3 剣士
――気が付いたとき、そこは異世界だった――
……などということは勿論なく。目を覚ました俺の視界の中では、先程と同じように今も参加者同士の試合が繰り広げられていた。
失神していた時間はそう長くはなかったのだろう。そうして現状を認識するとともに、先程の試合で自分が見事に敗北し、無様に気を失ったという現実も改めて実感した。
くっそう、悔しい。
まあ正直、相性とは別に単純な技量からして、相手の方が一枚上手ではあっただろう。しかしそれも絶対的な差ではなかったし、もう少し遣り様はあったはずだ。
というか最後の締めを下手に天還雷にしたせいであの柄ブロックが間に合ってしまった気がしてならない。あれがただの燕返なら普通に入ったんじゃなかろうか。いやその分見切り安くなるから結局……。いやいや、そんな結果論っぽいことよりそもそも崩した直後からもっと足を使うべきだったろう……。それとも……。
ああ、しかし、失神までしてしまったのは少々痛いし恥ずかしいな。
今日これだけ試合を見ていても失神までいっている奴はそんなにいない気がする。
相手との力量差を正確に把握し、敗色が濃厚となった時点で参ったして死なないようにするのも大切な技術だからな。
戦ったのが引き込んでから一気に止めをさすタイプでそんな暇がなかったとはいえ、大きなマイナス材料かもしれない。
などとネガティブなことを考えている間に、いつからか俺の近くに人が来ていた。
先ほど対戦した相手、ミラージュ使いの女だ。俺と同じくらいの歳っぽいので、まだ少女といってよい年頃だろう。
彼女はもう防具は外しており、先程の立ち合いの中ではよく見えなかった頭や顔の造作を見ることができる。
対戦中もチラチラ見える度にひそかに思っていたはいたが、後ろに束ねられた金髪が似合っていてとても美しいな。顔の造形も思った以上に整っており、誠に見た目麗しい対戦相手である。
ところで俺に何か用だろうか。
勝者が敗者に声をかけるのは微妙にマナー違反な気がしなくもないが、俺としてはちょっと話してみたかったから向こうも話があるなら丁度いいといえば丁度いい。
「すまない。切迫していたせいで完全に最後の加減を誤った。不必要にダメージの残る試合をしてしまった」
ああ、そのことか。というかそれくらいあり得ないか。
これも見方によっては、若干逆にデリカシーのない発言に聞こえなくもないが、彼女の言葉と態度には全く嫌味のようなものは感じられない。単純に途中で勝負が決まった態勢になっていたにも拘わらず、完全に攻撃を振りぬき失神までさせてしまったがため、こちらの試験成績が過剰に悪くなってしまうかもしれないことを気にしているのだろう。
律儀な子だな。言葉遣いは飾り気がないが、優しかわいい。
「そっちが気にするようなことじゃない。試合ってそういうものだし、態々誤りにこさせてしまうなんて却って申し訳ないくらいだ。ただ、切迫してたって言葉が聞けたのは、お世辞でも少しうれしいかな」
正直な感想を返しておく。悪いのは最後に油断したとも言える俺で、相手が謝るようなことじゃない。だが、あれだけの技を使う相手にある程度評価されたとわかったのはうれしい。この子、可愛いし。
「そういって貰えると助かる。それに別に世辞はいっていない。最後に使わされた【抑】は完全に賭けだった。本来ああいう状況で使う技ではないしな。雷神剣への対処といい、時間は短いながらも思うところの多い立ち合いだった」
いいながら苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやら本人的には納得がいっていないようだ。
抑、ね。普通にああいう技があるんだな。本来どういう状況で使うのかは知らんが想定されていない状況で咄嗟にできるのであれば寧ろ大したものだと思うが。
ただ後半はこちらも同意だ。
「それはこっちもだな。あんたくらいのミラージュは初めて見たけど、ちょっとは対処を考えんといかんなぁ。見たところ同年代くらいだろうに、闘気の滑らかさといい、本当に大したもんだ」
ミラージュは習得難度が高い流派だと聞くし、見た感じだけで俺もそう思った。事実としてローゼスと比べ圧倒的に使い手は少なく、仮にいたとしてもレベルが低い場合がほとんどだ。
俺が村でを教わっていた先生もローゼスの他ミラージュを少しかじってはいたが、カウンターまで成功する確率は高くなく、彼女ほどのレベルには達していなかったと思う。
「私は15だがそちらは……。とその前にまだ名乗っていなかったな。私はリムル。リムル=ライオネスという。……名前を聞いてもいいだろうか?」
1つ上か。先に名乗らせてしまったが、ミドルネームがないということは貴族ではないのだろうか。美しさも相まって下手な貴族よりよっぽどそれらしい顔立ちをしていると思ったのだが。
まあ、そんなことはいいか。つまらない詮索をして返事を遅らせるメリットはない。可愛い。
「俺はソラ=シド。14になる」
「ソラか……、変わった名前だな。私より一つ下だったか。それであの実力とは、そちらこそ大したものだ。見たところローゼスのC級上位くらいだろう?」
直接ランクを聞いてくるあたり、思ったよりはズバズバくる子だな。もしかしたら剣術トークが好きなのかもしれない。こうみえて、俺も実は大好きだ。気が合うな、運命かな?
まあそうは言っても、他の流派については正直いってかなり無知なのだが。好きでも情報が入ってもこないドがつく田舎暮らしの悲しさだね。
「C認定されてそんなに経ってないから、間違いなく上位はないかな。さっき見せた通り、細かい技には手がついてないんだ。一部の技は上級相当だと自負してるけど、偏ってる。
そっちこそC上位か、それとももしかしたらBかな?」
「私もCだな。ミラージュのBはことに厳しくて、しばらくは無理そう。練習相手も、あまりいないし」
彼女でもCか。ま、それはそうだな。Cまで行くのとBに上がるのじゃ認定上のランクは一つしか違わなくても大違いだ。
剣士のランクは流派ごとにE~Sまであるが、ランク付け闘気の運用と剣技の兼ね合いということもあり、認定者ごとにばらつきもあるため特にC級レベルまではそこまで厳密に査定されているわけではない。
が、B級以上には流派を超えて割と明確な基準が定められており、このランクを境に人口の分布も大きく減る。それこそ、どんな奴でも続けてさえいればいつかはC級まではいけるが、B級へは行けないやつは一生辿り着けないというレベルで壁が存在する。
その剣士として、一流との境とも言ってよいかもしれないB級に認定されるための、絶対の基準。
それは各流派に伝わる『遠当』の技術を安定的に使用可能となることである。
対象となる技は流派・派生によって多少は形が異なろうが、根本は共通して闘気を用いて実現する「飛ぶ斬撃」である。
その有用性はあらためて語るまでもないだろう。剣の間合いを超えて攻撃する術を獲得したものとそうでないものでは実戦に於いて字以上に大きな戦闘能力の差があるのは明白だ。
C級が玉石混合となっている状況があるため現状のランク分けが妥当であるかはまた微妙だが、遠当ての有用性を目の当たりにすればその習得の有無で明確な区分がなされるのは当前だ。
例えランクという括りがなかろうが、壁を越えたものとそうでないものの間には隔絶した差が存在しているのだから。
リムルのランクについて話を戻すと、彼女がメインとしているミラージュ流におけるB級認定における対象技はズバリ、他者が放った遠当に対する遠当でのカウンター、であるらしい。
ただの遠当ですら使用できるものが少ないというのに、それに対するカウンターを習得しなければならないとは……。鍛錬一つするのにも遠当を打てる相手が必要となるわけだし、リムルが難しいというのも納得である。
……というか、母数が圧倒的に多いローゼスでも遠当まで至っている剣士は希少なのに、ただでさえ数が少ないミラージュではB級以上なんて世界に数人しかいないのではあるまいか。まず教えてくれる人がいるのか?リムルの師匠はその激レア個体なのだろうか。
「俺が遠当できるようになったらいくらでも練習に付き合うけどな。最も俺はこの試験通るかわからんけど」
とりあえず自己アピールしておく。何気に話も合いそうだし、美人だし、可能ならこの場限りでなくお近づきになりたい。こんな可愛い子と一緒に訓練できるなら遠当の習得も捗る気がする。きっとこの子のためなら頑張れる。
俺、この試験通ったら告白するんだ……。嘘だけど。
しかし彼女はその後つい口に出た言葉の方が気になったらしい。
「闘気量の評価は絶対しているし、評価ウェイトも高くなっているはずだから大丈夫だと思うのだけれど……」
最後は少し声が落ちている。実際合格者は勝負に勝つ人数より少ないのだから、負ければそれは楽観していられる訳はないのだが。
しかしいかん、彼女は関係ないというのにまた気にさせてしまったようだ。とはいえ、もう一度気にするなだのなんだののやり取りを繰り返すのも味が悪い。ここはちょっと目先を変えることにしよう。
「俺も勝敗より闘気が断トツ一番で重要視されてるとは予想してるけどね。闘気といえば、あそこの奴、かなり強そうだな」
「……そうね。あのクラスの使い手は、我々以外だと3、4人というところだったか」
彼女が話を変えようとした俺の意図を汲んだのかどうかは不明だが、話題の中心は試合の内容のことなどに移っていく。やっぱり一人で見てるより全然楽しいな。
ついでにその中で、俺達の立ち合いにおける俺の立ち回りの感想なども聞いてみたのだが、
「身体、技のスピードとキレ、状況判断の速さは申し分ないと思う。でも最初の疾風剣はいただけないな。
構えだけで判断して、手の内がわからない相手にいきなり突っ込んでいくのは殺してくださいといっているのに近い。別にミラージュに限らずとも交差法の絶好機になる」
とのこと。グゥの音もでない。
確かに真剣であればあの時点で重大なダメージを受けていた可能性大だし、相手のレベルによっては一発で殺されることさえあるだろう。
これまでは開始直後の奇襲ならそこまで完璧な対応はできまいと高をくくっていたがこれからはよりレベルの高い敵の相手をしていこうといっているのだ。現に今日も手ひどくやられたしちょっと考えが甘すぎる。
騎士は簡単に死んではならないのだ。
と、
「ン、そろそろ本試験終了の頃合いか。今日は、これで失礼しよう。お陰で退屈せずに済んだ、礼を言う。お互い、受かるといいな」
いつの間にか、試験も終わりに差し掛かっていたらしい。
今日は最後に以後の進行等の詳細説明があるだけだったはずだ。
こっちとしてはその説明も一緒に聞きたいのだが、彼女がそう言うのであれば無理に引き留めることもあるまい。
「こっちこそ。じゃ、また、……かな?」
「ああ、また、な」
最後に微笑みそう言うとリムルはそそくさと去って行った。
うーん、可愛い。
またなんてねぇよ、とか言われなくてよかった。もしあの笑顔でそんなことを言われでもしたらうっかり自殺しかねない。
しかし、本当受かる可能性はあるんかね。
負けたとはいえ密度としては相応の物だったという自負があるが、立ち合い自体はリムルが言っていたようにかなり一瞬だったからな。あいつ闘気の確認する前に失神してるよゴミだな、とか思われてる可能性もあるんじゃないだろうか。
まー反省は必要だが今更いっても仕方ない。もうどうにでもなーれ、だ。
別に普段の力が出せなかったわけじゃないしな。これで受からんようなら仕様がない。
そう心の中でつぶやき気を取り直すと、説明が行われる近くへ向けて歩き出す。
……その前に、一人だけ付けっぱなしになってる防具外して返さないとな。リムル、言ってくれればいいのに……。