エヴァンさんは本当は優しいお方
「おいユート。お前少し自主錬に付き合え。我がエムレス家の守護獣と主人の複合戦術をまた教えてやる」
「うん!お願いしますエヴァンさん!」
学校が始まってから一月が経って、僕は当初の予想に反してレミルトス様よりエヴァンさんと仲良くなっていた。
その理由は……。
学校での訓練が始まってから2週間。
レミルトス様の周りには常に貴族様が張り付いてる感じだったんだ。
それでも、レミルトスさんは僕……というか、ペタンに凄く興味を惹かれてたみたいで。
訓練で2人組を作るときなんかは積極的に僕を誘ってくれていたんだけど。
ある日エヴァンさんがレミルトス様に何か囁いたんだよね。
それを聞くとレミルトス様は綺麗な眉毛のお尻の方を下げて、やっぱりダメかな?なんて言ってて。
エヴァンさんにダメです、これもお努めと思ってくださいって言われると、訓練で組む相手は持ち回りになった。
僕には良く解らなかったんだけど、その日を境にピリピリし始めてた教室の中が一気に落ち着いたんだ。
なんでピリピリし始めてたのか、僕には解らなかったんだけど、きっとエヴァンさんがレミルトス様に何か言ったのが鍵なんだろうなって思った。
それで、レミルトス様が訓練の相手を持ち回りで廻すようになると、今度は僕が中々相手をしてもらえなくなった。
手近にいる貴族様に声は掛けてるんだけど、色々と理由をつけて他の貴族様と組になってしまう人が続いたんだ。
そうなると、不思議とエヴァンさんが僕と組を作ってくれるようになっていた。
本当に、気づいたら傍に居て、こんな風に言うんだ。
「レミルトス様が言うにはお前の守護獣はかなり読みにくいそうだな。その能力を買って私が相手をしてやろう」
ってね。
そんなわけで、僕の訓練の時に組む相手はエヴァンさんが多くなって、自然と他の時間に話すことも多くなったんだよね。
試験開始前にレミルトス様とかなり親しそうだったのに、なんで距離を置くのかなって聞いたら。
エヴァンさんは少し気恥ずかしそうに。
「いや、レミルトス様にお前にばかり構っていてはいけないと申し上げた時に、ならエヴァンも僕にべったりじゃいけないねと……」
なんて言っていたので、寂しくないんですかって聞いたら。
「私とレミルトス様には幼少より築いた確かな絆がある。守護獣を除けば互いにもっとも長く寄り添いあった他人だ、という確信がな。それよりお前こそ親元を離れて寂しくないのか?親が恋しい年頃だろう」
という言葉が帰ってきたので。
確かにちょっと寂しいけど、ペタンがそれを癒してくれるんですって答えたら。
なんだか凄く優しい目になって、そうかと頭を撫でてくれたんだ。
あの時のエヴァンさんは、ちょっとジュナイさんみたいだったなぁ。
ジュナイさんはどちらかと言うと平凡な顔つきで、エヴァンさんはちょっと直線的な整った容姿で全然似てないんだけど。
どうしてかな?
そんなわけで、今の僕の主な訓練の相手はエヴァンさんなんだけど。
これがペタンに良い刺激になってるみたいなんだ。
ケイリュオンへの指示も的確で、飛べるという利点を巧く活かした攻撃をしてくる。
訓練のやり始めの頃なんかは、ペタンも大きくなれば小さくなってペタンを隠れ身をする壁のように飛ぶケイリュオンを僕の所に到達させてしまうか。
小さくなりすぎたペタンをそ知らぬ顔で行きすぎるケイリュオンに対応できない、なんてことがあったけど。
今ではペタンは尻尾だけを大きくしてはたきのように使ったり、脚だけを根元から先端に向かって大きく……エヴァンさんは末端肥大化っていってたかな……させてケイリュオンの飛ぶ先をなぎ払うっていうやり方を覚えてきた。
ただ、ケイリュオンもそういった対処には慣れているのか、すぃっと飛んでくるのをピタリと止めて即座に方向転換して見せるんだ。
だからかな、ケイリュオンとペタンは今向かい合うと結構お互いツーンとすることが多い。
僕とエヴァンさんはお互いに張り合ってるねって笑ってるんだけど。
そういえばこの二週間で試験前の事を考えるとなんだか凄く打ち解けましたよねって言ったんだ。
エヴァンさんはその僕の言葉に、いかめつらしい顔をして、調子に乗りすぎるなよ、と前置きしてからいったんだ。
「お前はその、なんというか権勢におもねるでもなく、反抗するでもなく、実に自然に人付き合いをする。それも礼儀を無視してというものではなくな。簡単に言うと、お前は実際付き合ってみると実に気易いんだ」
だから僕も、エヴァンさんにエヴァンさんも最初の印象よりずっと優しいですよね、って言ったら。
エヴァンさんは苦笑しながら僕の髪をくしゃくしゃと弄りながら話した。
「貴族というのはまず自分に近づく相手を警戒しなければならない。権勢がある家ほどそうだ。怪しい者に利用されるわけにはいかないからな」
「貴族って大変なんですね」
「そうだな……今となってはもう私に政治的に近づくものは現れないだろうが……魔道師団に入団すると決めるまでは色々と寄ってきたよ」
「ええと、人がですか?」
「そうだ。それも私の父上に取り入ったり、私を持ち上げ単純に伯爵家の息子の財力を頼ろうとする者達」
「お金目当てってことですか」
「まぁそれだけではないが……大多数はそうだな。そのあたりは私よりもレミルトス様の方が激しかっただろうな」
「王子様もですか」
「ん……王権の継承者が既に決まっている状態の第三王子は王族としての優先度は低いが、それでも王宮内での影響力が無いとはいえない。レミルトス様を通じて兄上である王太子殿下に取り入ろうとする人間など、それこそ掃いてすてるほどいただろう」
「王子様って大変ですね」
「レミルトス様のご苦労は私の想像も及ばないほどだろう。お前はそういう苦労が無くていいな」
「そうですね。仲良くなろうとする人皆を警戒しなくちゃいけないなんて、嫌です」
「あまりレミルトス様にはそういう事を言うなよ。あの方も色々と溜め込んでいるからな」
「はい」
貴族様は大変だな……って思っていると、ペタンとケイリュオンが手の平サイズで机の上で追いかけっこを始めていた。
それを見た僕とエヴァンさんは顔を見合わせて、参ったねぇって感じの苦笑を交わすと、それぞれの守護獣に呼びかけた。
『ペタン、ペタン。勝負は教室じゃなくて修練場でね』
『あ!ユート!今日もケイリュオンはばさばさ小ざかしいよ!』
『そういう事言わないの』
『えー、でもあいつ僕を力押しだけの野犬とかいうよー』
『はぁ。ペタンとケイリュオンは仲悪いの?』
『わかんない!模擬戦は楽しいよ』
本当にペタンときたら。
この間ケイリュオンを触らせてもらって羽毛が柔らかくて暖かいなーってしてたら。
あむあむと僕の足首を靴下ごしに甘く噛んできて……可愛かったなぁ。
すぐにエヴァンさんにケイリュオンを返して、ペタンを持ち上げてペタンの首の周りを鼻先でくすぐるようにまさぐっちゃったよ。
まぁそれを見たケイリュオンがエヴァンさんに自分も構えというように手入れされた髪を嘴でつーっと引っ張ったりしてて、エヴァンさんはため息をついてたんだけどね。
と、思い出し笑いをしたらエヴァンさんが声を掛けてきた。
「少し授業前に話をしすぎたな。さ、もういかないと遅刻を貰うぞ。来いユート」
「あ、はい!今行きます!」
僕の前をずんずん進むエヴァンさんの後に続いて、僕は駆け足で木の廊下を走る。
年代物だけど手入れの行き届いた木の床はギッギッと僅かに軋むだけでしっかりとした反動を返してくる。
さあ、今日も訓練訓練。
エヴァンさんよろしくお願いします!




