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僕は優しい人とものに囲まれている

 ペタンと遊んで、でも基本は訓練に打ち込んで。

守護獣を補佐することに特化した命強魔道っていう、守護獣の脈打つ魔力と主人のそれを同調させて跳ね上げる技術。

盲獣と戦う守護獣の戦いの余波を一時的に凌ぐ結界魔道を修めていく。

盲獣に意思を送り込む通念魔道は守護獣との念話の応用だから、日々の守護獣との触れ合いそのものが訓練と言っていいと思う。


 これらの魔道を、試験合格の日に僕達を教室で待っていたおじいさん……ラゲル先生の元で磨く日々。

そんな日々の中で、一番僕に近いのはやっぱりペタンなのに、ペタンの成長は凄くて僕はおいていかれそうになる感じがする。

僕は、そんなペタンについていくので必死になっていた。


 そんな僕は、酷く疲れているように見えたらしい。

冬も厳しくなって、魔法で暖かいお湯をカップと浅皿に注いでペタンと並んでちびちびと飲んでいると不意にほっとする暖かさの布が頭に当てられた。

背後から当てられた布を抑えながら振り向くと、そこにはレミルトス様が居た。


「ユート君。疲れているようだね」

「レミルトス様……ちょっと熱いだけです」

「嘘だね」

「う……?」

「ユート君。君はペタンの急激で、極端な成長についていこうと無理をしている」

「む、無理なんかしてないです」

「いいやしている。ペタンの今行っている成長は極肥大化と言って良い。いくら無理をしても君のような子供……いや、失言だね。大人だって追いつけるものではないよ、だからね……」

「そんなことない!」

「ユート君?」

「僕は、僕はずっとペタンと一緒なんです!一緒、一緒だから、ペタンに見劣りしない人に、魔道師にならなきゃ……!」

「……いいんだよ。落ち着いてユート君。気づいているかい?」

「何がですか?」

「そんなに、子供が泣くほど無理をするものではないよ。ラゲル先生には僕から言っておくから、少し休みたまえ」

「でも、でも……休んだらペタンについていけなくなっちゃう……」


 気づけば僕の頬を次から次へと滴が流れていた。

ぽつぽつとあごの先から制服の胸元に滴が落ちるのを感じる。

ペタンがくぅっと鳴きながら舐めてもそれは止まらなくて。

自分が情けなくて恥ずかしくて、さらに流れ出てくるのを止めようと、目を瞑るしかなくなった。


 そんな僕の頭をくしゃくしゃと撫でながら、レミルトス様が言った。

レミルトス様の声は優しい、お父さんともお母さんとも違う。

でも僕の事を心配して、本当に気遣ってくれている、そんな優しい声。


「大休暇も近いしね、少し故郷に帰って君の父上と母上に甘えてくるといい。心と身体を休めて、ペタンとの関係もきちんとするんだ」

「ペタンとの、関係?」

「気づかなかったなら重症だね。ペタンはずっと君を助けてって周りの皆に念を送っていたよ。普段あれだけ君以外とは話そうとしない子がね」

「ペタン……本当に、皆に心配かけてたんですね」

「ユート君は守護獣の……ペタンとの事になると必死になりすぎるようだからね。皆、この事を君に言うべきか迷っていたんだ」

「そうなんですか?」

「誰も進んで相手の耳に痛いことを言って嫌われたくはないからね」

「あ……ごめんなさい。レミルトス様にそんな事を言わせて」

「いや、いいんだよ。僕は元の身分が身分だからね。自分から虎の穴に踏み込んでみせないといけないこともある。さ、後はまた僕が来るまでここでゆっくりしていておくれよ。すぐにラゲル先生に話をしてくるから」


 僕の背中を優しく撫でてから、ペタンを俯いてる僕の膝の上にのせてから、レミルトス様は去っていった。

ペタンは念話で僕に謝ってくる。


『ごめんねユート。僕どうしても頑張ってるユートに、たとえその時だけでも、ユートには無理だなんて僕言えなかった』

『いいんだよ。ペタン、主人の願いを叶えるの守護獣だもん。僕が自分で気をつけなきゃいけなかったんだ』

『ごめんね、ごめんねユート』


 ああ、ペタンが泣いてる。

ふわふわの頬毛を涙で濡らして、きゅうきゅうとしゃくりをあげたその様子は、僕を更に哀しくして。

ぎゅうっと何時も僕の腕の中にあった優しい感触の毛皮を抱きしめて、レミルトス様が戻ってくるまで僕とペタンはカラカラになるんじゃないかっていうくらい涙を流した。




 あの後、僕は正式に早めの休暇入りを許された。

有望な魔道師候補が自分で自分を潰してしまわないように、故郷でしっかりと冬明けまで休んでくる事を言い含められて、僕は家路についた。

イルニアッド様にどんな挨拶をしようか、とエヴァンさんに漏らしたら、それもしっかりとラゲル先生に届いたらしく。

コレは退学ではなく、他の生徒との年齢差からくる心身的な理由による休暇で、学校側はこの事実を盾に退学処分を行ったりしない、むしろ退学など許さないとまで書いた手紙を出してくれることになった。


 だから僕は今、そんな大人の人達の優しさに甘えさせてもらって、懐かしい村の前に居る。

騎乗していたペタンから降りて、逆に僕の肩に乗せて門番のナクルさんの前に立つと、ナクルさんは笑顔で迎えてくれた。


「おお!なんだユート!今度来れるのは冬季の中ごろだって言ってなかったか。王都から村に帰る気になったか?」

「ええと、そういうわけじゃないです。僕だけちょっと早めにおやすみを貰って……」

「はぁー、すげえな。お前早めに休みをもらえるほど頑張ったのか」

「ええと、うん」


 今回の休暇が僕にとって望んだ休暇みたいに、ちょっと嘘をつくみたいで心苦しかったけど。

言われて見れば確かに頑張りすぎで休みを貰ったのは、休みをもらえるほど頑張ったとも言えるので、なんとか僕も笑って答えられた。


「そっかそっか。じゃあ早速父ちゃん母ちゃんに顔見せに行ってやりなよ」

「はい。それじゃあねナクルさん」

「おう、時間がある時にでも王都の話してくれよな」


 ナクルさんに手を振って村の中に入ると、ぽつぽつ僕に気づいて、手の空いてる人に声を掛けられる。

夏の終わりに帰ったときもそうだったけど、皆僕の里帰りを喜んでくれる。

僕も久しぶりの村になんだか気持ちが浮かんできて、手を振る皆に振り返す。

ペタンに励まされるのとは違う安らぎが僕の心を満たして……。


「あ、おにーちゃん!ペタン!ペタンーーーーー!」


 聞き覚えの有る甲高い声、ペタンの次に僕にとって可愛い女の子……いや、ペタンは男でも女でもないんだけど。

ともかく、妹のミーナが僕に突っ込んできた。


「おっとと、ミーナ!そんなに走って体当たりしたら危ないよ!」

「えへへ、おにーちゃん!ペタン!久しぶり!」

「ただいまミーナ、家に行こうね。お母さんに帰ってきたって言わないと晩御飯なくなっちゃう」

「うん!でもそのあとは、あそんでね!」

「うん。いいよ」


 ご機嫌で僕の手を繋いだミーナは、こっちこっちというように僕の手を引いて歩き出す。

僕がバカ正直に歩いたらすぐにそれを追い越してしまうから、ちょっとゆっくり歩く。


「ねぇねぇおにーちゃん」

「なんだいミーナ」

「まどうしやめるの?おーともういかない?」

「夏にもそれ聞いたよねミーナは。残念だけど、僕もペタンも休みが明けたら王都に帰ってまた勉強だよ」

「むー!」

「ほらほら、むくれないの。可愛い顔が台無しだよ。本当に、ミーナはペタンが好きだね」

「おにーちゃんも好きだもんっ」

「そっかぁ、ありがとうね。ミーナ」


 そんな下らない話をしながら家に帰って。

僕は少しだけペタンの力についていけない自分への焦りを忘れられたのだった。

故郷はいいなぁ、王都の宿舎にはない温もりがある。

勿論、家なんか隙間風が入るこっちは寒い造りなんだけど、お父さんもお母さんも、ミーナも居ると思うと。

特別暖かいんだ。

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