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四話

後数歩で石段、というところまで逃げた彼女たちは、恐る恐る声がする方へ顔を向ける。


「あ、亜衣ちゃんだぁ」


間抜けな声をだすそれは、二人が見知った、「変態」その人であった。


「っていうか、やっぱりいたし」

「藤川さん、いた、あれ、やっぱりいた」

「ババアまでくっついてきたのかよ」


変態のその一言に、今までややおびえていた学校医が、すさまじい勢いで境内の石を投げつけた。

その行動力に驚き、さらには、それをよけるどころか真正面から受け、鼻血を出す変態の姿におののく。


「やかましい、まだ二十台だ」

「ふん、ババアをババアと言って何が悪い」

「黙れ、変態」


さらに力強く振りかぶって放出した二投目を、さすがによけるはずだ、という予想を見事にはずし、キレイに命中させていた。人形めいた美貌、と思った変態の額から血が流れ出す。


(あ、イキモノだったんだ)


亜衣がそう思う間もなく、その傷口が綺麗にふさがった。おまけに、変態がそこをなでた後、何もなかったかのように綺麗な皮膚が現れ、その感想を恐怖とともに思い切り飲み込む。


(あ、化け物だ、やっぱり)


「おばけ」


口に出すのか出さないかの差で、両者とも同じ事を考え、また同時に逃げ出していた。

だが、あっけなくその道は変態に絶たれ、亜衣は、再び彼に捕らえられる。


「うーーーん、いい香り」

「きゃああああああああああああああああああああああ」


思いのほか女らしい悲鳴が、静かな境内にこだまする。

よりにもよって、変態が、亜衣の首筋を舐めたのだ。

いくら経験豊富な女だろうと、いきなりそんなことをされれば悲鳴の一つや二つでるだろう。まして、亜衣はどちらかというと奥手な少女だったのだから。


「やめんか、へんたい」


持っていたバッグで彼の後頭部を思い切りなぐりつけ、学校医が応戦する。

そちらへはチラリと一瞥しただけで、変態が亜衣をどこかへ連れ去ろうとする。

その瞬間、計ったかのように二人の頭上を影が走る。


「お戯れはほどほどに、と申し上げましたでしょ」

「げ!なお!!!おまえ、西に行ってたんじゃ」

「いたずらが過ぎる、と」


本当にどうしてそんなものが、それほどの速さで動かせるのだろう、と、今までの危険をすっかり忘れ、二人は見惚れる。

あの日と同じように、あの少女が、やはり、例の箒を持って変態を追い詰めていた。


「おまえら、告げ口しやがったな!」


変態が吐き捨てる先には、二頭身の猫でも犬でもない何か、が心配そうに戦闘を繰り広げている二人を見上げている。


「やかましい、あなたがいたずらをせねばいいのです」

「いやーーだってさーー、久々じゃん?」

「いいかげんになさいませ、それで前回どういう目にあったのか忘れたのですか?」

「忘れたわけじゃないけどさー、ちょっと、や、ね、味見ぐらい」

「おだまりなさい」


綺麗に空間を切り裂いたかのような箒は、その男に命中し、すさまじい音と共に彼は昏倒した。


「申し訳ありませぬ。しつけがなっておりませんで」

「いえいえいえいえいえいえ」


息一つ乱さない美少女に、別の意味で畏怖を感じた二人は、腰を引かせながら答える。


「お邪魔みたいですし、ねぇ」

「ええ、お邪魔みたいですし」


二人の暇の言葉は、美少女の笑みとともみ意味の無いものとなり、二人はなし崩し的になにか、に関わらざるを得なくなってしまった。





「まず、申し訳ありません、私が目を離したすきに」

「いえ、あの、あなたのせいではありませんしって、あの」


社務所の中で茶をもてなされ、いきなり手をついて謝罪を受けた亜衣はうろたえる。

隣に座っている学校医は、それでも大人な分だけ冷静さは保とうとはしているが、その内実は似た様なものである。


「何から説明すればよいか、なにせここが見つかるのも五十年ぶりのことでして」

「五十年?」


二人の声が見事に重なる。

眼前の少女の顔を見る。

厚化粧でも特殊メイクでもなく、確かに年相応の少女のものであることを確認する。


「申し送れました、私、なおと申します」

「はぁ、えっと、藤川亜衣です」

「東堂瑞希です」


混乱したまま、自己紹介を終え、美少女の笑みに幻惑される。


「実は、あれは人間ではありません」

「まあそうでしょうねぇ」


茶菓子に手をつけながら、亜衣は一連の出来事を思い出しながら答える。

霊感だとか、怪談だとかをそれほど好まない彼女だが、目の前で繰り広げられたものは現実だ。

あの男は、朝だけ担任と入れ替わっていたし、東堂が投げた石の傷はすぐに消えたし、それよりもなによりも、体の内側から何か異質なものを彼からは感じ取っている。

それは東堂にしても同じ事で、どこか彼を異質なもの、と受け取っていることは変わりがない。


「狸とか、狐とか?」


東堂の家には、変態に指摘されたように狐塚がある。小さな祠と、小さな鳥居、どれほど昔からそれが家に存在したのかは知らないけれど、代々それを大事に祀ってきたことを東堂は知っている。三世代同居であったせいなのか、昔話的にそのような人間に化けた動物の昔話なども祖父母から聞いているため、第一にそのようなものが口をついてしまうのだ。


「いえ」

「エスパーとか?ドラマみたいに」


逆にどこまでも現代っ子な亜衣は、幽霊だのおばけだのは都市伝説的な色合いのものしか耳にしたことはない。どちらかといえば、超能力だの宇宙人だのの方が噂話としても身近に感じているのは仕方が無い。


「いえ」

「じゃあ、妖怪?とか」

「そのような類であれば、私もどれだけ楽か」


頬に手をつく姿も絵になる美少女は、本当にそう思っていると、心底思わせる口ぶりで、最後にはためいきをつく。


「そんな下賎のものとオレ様を一緒にするな!」


突然開け放たれた廊下側の引き戸から、変態が後光を背負って登場する。

スラリと抜き放たれた刀身をそちらへつきつけながら、美少女が笑顔を作る。


「そこに座ってらっしゃい」


その迫力に負けたのか、男が大人しく廊下に胡坐をかく。


「これを見て、こう申し上げるのは大変心苦しいことではありますが」

「はぁ」

「これでも、これ、神なんです」

「「かみ??」」


再び二人の声が重なる。

しかし亜衣は、初めて少女に会った日に、彼女が発した言葉を思い出した。


「……確かに、ろくでもない」


そう、ろくでもない神様だと、少女は言った。

少女の張り付いたような笑顔から、変態男、いや、神へ視線をうつす。


「ろくでもない、ねぇ」


東堂の声が続く。

二人は、なおの突拍子もない説明に、うっかり納得し、あっさりとその事実を受け入れた。

脳が考えることを拒否していたのかもしれない。

だが、それ以上に二人の中の何か、自然への畏怖や、何がしかの恐怖、に近いようなものが、なおの説明を真実だと訴えていた。

だからなのか、何なのか、二人は、自然とふてくされて今は寝転がっている変態男を、ろくでもない神様だと認識した。

そう、「ろくでもない神様」だと。




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