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アヴェクトワ  作者: 希沙
2/7

 下駄箱に辿り着く前に雨が止むことを祈ってみたが、そんなことが起こりうるはずもなく。

 まるで陽依を嘲笑うかのように、雨脚が少し強くなっていた。


「ほら、遠慮しないで」

「遠慮します。だから離してください」

「それは、無理なお願いだね」


 少し油断した隙にがっちり繋がれた手は、靴を履き替えたときに一度は離されたものの、再び捕まってしまった。

 自分の反射の遅さに嫌になる。


「ちゃんと傘の中に入るように詰めてね」

「……じゃあ」

「離さないよ?」


 にっこり笑われて、陽依は言葉を続けることを諦めた。

 たぶんこれ以上何を言っても聞く耳を持たないだろう。

 学校の近くにあるコンビニまで、そこまで付き合えばきっと満足してくれるはず。

 まさか家までついてくることは……。


「あの、コンビニ」

「家どこ? 電車乗る?」

「乗りませんけど……コンビニに」

「よかった。俺、電車乗らないから、乗るんだったらどうしようかと思ってた」


 あなたの事情はどうでもいいんですけど。

 陽依の疎ましく思う視線に全く気づかないようで、彼は楽しそうに鼻歌を歌い始めた。

 どうしてこの人はこんなに楽しそうにしているのだろう。

 今更気づいたけれど、手を繋いで傘に入っているから、彼の肩はかなり濡れている。

 コンビニの前に来て、陽依は足を止める。

 少し遅れて止まった彼は、陽依が濡れないように数歩戻った。


「どうかした?」

「ここでいいです。コンビニで傘買うので」

「遠慮しなくていいのに」

「……あなたの肩、かなり濡れてるんですけど」

「もしかして、俺が送っていくの嫌だった?」


 握られたままの手に力が加わる。

 眉を八の字にして笑みを浮かべる彼は、なんだか苦しそうで。

 ……おそらく自分はお人好しなのだろう。

 嫌だ、とここで強く言ってしまえばよかったのに。


「べ、別に嫌じゃない……です。でも濡れてるし」

「俺はこのままでいい」

「は、はぁ」

「だからコンビ二は寄らない。いいよね?」

「……もう好きにしてください」


 でも、そんなことはできなかった。

 嫌だと思う気持ちと、突き放せない気持ち。

 二つの気持ちがごちゃまぜになって、複雑な思いが溢れる。

 それを知ってか知らずか、もう一度ぎゅっと手を握った彼は、また鼻歌を歌いながら歩き出す。

 その後、時々道を聞かれるくらいで大した会話はなかった。

 ただ一緒に歩いているだけなのに、隣の彼は終始楽しそうだった。


「あ、ここです」


 駅を越えて少し歩くと、閑静な住宅街に出る。

 その一角に、陽依の家はある。

 雨だからか、いつもにも増して人影がなかった。


「今日はありがとうございました」

「いいよ、俺が無理矢理送ったようなもんだし」


 もうちょっと遠かったらよかったのに、と彼はなぜか残念そうに呟いた。

 これ以上遠かったら、そもそも歩いて登校しないんだけど。


「じゃあ……これで」

「うん、また明日ね」


 彼は手を振りながら元来た道を引き返して行く。

 その姿が角の向こうに消えてから、陽依は家に入った。

 ……あれ、また明日?

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