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下駄箱に辿り着く前に雨が止むことを祈ってみたが、そんなことが起こりうるはずもなく。
まるで陽依を嘲笑うかのように、雨脚が少し強くなっていた。
「ほら、遠慮しないで」
「遠慮します。だから離してください」
「それは、無理なお願いだね」
少し油断した隙にがっちり繋がれた手は、靴を履き替えたときに一度は離されたものの、再び捕まってしまった。
自分の反射の遅さに嫌になる。
「ちゃんと傘の中に入るように詰めてね」
「……じゃあ」
「離さないよ?」
にっこり笑われて、陽依は言葉を続けることを諦めた。
たぶんこれ以上何を言っても聞く耳を持たないだろう。
学校の近くにあるコンビニまで、そこまで付き合えばきっと満足してくれるはず。
まさか家までついてくることは……。
「あの、コンビニ」
「家どこ? 電車乗る?」
「乗りませんけど……コンビニに」
「よかった。俺、電車乗らないから、乗るんだったらどうしようかと思ってた」
あなたの事情はどうでもいいんですけど。
陽依の疎ましく思う視線に全く気づかないようで、彼は楽しそうに鼻歌を歌い始めた。
どうしてこの人はこんなに楽しそうにしているのだろう。
今更気づいたけれど、手を繋いで傘に入っているから、彼の肩はかなり濡れている。
コンビニの前に来て、陽依は足を止める。
少し遅れて止まった彼は、陽依が濡れないように数歩戻った。
「どうかした?」
「ここでいいです。コンビニで傘買うので」
「遠慮しなくていいのに」
「……あなたの肩、かなり濡れてるんですけど」
「もしかして、俺が送っていくの嫌だった?」
握られたままの手に力が加わる。
眉を八の字にして笑みを浮かべる彼は、なんだか苦しそうで。
……おそらく自分はお人好しなのだろう。
嫌だ、とここで強く言ってしまえばよかったのに。
「べ、別に嫌じゃない……です。でも濡れてるし」
「俺はこのままでいい」
「は、はぁ」
「だからコンビ二は寄らない。いいよね?」
「……もう好きにしてください」
でも、そんなことはできなかった。
嫌だと思う気持ちと、突き放せない気持ち。
二つの気持ちがごちゃまぜになって、複雑な思いが溢れる。
それを知ってか知らずか、もう一度ぎゅっと手を握った彼は、また鼻歌を歌いながら歩き出す。
その後、時々道を聞かれるくらいで大した会話はなかった。
ただ一緒に歩いているだけなのに、隣の彼は終始楽しそうだった。
「あ、ここです」
駅を越えて少し歩くと、閑静な住宅街に出る。
その一角に、陽依の家はある。
雨だからか、いつもにも増して人影がなかった。
「今日はありがとうございました」
「いいよ、俺が無理矢理送ったようなもんだし」
もうちょっと遠かったらよかったのに、と彼はなぜか残念そうに呟いた。
これ以上遠かったら、そもそも歩いて登校しないんだけど。
「じゃあ……これで」
「うん、また明日ね」
彼は手を振りながら元来た道を引き返して行く。
その姿が角の向こうに消えてから、陽依は家に入った。
……あれ、また明日?