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暖かい故郷

「お帰りなさいユート。ん?ちょっと元気がないわね。王都の食べ物の方が私の料理より栄養があっていいんじゃない?……なによ、冗談よユート。お母さんのご飯が食べたいのね。はいはい、ちゃあんと美味しいの作るから、大丈夫」


 お母さんの顔を見て、元気がないのすぐに見抜かれて、ちょっとした冗談を言われただけだったのに。

気がついたらお母さんにしがみついてまた泣いていた。

大丈夫大丈夫とあやされる僕を、ミーナが心配そうにしていた。


「おかーさん。おにーちゃんどうしたの?おーとでいじめられたの?」

「どうかしら、ミーナに会えなくて寂しくなってたのかもしれないわ」

「おにーちゃん、さみしかった?」

「わか、解んないよ。ミーナが居て、お母さんがいて……ちょっと久しぶりに会えて嬉しすぎたんだと思う」

「うれしくてないたの?ならだいじょーぶだね!」


 明るく笑うミーナを見ていると、なんだか力が湧き上がる。

そういえば、ペタンと遊ぶのをねだって来ないなぁと思っていると、ぽんとミーナからそれが飛び出した。


「あのね、おにーちゃん。わたしまいにちわすれずたまごにまりょくあげてるよ。おにーちゃんはペタンのごはんわすれてない?なかよくしてる?」

「あ……」

「んー?どうしたのーおにーちゃん」

「ん、いや、なんでもないよ。ねぇミーナ」

「なにー?」

「皆と一緒にペタンと遊ぼうか」

「うん!ペタンとあそぶ!わぁー!」


 僕の言葉に外に向けて駆け出すミーナ。

きっと皆を呼びに行くんだろう。

ペタンがぽすぽすと僕のブーツを叩いて注意を引いたから、何かと思ったら。


『ユート、僕と二人で遊ぶんじゃないの?』

『昔から村では皆で遊んでたじゃないか。だからさ』

『だから何?ユート、なんだか遠くを見てるみたい』

『昔みたいに遊べば、ペタンと居て純粋に楽しくなるって言う気持ちを思いだせる気がするから』

『……ふぅ、なら他の子とも遊んであげる。だからユート、僕と居て、何の気負いもなく楽しいって気持ち、取り戻してね』


 返事の替わりに小型犬サイズのペタンを抱えあげる。

くるんと胴も尻尾も丸めたペタン。

僕はそんなペタンを更にちょっと持ち上げて、無防備なお腹の毛にそっと頬ずりした。

ペタンは僕の思うようにさせてくれて、むしろもっとというように尻尾で僕の頭を覆った。


 そうして僕はミーナが大声で、皆が集まったと呼ぶのに従って外に出た。

1年半、振り返ってみれば短い長かった日々。

たったそれしか時間は経っていないのに、ペタンが卵から孵ったその日の気持ちを思い出すために。

今日は一杯遊ぼう。

魔道師とか、西の大盲獣とか、全部忘れて。

ただのユートとペタンに戻ろう。




 村の広場で夏に見たはずなのに、大きくなった気のする子達に追いかけられるペタンを眺めると。

ペタンは小さな子達が飽きないように、離れすぎないように動きに緩急をつけて皆の間をすり抜けるのが見える。

さっきまで僕も一緒になって遊ぼうとしていたけれど、ちょっと休憩。

魔道師の訓練で体力はついたつもりだったけど、人の塊の中で走るっていう感覚が薄れてて危なかったから。


 ああ、楽しいなぁ。

本当なら僕はまだまだあの輪の中にいて、家の手伝いなんかをしたりもして、卵を孵す日を夢に見るように眠りについて、季節の移り変わりで自分の歳を数える。

ううん、あの頃は歳を数えてくれるのはお父さん達で、僕は自分が何歳かなんて気にしなかった。

守護獣の事を考える時は自分が今何歳だから、あと何年っていう意識はしたけど。

それだけだった。


 不意に思ってしまった。

守護獣は、人を大人にするために生まれてくるのかも知れないって。

だって、僕はペタンがいなければこんな物を考えるようになんてならなかった。

僕が色んなものをそれなりに考えるようになったのは、全部ペタンを通してで……。

今はそれが辛かったけど、辛い事を辛いと自覚できるようにしてくれたのは、きっとペタンだ。


 ずっと、面倒を見なきゃいけないと思っていたペタンに実は導かれていた事。

それに気づくと僕はすっと楽になった。

ペタンに甘えすぎるのはよくないと思うけれど、それでもちょっとずつ僕を大人にしてくれたペタンを。

僕が孵した子供じゃなくて、文字通りもう僕を乗せて野を駆けられる頼れる友人、ううん、双子の兄弟のような相手だと改めて認めよう。


 僕は王都での勉強の中で、いつのまにかペタンを従えるべき獣という、下の存在としてみていたみたいだ。

本当にバカみたいだ。

僕の指示が必要な事もあると思う、ペタンが僕を頼る事もあると思う。

でも、僕が言わなくてもペタンはもう、十分何かできると認めなきゃいけない。

僕達は対等なんだ。


『ペタン、ペタン』

『なーにー?』

『今までごめん。それと、ありがとうね』

『んん、わかんないよユート』

『僕がペタンが何時も一緒に居てくれてすっごく感謝してる。それだけでも解ってくれればいいよ』

『そう?僕と一緒に居るの、また楽しくなった?』

『うん。そろそろ僕もそろそろ皆と一緒に追いかけるよ』

『うん!早くね!僕待ってるから、それで、ユートに捕まる!』

『捕まったら遊びが終わっちゃうじゃないか』

『うんとね、いつもはユートを僕が運ぶから、今日はユートが僕を運ぶの!』

『そう、だね。ペタンを肩に乗せるのも最近してなかったし。飛び込んでおいで、ペタン』

『やったぁ!』


 ペタンがくるりと向きを変えて僕に向かって突っ込んでくる。

ああ、もう、僕が追いかけ始めてから捕まるんじゃなかったのペタン。

でもこんなに打ち解けた雰囲気でペタンと話すのも久しぶりな気がするから、そこには目を瞑ろう。

さぁ、追いかけっこの始まりだ!



 その夜、僕はミーナがずるいというくらいペタンと仲良くして。

ミーナがお父さん達に僕がいかにペタンを独占する悪いお兄ちゃんかを語るのを聞きながら。

たらふく……とはいかないけど、懐かしい歯ごたえの黒パンをスープに浸して食べた。


 お母さんのスープは学校の宿舎で出るスープと比べると、ほんのり味のついたお湯みたいなものだったけど。

それでもこれが僕のお母さんの味。

大好きな味をかみ締めて、満腹になった気がする、気持ちだけ膨らんだお腹を抱えてペタンと一緒に潜り込んできたミーナと一緒に寝た。


 その日の夜の夢は……最終的に僕とペタンが一つになる、不思議な夢だった。

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