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六話

「ごめんねー、うち、なおさんみたいな人いないからさ、ちょっとむさ苦しいけど」


障害物がなにもない草原から見下ろせる位置にある平屋作りの家は、一方に絶壁の崖が切り立っている。つまりどん詰まりのような立ち位置にあり、わけもなく閉塞感を感じるには十分である。趣のある屋敷は、亜衣にとってはテレビや映画などでみる古きよき田舎の家そのものである。こういう状況でなければ、おそらくテンションがあがっていただろう。

また、家屋の正面には小さな川が流れており、涼しげな音をたてながら、綺麗な水が流れていく風景を眺めることができる。

アルミサッシの全く無い、柱と障子やふすまだけで境界が区切られた家へ通された二人は、涼しげな風が通り過ぎる部屋で大人しく正座をして対峙していた。


「ここどこっていうのは野暮な質問ですかね」

「いや、まあ、近くではないね」


逃げて帰ることもできなさそうな答えに、亜衣が軽くめまいを起こす。

自分はただ、ちょっとした不可解な現象の原因をつきとめたかっただけだ、こんな地図にもない説明もできないようなところへ来るためにあの場所へ行ったのではない、と、念じながら。


「結局のところ、何なんです?あれ」


いち早く立ち直った東堂が、神様がいれてくれたお茶に口をつけながら話し始める。

ふわふわとした外見をもっているくせに、中身はよほど豪胆だ。


「まあ、そうだね、恒例のけんかってところだね」

「なおさんも主があんなので苦労するねぇ」


落胆していた亜衣も、そこへ加わり、雰囲気だけはのほほんとした茶会が繰り広げられる。


「本当に嫌になるほど苦労されて」

「でも、どうしてあんなのの巫女やってるんだろう?こっちの方がずっと楽そうじゃん?」


威圧感のない西の神は、どちらかといえば癒し系の容姿をもっている。その分先ほどよりは随分と話しやすいのだろう、東堂の口も軽くなる。


「なおさんにとって、アレは全てだからね。ろくでもないけど」

「全て?」


それきり西の神はだまったまま、ただ静かに首をふった。

それ以上何も聞けないと悟った亜衣は、今度は同情させる方向へと会話をつなぐ。


「私ただ単に巻き込まれた、哀れな被害者なんですけど」

「それはわかっています。ほんとうに申し訳ない」

「でも、どうすればいいんです?正直なところ」

「先ほどから手下のものを南へ送り込んではいるのですが」

「とっとと行った方がいいんじゃないですか?やばそうだし」

「そうしたいのはやまやまですが、南は色々と難しいやつで」

「でも、なおさん食べられちゃうんでしょ?」


友達、というわけではないが、それでも一応危ないところを幾度か助けてくれた人間だ、多少なりとも情がわく。まして亜衣は、どちらかというと美少女の類は大好きだ、人には言ったことがないけれど。


「のんびりしている場合じゃ」

「すぐに食べる、というわけでは…。まああちらにも都合はありますし」


東の神に怒鳴りつけたときとはうってかわってやわらかく答える。こうしていると普通の人間のようにも見えるが、やはりどこか違和感はぬぐえない。


「で、結局ここまで来たはいいけど、本当に私たちどうすればいいんです?」


無意識に東堂を数のうちにいれ、巻き込もうとしている亜衣は、私たち、という言葉でそれを強調している。


「そうですねぇ、安全のためここにいらしていただく、ということに」

「ちょ、ちょっとまってよ。いくらうちの親がいいかげんだからって、無断外泊なんてできないし、けーさつ呼ばれちゃうって」


帰りたそうにはしているものの、一応自分のところの生徒を見捨ててはおけない東堂が、困り果てた顔をしている。


「いえ、そこのあたりはまあ、適当に」

「適当にって?」

「ええ、カミサマですから、ボク」


それ以上有無を言わせない雰囲気を漂わせ、亜衣も西の神の笑顔に屈する。


「あの、それで私は?」


帰るとも、ここにいる、とも言い出せない東堂が消極的な声を上げる。


「帰っていただいても結構ですよ。あなたのところには行かないでしょうし。からめ手でいくような面倒くさいことはしないですから」


その言葉に亜衣が無言で、だけれども力強く頭を左右に振る。

こんなところに一人きりで残されたらたまらない、顔が如実にそれを物語っている。


「そう言われてもねぇ、一応うちの生徒だし」

「安全は保障しますよ」

「そういう問題じゃ」


得体の知れないところに、得体の知れない生き物と一緒にいることが不安なのだと、さすがに声に出しては言えないでいる。


「私、先生と一緒がいい」


わざとらしく元気な声を出し、亜衣が東堂にしがみつく。

ものすごく嫌な顔をされたことにはやや傷ついたものの、逆の立場なら仕方がない反応だろうと、あきらめる。声に出さないだけ先生はましだ、と。


「まあ、そういうことでしたら、そちらもそちらで適当に」


目には見えない、けれども確実にそこにいる、何かが蠢き、部屋から消えていく。

やはり、ここは人間のいる場所ではないのだと、二人は顔を見合わせあいながら改めて納得した。




 数日が経過した。

いや、それは人としての感覚なので、実際のところどれほどの時間がたっているのか、亜衣も東堂もしらない。

だけれども、何もすることがない時間は暇をもてあまし、自然探索も一日で飽きた二人は、とりあえず家の中で寝転がりながら時を過ごしている。

畳の上には人間が二人と、数冊の本に、お盆に載せられた麦茶が、なんとなく夏の雰囲気をかもし出している。


「たいくつ、っすね」

「退屈ねぇ」


すがるものがお互いしかいない状況下で、二人はすっかりとうちとけ、なんとなく環境にも適応し始めている。ただ、やることがない、というのが最大の欠点で、二人は本を開いては閉じ、閉じては開く、を繰り返しつつ、ただごはんだけを楽しみにしているありさまだ。


「なおさんどうなったんでしょうかね」

「大丈夫なんじゃない?神様がそういうんだから」


気になることといえば、食べられてしまう、というなおのことだけで、とりあえずの身の安全さえ保障されれば、人間はどこまでも怠惰になることができる、と証明しているようなものだ。


「そうめんでいいですか?」


この屋敷では、人間の使用人は存在しない。

それに代わるのが見えたり見えなかったりするイキモノたちだ。

当初は浮いたように見える器や、唐突に気配がする廊下に驚いた二人も、すっかり慣れてしまった。


「すいません、ただ飯ぐらいで」


おまけ、で存在する東堂が謝りながらも、机を部屋の真ん中へと移動させている。

手際よくふきんで机の上をふき、何かが運んでくる食料を載せる準備をする。


「いえ、ボクも久し振りに話し相手がいて楽しいですから」

「そういえば、なおさんみたいな人いないんですか?ここって」


ろくでもない東の神には世話係のようななおが存在していた。

おそらく彼女のおかげで社は清浄に保たれ、社務所のようなものも、人のいる気配、が感じられるような建物になっていたのだろう。

だが、そういった人間は、ここには全く存在しない。

神様のシステムだとか、家族計画だとかを全くしらない亜衣は、素朴な疑問を口に乗せたまでだ。

だが、それに答える西の神は、やや沈痛な面持ちで、そうめんを食べる手をとめる。


「本来は、存在してはならぬものなのです、彼女は」

「そうなの?そんな風にはみえなかったけど」

「いえ、ありえないのです、彼女は、存在そのものが」


そのまま西の神の笑顔で亜衣の疑問はうやむやとなり、日が暮れていく。

こんなところでこんな風でも、腹が満たされれば平和なんだな、と、蚊帳の中に用意された自分の布団の上に寝転がりながら考える。

もうすでに携帯の電池は切れ、小さな箱は何も映し出さない。

それだけが、時間が過ぎていることを確実に彼女たちに感じさせてくれた。


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