20 特訓/閃き
「ほう、長く反りを帯びた剣か。おそらくは刀だな。ということはナナギ流の可能性があるか、ふむ、少しは厄介かもしれんな」
俺が漏らした、暗殺者の武器についての話にそうコメントしたのは、かつて俺がクメイトの一件で斬りかかってしまったがために剣を交え、後に和解しをしたブラントさんである。
その時の戦いぶりを妙に気に入られてしまった俺は、それ以来彼に訓練を見てもらうことが多い。
有り体に言えば、こちらに来てからの師匠のような存在となってくれている。
彼は今日もこうして世間話を交えつつ、俺に稽古をつけてくれていた。
「な、ナナギ流というからには、やはり、ナナギで、盛んな流派、なんでしょうね? でも、ローゼスでも、曲刀を使わないということも、なかったと思いますが」
「ふむ。間違ってはいないが正しくもないな。確かにナナギで盛んなのは当たり前だが、それ以外でも実は使用者は多い。例えば盗賊やらが使っている短刀での剣技等は元を辿ればナナギ流だろう。割となんでもありの流派だからな」
「へ、へぇ、そう、なんですか? 変な、流派、ですね」
「うむ。変な流派というよりは、分類に問題があるといったところだな。こういった区分けも決めた当時の人間が適当に当てたもので、必ずしも現状に即してはいないことも多々ある。
現状やや特殊な武器を使った武術は、全てがナナギ流にカテゴライズされることになっている。
乱暴すぎる区分だが、元々この国は成り立ちからしてローゼスを中心とした、スタンダートな諸刃剣一筋だからな。それ以外の獲物は大体がナナギ発祥の武術なのも確かだ。
最もお前もいっていたように、ローゼスでもそれらの武器を使用することも最近では珍しくない。
手に入った獲物が業物であれば、多少形状が基本と違っていても工夫して使いたくなるものだ」
「そりゃ、そうですね。や、厄介っていうのは、そのバリエーションの豊富さ、からですか?」
「それもあるが、剣技自体も多彩だ。正面から立ち合う場合、実戦で使える技など限られるし、持ち技が多ければいいというものでもないが、今回のようなシチュエーションだとどんな状況にも適する多彩さはそれだけで武器になる。
ローゼスやミラーでは滅多に見ない多刀の使い手も多い。ソラの見た使い手というのもかなり長い長刀を差していたというが、一つの鞘に二本を修めていた可能性もある。
暗器術だって、立派なナナギだ」
なるほど。割と何でもありの個人対個人で真の力を発揮する流派という感じか。
暗殺者が使うのも納得といったところだな。
ところで。
「よく、わかりました。あ、ありがとう、ございました」
「例には及ばん。何でも聞くといい。
……ふむ。そろそろ次の稽古に移るか。喋りながらでもこれだけもつとは、大分馬力がついてきたようだな」
「で、では早速、一つよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「こ、ここまでボロボロになった状態で立ち合いをするのには、どういう意図があるのでしょうか?
別に、文句があるわけでは、ないのですが」
そうなのだ。先ほどからブラントさんと向き合い、互いに一発ごとに渾身の闘気を込めて剣を木剣をぶつけ合い、全ての力を放出しきるといういつもとちょっと毛色の違う練習をさせられていた。
ちょうど今、俺の方は全闘気を使い切ったところであり、更に打ち合う度にブラントさんの剣からくる衝撃のおかげで既に全身が軋んでいる。
こんな状態で帰りに盗賊にでも襲われたら、そいつがどんな雑魚であってもひとたまりもないだろう。急な有事の多い仕事なのにこんなんでいいのか。
一方のブラントさんはまだまだ余裕顔だ。俺も闘気の総量では初めて彼と戦った時よりは遥かに成長している筈なのだが、基礎能力で未だに大きな後れをとっているのが一目瞭然である。
ま、これでも大分マシになったほうなのだが。
この練習法ではある意味で準備運動の段階で全エネルギーを使い切っているわけで、以後の訓練は少々実戦と離れたものになってしまうのは間違いないだろう。
だが、口にした通りそのことについて文句はない。
ブラントさんはその男らしい見た目の通り、仕事のときなどは割とゴリ押しで全てを片づけんとする豪快な性格の御方だが、その一方で剣術に関しては極めて合理的な思考の持ち主でもある。
だから、この訓練にも大いなる意味があるのは間違いないと確信できるが、その意味というのを聞いていいものなら確かめておきたいというのも抑えきれぬ人情である。
「当然の疑問だな。確かに実戦が100%闘気を運用しつつ行われるものである以上、それを行えなくしてからやる訓練は意義が薄い。闘気は使えば使うほど成長するのは確かだが、それならば立ち合いながら使えばいい。我々の職務上完全に使い切ってしまうのには問題もあるしな。
しかしお前の場合、もしかすると無意識で使用してしまう闘気をも抑えて剣を振ることで得られるものがあるかもしれんと思ってな」
「と、言いますと?」
「ふむ。事前にいわない方がいい気がしなくもないが、まあかまわんか。納得がいかなければ訓練にも身が入るまい」
「あ、いや別に理由があるのなら強いては……。ブラントさんの剣術理論は大変信頼しておりますし僕に合っているともおもっていますので……」
これは別におべっかではない、本心だ。中には自分で気づくのが大事なことだってあるだろうしな。
「そう言われると悪い気はしないが、聞いておけ。言われたことでも自分で真偽を図るのが肝要だし、今回は下手を踏めば逆効果になることもあり得る。
要は、お前の剣にある、一種の癖を直せんかと思ってな」
「俺の、癖?」
マジか、そんなんあったのか? 村で教わっていたときには何も指摘されたことがなかったがな。
もしそうなのだとするとそれでもう何年もやってきてしまっているのだし、変な癖がついていたら下手したら致命傷じゃないか?
「癖という表現が果たして正しいかどうか……。
言ってしまうと、お前の剣は振りぬく際ややブレる。素人目にはわからないどころか、指導者でも気にならないという方が多い程度ではあるがな。それでも確実に存在する一方で、個性というには小さすぎる、剣筋のブレだ」
剣筋のブレ。
それは結構大きい癖なんじゃないだろうか。
言われても自覚がないのが更にヤバい気がするが、ブラントさんがいうなら多分本当なんだろう。
剣先がブレるということは、剣の軌道が標的に対し若干遠回りするということであり、同等の剣速をもった相手と同時に斬撃を放ったら相手の方が先に届くということだ。
しかも、遠当てとかで間合いが広がってくると更に影響は更に大きくなると思われる。
「俺がお前に関して最も評価しているのは、ちょこまか動く割に一発一発に腰が乗っており、思い切りもいいところだ。先手必勝で最速最強の一撃を叩き込む、本格派の基礎にして到達理念でもあるな。
後手必殺のミラージュとは若干相性が悪いし、正直なところ対人戦にはそれほど適した派生ではないかもしれんが、そんなものは立ち回りで何とかなるし極めたものが戦場で発揮する力はすさまじい。
アルス様がいい例だな。」
そちらに関しては俺自身も思っていたことではある。アルス様のように、極めたローゼス本格派はとても強い。
俺の性分にもあっているし、本格派という響きもいい、盗賊的に。
「恐らくだが、それを追求していくとすればお前の癖は上に行くほど邪魔になるのではないかと思う。
お前には戦闘能力において、かなり高い資質がある。特に闘気の運用に関しては相当で、単に早熟というだけではなく今後必ずや真に至るものだと感じている。その点では俺などとは比べ物にならん。
一方で剣術そのものというか、立ち回りに関してはそれに比べると一歩下がる。技の冴えや習得状況を見るに秀才なのは間違いないが、現状その域をでるものではないように思う。同等の力を持つもの同士の戦いにおいて最も勝敗を左右する、相手の呼吸を読みその隙間を縫うような、なんというか閃きというほどのものは感じられん。それに関しては俺と同じだ。判断の速さや頭の回転はいいのだがな」
うーん、複雑……。ものすごく評価されてる感じもして嬉し恥ずかしなのだが、同時に肝心のところが足りないとも言われてはな。
閃き、か。何となくわかるような気もするな。
今まで試合をした相手にも闘気や剣の技量は大したことがないのに、妙に「間」がいいというか悪いというか、いざ戦ってみると変なやりにくさをもった相手というのには覚えがある。
ある一面において、基礎能力の差や鍛錬、経験の多寡をも覆しうる異能。
人はそれを天性の閃き、あるいは天才と呼ぶのかもしれない。
「持論だが、そういう者が上を目指すなら無理にそこで張り合おうとせず、合理を追求する方がいいと思う。そのためには、その癖は邪魔だ」
それはそうかもしれんな。俺はその実感も、そこまではっきりとした天才的な仮想敵の実像も持っていないのでピンとこないところもあるが、普通の人間が真に至るのならば合理を突き詰める必要があるというのはあるような気がする。
「それでこの訓練ですか?」
「ああ。無駄な力を使う余裕がなければ、打ち合いの際どうにかして相手を打つためそのうち剣が最短距離を走るようになる……かもしれん。
逆に楽さだけを追求し、自分の骨格にあった癖だらけの剣になるかもしれん。
あるいは、全く意味がないのかもしれん。
正直俺は幼い頃に矯正されてその類の癖に苦しんだことがないので、わからん。
ただ一つ言えるのは、よい斬撃を繰り出せたと思った際、多くの場合は無駄な力は入っていなかったということだな」
「なるほど、そういうものかもしれませんね。ただ自分の性格上、楽な方に流れそうなのが心配ではありますが」
「何、きっとそうでもないさ。それにもしそうなったとしても逆に個性として読みにくくなるかもしれんし、ブレの影響が少なそうな突き技主体にする等すれば大丈夫だ、多分な」
最後の多分は少し怖いな。
それに俺は切技の方が好みなのでできればブレを無くす方向で頑張りたいものだ。
何ていうか、切りの方が手に返ってくる感触とかがいいよね。肉とかを切り裂くときの感触でハァハァできる。
リムルも同じような事を言っていたし、きっと皆そうだ。
「なるほど、よくわかりました。納得して訓練に臨めそうです。早速お願いします」
「うむ。まずは適当に500ほど素振りして剣筋を確かめた後、立ち合いをしよう。
実戦でどんな体勢からでもできるようにならなければ意味がないからな。
お前明日からはしばらく来ないそうだし、今日は力を尽くしてしまってもいいことにしよう」
……今から、この身体の状態で素振り500か……。既に色々重いな……。
その後ブラントさんと立ち合いとかしたら、下手したらかなりやばい負傷をしそうだ。
勿論いつも加減はしてくれるが、それでもきついし、何より今日は闘気の鎧もないからな。
だが俺の癖を直すために色々と考えてやってくれていることだ、仕方ない。
それにブラントさんが言っていたように、今日はしばらくの間の修行納めになるはずだろう。
昨日アルス様にも報告したが、あの女暗殺者・ミツハがどこから騎士団の動向を見張っているかわからない以上、あの女に顔を見られている俺は今後事態が落ち着くまでなるべく関係者近づくのを控えた方がいい。
当のアルス様やブラントさんは構わず来たければ来いとはいうが、そういうわけにもいくまい。
直接会って微妙にビビったからいうわけではないが、あの女を甘く見るのは危険だと感じた。
俺もそこそこ命を張ってこの仕事をしているつもりだが、だからこそ賭けなくてもいい余計なところで命を粗末にするつもりはない。
だからせめて今日までは、持てる全てを使い尽くして、体の芯に何か残るような鍛錬をすることができるように努めよう。
「よし、やるぞ!」
「よろしくお願いします!」
どうか、暗殺者に殺される前にここで死にませんように……。
そう心の中で祈り、俺は手にした木剣を勢いよく振るい始めた。




