1 足跡/道標
-----ZC1379年 首都ザフィアス-----
――漆黒の闇を背景に、俺は一人の倒すべき敵と向かい合う。
対するはつい先程に俺を圧倒し、半ば死の内まで追いやった女暗殺者。
俺如きに小細工はいらぬということか、いつかとは違い、彼女は俺の目の前に堂々とその姿を晒している。
この敵を前に、元より他に選択の余地などない。
俺は躊躇うことなく、その剣を引き抜いた。
瞬間。
「……!? 何だ……?」
零れだしたのは、夜の闇をも切り裂き一面を照らす銀の光。
それはまるで、俺を救った少女の髪のように輝いて。
「何らかの、魔剣……? いや、これは……まさか!?」
驚きは、暗殺者のものだけだ。
その時この身を包んだのは、これまで感じたことがない圧倒的な万能感。
ある貴族の探索による発見から18年の空白の後。
奇跡のような偶然を経て、今この時、在り得ざる『第六の聖剣』がこの王都に顕現した。
構えを取る。
それを見た眼前の敵も、わずかにみせた動揺を即座に打消し、呼応するかのように手にした剣先を上げた。
最早互いに交わす会話などない。発するべき言葉があるというのなら、それはきっと一つだけだ。
誇りを賭けて戦う時、騎士は名乗りを上げるものらしい。ならば俺も今回は、偉大な先人達に倣うとしよう。
「ザフィアス王国第五騎士団、盗賊騎士ソラ=シド」
告げたのは何ともチグハグな称号。本来相容れぬ、それでいて俺を現すのにはこれ以外ない変な字名だ。
返す名乗りは期待しない。敵は本来、闇に紛れる暗殺者だ。戦いの前に名乗る流儀などありはしまい。
間もなく落とされるであろう戦いの火蓋。それを前に、刹那だけつまらないことを考えた。
この戦いは、いつから決まっていたのだろう。
一年前、俺が無謀にも密偵を引き受けたときからか、それともつい先日目の前の女と不思議な邂逅を果たしたときか。
否、思うにそれは更に前。
三年前、俺が己の生い立ちと、この剣を巡る物語を知った、なんということはないあの日から――
-----ZC1376年 辺境の村アダン-----
「おいソラ、少し話がある。ちょっと聞け」
ある日の昼下がり。
おれとじいさんで家庭菜園に毛が生えた程度の規模で行っている畑仕事の、その日にやる作業が終了した後。暇になったので、日課であり趣味でもある剣の稽古でもするか、と考えていた時祖父が唐突に話しかけてきた。
「あ? なんだよじいさん、藪から棒に」
両親を早くに亡くしてしまったという俺を一人でここまで育ててくれたじいさんは、確か既に80近い歳になる筈だ。にもかかわらず、じいさんは大した病気もせずにこの村でのともすれば単調になりがちな田舎暮らしを、毎日俺以上に精力的に過ごしている。
そのおかげなのか、じいさんの肉体は80歳とは思えないほど引き締まったものだ。
「いいから聞け。俺も多分長いことねぇからいまのうちに言っとかねぇとな。ウチのこととお前の将来についての話だ」
「ウチの話……?」
そんな恵まれた身体でありながらいきなり長くないとか言い出したじいさんのことを、何言ってんだ遂にボケたかコイツ、と思いながらも曖昧に切り出された主題を鸚鵡返しにする一方で、同時に俺はついにこの日がきたのかという思いも抱いていた。
俺は物心ついたころから、もしかしたらいつかそんな話をされる日がくるかもしれない、という予想をずっと抱えてきたのである。
即ち、我が家の生い立ちは他とちょっとばかし違うのではないか?、と。
そんな現実味もない思いを抱いたのは、自分は特別な人間であるという思春期の子供特有のありがちな妄想とはまた別に、時折そんな風に思えてしまうような実感があったためである。
まず、妙に暮らしぶりが良い。両親はおらず祖父も適当に土をいじっているだけにもかかわらず、食うに困るようなことはないどころか、少額ながら近所に金まで貸している。
また、倉庫の奥には隠し部屋のようなものがあり、こっそりと覗き見ると高そうな剣や防具が埃をかぶっている。
ついでに、じいさんの言葉遣いは村の他の大人達とちょっと違うし、高齢にもかかわらず無駄に強い。
極め付けとして、俺も小さい頃から農家をやっていくには明らかに不要な類の鍛錬をやらされている。
これだけあれば、俺が幼心に自分のルーツにある種の希望をもつのも無理なからんことだろう。
俺は内心を期待でいっぱいにしつつ、居住まいを正した。
「実を言うとお前が生まれる少し前までウチは王都を拠点にして先祖代々おツトメをしていた。
そう、それはもう由緒正しい……、」
「おお……!」
じいさんの話の出だしは、正に俺が期待していた通りのものだった。
ま、まさか本当に……?
そこで更に膨らんでいた俺の期待は、次の一言で早くも萎む、というか明後日の方向に向けられることとなる。
「盗賊の家系だ」
…………、……は?
「と、盗賊?」
えーと、その、騎士とか貴族とかじゃなくて?
「おう。それも最近流行の邪道な盗賊じゃねぇぞ。本格派も本格派、弱きを助け強きを挫く、盗賊の中の盗賊だ。いいか、そもそも本物の盗賊ってのはだな……」
そんなこと聞いてもいないのに嬉々として盗賊の美学とやらについて語り始めるじいさん。
金の余った金持ちからしか盗らず決して人を傷つけぬという本物の盗賊大原則から始まり、
自分の現役時代のお盗が如何に芸術的だったかという武勇伝、
そんなワザを目の当たりにしたら寧ろ少々の金は払うのが当然だという勝手極まりない盗賊弁護、
挙句の果てには見境なく押し入り強盗も辞さないスタイルの流行に対する最近の若い者はけしからん論にまで次々進んでゆく。
……要するに言っているのは単なるコソ泥の正当化であり、どう考えてもよそ様には迷惑極まりないクズ野郎以外の何物でもないのだが、仁義に満ちた盗賊話の妙な説得力と語りの上手さでうっかり騙されそうになる。
正に盗人にも三分の理、正直ちょっとカッコイイと思ってしまった。
それはさておき、
「まあそんな盗賊話は後でもそっと聞くとして。それで何? 俺の将来についてってのは、俺にも跡継いで盗賊やれってこと?」
くそう。どおりで、剣術なんかはともかく、気になるあの子を密にストーキングして風呂を覗く訓練とか、ちょっと騎士になるための鍛錬にしてはおかしいと思ってたんだ……。
「ん? ああ忘れてた。そういうわけでもないんだが……、そうだな。その話の前にひとつ、俺とドレファの最後のお盗について話さんとな。いやまあ、あれは厳密にいえばお盗ってわけじゃないんだが」
ドレファ。やっぱりというか親父もやってたんだな。でも泥棒の話じゃないのか?
「あれは、お前が生まれる3年くらい前のことだから…もう15年も前か。雨の日だったな。
あの時俺たちは一仕事済ませた後で、ほとぼりが冷めるのを待つついでにカモフラージュでやってた店のためにサザランズまで買い出しにいったんだ。
サザランズってのはザフィアスから大分北東にいったとこの町な。あそこは余所のものが入ってくるから結構珍しいものがあるんだ」
じいさんは遠い目をしながらその最後の盗とやらについて語りだす。まあ少しは気になる話だ。もしも騎士の武勇伝とかだったらもっと素直に期待して聞けたんだけどな……。
しかしカモフラージュとはいえそんな遠出して仕入れするような商売もやってたのか。昔から馬力あるな。もうそれで食っていけよ……無理に悪いことすんなよ……。
「その帰りの道中でな、夜に差し掛かってそろそろ野営でもすっかってな時に、遠くの森の中で物音と光がするのを見つけたんだ。
街道からかなり離れてたから、仕事柄そこらの奴より遥かに夜目が聞いて耳がいい俺たちじゃなきゃ気づかなかっただろう。元々あの辺は全然人通りもないしな」
俺も基本的に鍛錬は全部夜中にしてるおかげか夜間視力と聴力はかなりいい。わざわざ夜にやるのは秘密の特訓だからと思ってたが盗みのために夜目を鍛える意味もあったんだな。
「聞こえてくる音は戦闘音っぽかったから、俺たちは気になって近くまで様子を見に行くことにした。
あたりについた時には音はもう止んでたが、そのかわり目で森の中に馬車の荷台が何台か止まってるのがわかった。
そもそもそんな森の中に馬車がいること自体おかしいんだが、近づいてよくみると更に様子が尋常じゃなかった。車はボロボロのくせに荷物はパンパン、周りには前の戦闘のせいだろうが魔獣と人の死体が転がってるときた。
馬車に乗ってた主人らしいやつの他、何人かには息があったがそいつらも全員が疲労困憊、息も絶え絶えって様子だった」
おい……確か最後の仕事の話だろ、コレ。ってことはだ、
「おいおい、まさかそいつらに止めさしたり見殺しにして荷物盗んだって話じゃないだろうな!?」
「バカ、おまえ俺らをなんだと思ってんだ! ちゃんとさっきの話聞いてたか? 俺らは盗賊とはいえアレだ、半分以上義賊みたいなもんだ。そんな殺生なことするわけないだろ!
ちゃんとそこで生きてる中で一番偉そうなやつを見つけていってやったんだよ。「盗賊だ。荷物を全部よこして助かるか、ここで全員野垂れ死ぬか選べ」 ってな!」
う、うわぁ……。
「結局完全に脅迫、強盗じゃねぇか! 本物の盗賊の美学とやらはどうした?」
「後になって振り返れば、確かに思うところはある。
だがそもそも俺たちがそんな辺鄙なところにいるのを見つけなきゃ、そいつらはまず死んでたってのも確かだ。
元々命を含めて全部失ってたってことを考えればそんなにおかしいことでもないだろ」
うーんまあ確かにそう言えないことも……。
何というか微妙に筋が通る分逆に質が悪いな。
だが、じいさんはこの人にしては珍しく難しい顔をしている。思うところがあるというのは確かのようだ。
「それで、どうだって?」
何ともこれ以上コメントしにくいので、とりあえず先を促すことにする。
「そいつは、ちょっとは迷ったようだが、今言ったみたいに考えたんだろうな。死にそうなのになかなか冷静なやつだ。
すぐに、それでいいから家族を、部下を助けてください、っていったよ」
「ほう、立派な人だな。それでちゃんと助けたのか」
「まあ、立派かどうかは知らんが筋は通った奴だったな、あいつは。
俺らもそう言ったからにはちゃんと助けたよ。魔術まで使って手当したり、飯と水とってきて食わせたりな。最後には人も呼んでやった。
こっちは連中が動けるようになる前には荷馬車ごとトンズラしなけりゃならんから難儀はしたが、我ながら大した手際だった」
稼業を知った後だと誠に似合わんことこの上ないが、ウチの家系は結構希少な聖属性魔術の適正がある。救護の手際よさといい、その方向につき進んでくれていればという思いを禁じ得ない。
「その場はそれで終わった。その一件が済んだあとは、しばらくはそんなことがあったことも忘れて隠し宿に荷物を隠してチビリチビリとモノを盗人市に流しつつ、優雅に暮らしてたんだ。
だがそこで盗んだ物一個一個にとんでもねぇ値段がついてたこともあって、ある日ふとその助けた連中のことが気になってな」
「助けたといえるかは知らんが、まぁ気にはなるよな。調べたのか?」
「調べた、といえるほどのことは必要がなかったがな。
ちょいとその辺で近い日付の貴族様向けの新聞をあさったら、デカデカとそいつに関する記事が出てたからな。
王国始まって以来の大法螺吹きってよ」
「法螺吹き……?」
ていうか新聞にデカデカと載るって……。よくそんな大きな事件にかかわってバレなかったものだ。擁護するわけではないが確かに大した手際だ。
「なんでも連中は結構な力を持った貴族とそいつの働きかけで集められた騎士で、北にある古代文明の未攻略遺跡の探索にいってたらしい。
俺達が見たのはその探索の帰路もようやく終盤ってときに、物資も余力も尽きちまったところってとこだな。
その記事に書いてあったのはようするにこうだ。
そいつらはできもしない探索計画をぶち上げて無駄に王国の戦力を損なった。
挙句、その失敗を認めずに攻略は成功したが帰り道で盗賊に襲われて証拠品はすべて紛失した、とかいうつまらねぇ嘘をのたまう王国貴族の面汚しだ。そんなやつは財産没収の上で貴族の座を追われてしかるべき、ってな」
……。
「それを見て、俺達だけにはわかった。その攻略は確かに成功してたんだ。なにせ、連中の荷の中には『聖剣』が含まれてたんだからな。
もっとも当時の俺たちはそれと知らず、えらく豪華で切れ味がいい剣だなとしか思ってなかったが」
「聖剣!? 聖剣ってあの聖剣か? 世界に片手で数えられるくらいしかないっていう……?」
俺の言葉に頷くじいさん。マジか……。
俺達が暮らしている今よりも、遥かに人にとって過酷な世界であったという古代のエスカドス。
そこに人間か安定して暮らせる居住地を築くことができたのには、古代文明が残した遺産が果たした役割が大きいという。
その中でも聖剣はそこに秘められた絶大な力をもって、強大な力を持つ魔族達の支配から進むべき道を文字通り切り開いてきたのだとか。
「事件に居合わせた当時はまさかそこまで大事とは思ってなかったが、その記事を見て俺たちは流石に居たたまれなくなった。
おそらくあのままじゃ最後まで帰りつけなかっただろうとはいえ、危険を顧みずに遺跡とそこに至るまでの過酷な道中を攻略し、そこで見つけた遺産を文字通り死ぬ気で国まで持ち帰った。
その成果は絶大で、本来なら英雄として評されてもおかしくないところだったのが一転、法螺吹き扱いされた上に無一文で一族国を追放されるハメになっちまったとあってはな。
なんていうか、キツいだろ? あっちもこっちも」
情けない顔で俺に同意を促すじいさん。それはまあ、なんというか……。
「本当に、なんていうか、キツいな……。」
「俺たちはその貴族が追放された田舎っていうのを手を尽くして探した。例の剣を含めて荷の多くはまだ手元残ってたからな。それを返して旅の成果を証明させてやれば、それからでも評価はがらりと変わると思ったんだ」
……これを、いいところがあると思ってしまうのは俺の身びいきなのだろうか。
その貴族が汚名を受けたのは間違いなくじいさんと親父のせいだが、彼らの命を助けたのもまた事実だという。
その上で一部とはいえ盗品を返そうというのであれば、それはあるいは……。
しかし、そうは言っても、
「見つかったのか?」
返す相手が既にいなければどうしようもない。あまり考えたくはないが、人によっては既に自殺してしまっていたとしてもおかしくないのではないか。
「何とか見つけたよ。だが、物は受け取ってはもらえなかった」
「え……」
何だ、そういう話ではないのか。
それはよかったが、受け取ってもらえないとは如何に。
「奴がいうには、証拠能力としては聖剣と同等か、それ以上である古文書は身に着けていたから残っていたんだと。それを見せていた上でああいうことになったんだから、それはもう俺達がどうこうとかじゃなく他人を追い落とすことしか考えてない貴族連中の性根の問題だから、と。
それにその荷物は双方合意の上で契約した、救護の正当な報酬だからあなたたちが負い目を感じることは何一つないんだ、ってな」
「いや、そうはいってもそれは……」
「ああ、俺達もそういった。
実際物的証拠が多ければ他の貴族とやらの小細工もなかったろうし、合意の契約つっても弱みにつけこんで足元見まくった不合理極まりないもんだったからな。
でも、何といっても奴と、その娘は俺達から物を受け取らなかった。色々なしがらみから解放されたこんな田舎暮らしも悪くない、とかいいながらな」
……。
「……それで? その後は?」
「それで終わりだ。その後は、せめてそいつらが飢えて死んじまうようなことがねえように俺達もお盗を廃業してその田舎ってやつ移り住んだ。
それが、ここだ。
不思議と、仲良く暮らしたよ。そいつらと、ドレファが悪質な流行り病でコロッと逝っちまうまでずっとな」
「……そうか」
俺の両親は両方とも流行り病で死んでしまったと聞いているが、つまり、そういうことなのだろうか。
そこで、さて、といってじいさんは話題を切り替える。前置きだった筈の話は、これで終わりだ。
「前置きが長くなったな。
今の話が関係あるんだかないんだかだが、ここからはお前の将来の話だ。別にお前がなにをして生きていこうと勝手だが、お前にはちょいと特殊な選択肢が三つ、いや四つある。それを言っておかねえとな。
まず一つ目は、俺達の昔の稼業を継いで盗賊になること。お前のことは、昔の仲間を通じて折に触れて盗人集に伝えてある。連中は意外と同業に対しては面倒見がいいから、頼めば世話をしてくれるだろう。ただし、もしやるなら本格派の、本物の盗賊になれよ。それは約束しろ」
「正直あんまりなりたくはないけど、わかったよ。その時は約束する」
「よし。まあ俺も今となっちゃああんまり盗賊は進めねぇよ。
次二つ目、南の、ギルド連合にいってなんかのギルドに入ること。こいつが俺のお勧めだな」
「ギルド連合……?」
聞いたことはあるが詳しくは知らないな。確か比較的新興の勢力だったと記憶しているが……。
「ギルド連合ってのは割と最近、年々下々への締め付けが強くなる国の支配を嫌ってそこを飛び出した連中が、それぞれ仲間内でグループを作りながら集まったとこだ。
当時話を聞いたときは考えなしの馬鹿の集まりにしか見えなかったもんだが、どうも中にはとんでもねぇ腕利きが何人もいるらしい。えらい勢いで南の地域を開発しつつ勢力圏を広げてったんだ。
そういう体裁はとってないが、今では一つの国と考えていいくらいの規模になってるって話だ」
「へぇ、国に頼らずに自分たちだけで居場所を開拓したのか? そりゃすげえなぁ」
「まあ例によって年が進むにつれだんだんと保守化してるきてるようではあるが、それでもまだ一番、なんつうか冒険ってものがあるんじゃあねぇかな。
単に冒険者だけでなくいろんな職人も重宝されてるみてぇだし、もし今俺が選ぶとしたらここだな。来る者拒まずらしいが、この辺では知られてねぇから一応な」
ふむ、ギルドか。確かにおもしろそうではある。
「三つ目は、まだ残ってる例の遺産を売りながらどっかで遊んで暮らすことだ。何せ一個一個が相当な額になるからな。お前と、お前が作る家族が一生暮らしてける分くらいはあるんじゃねえか」
「あー、まぁそれも悪くはないとは思うけど、ないかな。四つ目は?」
「ああ、お前ならそうだろうな。最後の四つ目は……アレだアレ、……騎士って奴だ」
……!
「昔は騎士なんてのは一部の家柄しかなれなかったんだがな。どうも最近は国同士の小競り合いも増えるわ、俺達より余程質の悪い輩も増えて治安が悪化するわで、手がたりないってんで門戸を開いてるらしい。最も平民出はちょっと扱いが違うそうだから、出世できるかどうかはまた別だが、お前でも騎士になること自体は不可能じゃないらしい」
……そうか。
別に盗賊を継がせるときのための訓練であるのならば、態々金を払って学ぶような剣術の鍛錬などは必要あるまい。
つまりじいさんは本心から将来を好きに選べといっており、俺が小さい頃から漠然と騎士に憧れていたことも知っていたんだな。
確かにそれと言ったことはなかった筈だが。
「元々がそれ用でないとはいえ、お前は俺と小さい頃から体を動かす訓練を続けてる。剣の稽古をつけてくれる先生の話ではかなりそっちの才能もあるらしい。
それ以上にお前の、戦う上で最も大事な闘気を扱うセンスは盗賊だてらにちょいと鳴らした俺からみても相当なもんだ。お前くらいの歳でそれだけできる奴は騎士家系の貴族にもそうはいないハズだ。
おまけに、気安く人には見せられないしそもそも起動できないとはいえ、ウチには例の聖剣がまだ倉庫に転がってる。
うまくやればもしかしたら、騎士でもそこそこまでいけるのかもしれん」
「じいさん」
聖剣ってもしかしてあの倉庫にぶんなげられてた剣のことなんじゃないだろうな。確かに豪華な剣だった記憶があるが……仮にも思いでの詰まった伝説の剣にどんな扱いしてんだ。
「ま、最初にも言ったが、何にせよ、お前の人生、何をやって生きていこうがお前の勝手だ。今言ったのと全然関係ねぇ方向に進んだとしてもちっともかまいやしねぇ。ただ、そうだな。できれば人様に迷惑をかけるような仕事じゃあなくて、誰かのためになるような仕事を選ぶのがいいんじゃあねえかな!」
笑いながらそう締めくくるじいさんに、俺もお前がいうなよ、と返しつつ笑うことにした。
20150606 導入部を改定