名前をあげよう
ちょっと気だるい体を家の椅子に預けてテーブルに頬杖をついていると、お母さんがご飯を置き始める。
その時に行儀悪いから肘付かないのと頭を叩かれる僕を尻目に、ミーナは僕の膝の上で眠る守護獣の肉球を盛んに揉んでいる。
熱心だなぁと思って見ていると、お母さんがミーナに手を洗ってくるように促した。
まぁそれはそうだよね、この子の足の裏触ってたら手は土まみれだ。
そんな手で食事をさせるわけにはいかないよね。
「ほら、手を洗いにいこうミーナ」
「もうちょっと。まだふにふにしてたい」
「ご飯食べた後でもできるだろ。ほらお母さんが怒る前に行こう」
「むー……」
僕は守護獣を椅子に寝かせてミーナを手洗い用の水を貯めた瓶のところまで連れて行く。
そして排水用の石の溝の上で水を掛けてやりながら手を洗わせる。
「おにーちゃん。きれーなった?」
「なった。これならお母さんも大丈夫」
「やった!おかーさん!手あらえた!」
僕達が戻るとお母さんはお昼のお皿を並べ終えて僕達を待っていた。
お父さんは今日は畑の雑草抜きもするからお弁当で、一緒には食べない。
特に畑でする作業の無い日は一緒に食べるんだけどね。
「ちゃんと洗ってきたみたいね。それじゃ食べましょう」
「はーい」
「うん。じゃあ早速いただきます」
僕達はそれぞれ黒パンを芋を煮込んだスープに浸して食べ始める。
時々村を通っていく旅人さんや行商のおじさんの話だともっと食べる人達もいるらしいけど、僕らにはこれで十分かな。
なんて思ってたんだけど、今日はもうちょっと食べたい気分なんだ。
守護獣に魔力あげた分をお腹が欲しがってるのかな?
もしそうならこの先大変だよ。
あの子は相当な大飯ぐいだ。
僕のそんな考えを遮るように、お母さんが食器を洗ってきてとお願いしてきた。
本当はそういうの、女の子の仕事だけどうちのお母さんは少し体力が無い。
だから時々僕がその代わりをして、お母さんは昼寝をする。
まぁ食器を洗うって言っても木のお皿を三枚、水で流して磨くだけの仕事だから、僕は勿論引き受ける。
そんなわけでお皿を持って井戸に行く僕の後には昼寝から覚めた守護獣が後をとてとてと付いてくる。
さらにその後をミーナも付いてくる、ちょっと確認の為に後ろを向くとふるふると揺られる僕の守護獣の尻尾を捕まえようとしては失敗しているようだった。
僕はそんなミーナに声を掛ける事にする。
お兄ちゃんだからね、妹の面倒は見てやら無いと。
「ミーナ。僕の守護獣にばっかり気を取られてるみたいだけど、自分の卵に魔力はあげた?お腹をすかせてるかもしれないよ」
「あー!」
「魔力あげたら眠くなるんだから、一旦家に帰りなミーナ」
「うん……あのねおにーちゃん」
「解ってるよ。お前の昼寝が終わったらこの子の尻尾さわらせたげるから家にお帰り」
「うん!」
僕の言質が取れるとミーナは笑顔で家に帰っていった。
さすがに実物の守護獣が目の前に居るからといって自分の守護獣の卵を放り出すほど、ミーナも考えなしではないようで安心した。
その後は普通に井戸近くに掘られた排水溝で食器を水洗いしたんだけど、そこで同じように昼食の洗い物をしていた村の女の人達に守護獣は可愛がられた。
昔話効果なのか、少し訝しげにしてた人もいるけど、人懐っこく愛想を振りまくその子に徐々に慣れていったみたいだ。
しばらく村の女の人達と守護獣を遊ばせて、疲れた様子を見せたところで僕はその子を抱いて皆に遊んであげてくれてありがとうといってその場を後にする。
ほら、やっぱりおとぎ話なんて結局お話だよ。
皆にあんな懐いてる守護獣がおとぎ話の獣みたいに危険な存在のはずが無い。
手には皿を、腕には守護獣を抱いて僕は家に帰った。
家の外ではお母さんが大きな雀の守護獣ニニルに魔力を上げている所だった。
「お母さん、お皿洗ってきたよ」
僕が声を掛けるとお母さんはニニルに魔力を上げるのを終わったらしくて、お母さんはこちらをみる。
お母さんくらいになると守護獣にあげる魔力が無理にならない按配っていうのが解っているから、その態度はしゃんとしたものだった。
「お帰りユート。ご苦労様ね」
「大丈夫。ミーナ先に帰ってきてたよね?」
「ええ、卵に魔力をあげるって言ってベッドでそのまま寝ちゃったみたいね」
「そっか。起きたらこの子を触らせてあげる約束してるんだよなぁ。何かいい名前ないかな」
僕がふわふわの守護獣を抱え挙げて目を合わせながら言った言葉に、お母さんはゆっくりと寄って来て言った。
「守護獣の名前はきちんと自分で考えて付けてあげなきゃダメよ。それがその子と貴方の最初の繋がりなんだから」
「うん。んー、でも何がいいかな」
僕がどんな名前がいい?と聞くように守護獣の眼を覗き込むと、小首を傾げてなぁに?というように見つめ返してくる。
その仕草が可愛くて、尚更この子が国を滅ぼした守護獣に似てるからって同じような事にはさせないぞ、という気持ちが湧き上がる。
それにしても額の宝石が綺麗だな。
僕が宝石に詳しければ宝石の名前でも良かったのかもしれないけど。
宝石なんて村長の奥さんが代々つける透き通った若草色の、小指の先くらいの大きさのエメルっていう石しかしらない。
そんなわけでうんうん唸っりながら家に入って、守護獣を抱えて椅子に座って考えていると。
お母さんからこんなアドバイスがあった。
「守護獣の名前をつけるのに意味とか、そんなのはどうでもいいのよ。その子に合った音を奏でるように付けてあげる。それが一番よ」
ということらしいんだけど、音かぁ。
僕ってそういうのに気が回るほうじゃないんだよね。
そう思いながらじっと、また守護獣を見つめる。
そしたら何を思ったのか僕の鼻先をぺろぺろ舐め始める。
それでピンと来た。
コレだ!っていう名前が浮かんできたんだ。
「よーし、お前はペタン。ペタンだぞ。解るか?」
くーくー鳴きながら、ペタンはさらに僕の顔を鼻以外にもほっぺや耳たぶ近くをなめる。
どうやら喜んでくれたみたいで僕は一安心だ。
そんな僕らの様子を見て母さんは安心したのか、いつものつっけんどんに聞こえる口調で僕に言った。
「名づけをして仲良くなったならユートもペタンに魔力をあげて寝なさい」
「はーい。じゃあいこっか」
僕は言葉と一緒にペタンに少しずつ魔力を渡し始めるた。
するとペタンは気持ちいいのか、尻尾をぱたぱた、耳を倒してくぅんと甘く鳴いた。
僕はなんだかそれが嬉しくて、ペタンを抱えたままミーナも眠る部屋で自分のベッドに入って、ありったけの魔力をペタンにあげてから眠りに就いたのだった。