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五話

「あのう、あれが神様だっていうのはおいといて」

「置いておけるのですか?」


アレを指差しながら話しかける亜衣を、なおが驚きを隠せない表情で見つめ返す。自分のざっくりとした、だがあまりにも現実とはかけ離れた主張を簡単に受け入れてもらえるとは思っていなかったのだ。土着の信仰や不可思議なことから遠ざかって久しい人々は、例えわが身に降りかかったとしてもそういった現象を否定することに邁進しそうなものだ。


「だって、人じゃないのは確かっぽいし、そーいえば、日本ってインドぐらい神様たくさんいるし」

「ええ、確かに石を投げれば神様にあたります、日本でも」

「それに神様でも悪魔でも妖怪でも、人外にはちがいないわけだし」

「早くにご理解いただけて、助かります」

「うん、それはいいんだけど。どうしてソレ、私に付きまとうんですか?」


亜衣としてはそこのところが重要だ。

いや、どちらかといえばそれ以外重要ではない。

あれが幽霊だろうとカミサマだろうと、自分に関わってこなければそれでいい。目の前で違和感が通り過ぎようが、なかったことにしてみせる。自らが人知を離れた場所に踏み込んだ今にしても、自分に害がなければそれでよいのだ。

究極の事なかれ主義、という前向きとも後ろ向きともいえないスタンスが、藤川亜衣を形作っている。

その割には、そういう騒動に出くわしてしまう体質ではあるが。


「久し振りに主が見える若い娘さんだからかと」


若い、という部分に力をこめながらなおが語る。


「見えるって、なんか勝手に入りこんじゃっただけなんだけど」

「いえ、それでもとても珍しいことです。私が記憶する限りは本当に五十年まえのことで、それも本当に年端も行かない幼子でしたので」

「ああ、こんな年頃の娘はほんとーーに久し振りだと」


学校医である東堂が口を挟む。

彼女自身も世間では十分妙齢の女性だが、ろくでもないカミサマにとってはその範疇にはいらないらしい。

学校に出没したことからも、その気になれば「年頃の」娘さんたちとも交流がもてるはずではある。だが、自分を識別できるストライクゾーンの娘、というのは別格のようだ。


「ねーねー、亜衣ちゃん、ちょっと、ちょっとだけだから、痛くしないし」


どこまでも神様の存在そのものを投げ出してしまいたくなるような態度のそれは、なおに牽制されながらも亜衣を口説きにかかる。

それでひっかかる女がいたとしたらお目にかかりたいほど阿呆な言葉を使って。

だが、頭が痛くなるほどの軽口は、二度目の闖入者によって中断された。


「あ、なおさん、忘れ物」

「西の……」


やはり傍若無人に縁側から入り込んだ男に対し、両名、亜衣も東堂もどこかひっかかるものを覚える。

つまるところ違和感、というやつなのだろう。

やわらかい茶色の髪は肩先で少しうねり、毛先はやや内側へと曲線を描いている。

垂れ下がった目じりと、それを強調するかのような眉は、その男の柔らかなイメージをよりいっそうひきたたせている。

ふてくされて寝転がっているろくでもない神様と比較をすれば、明らかにまっとうなイキモノにみえる。

まして、そうとう美形だ。

カミサマは氷のような美貌を持っているのに対し、このイキモノは春の日差しのような美貌をもっている。どちらがよりすぐれているとも劣っているともいえない、まさに甲乙つけがたいほどの容姿をもっている。

それなのに、二人が感じるのは本能的な畏怖の感情。

そう、おそらくこの新たな闖入者も、それなのだろう、と。

二人がなおの方を見ると、なおはあきらめたかのように簡単に説明をする。


「あの、こちらも、その、神様で」

「西の?」

「はい、西の神様。それが一応東の神になります」

「ああ、張り紙の」


唐突に東堂は、社務所の玄関にこれみよがしにぶらさがっていた張り紙を思い出す。


「あれ?人間?」


のんきに忘れ物を携えてやってきた神様とやらは、ようやくおっとりと異物二人を発見する。


「ああ、それで」

「申し訳ありません」

「いえいえ、なおさんだったらいつでも歓迎だし」

「やかましい、誰がおまえのところなぞ!」


ゆっくりとなおの横に胡坐をかいて座りながら、西の神が微笑む。

それに対して寝転がりながら東の神が悪態をつく。


「そういうことで、大変申し訳ありませんが、それは非常に手癖が悪く」

「なんとなく嫌な予感がするんだけど、それって物を盗むとかじゃないよね」

「ある意味盗むとも申せますが」


東西の神がにらみ合いをしている横で、なおと東堂藤川の三名が会話を続ける。


「主は、その、大変何も知らない少女を好みまして」

「ぶっちゃけ、やっちゃう、とか?」

「……ありていに申しますと」


東堂の身も蓋もない翻訳に、なおが頬を赤らめる。


(ああ美少女は何をやっても美少女なんだ)


脳内で現実逃避をしていた亜衣も、その言葉に現実へと戻る。

そもそも危機に瀕しているのは亜衣の貞操だ。


「申しますって、それやばいって、こんなんでも夢も希望もあるんだから」

「よりにもよって、これじゃあ、って、そんな問題でもないぐらい問題なんだけど」


美形には違いないが、根本からくる拒絶の感情はいたしかたが無い。生理的に嫌い、とか、顔が嫌いとかそういうレベルの問題ではないのだから。


「よく考えたら今までだってやばいっていうか、私よく無事だったってかんじ?うわ、どうしよう」


少々動転した亜衣が、矢継ぎ早に言葉を口にしながら、今までのことを振り返る。

これまでは、あれ、は本気ではなかった。

どう考えても亜衣をからかっているレベルだ。

それ、が本気になったら亜衣たち人間が防ぐことはできない、ということを、東の神のことをよく知りもしないのに知っている。

それが、神威、というやつなのかもしれない。


「どうしたらいいの?」


すがりつくように、なおに視線を向ける。

ここでまともに日本語が通じそうなのが彼女しかいないのだ。

よく考えれば彼女も十分に得体がしれないのだが。


「申し訳ありませんが、私にも防ぎようが」

「ええ!うそ!」

「ですが、手立てがないことも」

「教えて、教えて、絶対教えて、もうすっごく教えて」


いつのまにかにじり寄っていた亜衣は、なおのごく近くで懇願する。


「主、私からのお願いも聞いてはもらえませんか?」

「えーーー、だって久し振りだし、オレ退屈だし、光栄じゃん?」

「いやいやいやいやいや、ちっとも全然光栄じゃないから」

「それに亜衣ちゃんってからかうとおもしろいしー」

「からかうだけでお済みになりませんか?」

「絶対やーー、食べるーー」

「そう、ですか。でしたら仕方がありませんね」


抜き放たれた刀を鞘に戻し、なおが袴をただしながら立ち上がる。


「え?うちくる?歓迎、いつでも歓迎」


西の神が、まるで子供のようによろこんで、なおの手をとる。


「申し訳ありませんが、そちらへは参りません」


フラレオトコ、という小さな声に反応し、西の神が東の神を睨みつける。


「ええ、じゃあなおも公認ってことで」

「いえ、どうしても亜衣様にお手をだされるとおっしゃるのでしたら」

「出したらどーなるのーー」


とうとう仰向けになりながら、東の神が歌うようにしてなおをからかう。


「私、南へまいります」


その言葉に跳ね上がるようにして、東の神が起き上がる。

西の神も、なおの方を向きながら固まっている。


「どういう意味だ?」


先ほどまでとは段違いの威圧感をまきちらしながら、東の神がなおを睨みつける。


「言葉どおりです。私は南へまいります」

「意味わかってんのか?」

「もちろん」

「それが脅しにでもなると思ってんのか?」

「主がそうお思いになるのなら」

「くだらない。勝手にしろ」

「ええ、勝手にします」


その言葉を最後に、なおの姿が掻き消える。

東の神がその威圧感を抑えようともせず、すさまじい形相で胡坐をかいた右ひざを己の右のこぶしでたたきつける。

鈍く低い音が室内へと響く。

西の神は、東の神を見下ろしながら、こちらもまた、内臓まで縮み上がりそうな圧力を発している。


「おまえが馬鹿だっていうことは知ってたけど、ここまで馬鹿だとは思わなかったな」

「やかましい」

「迎えにいけよ」

「うるさいな、おまえがいけ」

「オレが言ったところでなおさん帰ってこないだろ?」

「うるさい!」

「なおさんが食われてもいいのかよ!」

「ふん!なおが望んだんだろ!」


目の前で繰り広げられる神様通しの争いに、人間二人は萎縮したまま寄り添いあう。


「あのう、大変申し訳ありませんが、私たちどうなります?」


このままこの空間で息をしていたくない、そう思うのは二人とも同じで、年長者である東堂が辛うじて声を出す。


「ああ、すまない。少しきつかったかな」


西の神が少しだけ笑い、威圧感が薄くなる。

だが、東の神はなおも不機嫌なまま、四方八方に圧力を撒き散らしている。


「ごめん、これが迷惑をかけたみたいで」

「ええ、とっても迷惑なんですけど」


ようやく少し余裕ができた亜衣が素直な言葉を口にする。


「久し振りな獲物に、とちくるっちゃったみたいだね。最近はここに入ってこられる人がほとんどいなくって」

「神域ってやつですか?」

「まあ、そんなところ。昔はもっと普通に見えてたみたいなんだけどね」


ふてくされたままの東の神は、さらに形相を悪化させる。


「これももうあなたには手をださない、と思うけど」

「へっ!だれがあいつの言うことなんか聞くか」

「なおさん食べられてもいいの?」

「知らん」

「あのう、食べられるって?」


あれだけの美少女だ、狙っている男の一人や二人がいたとしても不思議は無い。

先ほどから繰り広げられている会話は、無駄な圧迫感を除けば、どう考えても男女のそれだ。


「ああ、文字通り、食べられるってことだけど」

「すみませんそれって、ひょっとしてあの、普通に食べるの食べる、ですか?」


男が女を、といえば、隠語としてのそれだと認識していた東堂が、質問をする。


「いや、本当に食べるの、南はずっと薬としてなおさんの体を狙っていたからね」

「はあああああああああああああ?」

「うん、まあ、驚くかもしれないけど、南は南でちょっと問題でさ。ああいう長く生きた美少女って例がないからね、もう昔から食べたがって食べたがって。ここや自分のところにいる限りは安全なんだけど」

「ちょっと、それってやばいじゃないですか」

「うーん、やばいねぇ。そうだ、二人とも僕のとこおいでよ、南ともちょっと相談しなきゃいけないし、それにここにおいておくのは不安だしね」

「このまままっすぐおうちへ帰るってわけには?」


おずおずと提案した亜衣の意見は、すぐさま西の神の現実的な言葉に却下される。


「いいけど、そういう意味で食べられたい?これに」


激しく左右に首をふりながら、どう考えてもいく必要もない学校医もおまけで西の神の領域へと連れて行かれることになった。


やはり、人間、下手な好奇心は持たないに限る、と、人間二人の深い後悔の言葉を残しながら。

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