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エスカドス戦記  作者: ひび割れた埴輪
盗賊騎士
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5 アルス/騎士で盗賊

「さて、そうだな。もう前置きは抜きにしてサクサク主題で進めていこうか。早いところリラックスしてもらいたいしね」


 勧められるままに用意された椅子に座らせてもらった途端、アルス氏はそう切り出した。

 前置き抜きで進めていくと俺が早くリラックスするという謎理論はよくわからないが、サクサクいくというのは願ったりではある。このままだと面接が長くなると緊張で息が詰まって死にかねない。


「実をいうと、君の合格自体は一昨日やった会議の時点で決まっているんだよね。その歳で実力も確かだし、若ければ多少問題があったとしても教育やら訓練でなんとでもなるし。

 近年人員不足が顕著な騎士団としては見逃せない人材だよ。君みたいな人が沢山きてくれると募集範囲を広げた甲斐がある。

 スパイの可能性は……まあ勘弁してくれよ?」

「は、へ?」


 あれ!? 早くリラックスするってそういうこと? それが本当なら確かに安心してしまうけど、思わず変な声でちゃったよ!? しかしまさかマジでそういう展開なん? 期待されてるん?

 は、その前に、とにかく最後のとこは全力で否定しておかんと…!


「あ、信じたよ? で、まぁここからが僕が無理を言って正式に入団する前の君にコンタクトをとった理由になるんだけど」


 ちょっといたずらっぽく笑いながらそう語るアルス様。

 やだ、惚れそう。このままだと変な方向性に目覚めそう。

 ていうか超いい人じゃんこの人、だれだよ化け物とか言った奴。アルス様に無礼なこと言うと本人が許してもこの俺が許さねぇよ?


「端的にいうと、僕の部下として力を貸してほしい。ちょっと、最初のうちは特殊な形になってしまうんだけれど」


 予想というか、期待してしまっていた言葉でありながらまさかという感想を禁じ得ないその言葉。

 ヘッドハント? これヘッドハントだよね?

 俺正式に合格する前から、聖剣使いの英雄が率いる騎士団に誘われちゃった?

 もしかして俺って天才じゃったか……!?

 しかし特殊な形、とは……?

 まさか愛人とか? 私アルス様になら…ってそんなわけあるか! そんなわけあるか!


「大変光栄なお話ですが、特殊な形とは?」


 というか、そんなことがあるわけないので普通に聞く。


「知っているかな? 僕が今団長をしているっていう第五騎士団は、王国内での規則違反、犯罪を取り締まったり未然に防ぐ役割をもった一団なんだ」


 う、知らんかった。その辺のこと知らんのはちょっと不味いよな……。

 しかしアルス氏がそういう役割についているというのは少し、意外というか、違うんじゃないかというか……。

 ごまかしてもしょうがないので素直に知らんと答える。

 不味いとは思うがこの辺のことから無知を取り繕うようだと、どの道入った後生きてはいけない。


「うん、まあ無理もないだろうね。街では専ら警備騎士団とか呼ばれていることだし、僕たちも普段はそういうことが多いからね」


 そうだなぁ、と顎に手をやりながら話を考える素振りを見せる。

 しかし動作が一々絵になるな。


「一年より少し短いくらい前からかな。僕と、前から僕に従ってくれてた部下の一部は第五騎士団の増加人員として配属され、全体の指揮官も僕が務めることになった。

 理由は言うまでもないけれど、このところ国内で発生する事件が増大し、しかも中身の凶悪化が著しかったからだ。まあそれを僕が任されることになった経緯は、あまり愉快な理由からじゃないんだけど」


 愉快でない理由ってなんだろう。そういうのと無縁に生きてきた俺には想像できない、というかしようがないな。

 要は、誰かに押し付けられたということなんだろうか。


「この一年間、部下達の大変な尽力と、単純に以前より人員が増加されたこともあって確かな成果を上げてきたという自負はある。事実、事件の発生件数も最近は減少に転じてきている。

 ただ、これでは足りない。部下は皆頑張りすぎるくらいに頑張ってくれているけど、この状態で延々とやっていくのでは駄目なんだ」


 言葉の途中、彼の顔から笑みが消える。

 駄目、か。思いのほか強い否定の言葉だ。

 それだけ注力しながらも未だ高い頻度で問題が起きているということがあるのなら、それはまぁ駄目といえば駄目に違いないんだろうが。

 部下の皆が頑張って、実際に良くなってきている現状に対する評価には少し違う気がする。

 厳しすぎるとか辛辣だとかいうのではなく、なんというか、ニュアンスが違うというか。


「これは、ちょっと実感しにくいというか、できないと思うんだけれど。

 実は人類の繁栄、今ある当然の生活というのは皆が思ってるよりも遥かに危ういところで成り立っている。

 皆っていうのは戦闘に直接関係のない一般市民だけでなく、統治者である貴族階級も、騎士でさえもだ。

 ただの一時、領域を維持するのが簡単なように見えるだけで、皆外の世界の脅威を甘く見すぎているんだ」


 いきなりスケールの違う話に飛ぶ。

 そのせいだけではないが、言われたことをそのまま理解するのがやっとだ。

 だが確かにその様な実感は全くない。逆に確か街では最近は魔族の攻撃も少ないという噂を聞いたような覚えがあったような。


 しかしさっきから黙ってアルス氏の話を聞くばかりになってしまっているな。俺も何か言った方がいいんだろうか。

 アルス様、御趣味はなんですか?


「そうやって国全体で危機感が希薄化する中で、人間同士の衝突が増えるのも、その抑制のために騎士団の人員が多く割かれるという状態が当たり前になってしまうのも極めて不味い。ましてや、畏れ多いながらも聖剣を担う僕が剣を向ける相手が国内なんて状況はちょっと馬鹿げている」


 あー、そう繋がるのか。

 どちらかというと改善ペースや犯罪件数自体が云々というよりは、そのことにより多くリソースを割かざるをえないことの方が問題というか。

 結局同じことのような気がしなくもないが。

 だが最初に彼が警備を務めていると聞いたときも思ったが、確かに人間の切り札たる聖剣を担うアルスのような人物が人間を相手にした仕事をしているというのは間違っている気がする。


「元はといえば、この状態を招いたのはある切っ掛けから、従来の警備団の処理キャパシティを超えるまでに事件が未解決のまま蓄積したことに起因する。その結果凶悪犯の多くが逮捕を逃れ潜伏、それらが立て続けに再犯を起こすことによってまた別の事件の処理がおろそかになる……という負のループが定着してしまった。

 それを解消しなければならない。

 さっきも言ったけれど団が拡大されているために、これまでのやり方のままでも徐々にそれを解していくことは可能だ。が、それだと時間がかかりすぎる。

 けれど、例えばそこに、新たに発生する事件の何割かでも未然に防ぐ、あるいは少ない時間と人員で解決するようなことが加われば、以前の規模の団でも余裕をもって対応できる範囲まで押し戻すのに必要な時間は一気に短くなると考えている」


 やや論理が飛躍している気がするのは俺の理解力と想像力が足りないのか、彼が全てを語りきっていないのか。何となくだが両方であると思う。

 しかし数の増加に頼らずに事件を未然に防ぐということは……。


「それを実現するのに有効だと考えられるのが拷問と、密偵だ。これまでの経験から奴らは奴らで秘密裡に強いネットワークをもっているのはほぼ間違いないからね。

 そしてこの件に関し僕は手段を選ぶ気はない」


 と、いうことになる。ここまで他人事のように聞いていたが、元々この話はその説明のためのものだったんだっけ。


 彼は再び笑顔を戻しつつ、


「察しのいい君はもうわかってしまっているだろうね。僕が、無理と無茶を百も承知で君にお願いしたいと思っているのは、その密偵の役割だ」


 あっさりとそう言った。


 軽くなってきていた気が一気に重くなる。

 難しそうとか荷が重いとかだけではない。具体的に何がどうとはうまくいえないが、その役目というのは盗賊の子孫であるらしい俺にとって人一倍気が進まないものだ。

 というかそれ以前にだ。


「お話は分かりましたが……。確かに密偵というのは有効な気はいたしますが、何故それを未だ騎士でもない私に任される気になられたのか、お聞きしてよろしいでしょうか?」


 どれだけ俺の素質を評価してくれていようとも、今日初めて会うような人間に任せていいことではないだろう。無茶とか無理とかそういう次元じゃない。


「当然にすぎる疑問だね。僕も本当に無茶苦茶だとは思うけれど、勿論そう考えるに至った理由はいくつかある。

 まず、騎士に関係するものとして名前や顔が知られているということがないということ。

 またそうであることを疑われにくい年齢や素振りであること。

 更にイザというときにある程度の事態を自力で切り抜けられる戦闘力が備わっていること。

 そして……」


 そこで彼はいったん言葉を切る。

 そこまで、もっともらしい理由ながらも別に俺じゃなくてもいいじゃないですかーという顔をしていた俺は、次に紡がれた、全く予想だにしていなかった彼の言葉を聞いて今度こそ本当に心臓が止まりそうになった。

 一旦閉じた口を再び開く直前、彼の笑顔が一瞬少し違った種類のものへと変わったような気がした。


「君なら、何か、コネがあるんじゃないかと思ってさ」


――――待て。落ち着け。何も表情にだすな。

 彼がどういう意図で今の言葉をいったのかはわからないが、今対応を誤ると何かとんでもないことになる気がする。落ち着け。


 必死で平静を装うが、取り繕えている自信は全くなかった。


 しかし一体どういうことだ?

 まさかこの短期間で俺の出生を詳細にまで調べた?

 いや、ありえない。あまりにも早すぎるし、第一じいさんは結局一度も縄にかかっていない筈だ。

 そんなことができるようなら亡くなる前とっくに捕まっていただろう。


「どういう……?」

「僕は今偉そうにフェニックス姓を名乗っているけど、実は養子なんだ。あまり知られてはいないんだけれど」


 俺が絞り出した質問にかぶせるように発せられた言葉で、またも話題が関係なさそうな方向に飛ぶ。

 その唐突な変化に、今度こそ頭がついていかない。


「養子に入る前まではライオネスという姓を名乗っていた」

「ライオネス?」


 ついていかないが、最近聞いた覚えのある苗字が出てきたので思わず聞き返してしまった。

 俺は基本人の名前を覚えるのが苦手だが、流石にあれだけ可愛い天使っぽい子ならラストネームまで一発で覚える。


「うん。あ、もしかして昨日試合の後話をしたりしたかな? 昨日君の対戦相手を務めた彼女、リムルは僕の妹だ。あれ、片方が養子にはいった場合でもそのまま妹といっていいんだよね?」


 どうだったっけ、などと首をかしげるアルス。そういわれるとどうだろう。普通に妹でいい気はするが自信はない。

 ……うーん、というか笑顔だなこの男。一瞬ちょっと変わった気がしたが今は普通の笑顔だ。とても人を害しようと考えているようには見えない。最も詐欺師もこんな感じなんだろうが。

 なんか拍子抜けしてきた。元々彼が俺をどうにかする気ならどうにもならんし、いつまでもビクビクしててもしゃーない。

 よく考えたらじいさんや親父はともかく、俺自身は悪いことしてないしな。

 強いて思い出そうとして思いつくのは精々村の女の子を訓練がてらストーキングしてたくらいだ。

 それくらいなら別に問題ないだろう。ですよね、お義兄さん? 


「まあ今は妹の話は色々と置いておくとして。

 ええと、それで僕の生みの親はアルデリックというんだけど、その実父も昔は騎士をしていた。第三騎士団に所属していたんだけど、第三騎士団は隣国との有事があった際に本国の防衛を担うのが主な役目だから普段は割と自由が効くところでね。普段色々と別なことをやっている人も多いんだ」


 リムルの話を置いておくなんてとんでもない! でも自由時間が長いなんて、いいところじゃないか第三騎士団ってところは。


「僕の父アルデリックの場合はその自由な時間で別な貴族と非常に懇意にさせてもらっていた。そういうのもお抱えっていうのかな。貴族といってもあまり裕福な家柄ではなかったからね」


 一般と比べると恵まれているほうだとは言うが、騎士というのは基本的に名誉職でそこまで飛びぬけて収入がいいわけではない。貴族という身分も別に財産や収入を保証するものではないから、貴族同士でそういう個人的な雇用関係が生まれるのも全く不思議なことではないのだろう。


「その別な貴族というのは学者の家系で、当時史学、考古学の権威だった。

 彼は、当時から有名無実と化していた国の調査団とは別に、私財を使って協力者を募ることで何度も北の地を中心とした遺跡等の調査を行い、その度に着実な成果を上げていた。

 そしてある時その彼は、それまで探索の価値なしとされていたある遺跡を調査することの必要性を強く訴えた。そして実際にいつものように自費で調査隊を編成し、その遺跡の調査を行った。

 その調査でも父は現場での騎士を統括する隊長を務めていた」


 ああ、まだ分からないことはあるけどやっと話がつながった気がする。いやー、世間は狭いなー。


「結果から言うと、その調査は失敗した。遺跡に仕掛けられていた凶悪なトラップと、当時付近に出没していた強力な魔獣との戦闘により、調査隊の大半の人間が命を落とすこととなった。

 その上、その貴族は何一つとして具体的な成果を持ちかることができなかった。

 それぞれが自分の意志で参加を決めたとはいえ、本来国のための存在である騎士を、個人的ともいえる目的のために多く損なったことに対する企画者の責任は重大だ。

 その件に関して説明を求められたその貴族は、その申し開きの場でこう言ったらしい。「攻略は成功し、存在しないとされていた第六の聖剣を始めとした多くの秘宝を入手したが、その全てを帰りの道中で遭遇した盗賊に奪われた」と」


 ……何となく予想はしていたがそれにしても胸がいたい。じいさんから聞いたときには最後ある程度納得できた感があったが、こうして他の視点から背景含めて語られるとまた印象は変わる。じいさん何しでかしちゃってんの!? ってなる。

 俺って単純というかその場の空気に流されやすいんかな……。


「とても信じられないよね。悪いけれど僕だって信じないと思う。

 しかしそれでも、父をはじめ調査に同行していた騎士の数少ない生き残りはその発言を事実だと訴えていた。それも、自分達の失態を取り繕おうとする口裏合わせとして黙殺されたようだけれど」


 じいさんの話だと古文書だかなんだかの物証も同時に潰されたということだったな。何か裏がありそうではあるが、それは今となってはあまり意味がないことかもしれない。


「最終的に、件の貴族は極めて厳しい罰則を課されることとなった。父も、騎士を統括していた立場として処分を免れず、ライオネス家は貴族の称号を剥奪されることになってしまった」


 そのことについては予想がついていた。リムルの顔立ちや立ち振る舞いがどことなく貴族っぽかったのも当然だ。


「しかし父はそのことについては納得していたよ。真実はどうあれ、大勢の部下の命を託されながらそれを自分の力不足で失わせてしまったというのは紛れもない事実だと。

 でも、雇い主だった貴族が全ての財を失って、国始まって以来の大嘘吐きという汚名とともに国を追放されるということは許せなかったらしい」


 ……。


「実のところ、その貴族の言葉の真偽は僕にもわからない。未だに物証が何もないから、父が自分と貴族の名誉を重んじるあまり家族にまで嘘の証言をしていたという可能性を否定できない。

 ただ、父は貴族を追われ同僚の騎士達までも事件のことを口にしなくなってからも、一人で帰りを襲ったという盗賊の探索を続けていた」

「見つかったんですか?」


 このとき何故俺は自分からこう尋ねたのだろう。

 自分でも驚くほど平静な声が出た。

 それにアルスは、少しだけ間をあけてから首を振り、いや、と答えた。

 彼は続ける。


「結局、証拠は見つけなかったみたいだ。

 でも、それは検討一つつけられなかったということじゃない。

 地道な、愚かともいえる調査によって、父は事件とほぼ同時期を境に王都からぱったりと姿を消していた人物を何人か洗い出した。

 その中に、死亡したり、病気や怪我をしたのでも、借金を抱えたりしたわけでもないにもかかわらず、唐突に田舎に移り住んでしまった人物が二人いた。

 ミドファ=シドとドレファ=シドという名の親子。君の、ご家族だったね」


 それはどのような執念だったのか。それまで貴族であり、名のある騎士でもあっただろう人物が王都下町に住む人間の出入りを正確に把握し、移動先まで調査するなど……。

 その貴族と、アルスの父アルデリックとの間には、それほどの絆があった。

 そして証拠がなかったとはいえその情報は決定打まで繋がりうるはずだ。何せ、じいさんは貴族に自らを語り、ほとんど一緒に住んでいたとまでいうのだから。さらにじいさんは時々家をあけ、おそらくは盗品の残りを処分だか整理していたはず。証拠だって掴む気になれば掴めたに違いない。

 しかし、それならば何故……。


「何故、お父上、アルデリック様はそこから先の行動を起こさなかったのでしょう。その……証拠がないとはいえ、相当に有力というか、決定的ですらあるように思えるのですが」


 この発言は、よく考えなくても自らそれと語っているのと同義だ。

 今までの流れでアルデリックの推測が正しく、さらにその後何もしていないということまでわかるのは、俺が父と祖父の正体と件の貴族について知っているというのに他ならない。

 それでも聞かずにはいられなかった。その理由は毎度、自分でもよくわからない。


 その自白とも言える俺の言葉に驚くでも、態度を変えるでもなくアルスは言った。


「わからない。父がそこで何を見て何を知り、何を考えたのかは伝えられなかった。今となってはもう聞くこともできないから。

 でも、アダンに行って帰ってきてからの父は、どことなく穏やかというか、安心したような顔をしていたよ」


 そうか。アルスにも何も語っていないのか。

 でもそれが聞ければ十分だ。きっとアルデリックは誰にも、何も語らずにその貴族の生活を乱さないことを選んだんだ。勝手な考えかもしれないが、少なくとも彼の眼には、その貴族の田舎暮らしが不幸で、みじめで、悪いもののようには見えなかったんだと思う。


「さて、あまり関係ない話が長くなったね。

 今言った通り、実際僕は君のご家族がどうっていうのは知らないんだ。知りたいとも思っていない。

 だから、君のコネ云々っていうくだりは僕の勘に過ぎない、何の根拠もない話なんだけど」


 自然湿っぽくなっていた空気をカラリと変え、明るく、それでいて真面目にアルスは再び本題を語る。


 よくいう。お前最初から全部ほとんど確信していただろうが。


「それでも、もし君が万が一、何かの間違いでも盗賊達のネットワークにつながりうる何かを知っているのなら。

 頼む、僕達に力を貸してくれないか。

 今この国この都で起きている犯罪の多くは、昔起きていたそれと違う。君のお父さん達が……おっと失礼違った、昔の盗賊達の多くが採っていたような、傷つけず、犯さず、窮するものからは取らず、窮するほど取らずというものでなく。誰彼の見境なく、関係者はすべて殺して目撃者を消すような、人を人とも思わない連中の凶悪に過ぎる犯行があまりにも多すぎるんだ」


 ワザとだ! ワザとだよね今の間違い! 黒い、見た目と違ってちょっとだけ黒いよこの人! 怖い!

 だというのに。


「僕はね、ソラ君。誤解を恐れずにいうと、法を犯す人間の全てが悪いとは思っていない。

 法の許している範囲だからといって人の弱みにつけこんだ遣り方で、あるいは法の盲点をつく形であくどく私服を肥やす連中と、法に許されなくとも誰かのために何かを為そうとする誰かのどちらかをこっそり斬っていいと許されたとしたら、僕は迷った挙句前者を斬るだろう。

 正直、誰とは言わないけどどこかの誰かみたいな盗賊ばかりなら無理に捕まえようとしないで、放っておいてもいいとさえ思っているよ」


 それに続く言葉は不思議なほどすんなりと俺の心の天秤を傾かせた。


 そうか。

 全く意識したこともなかったが、俺はもしかしたらあの日から、嘘でもいいから誰かに今の一言を言ってほしいと思っていたのかもしれない。


 全く、我ながら呆れる。とんだジジコンもあったもんじゃないか。


「その上でもう一度言う。

 今この国で野放しになっている犯罪者はとても放置できない。

 そのためにソラ君の力を貸してくれ。

 相応の見返りも、全力のバックアップも約束する」


 この男はきっと、優しくていいだけの奴ではない。

 明確な根拠があるわけではないが、きっとそれだけの奴では英雄になどなれない。先ほどの言葉も、単に俺を利用するためだけにでた言葉かもしれない。


 だがそれでも、その、なんだ、俺は騎士見習いにして由緒正しい本格派盗賊、貴族も黙るシド一族の後継者なわけだし。


「何ができるかわかりませんが、やるだけやってみます。

 それと、僕のことは呼び捨てでソラか、シドとお呼びください」


 うまく行っても行かなくても、きっと後味はいいものにはならないだろうけど。そんな邪道どもは見逃せないよな。


「勿論。今このときから君は僕の部下だ。当然呼び捨てで、こき使わせてもらう。でも、プライベートなら君もアルスでいいよ」


 相変わらず輝かんばかりの笑顔で、アルスはそんなことを言いながら手を差し出した。


 その手を握る。

 こうして俺は、意図せぬ歪な形で騎士の夢と祖父の後継たる盗賊の両方に、同時に触れることとなった。

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