心機一転、そして実践へ
「ユート。どうも俺や母さんが何か言う前に悩みは解決したみたいだな」
「え?」
「帰ってきた時の暗い影がなくなっているからな。しかしなんだ……」
「どうしたの、お父さん」
「いや、本当にすまないと思ってなぁ。王都行きも、そこでの悩みも、何も手助けできないなんてな……」
お父さんは、凄くその事を気にしているのだと思う。
本当に辛そうに、顔をしかめたのは朝のご飯の後、皆で寛いでる時だった。
ミーナはお父さんの話がわからないのか首を傾げている。
お母さんは、何も言わずにお父さんに全部を任せているみたい。
「違うよお父さん。僕、あんまりはっきり形にできないだけで、お父さんとお母さんにはすっごく助けられてるよ」
「そうだろうか。俺は親としてお前に何かをしてやれている気がしない……」
「お父さんは、皆が僕の王都行きに反対する中で僕を応援してくれたじゃない。あの時、僕を王都にやれないのは旅費の問題ってはっきり言ってくれたおかげで、僕は少なくもお父さんは僕の夢を応援してくれるんだって、すごく心強かった」
「……でも、それだけだ。親としてはもっとお前に色々なものを上げたいんだ。王都での服も食事も、寝る場所だって出来れば俺達が用意してやりたい。な、母さん」
「そうねぇ。こんな話をする時だけは私達、農民なんかじゃなくて貴族様に生まれていたらって思うわ」
「お母さんも?」
「そりゃあね。今の暮らしに沢山の不満があるわけじゃないけれど、やっぱり息子の成長を見守る機会がこんなに早くなくなるなんて思わなかったし」
「……ごめんね」
思わず謝った僕にお母さんは席を立って、僕を背中から抱きしめてくれた。
そしてなんだか懐かしい拍子で体を揺らして、僕に柔らかい声で言った。
「ユートの成長が見れないのは悲しいけど、その我がままのためにユートの夢を無理やり潰そうなんて、いけないことなのよ。お母さん、ユートの王都行きには反対してたけど……本当にユートがしたい事なら許すつもりだったからね」
「お母さん……」
「それに、普段顔を合わさないなりの楽しみもあるのよ。今頃ユートは何を食べてるのかしらとか、苦手なムナンの葉は食べられるようになったかしらとか、ね」
「んと、ムナンの葉はまだ苦手、かな」
「ふふふ、まだまだ子供ねぇ」
「うん、今はまだ子供だよ。でもその内、お父さんとお母さん、それにミーナが自慢にできる魔道師になって帰ってくるから」
「おにーちゃんはペタンがかえったときからすごいよ!だってペタンふっさふさだもんね!」
折角格好つけたのに、ミーナにはそんなの関係ないみたい。
ふぅ、それ僕が凄いんじゃなくてペタンの毛並みが魅力的なんだよね。
今日のミーナは朝からペタンを抱えっぱなしだ。
寝てる時は確かにペタンは僕の腕の中にいたのに、目が覚めたら上目遣いでミーナにペタンだっこさせてぇ、とおねだりされて任せてちゃった。
ペタンももうミーナには慣れたものなのかな、抱え込む細腕に全てを任せてだらんとしている。
でも、ただ怠けているんじゃなくてたまに尻尾でミーナの、ちょっと寒そうなスカートから覗く脛のあたりを尻尾で撫でるサービスをしている。
それをされるたびにミーナは嬉しそうに、くすぐったそうな声を上げる。
とにかく、そんな感じで僕だけが抱えてるんだと思ってた悩みを、お父さん達も全く違う形で持っていたことを知って。
ちゃんと話し合う事でそれを解きあって、僕の大休暇はとても意義の有る物になったのだった。
魔道師志望のユートから、ただの農家の息子のユートとして過ごした1ヶ月と少しは僕の張り詰めた心を完全にほぐしてくれた。
僕は意気揚々と王都へと戻る道すがら、イルニアッド様のところへ顔を出して、完全に調子を取り戻した事を報告した。
心配してくれるイルニアッド様や、ジュナイさんやアレクさんにもう大丈夫ですときちんと告げて、改めてペタンと魔道師の道を歩みますと宣言もした。
こうして休暇明けの王都で僕を待っていたのは、レミルトス様やエヴァンさんに、僕を心配そうに見るエリッチェン様達クラスメートの姿だった。
宿舎の食堂で僕を出迎えた皆の中から、レミルトス様が代表をするように前に出てくる。
そして僕の頭を休暇を進めてくれた時のようにくしゃくしゃっと撫で回してから言った。
「どうだいユート君。悩みは晴れたかな」
問いかけの形だったけど、微笑むレミルトス様は僕の復調を確信していたような気がする。
だから、僕は元気な声で言った。
「はい!もうすっかり大丈夫です!皆さんにご心配をおかけして申し訳ありませんでした!ペタンも皆にお礼をしてね」
僕の掛け声で小型犬の大きさになったペタンがレミルトス様を初め、皆の足元に身を摺り寄せてくぅんくぅん鳴いて甘える。
きっと念話を送っているのだと思うけど、皆に凄く喜ばれていた。
ううん、もしかしてペタンって前は凄くつんけんしてたのだろうか。
僕はちょっと心配になった。
でも、何はともあれレミルトス様を初めとする皆の気遣いのおかげで僕は、正道に戻った!
それ以後、僕は更に修練に励み……二年次の夏ごろには盲獣を輪廻させる訓練にも参加し始めることが出来た。
僕の望んだ魔道師の形に、一歩近づいたのだった。
実践訓練は現役の魔道師に1人1人、個別に従者として過ごす事で行われる。
ここで初めて魔道師が盲獣の気配を探る技術も身に付けることになるって。
大地の精気の濃淡を精査魔法で感じ取って、精気の薄い場所を目指して守護獣に乗って急行する。
明日から実践訓練で、皆が別れると言うことになって、食堂でちょっとした宴会になった。
去年もやったんだけど僕は子供なので皆がお酒を飲んでるのに、一人だけ牛の乳を温めた物を飲んでたんだけど。
お酒が進むにつれて、レミルトス様、エヴァンさんにエリッチェン様を除いて皆どこそこのお店のなんとかって女の子が好きだな、とか言い合ってて。
僕は話に入っていけなくて、ちょっと疎外感を感じた思い出があるんだ。
でもなぁ、好きな女の子って皆と話したいからできるってわけじゃないし……今年もレミルトス様とペタンとミャルクを交換してのグルーミング合戦になりそうだなぁ。
レミルトス様に一生懸命話しかけるエリッチェン様の声を聞きながら、お互いの守護獣の毛並みを手入れするゆったりとした時間。
こんな風に皆で騒いだりできるのももう最後かもしれないなぁ。
実践訓練が終われば、西で大盲獣を抑える魔道師団の補助役として経験を積む組と、放浪組といわれる全国の盲獣を輪廻させ続ける旅の魔道師に分かれる。
最低でも今の同級生は二分される。
そんな中、同級生の貴族様の1人が僕にもお酒を勧めてきた。
最後にお前も飲んでる所を見せてみろっていうノリで、レミルトス様は止めたけど、僕も最後くらいは……と思って一口だけ飲んでみる事にした。
後は記憶がない。
どうもペタンとの念話だと一口お酒を飲んだ僕は、ペタンの尻尾を枕にして食堂の床で寝ようとしたので、レミルトス様に運んでもらったらしい。
いやぁ、お酒はやっぱり大人になってからだなぁ。
そんなわけで、朝食の時にレミルトス様にはご迷惑をおかけしました、と謝って。
運んでくれたお礼を言った。
後は、教室で皆自分の着いて行く先輩魔道師を待つことに。
そして僕は……西へ向かう一団に組み込まれた。
放浪組のレミルトス様、エヴァンさん、エリッチェン様には凄く心配されたけど。
大丈夫ですって答えておいた。
だって僕にはペタンがいて、助けてくれるのだから。
こうして僕は西に向かったのだった。




