28 そのあと/そのさらに少しあと
「さて、病み上がりのところ悪いが、早速仕事だ、ミツハ君」
「は。何なりとお申し付けくださいませ」
その後、気を取り直してくれたシーラ様の勧めに従い、全身がボロボロだったミツハを一旦聖堂の中に運び入れ彼女の治療を行ってもらった。
実は内心では治ったら暴れだすのではないかとビクビクしていたのだが、ミツハの態度は従順そのものであった。
さては、この女、命令されると喜んじゃうタイプだな? 忠犬か。
黒豹系女子かと思ったらドーベルマン系女子であったでござる。
それにしてもシーラ様には、俺を治療してもらったのに加えて早くも二つ目の借りを作ってしまったことになる。
先程の無茶振りといい俺に対して微妙に厳しいこの人にあまり借りを重ねると、いつかとんでもないことを命令されそうで少し怖い。
いや、それ以上に優しくはあるんだけど、割と俺に対して遠慮がないんだよね、この人。
もっともそんなのなくても既に逆らえなそうではあるんだけども。
さてそれで俺のミツハにお願いしようとしている仕事だが、まあすぐにでも色々とサービスしてもらいたいのは山々だが、それより前に。
「実は僕は先程の戦いで信じられないくらいに疲れています。正直もう目を開いているのも一杯一杯という有様です。なので、私が休んでいる間しっかりと私のことを守るように。……お願いなので寝首をかくとかやめてくださいね?」
いや、マジでそういうのは勘弁してください。本当に。
ていうかもう起きていられないというザマなのにさっきよくもあれだけ偉そうな態度をとれたものだな。
こんなことならもう少し下手に、優しく話を進めるんだった……。
「は、畏まりました。お休みの間は私がこの命に代えましてもお守りいたします。どうかごゆっくりお休みくださいますよう……」
そんな俺の心配を余所に、ミツハの態度は極めて殊勝なものだ。
これはむしろ逆の意味でさっきの態度はよくなかったかもしれないなぁ……。俺としてはもう一回味方になってもらった後は普通にしてくれるかと思ったんだ……。
ていうか金を払って下働きしてもらうって普通に使用人だよね……。
いや、全然悪い気分じゃないんだけどね?
「うむ、頼みます。……あ、あとついでにあのグスタキオとかいうゴミも捕えておくように」
「御意に。……お休みなさいませ、ソラ様」
年上の女の人をこき使うということに若干妙な方向に目覚めそうになりつつ、それを上回る圧倒的な眠気に耐えられずに俺は長椅子に横になるとほとんど間をおかず早々に意識を手放す。
……その前に、腰から外して持っていた鞘に込めた聖剣を、手放さないようもう一度しっかりと握りしめることにした。
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先程自らの主となった少年があっという間に眠りに落ち、安らかな寝息を立て始めるのをしっかりと見守ってから、ミツハ=アメノははたと自分が置かれている状況に気が付いた。
横にいるシーラと呼ばれる少女がどうこうではなく。果たして自分は一体どうやって彼を守りながら元依頼主であるグスタキオを捕えに行けばいいのかということを。
普通に考えればそんなことは不可能なので、少年が目覚めるのを待ってから改めてグスタキオのところに向かうべきではある。
が、グスタキオはミツハが少年の首を持ち帰るのを待っているはずであり、あまりに戻るのが遅いと何かあったことを察して逃げてしまうかもしれない。
かといって、特に不安要素はなく置いて行っても問題なさそうとはいえ、守ると口にしたことを放り出して行くわけにもいかない。
当然せっかく眠りに入ったばかりの主を起こすのも気が引ける。
そう考え、いきなり訪れた奴隷としての任務達成の危機にミツハが頭を悩ませていた時、聖堂にそれまでそこにいなかった筈の男の声が響いた。
「以前お会いしたときにシーラ様から伺ったとはいえ、まさか本当に第六の聖剣が存在していて、しかもそれをシーラ様がそのままソラに使わせるとは、いやはや驚きました。
それも、いきなり制御に成功してそこの元暗殺者の彼女を圧倒するほどとは」
「アルス=ルイン=フェニックス……」
そこにいたのはつい昨日までミツハの暗殺対象であった人物、アルスである。
これまで何度か命を狙った不意打ちでの襲撃をかけてきた相手の登場に、おもわずミツハはその名をつぶやくと同時に身構える。
「やあ、何度か会っているけれど、君とちゃんと話をするのは確か初めてだね。でも、自己紹介はいらないかな?
しかし君も運がなかったね、まさか殺そうと思った人物がいきなりあそこまで強くなるのは想定していなかっただろう? いや、むしろ運がよかったのかな?」
「……後者だな。ソラ様は自分を狙った私の命を見逃したばかりか、弟を救うための資金まで工面してくれ、更に贖罪の機会まで与えてくださるとおっしゃってくれた。これを限りない幸運と言わずして何という」
「そうか、それならよかった」
何度も命を狙ってきた自分に当然報復を行ってもおかしくない人物の、奇妙にフレンドリーな態度に毒気を抜かれミツハもその構えを解く。
そして、気になっていたことを口にした。
「……お前は、私をこのままにしておいていいのか?」
「うん? ああ、実際に殺されかけたソラがそれいいというのなら、僕としては別に。君はもうソラの部下になったようだし、シーラ様もそれを認めておられるようだからね。でも、できればソラの上官である僕のいうことも少し聞いてもらえるようだとありがたいかな」
その余裕な態度と、改めて正面から感じ取るアルスの力量に、思わずミツハの心にあの依頼が流れたことに対する感謝の気持ちが芽生える。
先程少年が見せた底力も文句のつけようがないものではあったが、やはり目前に現れた男の実力はさらに一段上だということを、聖剣を構えずともミツハを圧倒する闘気が物語っている。
この人間を自分が人知れず殺そうなどと思ったことが、思わず笑えてくるほどに。
「……考えておこう」
「では早速だけど、君の元依頼主である人物を捕えて来てはもらえないかな? ここの守りは僕が引き受けよう。その方が君にとっても都合がいいだろう?」
ミツハにとってその言葉に従うのは少々癪なことではあったが、それは確かに彼女にとっても合理的で渡りに船な提案ではあった。
彼女は少しだけ躊躇し、それでも結局は従うことにする。
「……わかった。お前の言う通りだ。……この場は任せよう」
そう言ったミツハがこの場所を後にするのを見届けてから、その場に残されたシーラはやや呆れた様子でアルスに問いかける。
「……一体いつから見ていたのですか、フェニックス卿? 覗き見とは、我が国の英雄も随分変わった趣味に目覚めたものですね」
シーラの、その皇族と騎士との距離感を感じさせない皮肉の混じった質問に、英雄と呼ばれた青年もまた悪びれることなく言葉を返す。
「シーラ様、私のことは是非アルスとお呼びください。それに先程のお言葉ですが、生憎、少し前に参ったばかりです。部下の危機にも駆けつけられぬとは、全く己の未熟に恥じ入る他ありません」
「では何故、ソラが聖剣を使い敵を圧倒したことをご存じだったのです?」
「それは、表の様子や、ソラが先程出ていった女性を倒したらしい現状を見ますと考えられるのはそれくらいしか……。
それよりも、その聖剣です。聖剣とはかつて世界全てを支配した五つの人間種、それぞれ不動の頂点であった存在が己の力を剣に宿して今世に残したもの。
であるが故に五本しか存在しないものとして取り扱って参りましたが、本当に六本目が存在していようとは。父やその盟友であられたリック様にお詫びせねばなりません。
もっとも厳密にその定義に従うのなら、あの剣は聖剣とは呼べないのかもしれませんが」
青年の言葉のうち、父とその雇い主であった貴族に対する思いを語ったときの声音は少し他と違っていた。
それは父とその貴族を尊敬しておりながら、結局は信じ切れていなかったことを悔いるかのように。
そんな彼が、心情を周囲に隠すため最後に付け加えた一言にシーラが応じる。
それをきっかけにソラのもつ聖剣についての会話が続くことになった。
「それでも、今まで似たもの一つ見つからなかったのは事実。簡単に生み出せるようなものであれば、力の程度は違えどもっと数が残っていると考えるのが普通でしょう。単純に最終皇帝マルクトアもその五人に劣らぬ力をもっていたと考えるべきなのでしょうね。もっとも、この剣の性能が幾分他より劣るというのも事実のようですが」
「いえ、一概にそうとも言えません。聖剣は持ち主の潜在能力を引き出しますが、それをうまく扱えるかはまた別の話です。今日聖剣を握ったばかりのソラがミツハを圧倒するほどにその力を制御してみせたのは見事でしたが、それでも課題は山積みです。
ただ今日視界が開けたことでソラの実力も一段と伸びていけるでしょうし、それに伴って聖剣が発揮する力も増していくことでしょう。そう判断されるのはもう少し後でも遅くないのでは?」
「やはり戦いから見ていたのではないですか……。
それに、貴方がいうと遠回しな自慢にしか聞こえませんね。五年前の北方戦役で初めて聖剣をとったにもかかわらずその戦いで英雄となった、他ならぬ貴方の言葉では」
「あ、いえ、自分が聖剣が起動したときに似た感覚を感じてから参りましたので、しっかりと見れたわけでは。……ただあの剣は、少し自分の持つものや他の聖剣と比べても特殊な力、というか用途を想定されているように感じられました」
それが何かまでは分かりませんが、と付け加えてからアルスはその感じた違いについて自問する。
シーラの最後の言葉は敢えて無視した。
シーラが考えているよりはその時の戦いは簡単なものではなかったが、それはまた別の話だし、その戦いの結果だけで彼が英雄と呼ばれることになってしまったのは事実だ。
それを今更否定してもそれこそ嫌味にしかなるまい。
それに、ソラのもつ聖剣にまだ伸びしろがあり、それが少し他と違っている様子なのも事実だ。
自身が発する闘気の具現化という特殊な能力もそうだが、それとは別に設計思想のようなものに対する違いが見られる気がする。
それはある戦いに備え前もって作られた他の五本と、その戦いの後に作られた最後の一本という違いにより生まれた差なのかもしれない。
が、その違いが何なのかはっきりとわからない以上、これ以上現状で勘ぐっていても意味はなさそうだ。
そう結論し、アルスは話題を切り替えるための問を発した。
「ところで、ソラに聖剣を与え、シーラ様はこれからどうなさるおつもりです? これで我が国が所有する聖剣は他に大きく勝る三本目となったわけですが」
「ソラには、私についてきていだたくつもりです。私が行わなくてはならない対話を対等な形で行うためには、ある程度の力はあった方がいいはずです。
そのために貴方や他の騎士、聖剣をも動かせば角も立つでしょうが、つい先日まで盗賊を演じていたソラと存在しないはずの剣であれば連れていくならば問題はないでしょう」
シーラから間髪いれず返ってきた答えは、それを聞かれることを見越していたものだ。
それもそのはず、二人はシーラの行おうとしている行動の必要性を認める、ほぼ唯一といってよい同志である。
「やはり行かれるのですね。しかし、ソラは私にとっても重要な部下です。幾らシーラ様のお言葉といえど、はいそうですかと渡すわけには参りませんね」
「……ハープーンに関する一連の件で、卿には一つ貸しがあった筈ですね? それに、今回でソラ本人にも幾つか貸しができました。それをこの期に返していただくことにいたします」
「……それはまた、随分と高い借りになったものですが。そう言われては仕様もありませんね。ですが、護衛もかねて私の部下も一人つけさせていただきます」
痛いところを衝かれた、という言い方だが、アルスも別段シーラの邪魔をしたいと思っているわけではない。
ただ何となく言ってみただけだ。つけるという部下も、監視というよりはただの善意からの護衛である。
もっとも、最優先で守るのは二人ではなく聖剣ということにはなるが。
シーラもそれをわかっているのだろう。特に反発もなく受け入れる。
「好きにしてください。元より卿に隠すようなことはありません。護衛をつけていただけるのであれば、在り難く受けさせてもらうまでです」
シーラの意志は固く、翻意は不可能だろうとアルスは知っている。
彼としても別段止めるようなことではなく、むしろ誰かにやってもらわなければならないと思っている話だ。
うまくいく見込みは極めて低いが、それでも動かないことには始まらない。
だが、それでも確かめねばならぬこともあった。
「例え聖剣を使ったとしても、力でどうにかなる相手ばかりではありません。命の危険もあるでしょう。
それ以前の問題として、やり遂げたとしても全くの無駄かもしれない。
それでも、ご自身で行かれるのですか?」
「……そうですね。私では、何もできないかもしれません。
それでも、私はやってみなければいけないと思うのです。私には何の力もありません。何ができるということもなければ、誰かを動かすことさえもできはしない。それでも、事情を知ることができる者のうち、私だけが動けるというのならば、それをやってみることが使命なのかもしれないと」
これは予想していた答えだ。
アルスとしては思い詰めすぎだと思うし、それ以前に人の使命などというものは人間の想像力が生み出した思い込みと勘違いによる産物とさえ考えている。
だが、少女しか動こうとして動け、可能性のあるものがいないのも事実。今更彼女自身の覚悟を問う必要はない。
だからアルスが本当に聞きたいのは次の質問に対する答えだけだ。
「最後にもう一つだけ、お聞きしても?」
「……何でしょう?」
「何故、聖剣をソラにそのままお預けになったのですか? 恐れながら、シーラ様の手駒が多くないということは存じ上げておりますが、それでもその気になれば現時点でもっとふさわしい力をもった人間を選ぶことはできたはず。
ソラの素質は認めますが、今の時点では彼は少し腕の立つだけのただの少年。それもつい最近まで田舎暮らしで、この先の事情どころか今のこの国のことさえ満足に知らない、その国に対して騎士として断固たる忠誠をもっているわけでもないだろう人間です。
騎士として周囲に知られていないからというだけの理由で、今のシーラ様には彼の成長を待つ余裕はないのでは?」
「……」
それは、ただでさえ厳しい道のりを、少しでも良くするための努力を放棄する甘えではないかとの青年の糾弾。
そのある意味では辛辣で、それでいて真摯な声に、シーラも真剣に向き合い沈黙のうちに返す言葉を模索する。
それは、彼女にも整理できていない、だが彼女が確かに持つある直感によるところが大きかった。
「……本当のことを言うのなら、半分以上は成り行きです。彼が今日という日を越えるには、ここであの剣をとるしか道はなかった。
……でも、今日ここで私はまた彼を知りました。
彼は歳以上に幼くて、でもそれ故に純真でした。彼が自分で口にしたように、彼には成し遂げたい夢や為さなければならない悲願がない。仮にあったとしてそれは周囲から望まれたものでしかない。
今口にして気づきましたが、そんなとことが私と似ていると思ったのかもしれませんね。
……でも、彼には芯になるものはあった。
彼はこれまでの長くはない人生で、二人の祖父を通して大義のために滅私を厭わぬ献身と、それとは逆の、人として法を犯してでも信念を通す気高さの両方に憧れをもっていた。
それは無責任な憧れかもしれないけれど、それでもそれに少しでも近づこうと剣をとったのなら、それはとても貴くて、これからの旅に必要なことなのではないかと感じたのです。
……この人であれば信じられるとも。
甘いと言われるでしょうが、それが私が彼を連れていくと決めたほぼ全ての理由です」
「成程……」
それは完全に納得のいく答えではないし多分に甘えを含んだものだとは思うが、アルスとしても頷けないところがないわけでもなかった。
先程はああいったものの、シーラが選んだ少年はこの一年間、躓きながらも密偵という多くの機微を穿つ必要がある任務を十分にやってのけた。
戦闘術にもかなりの天性と多くの伸び代をもつのはそうだが、一部の選民思想を持つものを除けば田舎出身の平民でありながらそれほど関わりのない騎士団の面々にも何とはなしに好かれているというのもある。
そのような性質は、ある意味で能力よりも強かさと交流能力が要求されるシーラの今後につける人選としては悪くない。
何よりシーラが視て信頼できそうだというのなら、それもいいかと彼が納得しかけたとき。
「……それともう一つ。これは私の我儘ですが、長い旅を一緒に歩むというのなら、同年代の友達とがいいと思ったのは確かです。……いけませんか?」
少し黙っていたアルスに対し、最後に拗ねたような顔でそう告白するシーラを見、彼の青年は一瞬呆気にとられたように目を見開いたが、やがて大きく噴き出した。
咄嗟に彼が口元を隠した手の隙間から、堪えられぬとばかりの笑いが漏れる。
それをみて更にムッとした表情を浮かべるシーラに対し、青年はさらに込み上げる笑いを噛み殺しながら語り掛ける。
「い、いいえ、全く、一つもいけないことなどありません。
いいえ、それどころか、それが一番大事なことでした。
ええ、そうです。いやはや、シーラ様もお人が悪い。初めからそう仰っていただければ、このアルスもすぐに納得できましたものを」
「からかわないでください! 貴方が思っているようなことではありません! 元はと言えば、初めは聖剣という存在さえ勘定に入っていなかったのですから、こうなった今では些細な実力や人間の違いなど問題になりません。それならばこの形が一番都合がいいでしょう?」
笑いながら言ったのでシーラはからかわれたと思ったようだが、その言葉はアルスの本心だ。
先のことなど、誰にも分らない。
ならば、人に迷惑が掛からないのであれば、自らの心の声が聞こえたというのならそれに従うのが一番だ。
それが、シーラやソラくらいの年頃の少年少女なら、尚更細かい理屈など必要あるまい。
「勿論ですとも。……それでシーラ様、参考までにお聞かせ願いたいのですが、私が思っているようなこととは一体どのようなことなのですか?」
「知りません! ……全く、いつから我が国の英雄はこんな俗らしい事を口にするようになったのでしょう。レイリスフィアお姉様もさぞかしお嘆きになることでしょうね」
最後に軽口をたたき合い、お互いにそっぽを向いた二人は自然、長椅子に横たわって眠りにつく少年を見る。
小さくない声量で行われていた会話にも全く目を覚ます気配なく眠り続けるその少年の腕には、人類の未来を担うかもしれない聖剣が、今もしっかりと握られていた。




