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七話

「おい」


楽しい朝食時に、乱入してきたものがヒトツ。

幾日かぶりにみる東の神は、最後に見かけたときよりもさらに怖い表情で、さらには息ができなくなりそうなほどの圧力を撒き散らしながら登場した。


「死にますよ」


箸を置きながらの西の冷静な一言で、東の神の圧力がやや弱まる。

すかさず、二人は食事を再開する。なんとなく現実逃避したかったのかもしれない。決して目の前の、安売りではない鯵の干物にひかれていたからではない。

人間、どんな状況でも慣れてしまえばこんなものだ、きっと。


「どうしてなおのところに行かない」

「行けばいいじゃないですか、あなたが」

「どうしてオレが?」

「ここまでわざわざ来るんだったら、自分で行けばいいじゃないか」

「だから、どうしてオレ様が!」

「今頃なおさん、どうしているんだろう。もう指の何本かは食べられちゃったかなぁ」


世間話というには、あまりに不適切な内容に、亜衣が箸でつまんでいた漬物を机の上に落とす。

東堂のほうも、ごはんをかきこんでいた手を止める。


「おまえ!なおのこと好きじゃなかったのか!」

「好きですよ、もちろん」

「だったら」

「どうせボクが行ったところでなおさんは帰ってきませんし、帰ってきたところで問題が解決するわけじゃありませんし」


チラリ、と西の神から視線を向けられ、亜衣は右手に箸を持ったまま、さらに固まる。


「久し振りなんだから味見ぐらいいいじゃねーか」

「したらどうなるかわかってて言ってるんですか?どうなるか」

「味見した後どうなろうとしったこっちゃねーし」

「そういうところが、あなたはだめなんですよ」

「やかましい、いい子ぶったって、おまえだってなおのことが欲しいんじゃねーか」

「欲しいですよ、もちろん。足がなかろうが手がなかろうが、いざとなったらボクが貰い受けますから、いくつもりがないのならはっきり言ってください」

「べ、べつに、行くつもりがないって言ってるわけじゃあ」


金縛りになったような手足を必死で動かしながら、亜衣は東堂の方へと近寄る。

二人してやや後退しながら、東西の神の会話を見守る。


「じゃあ、諦めるんですね?彼女のことは」


再び神々の視線を集めることとなった亜衣は、たまらず東堂の後ろへと隠れる。その東堂も、亜衣を後ろへ押しやりながらも逃げる体勢だ。


「それは」

「じゃあ、なおさんが食べられてもいいってことですね?」

「そういうわけじゃあ」

「言い忘れましたけど、南はもう食べる気はないみたいですよ」


あっさりともたらされた言葉に、東の神が目に見えて安堵する。


「なんだ、だったらいいじゃねーか、なおが行ったところで」

「ですが、嫁にする気らしいです。求婚していましたし、なので今頃新婚気分でも満喫してるんじゃないんですか?南」

「ちょ!それを早く言え」


最後の言葉はすでに聞き取れぬほどの距離を東の神が過ぎ去った後にもたらされ、二人には何を言っているのかまではわからなかった。

だが、ここにきてようやく、東堂と亜衣には理解することができた。


「あのう、すみません。ひょっとして私たち」


曖昧な笑みを浮かべた西の神にわずかに呆れた表情が浮かぶ。


「痴話喧嘩ってやつに巻き込まれたんじゃあ……」


西の神がにっこりと笑う。


「しかも、どう見てもあれ、べたぼれだよね、なおさんに」


なおも呆れ混じれの笑顔を浮かべる西の神。

その無言こそが答えのような気がして、二人は、すっかり冷め切ったごはんを再び食べ始めた。


「私今年のおみくじ大吉だったのに」

「実害はなかったんだし、いい人生経験だと思って」

「乙女の危機どころか、他人の痴話げんかの踏み台ってところがもう」

「いいこともあるって、ほら、なにせ大吉だったんだから」


落ち込む亜衣を慰める東堂は、さりげなくおかわりを見えないものに要求しながら、なんとなく解決めいたものに近づいたせいか、機嫌が上昇している。


「で、もう大丈夫?」

「ええ、恐らくは。いいかげんこりてもらわないと」

「もしかすると、こんなこと何度もやってる、とか」


深いため息をついた、西の神は、なにやら思い出しながら指を折る。

ちょうどその指が十本全て折れたところで、左右に首を振る。


「数え切れないのが悲しいところですが」

「そのたんびにこんな?」

「いえ、直接箒で追い回したり、好物をつくらなかったり、私のところに家出にきたり、でした」


その内容があまりに子供じみていて、両者で顔を見合わせる。


「全くもって子供じみておりますが、アレでも神様というところが、まあ」

「……そういえば神話の神様って結構酷いの多いよね」

「それを考えたら、死人が出ていない分ましなのかも」


米びつの飯を食べつくす勢いで二人は朝食を胃の中へ流し込み、最後のお茶で安堵しながら世間話を続けていた。


「帰ってもいいっすか?」

「そうですねー、そろそろ。あれは飽きっぽくもありますし」


そんなのんびりとした会話の中、突然なおがやってきた。

両腕にとうもろこしの束を抱えながら。


「やはりこちらにいらしたのですね。このたびはうちのがご迷惑をおかけして」

「あ!なおさん。それ、南の名物の」

「はい、たくさん分けていただいたので、おすそ分けでもと、そちらのお二方もぜひ」

「へ?あ、はい」


唐突に近所づきあいの延長のような雰囲気をもちこんだなおに驚きながらも、その笑顔にすっかり二人とも懐柔される。


「すいません、居候した上におみやげまで」


最後までおまけ、という立場だった東堂が、中身の甘さを示すには十分な重量感溢れるとうもろこしを手に取りながら、笑顔をつくる。

仕事もさぼれたし、ただ飯ぐらいだったし、と、一人暮らしで自炊に少々うんざりしていた東堂は、すでにこの突拍子もない出来事をそう評価しはじめている。


「こちらこそ、本当にご迷惑をおかけして。あれも反省はしておりませんが、一暴れして忘れてくれたみたいですし、亜衣様も安心なさってくださいね」

「はぁ、そのその一暴れってところを知りたいような知りたくないような」


曖昧な笑顔でなおがためいきをつく。

あの見るからに暴れ者と、なおのことを食べたいと言っていた神との対決など、おそらく怪獣映画のようなものだろう、想像だけでやめておこうと、亜衣もその笑顔に無言でこたえる。


「本当に、後先考えぬ性格は変わらないようで」

「いいかげん懲りて欲しいよね、ほんとに」


西の神も井戸端会議のような会話に湯飲みをもって参加しながら、いつのまにかゆでられたとうもろこしをほおばる。


「やっぱりうまいなぁ」

「あのう、そろそろ」

「あ、うちのものに送らせるよ。迷うと大変なことになるからさ。人間っぽいやつだから安心して」


西の神が呼んだ従者、のようなものは、確かにここで彼女たちの世話をしていたものたちよりもは人間に近いのだろう。

だが、明らかにその風貌は、絵本の中にでてくる鬼そのものであり、すでに感覚が麻痺していた二人も、思わず西の神とそれを見比べながら、さりげなく手を取りお互いの存在を確認しあう。


「えっと、それじゃあ、もう二度と会わないと思いますが、お世話になりました」

「もうお目にかかることはないと存じますが、お二人ともお元気で」


びくつきながらも鬼についていった二人は、そう別れの挨拶をして、おみやげのとうもろこしはしっかり抱えたまま、神域から人の住む世界へと歩いていった。




「どれぐらいかかるの?」


すでに容姿以外は異質なところのない道先案内人に慣れた亜衣が、声をかける。


「一時間ぐらいです、主が移動させればすぐなのでしょうが、あれはあれで体に負担がかかるようですので」

「そっか、そういえば最初来たとき少しだるかったような気がしたけど、そのせいか」

「お二方とも驚くほど耐性がおありになります。普通でしたら気絶しているはずですから」

「……そんな危ない目にあわせたのか、あの神」

「やっぱりあれはあれで普通じゃないってことじゃない?だって神様だし」


二人ともやはり神話を思い出しながら納得をする。

全てが自分たちに関係がなく、すでに過去の出来事なのだからと、能天気の花が咲いたかのようだ。


「そういえば、私あれに手を出されたらどうなったの?なんかなおさんも西の神様も話してくれなかったような、って、しゃべっちゃだめなこと?ひょっとして」


亜衣の質問に、鬼は首を横に振る。


「いいえ、そのようなことは。ただ、やはりなお様にとってはいつまでも心が晴れぬことだろうとの配慮かと」

「ふーん、で?」

「もし東の神が手を出されていたら、亜衣様はもう人ではなくなってしまいます」

「は?」

「年を取ることも自分で死ぬこともできず、だからといって神や私たちのような存在になれるでもなく、ただただ中途半端なものに」

「年取らない?」

「ええ、しかもその神の側にいなければ、やがて枯れてしまう、というのですから、やはり中途半端な生き物としか」

「枯れるって、年取るってことじゃなく?」

「違います、花が枯れるように、生きたまま干からびて消えてしまいます」

「え?じゃあ、なおさんって」

「あまり神の側をはなれると、なお様は消えてしまわれます」

「ちょっと待ってよ、それ。そーしたら私」

「ご家族とも、故郷ともはなれ、おそらく東の神のそばで暮らすほかはなくなります」


東の神の軽さとは反比例するような人間側に対する作用に、亜衣は今更ながらに背筋に冷たい物がはしるのを感じた。

もし、あの神が本気で亜衣に手を出していたのならば、今頃こうやって笑ってなどいられないだろう。

不老不死、というのは人類の永遠の望み、なのかもしれないが、この年で家族や友達と離れ、あの閉ざされた世界で永遠のときを生きなければならないなどと、考えたくも無い。やがて必ず訪れる死が、まるで救いであるかのように感じる永遠など。

まして、亜衣本人がかけらも一緒に過ごしたいと思っていないイキモノと共に、などとは考えるだけでもめまいがする。


「しかも、本人はあの性格ですから、手を出した後はころっと忘れてしまうなどということも」

「……冗談じゃないってーの」

「ええ、なお様がお悩みになるのもそのあたりで。だからといって強制的に連れてきても、精神の方が持たないことが多く。ですからああやって釘を刺しておいでなのですが」

「やっぱり、神様ってろくでもない」

「よかったな、藤川。本当に良かったな。やっぱりおみくじあたりじゃないか」


鬼が指した方向に光が見え、彼、なのか彼女なのかが手を振る姿を振り返って見ながら、二人はようやく彼女たちのよく知っている風景へと戻ることができた。

狐につままれたかのような出来事に、思わず頬をつねり、だが、しっかりと携えていたとうもろこしが、二人に現実にあったことなのだと、告げている。


「帰ろうか」

「そうだね、とりあえず風呂でも入ってビールでも飲むわ」

「ビール、は飲めないけど、むちゃくちゃ冷えた麦茶飲みたいかも」


なんとなく微笑みあって、手を振って別れる。

恐る恐る自宅へ足を踏み入れた彼女は、のんきな母親に笑顔で迎えられた。

さりげなく確認した日付は、それほど経過しておらず、神様がでっち上げた言い訳が何かがわからない亜衣は、神経をつかいながら家族との食事を楽しんだ。

携帯を充電し、ようやく現代に帰ってきたことを実感する。

ベッドの上に転がりながら、つらつらと経験してきたことを振り返る。

いつの間にか睡魔が訪れ、きっちりといつもどおりの時間に起きた亜衣はいつもの平日と同じ行動をとりながら、家を出る。

友達と会話を繰り返しながら、ハゲの担任を確認し、周囲にわからないように安堵した。

本当に、本当にこれで理不尽な出来事からは離れられたのだと、両手を握り締めながら内心で感動する。

それから何度か、あの路地を見てみるものの、もう二度とあの森のような景色を見ることはなかった。

時折、人ならぬものの気配を感じることはあったけれども。

もうすぐ亜衣は一つ年をとる。


「なお様がああなられたのは、十五歳に近づいた月、季節は夏、でありました」


ふいに、道先案内人が亜衣と東堂に話してくれた言葉を思い出す。


「親とも離れ、慕っていた弟とも別れ、懐かしい全てのものをお捨てになって」


亜衣は、すでに彼女の年齢を超えている。

また、あと少しでさらに彼女との年齢差は広がり、この先一生それは広がっていく一方なのだ、あの神の手によって。


「なお様は輿入れされました」


少女が夢みるような言葉の裏の、なおの諦め、寂しさ、辛さ、その全てがわかるわけではない。

だけど。

そこまで考えて亜衣は、目を閉じる。

今年ももうすぐ夏が去る。


なおを残したまま。

本編終了

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