2 上京/試験(実技)
-----ZC1378 主都ザフィアス-----
その後、二年も経たぬ間にじいさんは亡くなってしまった。
傍目には最後まで元気そうに見えたが、俺よりも闘気の扱いに長けていたじいさんには、きっと話をする以前から自分の体に起き始めた変化がわかっていたに違いない。
男手一つにもかかわらず不自由一つなく俺を育ててくれたじいさんには、感謝してもしきれないし、その別れは勿論悲しかった。
が、生き死には人の常である以上、今となってはその最後が安らかなものであったことを感謝して前を向くべきなのだろう。
結局、俺はひとまず騎士を志すことにした。
正直じいさんの言ったように、俺にはギルドの方が合っている気もするし、騎士がいうほどカッコイイものではないとわかってはいるが、そうしたいと思ったのだ。
この理由は自分でもよくわからないが、何の因果か王国のために行った探索でみつけられたという聖剣を、まがりなりにも所持することになったからには此処に来るべきなのだ、という柄でもないことを心の底で思ったのかもしれない。
そう決めて上京してきて数日たった、今日この日。この一角の喧騒は年度の初めに一度だけ開かれる、騎士になる試験のためのもの。
門戸を開いたとはいえ全員を迎え入れるというわけではなく、戦闘における実力のないもの、人格に問題のあるものなどを弾くために当然試験は行われるらしい。
こうしている今も、一次試験として参加者同士による模擬戦が同時に何組かずつ行われている。
参加者とおおまかに決まっているという合格者の数的に、勝敗がイコールで合否につながるとは思えないが、当然勝った方が評価は高くなるだろう。
ちなみに組み合わせは抽選であり、武器防具は用意された中から自分にあったものを選択することになっている。
俺の出番はもうすぐで、既に防具は装着済み。訓練で使用しているものに近い、急所のみを被覆した比較的軽装の防具である。
武器は木剣で、こちらも普段使用しているものの形状に近いロングソードを模したものを選んだ。
根が小心物なのでさっきから無駄に緊張してはいるが、これまでの試合を見るに俺から見て参加者のレベルはそれほど高くないように思われる。
勿論全員が全力を出していると思っているわけではないが、見えている部分だけみると、剣技はともかく闘気の扱いに関しては、謙虚に見てもここまで最高でも俺と同等程度だろう。
闘気――人間が誰しも持つ魔力を変換し、身に纏うことで肉体の性能を通常より遥かに向上させる能力――の多寡やその扱いの巧拙は生半可な剣の技量差や肉体の優劣を遥かに超えてその人間の実力を左右するし、傍目にも判断しやすい。
そういう意味で俺は、自信をもってこの試験に挑んでもよいはずだ。
参加者が使用している剣技は……やはりというか8割以上がローゼス流。残りは我流っぽい感じだ。
ローゼス流はエスカドスにおいて最も普及している剣技であり、俺が生まれ育ったド田舎であるアダンでもこの流派だけは道場があったために、俺もこの流派を習得している。やや攻撃に偏っている感はあるが、伊達に世界中に広まってはおらず、スタンダートながらに優秀な剣術であるとされる。
もっとも一概にローゼスといっても今ではいくつかの分岐が生まれており、本家本元である一撃の威力を追求する本格派、対人戦と見た目の華麗さの両立に偏り突き技と連続技を重視した貴族派、騎士が団で運用する想定に特化した実践派……などの派生が存在する。
しかし意外と貴族派が多いな。別に名前のように貴族しか学べないというわけではないらしいが、それにしても妙に多すぎる気がする。
ひょっとして貴族も混じってるのか?彼らとは扱いが違うと聞いていたが試験は一緒なのだろうか。よくわからん。
「……次に実施される試験の組合せは番号2121番より2152番……」
と、そんなことを考えているうちに進行を担当する女性の声が、いよいよ俺の出番を告げるアナウンスを発した。
もう一度俺の闘気はトップクラス、という思考を繰り返し心を落ち着けつつ、定められた位置まで歩を進める。
よし、大丈夫だ。
その時ふと、そこに同じよう歩み寄り丁度俺の正面で足を止めた、対戦者であろう人物の様子を見た途端、俺の思考はやや違ったものへと誘導される。
女だ。
それも、やや深めのつばがついた形状の頭防具を目深に被っているために判別しにくいが、かなりの美人だろう。
だが真に俺の思考を引っ張ったのはそこではない。別に彼女だけでなく女の参加者は他にもそこそこいる。真剣での殺し合いとなればかなりやりにくかったろうが、木剣での試合であれば、寧ろ俺はかわいい女の子を軽く剣でいじめるのが嫌いではない、というかちょっと好きだ。
だから、俺の気を引いたのは相手の性別とか見た目とかではなく、彼女が身に纏う闘気だった。
恐らくだが、手強い。
まだ戦闘態勢に入っていないため、正確な闘気量に関しては何ともいえない。が、彼女の闘気の「流れ」は、うまく表現できないが何というか、滑らかなのである。
このように滑らかに闘気を纏えるようになるまでに必要であるはずの訓練の量と質。それを思えば剣技、闘気量も悪かろうはずがない。
「構え!」
緊張と興奮に沸いていた心が一気に引き締まるのを感じつつ、改めて相手の佇まいを観察する。
武器防具ともにほとんど俺が選択したものと同形状。
構えも俺と同じ青眼、利き腕が逆なために俺達が向かい合う姿はまるで鏡合わせだ。
女と男だが背格好も似ている。
細かな派生がどうかは読み取りようがないが、おそらくは流派も俺と同じローゼスの本格派に類するものだろう。
妙な親近感を感じるが今はそんな場合ではない。戦いの前に、大まかな方針くらいは決めておく必要がある。
そんなこと悩むまでもない。いつもの訓練通りの先手必勝。こちらから仕掛けて、その勢いのまま俺の持ち味である速さと身のこなしを生かした攻めで押し切る……!
「始め!」
「はっ!」
告げられた審判役の合図ととも掛け声を発し、俺は地を蹴る。
闘気の運用によりスピードを増したり、壁を蹴上がることなどを可能とする闘気運用術の基礎、【瞬動術】。
それを踏み込みに用いてそのまま攻撃につなげる剣技、ローゼス流下級突進技【疾風剣】。
下級ながらに速度小回りの向上がダイレクトに威力使い勝手を増すこの技は、それらに自信をもつ俺が使えば周りの参加者たちが使うそれとは別物といってよいキレだろう。
だが、それでも単発ではこの相手には通用はしまい。
「……」
案の定、相手は無言のままあっさりと俺の剣を弾きつつ半歩横に身をかわす。
この動きは想定内。
その時の対処として予定していた連携へと繋ぐために身体を動かそうとした、その瞬間。俺の脳内に、右肩から鈍い痛みが走った。
「っつう!?」
何? 今、交差した瞬間に突かれた? いや動きは見えないほどじゃなかった、剣を弾いた流れそのままに?
驚愕、混乱、肩の痛みと、訓練の賜物か半ば自動的に行われる状況分析で一杯になる頭とは裏腹に、体の方はそれらをすべて無視し振り払うかのように考えていた連携を実施した。
振り返りつつも十全に体重と闘気を載せて斬撃を行う技【翻身斬】、を先ほどのやり取りで俺の剣が弾かれていた先である、右下段を起点にして繰り出す。
悪くはないキレだ。だが、いやまて、マズい!
その一撃に対し、彼女は自分の剣をこちらにこすりつけるようにしながらこちらの斬撃の軌道を変え、あらぬ方向へと振りぬかせる。
そしてその流れのままその剣を、攻撃を流され無防備となった俺の体に見舞ってきた。
衝撃。
「ぐ……はっ……!?」
何とか身をよじり急所への直撃を避け、防具で受ける。痛い。
そこに間髪入れず更に威力を増した追撃が襲うが、間一髪剣を戻しての防御が間に合った。続く彼女の連携最後の一撃を止めると、俺達の木剣同士が交差し束の間動きが止まる。
「!、……」
俺の剣での防御が間に合ったことに、一瞬やや驚きの表情をみせる対戦相手。
いや実際間一髪だった。最初のやり取りで引っかかっていたところがあったために、翻身斬を全力に振りぬかなかったせいで作り出された隙が致命的なものにならなかった。
そして、更に今の一撃に対する対応で引っかかっていたところが確信へと変わる。
こいつ、カウンター主戦型流派……!
いや、最初の構えと使用武器からすると、正確には少なくともローゼスとミラージュを含む流派複合か……!
珍しい相手だが、不味いな。
この手の手合いを相手にするときは、貴族派が好んで使うような戻りの小さい連続技で崩すのがセオリーというが、俺の信条は正統派が好む単発技とそれら同士の連携を使いながらのヒット&アウェイ。
田舎の道場ではそればかりを鍛えていたせいで連撃技系統の練度は低く、正直このレベルを相手につかうのには不安の方が大きい。
つまり、この相手とは相性がかなり悪い。
だが、そうとわかっていれば手がないわけじゃない……!
どちらともなく間合いが半歩だけ離れる。
密着状態から、お互い剣がベストに触れる距離へと。
最早隠す必要はないということか、それとも未だ攻め気満々の俺ならそれでよいと判断したのか。
見れば、彼女の構えは最初の青眼から、やや後ろに体重を移して体を引き気味にするミラージュ独特の構えへと変わっている。
正に、迎撃準備は万全という風情である。
関係ない。寧ろ出方が絞られて好都合だ。次の連携で決める。
「オ、おっ!!」
意を決して繰り出した斬撃は上段からの切り降ろし。
それに、彼女は切り上げでの迎撃で対応した。
先程と形こそ違えど種別はさっき交わされた剣戟の初段と同じ、こちらの攻撃を余所へと流しつつ一息で俺への攻撃をも行う、攻防一体のカウンター攻撃。
恐ろしいまでの精度が要求されるに違いないその返し技を、見事にやってのけるであろう完璧な角度と速度で放たれた流れるような彼女の斬撃は、しかし空を切った。
「!?」
この相手に対し俺が勝負を決定する殺陣の要に選んだ技、それは握りの持ち替えと左右腕での闘気量運用により斬撃の軌道を途中で大きく稲妻状に変化させる、同ランクとされる技の中では比較的習得難易度が高く使い手が少ない中級技、ローゼス流【雷神剣】。
ここまでの戦いぶりを見ても、彼女のミラージュはこちらの攻撃を先にブロックしたりするより、敢えて引き込み、流すことで大きな隙を作りだそうとする傾向がある。
出し際に難のある上段からの雷神剣だが、一度変化させるまで至れば切り上げでの迎撃は困難だろう。
そして斬撃の中で通常最も威力のある上段からの切り降ろしであれば、如何に逸らすだけとはいえ相応に勢いをつける必要があるはず。
それを空ぶらせてしまえば、逆に隙が生み出されるのは必然だ。
剣同士の接触を避けるように起動を変化させながら自身に向けて迫るその刃を、彼女は強引に身を捩ることで躱した。だが初めてその態勢が目に見えて崩れる。
その隙に、
「ら……あぁっ!」
「くっ……!」
振り下ろした剣を即座に上へと切り返す【燕返】、さらにその返しをも雷神剣で行う、上級に相当する剣技【天還雷】で追撃する……!
彼女の体勢はまだ先ほど身を捩った状態から立て直しきれていない。
勝った。そう俺が確信した瞬間、
「……は?」
彼女の剣の柄頭が、起動変化を終えた俺の木剣を抑える光景が目に入った。
そして次の瞬間、予想外の光景に完全に全身を硬直させた俺の、無防備な首筋に彼女の木剣が吸い込まれ。
あっさりと、俺の意識は暗転した。