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嫌な予感は的中した。
昨日の雨が嘘のように、今日は雲一つない快晴である。
……まぁ、昨日の朝もこんな感じであの雨だったんだけど。
「いってきます!」
リビングにいる両親に声を掛けて、鞄を肩に掛け直しながら家を出る。
ここまではいつも通りだった。
しかし、門の向こうに視線を向けたとき、陽依の足はピタリと止まった。
「おはよ、ひよちゃん」
ここにいるはずのない姿に、ただ呆然とする。
別れ際に言っていた、また明日って……。
「こういうことですか……」
「ん? どうかした?」
さも当然のように陽依を待っていたのは、昨日の彼だった。
この快晴なのに、片手には昨日の傘を持っている。
視線が下がったことに気づいたのか、彼は傘を少し持ち上げて笑った。
「あぁ、これ。友達に借りたから返そうと思って」
昨日の出来事の裏側にそんなことがあったとは思いもしなかった。
人に借りた傘で送ってもらうなんて、なんだかもやもやが積もっていく。
思わず浮かべてしまった微妙な表情に気づいたらしい。
彼は聞いてもいない裏事情をペラペラと話し始めた。
「俺の傘、折り畳みだから小さくって。ひよちゃんと二人で入れるようなもんじゃなかったから」
「そこまでする必要ないと思うんですけど」
「ひよちゃんと一緒に帰りたかったんだ。折り畳みじゃ、一緒に傘入れないし。交換してくれるってアイツが言うから」
ちらりと見た彼の顔があまりにも幸せそうだったから、陽依はそれ以上言葉を続けられなかった。
こんな微塵も可愛らしさのない自分なのに。
俯いた視界に揺れる黒髪の三つ編みを見つめながら思う。
何となくこの髪型を続けていたけれど、今ほど後悔することはなかった。
目の前の彼は制服はちゃんと着ているものの、髪は焦げ茶でふわふわと毛先を遊ばせている。
顔も普通より整っていて、このよくわからない行動さえなければ、かなり人気のある人だろう。
きっとこんなふうな関わり方でなければ、陽依も彼に憧れたかもしれない。
それくらいかけ離れた容姿を持つ人だった。
どうして、こんな地味でいるかどうかもわからないような自分に近づいてきたのだろう。
可愛くて明るい他の女の子じゃなくて、自分と一緒に帰りたいと思ったのだろう。
そんなことを考えていたからか、視界に入ってきた自分のものじゃない手に反応が遅れた。
「俯いちゃってどうしたの? 早く行かないと遅れるよ」
くいくいと弱い力で右側の三つ編みを引っ張られる。
それはだんだん強い力になって、そのうちゴムを外された。
「あっ、ちょっと!」
「あーごめんごめん。つい、ね?」
はい、と手渡されたゴムを受け取り、陽依は手早く三つ編みを直す。
手慣れたそれに感心したような声を出した後、彼はぽつりと呟いた。
「……外した方が、もっと可愛いと思うんだけどな」
それは気をつけなければ、聞き零してしまいそうなほど小さな声だった。
そのまま落としてしまえばよかったのに。
さっきのことで彼を意識してしまった陽依の耳は、ちゃんと彼の声を拾ってしまって。
赤くなってしまった頬をどうしようもできず、再び俯くしかなかった。