4 試験(面接)
翌日の午前中には、すでに合否を告げる通知があらかじめ申告してあった宿へと届けられていた。
ちなみにその場にて合否を発表しない理由は、単に人数が多いからという理由の他、何名かの審査員間の所感をすり合わせるためと、判定結果に文句をいって暴れるやつがでてくるからだそうだ。
まぁ冒険者・傭兵上がりとかで血の気が多そうな人たちもいるからね。そいつらが群れているような状態で暴れ始めると一大騒ぎにもなりかねないから仕方ないね。
さて肝心の合否について述べてしまうと、一言でいうと受かってた。いやあ、よかったな。
……本当によかった。実際、俺が騎士になろうとする理由というのはそこまで厳格で絶対的なものとまでは言えない。必ず騎士にならなければいけない、というものでもないし、今年にこだわる理由はもっとない。
別に落ちていたとしてもギルドに流れて雰囲気を確かめてみたり、あるいは一年間各地を巡って武者修行したりするのも全然ありだ。
……といった考えは別に自分へのごまかしとかではなく、理屈の上でも感情面でも本心からのものだと思うのだが、どういうわけか昨日は何度自分にそう語りかけてみても思考がループ状態から抜け出せず、ずっと落ち着かなかった。
俺って思ってたより一途で傷付きやすい子なのかしらん。我が事ながら将来大きな挫折にぶつかるようなことがあったときのことが心配だな。
そういうわけで、さらに翌日になって次の試験にお呼ばれすることとなった。
前回実技試験を行った時には街の隅の演習場であったのと異なり、今回の試験は隅も隅とはいえれっきとした王城の一角にて執り行われる。思ったよりテカテカした感じではないが、やはり色々と立派だし何だか気おくれしてしまう。騎士になろうとしてここに来ているというのにこれでは困るな。
せめて、挙動不審なことだけはしないようにしないと……」。
試験の内容はといえば、ぶっちゃけ面接だけである。数年前までは筆記試験もやっていたようらしいが、そもそも平民上がりの人間は識字率が低すぎるせいで判定に使えず、最も見極めたい危険人物やスパイのはじき出しにもあまり役に立たないので廃止したらしい。
その状態で点数で人を弾いてたら門戸を広げた意味がほぼなくなってしまうからな。
しかし、俺はつくづく分不相応なくらいにいい教育受けさせてもらってたんだな。
というわけで後の関門は一つのみ。こうなったらもう余裕だ。
ふふふ、じいさん直伝の俺の取り入り会話術が火をふくぜ! まあ貴族相手は愚か全員顔見知りだった村をでてからほとんど他人に使ったことないけどな!
……あれ、全然余裕じゃなくね?
応接ロビーぽいところで順番待ちをしながら、今更勝手に緊張レベルを増す俺。
てかマジこの緊張感やべぇな。周りにいて一緒に待ってる3人も一言もしゃべらないし……。
せめてリムルが一緒にいてくれればなぁ……。顔見知りというだけでなく、おしゃべりできなくてもあの顔を眺めてるだけでなんか幸せになれそうなのに……。俺より上の成績で受かってるのは間違いないだろうから、おそらくは別な時間か、あるいは場所に呼ばれてるんだろうが。
今この場にいない人の事を考えていても仕方ないので、頭の中で昨日宿屋のオッチャンから聞きかじった貴族との話し方マナー講座の反復をひたすら繰り返すことにした。
ええと、まずノックして挨拶して名乗って、座っていいと言われたら座って……。
ああ駄目だ、余計緊張してきた。こんなことならもういっそ早く俺のターンしてくれ……。
そんな思いとは裏腹に俺の出番は中々こない。その間にも一人、また一人と15分くらいごとに面接室に呼ばれ人が入れ替わっていく。
なんか呼ばれた時間と順番がおかしい気がするんだけど……。何この嫌がらせ……。
忘れてられてるならまだ頑張って許すけど、これで入った瞬間君ゴミだから帰っていいよ、とか言われたら流石に暴れださない自信がない。
だがそこでようやく俺の番がきた。よかった、忘れられた子はいなかったのね……。
シミュレート通りにノックしてから部屋に入り挨拶をする。ようし、今のノックからの流れはもはや芸術的でさえあっただろう。ここばっかり20回くらいはシミュレートしたからな。さて、次の手順……。
と、その時、
「失礼、少しいいかな?」
という軽い言葉と同時に、俺が今部屋に入ってきたばかりのドアが開く。
おいてめぇふざけんなよ、心臓が飛び出るかと思ったじゃねぇか。
つーかだれだよお前使ってる面接室にいきなり入ってくるとか無礼にもほどがあるぞ。俺の神技着席邪魔すんなよ。
「フェ、フェニックス卿!?」
というのは面接官の二人の内の一人、今まで偉そうに座って俺の挨拶に軽くうなずいてた如何にも騎士っぽい40歳位のおっさんが、瞬間的に立ち上がりながら発した言葉。声がとてもでかい。
もう一人の文官っぽいもう少し年配の試験官のほうも声こそあげないものの驚いたような顔で立ち上がり姿勢を伸ばしている。
どうやらこの後から入ってきた人物はとても偉い人であるらしい。そうでなければこんな真似するはずもないが。
いやー声聞いた瞬間そうだと思いましたよ旦那。僕の神着席とか犬の糞よりどうでもいいです。あ、こちらの椅子お座りになりますか?何なら舐めて綺麗にいたしますよ?
「ど、どうしてこちらに? た、只今騎士試験受験者の面接試験中ですが……」
ちょいとばかしキョドりすぎじゃないですかね。何かやましいことでもあったりするんですか? もしかして僕の体が目当てなんですか?
「うん、知っているよ。そのことで、ちょっとね。実はその役目をちょっと代わってもらえないかと思って」
なぬ? ちょっと俺にとって聞き流せないそのセリフを聞き、俺は改めてその人物、フェニックス卿とやらに向きなおった。初めてその顔形を観察する。
おや、この男……、
「は? いや、しかし、それは…」
とんでもない美形である。
信じられないほど整った造形の顔に、キラリという効果音が見えるような微笑を浮かべている。ちょうどリムルと同じような色合いの美しい金髪もその美貌を更に際立たせている。肉体も細見そうでありながら服の上からでもわかるほど引き締まっており、まさに完璧な騎士様といった風情である。
なんだこいつ、こんな奴がこの世にいていいのか。
と、そんなやっかみと表面的な輝きに気を取られ、俺は情けないことに彼の本当の異質を認識するのがワンテンポ遅れることとなった。
……全く我ながら愚鈍にもほどがある。こんなこと、多少武芸をかじったものであれば真っ先に気付かなければならないことだろうに。
「ちょっと無理をいうけど、別に問題ないだろう? ほら、決まってはいるわけだし。少し、話をしてみたいだけなんだ。昨日試合も見させてもらったしね」
一度認識してしまうとそれに気をとられ、そんな会話も耳に入らない。
それほど、彼の纏っている闘気は、今まで俺が見てきた誰のそれとも比較にならないくらい、強大なものだった。少なく見積もっても俺が全開の時の五倍ではきかないくらいの強さだ。
さらに恐ろしいことに今の彼は自然体そのもので、戦闘態勢などとっていない。こちらを威圧しようなどという意図も全く感じられず、これが彼の無意識に垂れ流しているであろう闘気なのだということが理解できてしまう。本気になったときなど、それこそ想像がつかない。
桁外れとかじゃない、次元が違う。
本当になんなんだこいつ、こんな化け物がその辺をひょこひょこ歩いていていいのか? どっかの城とかにつながれて封印されてるべきなんじゃじゃないの?
「ご存じで……。わかりました、卿ならば問題ありません。お任せいたします」
「ありがとう。じゃあ、悪いけど君たちは外していてもらえるかな?」
ハッ!? 気付くと、いつの間にかそういうことに決まっていたらしい。
なにこれどういうことなの……。なんでこんな化け物が俺のようなミジンコみたいなやつの面接にでてくるんだ?
「ソラ=シド受験生! 貴様の面接試験はこちらにおわす、ザフィアス王国が誇る若き英雄にして聖剣の担い手、アルス=ルイン=フェニックス卿が御担当されることと相成った! 増して、失礼のないよう努めるように!」
「ふぁ、ハイ!?」
いきなり振られたので噛んだ。
「ゥム。では、フェニックス卿、失礼いたします!」
大袈裟だなぁ、とかいいながら苦笑し退室する二人を見送るフェニックス氏。
部屋に彼と二人きりとなったが、なんか緊張が限界を突破したのか何故か少しだけ冷静になる。
その分辛うじて頭にあいたスペースでは、彼の行動についての打算的憶測が駆け巡る。
単純に平民である俺が気に入らず落とすつもりなのであれば、別に彼のような偉い人がでてくる必要はないのではないか。
となると考えられるのは……?
ひょっとして思ったより評価が高くて、期待されてるとかあったりする?
いやまて、そんなうまい話はそうそうないと、俺はじいさんとの一件で学んだ筈だ。逆に何らかの理由、例えば年齢と実力のギャップとかでどこぞの工作員とかのあらぬ疑惑をかけられてるとかじゃないだろうな。
あるいは、ただの気まぐれとか貴族の道楽とかもありうるか。むしろその可能性が一番高いか?
「や、急におしかけて、悪かったね。驚かせただろう? あ、僕は、今誇大な紹介があったかと思うけど、アルス=ルイン=フェニックスといって第五騎士団の団長を務めてる者です。アルス、と呼んでください」
勝手にテンパっている様子の俺を訝しがる気配もみせず、アルスと名乗る男はフレンドリーにそう言った。
やばい、俺まだこの人に挨拶してない。その上で先に名乗らせてしまった。
「申し遅れまして申し訳ありません。騎士入団試験を受験いたしております、ソラ=シドと申します。お目にかかれまして光栄です、アルス、様。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
「そんなに固くならないで。僕としては呼び捨てでアルスと呼んでほしいんだけれど……まぁかえって難しいよね、それは。まあそうかしこまらずに。とりあえずずっと立っているのもなんだから、お互い座ろうか」
当たり前だ、さっきの二人の態度や闘気をみせられたら呼び捨てなどできるはずがあるか。
こうして、妙にフレンドリーな英雄と呼ばれる男と俺の、長い、少しばかり特殊な面接が始まった。