19 暗殺者
翌日夜。
俺とクメイトは言われた通り金貨200枚をもって先日と同じ酒場を訪れていた。
この金貨は騎士団が調査費用として出してくれたものだ。
先日の反省を活かし俺はじいさんの残した盗品を使えるもの以外全部金に換えて手元に置いていたので、最悪自腹を切ってでも費用を捻出する気ではいたのだが、アルス様や会計担当は快く資金を預けてくれたのだった。
俺達も信用されたものだ。感無量である。
というかアルス様は仮にも自分を殺すために使われるという費用だというのに、全く懐が深いお方っだなぁ……。少しどうかとも思っちまうぜ!
ちなみに成り行きにもよるが、騎士団の方針としては今回もいつもと同じように盗賊達はしばらく泳がせるつもりでいる。
盗賊団を殲滅するときはなるべく団員が一堂に会した現場で一網打尽にする方が効率が良く、後々面倒も少ないためである。
ま、暗殺者の様子次第では俺がこの場でそいつとグスタキオだけ制圧してしまうことも考えてはいるが。
酒場に入ると、中にいたのはグスタキオと二人の若い盗賊だけだった。
若い二人は昨日見た顔にはなかったので、おそらくはグスタキオのところの下っ端なのだろうと当たりを付ける。
肝心のアサシンというのはまだ姿を見せていないようだった。
「おう、クメ。それに餓鬼。ようやく来たか。ちゃんと金は持ってきたんだろうな」
「持ってきましたよ。ソラ坊、渡してやってくんな」
いきなり金の話か。別に世間話をするような間柄ではないし、できるなら同じ空気を吸いたくないくらいなので別にいいが。
あー、こいつはやくエスカドスの上から消滅してくれないかなー。
そう思いつつもクメイトに促されたので金貨を入れてあった袋ごと渡す。
「おう、どうやらちゃんとありそうだな。見直したぜ、クメ。
それに比べて他の連中ときたら、たかが金貨200くれぇでガタガタいいやがって。今日もってきたのは他に一組だけだ。他は100だけもってきたのが二組って、全くどうなってやがるんだか」
「そいつはどうも。例の人はまだ来てないようですね」
そういってクメイトは左右に目をやる。つられてグスタキオも同じように店内を見まわした。
「確かにまだ時間になってないとはいえ遅ぇな。この俺がもう三十分も待ってやってるってのに。依頼人を待たせるたぁ、冷徹な仕事の鬼だっていうその暗殺者も噂ほどじゃあねぇな」
「そいつは本当に腕は確かなんでしょうね? 他国の噂なんて当てになりませんぜ」
「そいつは間違いねぇ。いつだったか部下を使いに送ったとき、ついでに試しにけしかけてみたトロメやエルマを一瞬でミンチにしちまったらしいからな。その時睨まれってえ部下共は小便ちびりながら帰ってきやがったぜ。そいつらも決してよええわけじゃないんだがな」
このグスタキオとかいうゴミ屑カス野郎の実力はどうなんだろうな?
どうやらでかい強盗団のボスだけあって闘気はそこそこあるようだが。
多分普通に戦えば楽勝だとは思うが、こいつ相手には死んでも不覚をとりたくないし油断はしない方がいいな。
「トロメとエルマを? あいつら、最近みないと思ったら死んじまったのか……?」
「まあ仕方ねぇ。騎士に捕まって拷問でもされねぇだけマシだと思っとけよ」
自分でけしかけておいてその言い草かよ。
こんなのにくっついてる奴って本当に何なんだ。強盗するにしてももう少しマシな頭はいるだろうに。
「しかし本当に遅ぇな。もう約束の19時だぜ」
胸糞悪い話を聞かされたこちらの内心を気にした素振りもなく、そうグスタキオがやたらと神経質に時間を気にした苛立ちを再び漏らした、そのとき。
「……もう来ている。少し待たせたようだな。私は指定された時間通りに来ただけなので、それに関して文句を言われる筋合いはないが」
「「「!?」」」
思いもよらず、俺とクメイトの後方から返しの言葉が発せられた。
咄嗟に振り向き声がした辺りを見やると、いつの間にか入口に近い部屋の隅に、一つの人影が出現していた。
!? マジか、いつの間に……!?
そんなに注意していたわけではないが、全く気配を感じなかったぞ!?
俺達が入った後確かに扉は閉めておいたはずだが、あのやけにギイギイやかましい扉が開く音もなかった。
「お前達と余計なお喋りをする気はない。早速商談に入らせてもらおう。……誰を殺せばいい?」
全く悟ることができずにこの至近距離まで近寄られたという事実に、殺気を向けられたわけでもないというのに鳥肌が立つような感覚を覚える。
それだけで早くも凄腕の暗殺者だということの片鱗を感じさせる現れ方に戸惑う俺やグスタキオを置き去りに、その人物はいきなり本題に入った。
前置きというものを全て吹き飛ばした、単刀直入にすぎるその台詞。
間違いなく目の前にいる人物から発せられたその言葉は、俺にとってのこの人物の印象を怜悧かつ実直なものにすると共に、ある一つの意外な事実も提示していた。
「……女、だと? 使いにだした連中からもそんな報告は受けてねぇが……まあいい、奴らも動転してたからな。それで、お前がミンガラムの騎士団長も殺したことがあるって暗殺者で間違いねぇな?」
そう、この場に現れた暗殺者だという人物は、女性だった。
スラリとした長身に長い手足。頭の後ろで一つに束ねられてた髪は、腰に届くかというまでに長く延ばされている。
それらと合わせ露出の少ない服装は体にフィットしていることもあり、やけに細身なように感じられる。
鼻の頭から口元を布で隠しているためそれだけではそうと言い切れないが、発せられた声も間違いなく女のそれだった。
これまで見てきた暗殺者が皆男であったため固定観念があったが、考えてみれば熟練者同士では男女の筋力差を超えて闘気量がモノをいう以上、別に女性がこういった仕事をしているのは別に不思議なことではないのかもしれない。
女が稼ぐとなると最初に浮かぶのは水商売ではあるが、リッシュ然り、むしろ暗殺となると女性の方がこんな仕事にも向いているような気もしなくもない。
多分アルス様にその手は通じないと思うが。
女性はその背に、長くて細い、やや反りを帯びた剣を背負っている。
1.5メートル近いであろうその長剣は、いくらこの女が長身であるにしても若干アンバランスな印象を拭えない。
あの長さの獲物だと不意をついての攻撃は難しく、パッと見暗殺に適しているようにも思えないのだが……。
おそらくは意図的にこちらに隠しているのだろう、女の纏っている闘気はよくわからない。
先程店に入ってきても全く気付けなかったことから、何らかの特殊な闘気の運用を行っている可能性もある。
だが、そんなことができる時点でこの女の実力は俺の比ではないのだろう。
気付くことさえできずに背後にあれだけ寄せられた時点で勝負にさえならないと思うべきだ。
己惚れるわけではないが、騎士団の長を暗殺したという話も与太ではないと思っていいのではないだろうか。
これは、この場で俺が制圧するという線は端から捨てていった方がよさそうだ。
察せられる実力差と女の醸すどことなく近寄りがたい雰囲気に気圧されつつ、とりあえずはこの場のやり取りを見守ることにする。
質問に質問を返したグスタキオに、女は溜息をつきつつ応じていた。
「語らずともそういったつもりだったが……。まあいい、その通りだ。で、ターゲットは? 一応言っておくが、あのクラスを殺るつもりなら1500だ」
「フン、せっかちなこったな。だがな、お前の国ではどうだったか知らねぇが、俺達は相手の名前も知らずに一緒に商売するなんてこたぁできねぇんだよ! 増してや俺は今回お前の雇い主だぞ? そっちから名乗るのが当然の礼儀だろうが!」
まあ普通なら言ってることは間違ってはいないけどな。お前が礼儀を語るのはないわー、ないわー。
ただ流石は巨大な盗賊団のボスというか、度胸だけは大したものだ。
目を向けられてもいない俺が若干ビビっているのを鑑みれば、正面からこの女の射抜くような視線を真っ向から受け止めて主張を返すその胆力は素直に俺に勝っていると認めざるを得まい。
ま、ただ鈍いだけかもしれんがな。
金は前金だけとはいえ既にここにあるんだし、この女がその気になったら全員殺されてもおかしくないと思うんだが、そこのところコイツわかってんのかな。
それは流石に心配しすぎかもしれんが、いつもお前らがやってることと変わらんのだぞ。
その言葉に女性はまた溜息をつくと、本当に面倒くさそうに、
「ここで私が偽りかもしれない名前を語ることに意味があるのか? 仕事が済めばもう関わることはないというのに」
と返した。
こいつもこいつでそう思うなら適当に偽名を名乗ってしまえばいいのにとは思う。まあグスタキオと名前の交換などしたくないというなら分かるが。
「礼儀の話だってんだよ!」
「……ミツハだ。好きに呼べ」
「ミツハか。俺はグスタキオ。わかるだろうがグスタキオ盗賊団のボスだ、よろしくな」
溜息、早くも三度目。癖なのだろうか。
傍からみてもお世辞にもよいとはいえない、露骨に鬱陶しそうな態度を取られているというのに、グスタキオは望通り名前を聞きだしたことにご満悦の様子だ。
幸せな頭してるな。てめぇの頭はハッピーセットかよ。
「いい加減、そろそろ本題に入ってくれないか? 誰を、いつまでに殺せばいい?」
「おう、そうだな。……騎士団の、とある団長をやってもらいてぇ。お前さんならお手のもんだろ?」
その明らかに勿体ぶったような言い方に、更に溜息が重ねられたのが聞こえる。すごいハイペースだが、いい加減俺もウザくなってきたので気持ちはわかる。
彼女はもう口も開けず細められた目からの視線と顎で先を促す。
「そのやってもらいてぇ団長ってのは警備騎士団の、アルスだ。大物だぜ」
ようやく出された標的の名前に、ミツハの細められていた目が、今度は違った理由により更に細められる。
少しだけ間を置いたのち、彼女からつぶやくような声が漏れた。
「英雄、アルス=ルイン=フェニックスを暗殺……、か?」
どうやら知っているらしい。
口布のせいで表情はよくわからないが、迷っているようにも見える。
当然だろう。戦闘時は勿論のこと、平常状態であっても一度でも彼の闘気を感じたことがある奴なら好んでアルス様と闘いたいと思う奴がいるわけがない。
ミツハの隠している実力は未知だが、俺にはどうやってもアルス様より上だとは思えない。というか彼より上を想像できない。
それってもう人間のレベルじゃないよね。
さらに少しの間を置いたのち、ミツハの唇から、今度ははっきりとした大きさで言葉が紡がれた。
「奴が対象なのであれば4000、半額は前金でもらおう。それに、期間に関してもはっきりと保障はできない」
何と、やれる気らしい。いや、とんでもない額を言って自分を落とさず諦めさせようとしているということもあるか?
あ、読めたぞ! 期間を区切らず前金だけもらっておいて、もし何かの間違いで標的が死んだときに私の毒が効いた!、ってのをやる気だな!
「4000だと!? てめぇ、調子にのってふっかけてるんじゃねぇぞ? ミンガラムの団長でも1500って話だったじゃねぇか! 倍以上ってのは一体どういうことだ!」
「アレはレベルが違う。気に入らないなら他を当たれ」
「それにしたってぼりすぎだってんだよ!出せても2500だ!」
「二度言う気はない。どうしても2500でやろうというのなら、それで雇える別のアサシンを使えばいい。もっとも2500は愚か4000でも私以外にそんなことができる者も、やろうとする者もいるとは思わんがな」
容赦なく突き放すようなその言い方にグスタキオはギリギリと歯噛みをしつつ尚も食い下がる。
「足元みやがって……! 畜生が! ……3000までは出してやる!」
それを聞き、ミツハは通算五度目の溜息をつきつつ、尚も冷たく言い放った。
「話はそれで終わりか? なら私は失礼させてもらう。縁がなかったな、グスタキオさん?」
そして、迷うことなく出口へと歩き始める。慌ててその背中へグスタキオが声を掛けた。
「ま、待て。わかった、4000出す。出してやろうじゃあねぇか」
結果として希望通りの金額をこうもあっさりと引き出したのだから、大した交渉術かもしれないな。
逃げようとしたのならアテが外れたのかもしれんが。まさか本当にポンと4000出てくるとは思っていなかったんじゃないか?
「ちっ、畜生が……! だが、前金は1000までだ! できるかどうかもわからねぇ逃げ腰の暗殺者に2000は渡しておけねぇ! それに期間も三月に制限させてもらう。もしそれが過ぎたら3500、半年を超えるようなら3000だ。自分の腕が4000でも安いってんなら三月もあれば十分だろうがよ、あ?」
その言葉にミツハは不快気に眉を寄せるが、すぐに
「いいだろう。では前金を貰おうか」
と返答した。
断る気なら今のに注文をつけて断ることもできたはず。ということは本当に自信があるのか。
それともまさか、本当に俺達この場で殺されたりしないだろうな……?
「おい、渡してやれ。……さっさと確認しな!」
「……本物のようだな。確かに前金として1000受け取った。残りは完了後に。進展があったときに連絡をつけられるようにはしておいてもらおう。……三月以内、だったな」
杞憂だったか。
ふう、いつも思うけど人間の強さってバランス悪いよな……。
しかしアルス様の実力を知っている素振りなのに引き受けるとは、この女……。
何なの? もしかして、マゾなの?
「おい、宿のアテはあるのか? 俺達のところにくれば用意してやるぜ? それにサポートしてやるなら一緒にいたほうがいいさろうが。それに、それだけべらぼうな額を払おってやろうってんだ、少しは俺達にサービスしてもバチはあたらねぇんじゃねえのか?」
「補助は必要ないし、契約外の事までする義理もない。……連絡は、ここにつければいいか?」
「フン! 逃げるつもりじゃあねぇだろうな……。そうなったら承知しねぇぞ。てめぇがいくら強かろうが、一人相手ならいくらでも遣り様はあるんだからな。
だがまあいい、わかった。コトが済むまではここに人を置いておくようにする」
「ああ。ではまた完了後に」
ちっ、そうじゃないかとは思っていたがやはり単独行動か。
入ってきたときの様子を見るに、正直俺やクメイトにこの女を尾行するのは難しい。
既に昨日の尾行で居所もある程度割れているグスタキオと一緒にいてくれるようなら非常にありがたかったんだがな。
こうなると、俺がここに来た理由の方に期待するしかないか。せめて俺の方でこの女に連絡をつけられるようにしておきたい。
ほら、ボケっとしてないでさっさと俺を売り込めよこのゴミ屑野郎が。
「もう一つだ。そこの餓鬼はアルスや騎士連中にも顔が割れてねぇ。餓鬼が相手ならあの悪魔も多少は油断するはずだ。使えるならつかってみたらどうだ? 腕の方もそこそこは使えるみてぇだしな」
その言葉にミツハの目が、おそらくは初めて俺を捕えた。
その目は今までより少しだけ大きく見開かれているような気がした。
思わず、といった風に本当に小さな声が漏れる。
「こんな子供が……」
その声が聞こえたのは、多分俺だけだっただろう。
その言葉の調子は、俺の中で冷酷な暗殺者を形作っていたミツハのイメージを少しだけ変えた。
「確かに歳の割には使えるようだが、やはり必要ない。そんなものが通じる相手なら、4000も出す価値はないだろう」
最後に、今度は全員に聞こえるようにそう言って、彼女はさっさと店を出ていった。
断られたら自分でも食い下がろうと思っていたのだが、直前の呟きで少し毒気を抜かれていたこともあって見送るだけになってしまった。
だがあの様子だと取り入る余地もなさそうではある。
つけるだけつけてみようかとも思ったが、やはりリスキーなだけだ。
究極、ミツハの対処はアルス様か騎士団の上位に任せるしかない。俺レベルがあのクラスを相手に下手に動くのは却ってアルス様達の足を引っ張ることになりかねない。
ただでさえ日頃から危険な橋を渡っているというのだ。できる範囲では命を大切にしよう。
「けっ、愛想のねぇ奴だ。折角のいい女だってのに勿体ねぇ。
だが、ああまで言ったんだ、すぐにやってのけるだろうさ。
騎士団の連中が吠え面かくのが今から楽しみだぜ。精々それまではゆっくりさせてもらうか」
女が去った後、グスタキオはそうボヤくと店にあった酒を勝手に飲み始めた。
もう台詞から何から生理的に受け付けないので、さっさとこの男だけでも捕えてしまいたいのは山々だがアルス様が泳がせる気でいる以上今は手を出すわけにはいかない。
折角依頼したのなら、連中がまた本格的に動き出すのは結果がでてからになりそうだししばらくはお預けか。
だからといってアジトを見張って人の流れを確かめたりする必要があるから、こっちはゆっくりしているわけにもいかないが。
それに俺に全く感知できないあの女がアルスを狙ってくるとしたら、今後は今までにも増して俺は騎士団関係者に近づくのに気を遣わなくてはならないだろう。
さっきまではアルス様なら全く心配いらないと思っていたが、あのミツハという女の態度をみるとやはり少しは心配になる。
明日でいいと思っていたが、今日なるべく早く騎士団の耳に情報を伝えておこう。




