言うに及ばず、その他の特殊剣と比べても控えめで、使える回数にも制限があるらしいが、人為的に作り出すことが可能であるため比較的多くの数が出回る。

 最も控えめとはいえ通常の剣より強力なのは疑いようもなく、作れるとはいえ貴重な鉱石や金属を用いて限られた魔刀匠が作成するため、それなりには高価である。


 リムルの購入した剣の値段は金貨60枚、下っ端騎士である俺達の給料三か月分程度の値だ。多分入団から今まで給料をほとんど貯めて使ったのだろう。貢ぎたい、その笑顔。

 彼女が選んだ剣は名をウインドドレッサー。刀身に風を纏い切れ味とその強度を向上するシンプルな能力ながら、刀身で攻撃を流すことの多いミラージュとは相性がよく、長持ちするタイプなのだとか。


 付き合いでといってはなんだが、俺も食住が提供され今まであまり金を使う機会がなく、特殊任務手当で若干リムルより実入りがよかったため自分でも一本魔封剣を買うことにした。

 起動できないとはいえ聖剣はとんでもなく切れ味がよくそれだけで強力な一振りではあるが、人前で使えないからな。


 ただ俺は魔封剣はおろか普通の剣さえ自分でまともに選んだことがないので、何がいいのかさっぱりわからない。

 適当にそうといわれる品を適当に手をとったりしていると、リムルがアドバイスをしてくれた。


「よっぽど造形にこだわりがあるのでなければキヨンにこれと同じタイプの金属が使われていて、狼型の細工が入ったものを選ぶといい。

 少なくとも他より悪いことはないし、このタイプがたったの金貨60枚は破格だぞ。

 偽造は難しいはずだが既にほぼ使い切ったものがごまかされて流通していることもあるから、実際に魔力を探ってみるのも忘れずにな」


 とのこと。

 見ればリムルが買った剣にも確かに狼型の細工が施されている。

 なんでもウールブとかヴォルフとかいう刀匠の作品らしく質がいいことで有名なのだとか。使っている金属が他の作者のものとは違うらしい。真偽は不明だが作者は滅多に集落から出てこない亜人種のドワーフだという話もあるとか。

 謎の魔刀匠、うーん、ロマンだねぇ。


 リムルに相談しつつ選んだ俺の剣は、雷の魔封剣パライズバイト。

 こめられた雷の魔術が切り結んだ相手の動きを瞬間的に狂わす能力らしい。

 どんな能力を相手にしても割と闘気次第ではなんとでもなるので、強い闘気をもった相手にはレジストされる気しかしないが、俺と同レベルからやや上くらいの相手になら大分強い気がする。

 それ以上の相手とは現状ガチンコで戦おうとするのがそもそもの間違いだからな。


 剣を買うとリムルは我がことのように喜びながらもほんの少しだけ寂しげだった。多分この剣も欲しかったのだろう。思わず一瞬で貢いでしまいそうになる。

 あ、今思いついた。ひょっとして使えもしない聖剣の一番有効な使い道って、彼女にプレゼントすることなんじゃあるまいか?

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