21 襲撃/真昼の毒
例の特訓から二日ほどたった日の昼前。
俺は人通りのやや少ない、貴族街のある通りをブラブラあるいていた。
今は別に誰かをつけているとかの仕事ではなく、俺が拠点にしている小料理屋にあった客の忘れ物を届けにきた帰りだ。
クメイト達にも事情が通っている今では何かと理由をつけて貴族の屋敷に取り入る意味もないので、これはただの忘れ物宅配サービスである。
正直店の正規店員でやれよと思うが、今日は店の方も繁盛していて忙しく、用事もなくて家でのんびりしているのに断っては人情に欠けるというものだろう。
何かと世話になっているのは確かだし、少しくらいは恩返しをしてもバチはあたるまい。俺みたいな見た目からしての平民が貴族街をうろつく理由にならないこともないしな。
詰所の近くも通れるし適当に付近の様子を伺いつつ戻るとしよう。
そういえば、ブラントさんとの癖をどうにかする訓練では一応の成果があった。
いきなりアディオス俺の癖とまではいかなかったが、訓練中何発か普段とは違う感触の斬撃が繰り出せた実感があったので見込みはありそうだ。
まだまだ意識してもできないことの方が多くて話にならないが、正しい斬撃の感覚を体感したことで自分でもブレがわかるようになったし、模擬線でも何回かできていたらしいので今度は普通の訓練でも直していけると思う。
多分……、きっと……。
ついでに、体の方は全身打撲程度で済んだ。いうまでもなくブラントさんが絶妙の手加減をしてくれたおかげだ。が、闘気の源泉となる魔力も一時的に枯渇していたため回復魔術もしばらくは使えず、その夜は地獄の苦しみだった。あの訓練はもう二度とやらない。やってたまるか!
……でも直らなかったらまたやらないといけないのかなあ……癖は直したい…。
いやいや一回感覚さえ掴めば態々あんなんやらんでも、もう大丈夫だ。大丈夫なはずだ……。
そんなことを考えながらトロトロと店に帰る方向に歩いていると、通路を挟んだ側の正面に、そんなに外でみることは多くない顔が見えた。
遠目でも一目で識別できるあの精悍な容貌は、まさしくアルス様のご尊顔で間違いない。
アルス様は見回りの最中なのだろう。
暗殺者に狙われていようがアルス様は普段通り、いや普段よりも頻度を増して御自らの見回りを行っているらしい。
ある意味でより多く暗殺の機会を作り出しているわけだが、アルス様が籠っていてチャンスが端から全くないと相手がどんな行動にでるかわからないと判断してのことだ。
敢えて自分を餌にするような行為は少々敵を侮りすぎという気がしなくもないが、最悪他が挑発目的で狙われたりするかもしれないので仕方ない。
被害がでてから釣り出されるようでは損だし、結局あの暗殺者の対応はアルス様に任せるのが一番安心なのも確かだ。
しかしここですれ違った場合のアクションはどうしたものかな。
アルス様が知らぬうち見張られている可能性が否定できない以上、関連を疑われるような行動はマズいが、街で抱かれたい男No.1(俺調べ)であるアルス様に俺くらいの歳の男が話しかけるのは珍しくないし、あの女が見ても何かしら探りを入れていると思うだろう、多分。いや知らんけど。
事実、通りをいく貴族の子供や、クメイトの仮業と同じように売り歩きを営んでいる商人は当然のようにアルス様に声を掛け、アルス様もまた優しく挨拶を返している。
相手が平民であろうと分け隔てなく眩い笑顔を振りまくその御姿は、まこと国の英雄にして騎士の鏡にふさわしい。
ただ別にこちらから積極的に話すような用事は、今のところこれといってないな。
かといって何も言わずにスルーするのは失礼だ。
ここは普通の町人のように挨拶だけしておくのが無難か、と思いアルス様に顔を向ける。
視界ではアルス様が背の高い商人と丁度すれ違ったところだった。
こんにちはアルス様、今日も恰好いいですね、素敵、抱いて! と俺が声を掛けようとした、まさにその瞬間だった。
「え?」
今すれ違ったばかりの商人が音もなく、振り返り様いきなりにアルス様の首の位置を正確に切り払った。
目の前で起きたことだというのに、何が起きているかの理解が追いつかない。
それまでの日常からあまりにもかけ離れているというのに、気色が悪いほど自然な流れで繰り出された、一筋の斬撃。
あまりにも突然、何の前触れもなく繰り出された白昼堂々の凶刃に、却って俺を含めた周囲の人間はまともな声をあげることさえ忘れただ茫然とする他なかった。
俺も、事情を知っているというのに完全にその場に呑まれてしまったが、それでも何とかいち早く我を取り戻しとにかくその場を見極める。
そして、先程アルス様とすれ違った商人の装いをしていた人物の様子が完全に様変わりしている状況が目に入った。
顔はメイクなのかあの時と似ても似つかないが、現在見せている背格好と手に持っている長刀は間違いない。
まごうことなく、あの女暗殺者、ミツハの襲撃だ……!
今しがた見せたのは俺に抜き手さえも見せぬ、超高速の抜刀術。
それも単なる腰からの抜刀ではなく、アルス様とすれ違った時でも完全に隠し通していた長刀を取り回しながら行うという絶技だ。
あれほどの長刀を周囲に悟られもせずに隠し持つ暗器術も謎なら、その状態からあそこまでの速度で刀を抜き放つ抜刀術は完全に俺の理解と常識の外だ。
更にはそれを全くの無音で完了し、斬撃そのものも凄まじい速度で振り向き様寸分の狂いもなく標的の首目がけて振りぬくとは……!
成程国を担う騎士団の長さえも暗殺してのけたという噂も、この場面をみれば素直に頷ける。
この女は、これまで見てきたような一般の暗殺者とは違う。
小細工抜きに、ほぼ正面からでも長刀を用いての【暗殺】を達成しうる、異端ながらにして絶対的な業を持つ正に超一級品の暗殺者……!
「チィ……!」
だがそれでも。
そんな芸術的でさえある女暗殺者の一撃をもってしても、ザーフィアス王国が誇る若き英雄、アルス=フェニックスは破れない。
舌打ちはミツハのものだ。
恐らくは、彼女自身も必殺を確信していただろうその一撃。
並の人間であれば、否、例え騎士団において上位の腕を持つ騎士であったとしても気付くことさえなく命を奪ったであろう凶刃を、アルス様は凄まじい反応と回避速度で身を伏せることで回避していた。
俺には本当に何の予兆も感じられず反応の仕様がない攻撃に見えたのだが、他ならぬアルス様には違ったらしい。
もしかすると狙われた本人には漏れ出した僅かな殺気が伝わっていたのかもしれないが、それにしても余人には回避できるような斬撃ではなかった。
もし狙われたのが俺だったら確実に今ので首と胴が別々になっていたことだろう。
いうまでもなく、回復の暇さえなく即死である。
だが、それを回避して退けたアルス様の顔にも流石に驚愕が浮かんでいる。
彼の無事をはっきりと確認し胸を撫で下ろしたのも束の間、その表情を見て再び何とも言えぬ焦りがこみ上げてくる。
周囲ではようやく事態を呑み込んだ人々の悲鳴がそこかしこであがり始めていた。
「フッ!」
標的の人外じみた反応に舌を打ちつつも、既にミツハは間髪もいれず抜き放った長刀での追撃を見舞っていた。
残像で辛うじて視認できる抜き放たれた暗殺者の獲物は、黒い刀身に薄暗い黄緑色の発光を称えた、背丈の半分を優に超える長刀。
見た目からして間違いなく何かの魔力を帯びた特殊剣だが、あんなタイプの剣は騎士団でも所有している人を見たことがない。
恐らくは魔封剣を優に上回るとされる魔力を帯びた、製法からして全くの謎とされる、人知及ばぬ『魔剣』の一振りであるに違いない。
間一髪初撃の抜き打ちを躱したものの大きく体勢を崩したアルス様に、その魔剣を使った連撃が襲い掛かる。
標的の安易な回避を厳しく咎める、天地左右、刺突斬撃に遠当てまでを交えた連続攻撃。
俺の常識を遥かに超えた速度で次々と繰り出されるそれは、あのアルス様をして体勢を立て直すことも、抜き合わせることさえも許さない怒涛の猛攻だった。
不味い、自分で見ていて信じられないが、ミツハの剣技は奇襲を抜きにしても騎士団で見た誰のそれよりも恐らく上のように見える。
並の相手ならいざ知らず、それほどの使い手が相手だと既に獲物を抜き放っているか否かという差は絶望的なほど大きい。
ましてミツハの獲物はどんな能力を持っているかもしれぬ魔剣だ。
如何に常人を遥かに上回る絶大な闘気量に任せた圧倒的な防御力を持つアルス様と言えど、迂闊に素手で触れることなどできようはずもない。
ステップと、止むを得ずの刀側面を狙った素手でのパリィングで何とか攻撃を凌いでいたアルス様の身体を、ついにミツハの連撃のうちの一つが捕えた。
その刃が掠めた後には、わずかではあるが確かに鮮血が滲んでいる。
アルス様が常時身に纏う闘気は、フラットな状態であっても騎士団での一年の鍛錬を経た今の俺やリムルが全闘気を攻撃に込めての一撃で貫通し得るか否かの領域だ。増してやアルス様が防御に傾いていたとしたら恐らくそれを何度繰り返しても傷一つつけることはできないだろう。
後者については別に俺やリムルだけに限ったことではなく、恐らくは騎士団の中でも例外はいない。
あの女は、あれほどの手数で次々と繰り出す一撃一撃にそれを上回るほどの威力を込めているとでもいうのか。
そんな速度と威力の両立、それこそアルス様と同等の闘気を身に宿していなければ不可能なんじゃないのか……?
確かに俺にはあの女が隠していた実力は掴めなかったが、まさかそこまで……!?
さらにミツハは恐らくアルス様より若い。そんなこと、本当にあり得るのか?
「くっ……!?」
そしてさらに深刻なことに、その傷を受けて以降アルス様の動きが僅かに鈍ってきたように見える。
恐らくはこれがあの魔剣に秘められた能力、傷をつけた相手の動きを奪う、毒のようなものなのではないだろうか。
シンプルといえばシンプルな能力だが、手数型のあの女には恐ろしいほどマッチしている。
このままだと手傷を受ける数も増え、加速度的に致命傷を受ける危険も増していってしまうだろう。
こんな余裕のないアルス様なんて、初めて見る。
もはや疑いの余地なくあの女はアルス様にとってさえも脅威だ。
事ここに至り、口では油断を戒めつつ心のどこかでアルス様が一人の暗殺者如きにどうにかなるはずがないと高をくくっていた自分を認めざるを得ない。
そして、その傲慢ともいえる思いは、恐らくだがアルス様にもなかったとは言えないだろう。
こうなったらせめてアルス様が剣を抜ける程度の隙を作る手助けをしたいのだが、先程から俺は全く手を出せずにいた。
元よりこんな場面でバレるバレないを論じる気などないが、ミツハの斬撃一つさえも見切れていない俺がやみくもに割り込んでもすぐに殺されて却ってアルス様の邪魔になるだけだ。
増して、ミツハは遠当てを自由自在に使いこなしている。こちらの意図を悟れれば近寄ることさえできずに連撃の余波に巻き込む形で殺されるだろう。
せめて俺も遠当てにまで至っていれば、マシな援護もできただろうに……!
これほど自分の未熟を歯がゆく思ったことはない。思わず歯噛みするが、そんなことをしていても何の解決にもならない。
何か俺にできること……、そうだ、遠当てができないのであれば遠距離型の魔術で何か飛ばしてやれば……!
上級レベルの魔術使いでさえ戦士の闘気による防御を突破するのが難しく、人間同士の実戦では活躍の機会があまりない実情の中、俺の低レベルもいいところな魔術ではダメージどころか超高速で立ち位置を変えながら切り結んでいる二人には掠るはずさえないが、もし何かの隙ができるようなら儲けものだ。
剣さえ抜ければ今からでもきっとアルス様の負けはない。
よし、こうなったらイチかバチか、制御などおかまいなしに、可能な限り無駄にサイズだけ大きくした火球でもなるべく早く適当にブッぱなして……!
そう決めて、その後もし狙われたら死ぬ等の後先をできるだけ考えないようにしつつ、その案を実行に移し始めた矢先。
俺の魔術の、言霊の発声どころか事前の詠唱も完了しないうちに、目の前の戦いに変化が生じていた。
ミツハの顔面付近で発生した光は、今俺が考えていたのと同じ、魔術で発生した炎による閃光だ。
え、何? 俺? 考えただけで魔術が準備に先行して成立するとか、もしかして、俺天才なの?、と一瞬思ったが、そんなはずはない。
俺が作り出そうとしていたのとは全く関係なく、アルス様が左手を前に突き出した瞬間にミツハの顔前で直径50センチほどの爆発が発生したのだった。
どんなに小規模な魔術でも、発動には強度指定や範囲選択などのための強い集中と、言霊の宣言が必要だ、そのどちらを欠いても暴走などのトラブル以前に、魔術はまず発現しない。
そしてその集中は、例えどんな人間であったとしても他の作業と並列できるようなものではないはずだ。まして今通常とことなり素手での防戦一方の戦いを強いられている状態では、いくらアルス様にだってできるはずがないのだ。
だというのに、今起きた現象はアルス様が放った魔術によるものに間違いはない。
これは、一体……?
まさか、魔術の工程によって闘気とは比べ物にならない複雑さで流動する魔力の流れを、闘気と同じ要領で感覚による操作だけで再現するという、実在さえも疑われる技法だという無詠唱魔術……?
そんなどうみても逆に普通より難しそうなことさえできるのか、この人は!?
しかしそれでも、驚く俺と、その超高難易度な魔術による目くらましを実行したアルス様をもあざ笑うかのように、ミツハが繰り出した斬撃は幾分も鈍りはしなかった。
その程度のことは想定済みだと言わんばかりに逆にその勢いを増した斬撃は、アルス様の、半ば無防備に突き出された左腕を切り落とそうと斜め上方から振り落とされ。
アルス様の腕が、斬られた……!
そう俺が確信させられてしまったのと同時に、その動きを止めていた。
「!?」
ミツハが動きを止めたのは、否、止めさせられたのは、アルス様によるまさかの真剣白羽取り。
それも比較的よく試みられる両の掌を使ったものでなく、突き出していた左手の中指と薬指の間を使っての神業だ。それは最早技というよりも曲芸に近い。
まさかの無詠唱魔術にも全く動じなかったミツハの目が、今度こそ驚愕に見開かれる。
先程の目くらましを破った、暗殺者の恐るべき胆力さえ折り込み済み。
アルス様の突き出した左手はその後この斬撃を呼び込む、誘いだった。
そうして、二本の指の力だけで物理的にミツハの動きを封じたアルス様の、残った右手が腰に下げられた剣に掛かる。
その間、ミツハは流石の反応をみせ渾身の力で刀を指の間から引き抜くが、もうその抜刀は止められない。
「シッ!」
「ち、いぃ!」
ここまで激しい攻防の中でもほとんど声を発することがなかった両者から、声とも言えぬ掛け声が漏れる。
アルス様が繰り出したのは片手で抜刀しつつ直接切りつける形の、左下段からの薙ぎ払いローゼス流【零太刀】。
基本中の基本、技ともいえないこの技は、しかしローゼス流本格派を体現する英雄の手と、そこに握られた無二の聖剣によって最速最強の一撃へと昇華され敵対者を両断せんと迫る。
これまで神速かとも思えていたミツハの斬撃さえスローに見せる速度と化したその一撃を、彼女は、かわしきれぬと怨嗟の声をあげつつ太刀で受けた。
二人の剣が接触したと思われた瞬間、剣同士が衝突したとは思えない鈍い爆音が周囲に響きミツハは体ごと道を挟んだ反対まで吹き飛ばされた。
「ぐ、うっ……!」
何とか踏ん張ったミツハは、全身を襲った衝撃に顔を歪めつつも次撃に備えての構えを崩していない。
しかし、アルス様は追撃をしなかった。
そのかわり彼の全身に、何やら白い光が宿っているのが見えた。
よくよく見ると、瞬く間に体の所々に作られていた傷がふさがっていく。
また無詠唱魔術か? とも思ったが、これは違う。
遠当てしかり先程の無詠唱魔術しかり、闘気戦闘術は極めるほど魔術的な、逆に魔術は極めるほど闘気運用的な側面を帯びていく。
それも当然で、両者は表し方が違うだけで源泉はともに人間が持った魔力だ。
今アルス様が見せたのもそれらの一種、遠当てを上回る繊細な闘気運用により全身の細胞一つ一つを活性化し自らの身体の治療を行う、話に聞く自分のみを対象とした回復魔術の如き闘気運用術【克己術】に違いない。
「ちっ、化け物め……!」
そこでミツハはそんな恨み言を漏らしつつ、速やかに逃走に転じた。
当然アルス様はそれを阻もうと動き出すが、その即座にミツハは隠し持っていた投げナイフ、四本一息の投擲を行った。
狙いはアルス様でなく、俺を含む周囲で息をのみつつ様子を見守っていた通行人達だ。
俺に向かってきた一本の短刀、敢えて全力で投じていないと思われるそれを俺は咄嗟に剣で迎撃する。
意識から外れていた攻撃であったため俺は自分に向かったものしか対処できなかったが、住民たちを狙った残る三本はアルス様が残らず粉砕してくれていた。
だがその間にミツハは塀の中に飛び込み、住宅地の隙間を縫って逃走していた。
アルス様は一瞬追おうとする様子を見せたが、すぐに追跡をあきらめたようだった。
これは、アルス様の唯一といっていい弱点のせいかもしれない。
ミツハの逃げ足はこれまでみた誰より凄まじいが、アルス様ならそのまま追えばもしかしたら追いつけたのではないか。
しかし追いついて仮に住宅地の間で再び戦闘にでもなると、アルス様は本来の力を発揮できず苦戦を強いられるだろう。
そこでアルス様が本気で剣を振るうと、敵より周りの方が圧倒的に被害が大きくなるのだ。
彼の桁外れな力が仇になるシチュエーション。
敵ながらミツハの逃走は鮮やかだったと言わざるを得ない。
戦闘が始まった当初こそ異様な静けさに陥っていた往来だが、戦闘が進むにつれてあちこちから様々な声があがっており、あの戦いでも加勢できる騎士の面々が到着するのも時間の問題だったろうしな。
いやしかし、あの女は、なんというか……。
「ソラ」
「ア、アルス様、よく御無事で……。すみません、加勢もできずに……」
ぼけっと女暗殺者が逃げ去った方向を見やっていると、アルス様が俺に近づき声を掛けてくれた。
慌てて先程の戦いをぼんやり見ていたことを謝罪する。
ところがアルス様の口からでたのもまた謝罪の言葉だった。
「すまない、逃がしてしまった。折角ソラから話を聞いていたというのに、どうやら心の底では侮ってしまっていたらしい。
正直、あそこまでの使い手だとは思ってもみなかったよ。全く、思い上がりもいいところだ」
「いや、アルス様が私に謝ることでは……」
実際マジでアルス様のピンチにも何もせず見ていただけだったからな。
薄情と罵られても仕方のないところだ。増してや謝られるような謂れはない。
「ソラはしっかり情報を集めてきてくれただろう? そこでミンガラム団長の一人を暗殺したという話も聞いていたのに、あの体たらくだ。このところ色々と自分にとって都合よく回っていたものだから、知らず傲慢になっていたようだ。反省するよ。……ここで逃がしてしまったのは僕の大きなミスだ、あまりに痛いな」
確かに痛いのは確かだろうな。次はまた暗殺を避けるところから始めなければいけない。
普段こういう事をあまり口に出さないアルス様をしてそう言わしめるほど、あの異端の暗殺は脅威だということだ。
そう、実際アレは……。
「あの、初撃はヤバかったですね……。それまで刀を持っていることさえわからない恰好から音もなく、あのスピードで抜き打つなんて……。ちょっと信じられない。俺なら確実にアレで死んでました」
「ヤバい? ヤバい、ね。うん、あれは確かにヤバいね。
見たところ正面から斬りあっての実力はAに近いBというところなんだろうけど、あの初撃はそういうことを超越して、ヤバいよ。
……あれがもし僕以外の騎士団メンバーを含む国の人々に向けられるようだと、厄介どころの話じゃないな。大きすぎる被害がでる。
そう考えるとやはり逃がしたのは不味かったな。家の何軒かを平にしても追うべきだった。失策だったな……」
俺の言ったフレーズがお気に召したのか、ヤバいを必要以上に繰り返すアルス様。
彼がいうと何とはなしに違和感がすごいが、貴族にはあまりなじみのない言葉だったかな……。
ついでに後半さらっと家を平にするとか言ってたことも気にはなるが、それよりもっと気になることが一つ。
「あれで、B級……?」
それって、Aって一体どんだけハードル高いのさ?
「はっきりとは言えないけど、恐らくはそうだと思う。そうは見えなかったかい?」
「はあ、失礼ながら……。自分の未熟を棚に上げまして恐縮ですが、同じくBである騎士団のダリル様やアセルス様等より、その、幾分実力が上のように見えておりまして……」
訓練で何回も為すすべなくボコボコにされている騎士団の強者を侮れるわけもないが、実際そう思ったので仕方ない。
俺が俺が思わず漏らした呟きを拾ったアルス様に、言外に上官を侮辱するわけではないと強調しつつ感じた通りを伝えてみる。
その言葉を受けてアルス様は不敬を咎めるでもなく教えてくれた。
「そう思っても無理はないかもしれないね。
でも、恐らく僕が不甲斐なかったが故にソラにはそう見えたんだろうけど、仮に対等の条件で正面から向き合ったら二人ともいい勝負をすると思う。特にアセルスであれば相性も手伝って彼女に軍配が上がるんじゃないかな?」
そうなのか。
俺としてはそれを聞いてもピンと来てはいないが、実際に両方ともと剣を交えて勝ったアルス様がそういうならそうなんだろうな。
俺は昔から自分が苦手な連続技を高めに評価しがちだからそのせいもあるのかな……。
いやでもあれだけの手数でありながらアルス様の防御をも破る攻撃力さえ見せたミツハがBとは……?
「もっともあの暗殺者、ミツハといったかな、を相手取るときに真に問題なのは、その対等の条件という前提が悲しいまでに無意味であることだけれどね。
それほど彼女のランクに表れない、暗器術と抜刀術、それに魔剣が秘めていた力は脅威的だ」
「魔剣……! そうか、あの魔剣か……!」
自分の初歩的な見落としに気付き、思わずそう声を上げてしまう。
それにアルス様はコクリと頷いてから更にあの女がもっていた剣についての解説を加えてくれた。
「あの魔剣は傷付けた相手のみに発動するタイプで、魔剣にしては珍しく周囲に派手な変化を与えるものじゃないらしいけれど、その分単純な攻撃力と発動したときの効果が飛び抜けているんだろう。
具体的な効果は恐らく相手の動きを奪う系統の毒で、尚更彼女は相手に小さな傷さえつければいいわけだからその分さらにスピードに特化して闘えるということだろうね」
「成程、そういう絡繰か。道理でいくらなんでも速過ぎると……。それで魔剣にしては……」
効果がショボいかと思っていたけど、素でアルス様の防御を突破するほど攻撃力が高かったのか……。
もっともそれでもミツハ本人の闘気も俺なんかより全然上なんだろうけど。それを速度に極振りできるような闘気運用術はもっと差があるだろうし。
断片的に言葉に漏らしつつそう考えていると、アルス様は少し難しい顔をして付け加えた。
「うーん、魔剣にしてはというけど、あの毒も相当なものだと思うよ。
即座に死に至るものではないようだけれど、ちょっと自慢のようで言いにくいけれど普通だったらそう長くない時間で重要臓器を含めた全身が動かなくなってしまうようなものだろうから。
ソラ、分かっているとは思うけれど、仮にどうしてもあの暗殺者と戦わなくてはならなくなったとしても、僕のように肉を切らせて、とは考えないようにね」
「も、勿論です!」
釘を刺されてしまった。
あの魔剣の毒とやらは、アルス様が闘気で無理矢理封じ込んでいただけでとても危険な代物らしい。
アルス様くらい吹っ飛んだ闘気があると、割とどんな効果でも力づくでどうにかできてしまうからな。
多分俺程度だと一撃でも喰らったらすぐ死ぬんだろうな。
もっとも言われなくても、今のところあんなの怖すぎて自分が闘うことなど想像もできないが。
「なら良し。ん、騎士団の人数も揃ってきたようだね。この場の収集は僕と彼らでやっておくから、君は戻った方がいい。あまり長く外で話しているのは、よくないね」
「かしこまりました。……アルス様、くれぐれもご用心くださいますよう」
「ありがとう、そうするよ。ソラも気を付けるんだよ。君が騎士団の一員だとバレたら、狙われないとも限らないんだからね」
最後に一礼をしてその場を離れる。
機嫌がいい、という訳でもないのだろうがアルス様の口はいつもより滑らかだった気がしなくもない。
アルス様といえど、命を懸けた戦闘の後は多少ハイになっていたのだろうか。
そんなところ、少しリムルと似ているような気がするな、などと思いつつ俺はその場を後にすることにした。




