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大盲獣は花に身を変えた

 西の砂漠を見張る魔道師団の施設は、王都側に近い本部以外は全て布を木組みの上に張ったテントだった。

そして見習いを含んだ5人が1組になって20組を作って、5組を4部隊に分けて、1日4交代で回している。

広い砂漠に対してこれは少ないかもしれないけど、これ以上の人員は割けないんだって。

僕は、そんな土地で日々大盲獣に惹かれるように生まれる普通の盲獣をペタンや先輩達と力をあわせて輪廻させて過ごした。


 学校の卒業の言い渡しすら現地で行って組の確保がされていた。

この緑地と砂漠の境目が異常なほどはっきりしている土地に来て2年。

僕は一端の魔道師になって、後輩も出来た。

部隊を抜けて引退したい、と笑うすでに老齢に入っている先輩も見てきた。


 ここは地獄だという人も居る。

でも僕はただ酷い土地だとは思わない。

その理由は盲獣だ。


 盲獣達のほとんどは餓えと孤独、その両方か片方が満たされる事を何時も願っていた。

最初は暴れに暴れる盲獣が、ペタンに抑えられた状態でその欲求を叫び続ける姿には哀しみがある。

そして、何を求めているかを通念魔道で探り当てて、満腹になる魔力をあげたり、孤独を癒す時間だけ傍にいると、彼らは満足して精灰となって天に還って行く。

毎度毎度、その時には思わず泣きそうになった。


 だって感じるんだ、満たされないものを満たして満足する盲獣は、獣の貌に安らぎを顕わにする。

それに見合うだけの充足を感じて逝っているのを、通念魔道を通して毎回感じるんだ。

一時でも念を通じたものが満ち足りてこの世を去るのを見るたびに神様に祈らずにいられない。

どうか次の生では、良き主人にめぐり合いますようにと。


 そんな日々を過ごしていた僕にもとうとう運命の時がやって来た。

大盲獣が、何かに惹かれる様に縄張りの中枢から這い出てきたんだ。

それは、何時もより大きい盲獣が出たな、と思いながらも力を合わせて無事に精灰に還した後の事だった。

地響きが聞こえた、コレが何なのかはわからない。

でも砂の大地を何かが叩きふせる音を僕は聞いたし、揺れる地面に足をとられた。


『ユート!僕が前に出る!皆を下げて!』


 ペタンが発した鋭い念を受けて、僕は皆に僕の後ろに下がるように声を張り上げた。

揺れる地面によたよたと這いながら、あるいは守護獣に助けられて運ばれてきた仲間を背に受けて前を見れば。

ペタンもまた大地を揺るがす大山脈のような姿で大盲獣と相対していた。


 一瞬あっけに取られたけど、僕は僕のすべき事を始めた。

まず結界魔道での守りを固めるのを背後の仲間の皆に任せて、全力でペタンの力を命強魔道で跳ね上げる。

そしてペタンと大盲獣の肉弾戦が拮抗するのを確認してから、その維持に専念する。

命強魔道に必要なのは静かに守護獣と一体化する流水のような心。

ペタンと肉弾戦を演じる全ての色が抜けきったような白いイタチのような大盲獣を前に、仲間を信じて心をなだらかに保ち続ける。


 ペタンと大盲獣は二転、三転、幾度も上下を入れ替えて牙を剥き爪を走らせ、大地に血の雨を降らせながら争いあう。

普通の盲獣相手なら、ペタンはこんな風にはならない。

勝負にならないからだ。

でも大盲獣は強い、ただの1匹で僕が強化するペタンに抗い、食い殺そうとする。

本当に激しい戦いだった。

だけどその戦いを制したのはペタンで、悲しいことに勝負を分けたのは戦いの力を増幅する僕のような存在が大盲獣には不在だった事だ。




 大盲獣を完全に押し込めたペタンの後ろから、僕は通念魔道を使う。

そこに在ったのは荒ぶる飢餓と孤独と、虚無感。

永く生きこの地方一帯を食い荒らしても残るものは皆無。

それは自分の衝動から来るものだから受け入れた、けれど孤独を癒す存在を求める心はどこかにあって。

見つけたと思えば自分はそれを食い殺す。

そんな苦しみの連鎖に、大盲獣は全てが空しくなっていた。

だから僕は、大盲獣と話がしたかった。

圧倒的な飢餓の意思の奥に有る、寂しさを抱えた心に届くように、ゆっくりとゆっくりと念を通す。


 それは1日2日の話じゃなかった。

僕は仲間に食事を運んでもらい、大小の始末もその場で済ませて、ひたすらに大盲獣と念を通じ合わせようと試みた。

そして。


『モノよ。何故お前はそこに居る』

『君の思いを知りたいから』

『モノよ。なぜお前は食い殺せない』

『それは僕に共に生きる友がいるから。独りの君に僕達は殺せないんだと思う』

『モノよ。我を殺すか』

『天に還す。君が満足するまで、君の欲求に付き合おう』

『……解らない。モノは我をどうしたい』

『君の傍に居て、魔力をお腹一杯あげて、満足して守護獣へ輪廻してほしい』

『モノよ。お前の意思に揺らぎを感じる。死ぬのか』

『死なない。でもちょっと休みたいな。この何日か寝ていないから、少し寝たい』

『モノよ……私とお前に、「また」はあるのか?』

『君が望むなら。また明日、大盲獣』

『ふむ。またか。また……良い言葉だ。心地よい……ならばモノの言葉を信じて我は一度退こう。「また」だ、モノよ』


 僅かに大盲獣と念を通じた僕はもう疲労こんばいで、次に大盲獣が暴れたら完全にペタンに頼るしかない状態だったのだけれど。

大盲獣は思ったより遥かに理性的だった。

衝動に心を食い散らかされているはずなのに、再会を約束して立ち去った。

その事実は皆に驚きを持って受け入れられて、王都に一つの報せが走る事になる。

大盲獣を輪廻させる可能性のある魔道師の出現、と。


 その後、僕は大盲獣専任の魔道師として任命されて、日々大盲獣と顔を合わせ、山のような大盲獣の孤独を毛並みを擦り合わせるようにじゃれあうペタンで癒し。

強烈な飢餓を僕の、今では通常の魔道師を砂粒とすれば、山のようと評される僕の魔力で埋める。

忌まわしいと避けられ、遠ざけられた大盲獣に毎日毎日、休み無く僕とペタンはそれを与え続けた。


 そして、その日が来たのは実に大盲獣がさ迷い出てきてから、5年の時がたってからだった。


『ユートよ、ペタンよ。感謝する』

『なに?改まってさ。それより遊ぼうよモーちゃん』

『ペタン。モビーは何か大切な話があるみたいだよ』

『うむ。ペタン、我には解るのだ。我の孤独はもうない、餓えもない。すでに盲獣で在るべき理由は消えうせた』

『ああ、輪廻の時が来たんだねモーちゃん』

『うむ。日々語られる希望に満ちたヒトの子と過ごす、お前達のような優しい日々。それを信じて今日、我は逝く』

『……寂しくなるな……でも、おめでとうモビー。君の主人はきっと君を愛するよ』

『そうだよ。きっと僕にとってのユートみたいなヒトのところに生まれるよ』

『ああ、ああ、楽しみだ……さらばユート、さらばペタン。我は、満たされた』


 大盲獣が険しさの消えた貌で目を瞑り、満たされたと宣言した時にそれは起こった。

大盲獣の身体があった場所を中心に、白い嵐が巻き起こる。

その嵐は砂漠のほうへと広がっていき、本来なら全てを吹き飛ばす嵐は、その通った痕に豊かな緑を広げていく。

奪うだけだった大盲獣が、最初で最後に世界に贈った……いや、奪っていたものを贈り返した証が、大地へ咲かせた精気の花々だった。

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