王都は木と石の街だった
ペタンとしてはゆったりという速度で旅をして、5日間。
途中、岩が沢山転がる丘や小さな森の傍を通って辿り着いた王都は、木製の壁の前に一定の間隔で人を乗せた大型守護獣が並んだ広い街だった。
目に見える範囲でもちょっと数えるのに時間が掛かる数の守護獣とその主人が並んでいる。
あれはきっと守護騎士団の人達かな。
このあたりは大地の精気が豊富で、以外と盲獣が出る。
王都付近とは言っても僕の村の近くの森から獣が出てくるくらいの危険はあるらしいんだ。
実際、僕とペタンも道中で盲獣と何度か遭遇した。
その戦いは危なげないどころか、ペタンが一方的に盲獣を食べてしまって終わった。
戦いの後ペタンはかならず。
『盲獣を食べるとお腹がすくよー。魔力ちょうだいユート!』
とお願いしてきた。
どうも盲獣の周囲の精気を吸うっていうのが僅かとは言え触れるペタンにはお腹がすくっていう感覚を与えるらしい。
だから僕はその度にペタンの毛並みを撫でてじっくりと馴染ませるように魔力をあげた。
実際の盲獣を撃退して解った事は、未熟な僕じゃまったく彼らの声が聞こえないという事。
僕は領主様のところでの訓練の一つとして、自分の守護獣以外の守護獣の声を聞くっていうのもやってたんだ。
騎士団でも魔道師団でも連携を取るのに必須の力だからと厳しく教え込まれた。
それで、ジュナイさんのようにすらすらと人の守護獣に言葉で話しかけられるとまではいかなくても、イメージのやり取りくらいは出来るようになってたんだけど。
盲獣にはまったく通じなかった。
あの子達が何に飢えてて、何を求めているのか、全然解らなかった。
だから思わず僕は、ペタンに弱音を吐いちゃった。
『ねぇペタン。僕魔道師の素質ないのかな。盲獣の考えてる事全然解らなかった』
『んー。僕もあいつらの考えとか解らなかったし。それを感じられる方法を勉強しにいくんでしょ?気にしない気にしない』
『そっかなぁ』
『そうだよ!それにユートなら大丈夫!僕がついてるもの、ユートがしたいことは僕が叶えるの!』
『ん……ありがとうね、ペタン』
『えへへ、後でまた毛繕いしてくれればそれで十分だよ』
なんだか、自分でも軽いなぁって思うけど。
ペタンに慰めてもらうと凄く楽になるんだ。
世界で一番の、絶対の友達だからなのかな、ペタンの言葉は特別なんだ。
僕は、ペタンの背中に甘えるようにひたりと身を寄せた。
そうこうしている間にも王都は近づいてくる。
人通りも増えて、街道は頻繁に大型守護獣に荷を引かせる商人さんや、商人さんじゃなさそうな馬車と家具を載せた荷車の列という引越しかな、って感じの列なんかと行き違ったりする。
勿論、個人で中型守護獣を連れて旅をしている様子の人も見かける。
ジュナイさんに聞いた話だと周囲の街から王都の人と結婚した子供の様子を見に行くお父さんお母さんというのは結構いるらしくて、野宿が楽になり始める春には王都への旅人が増えるらしい。
まぁ、そういう事が出来るのは大体が裕福な人で、普通の人は街の外に子供が出て行ったら数年、下手をするとそれっきり会えない何てことも多いらしい。
僕はペタンに乗れるからいいけど、守護獣がそんなに大きくない人は徒歩で移動するわけだから、守護獣に乗っての移動より何倍も時間が掛かる。
時間が掛かるとお金も掛かる。
馬に乗るっていう選択肢もあるにはあるけれど、そもそも馬に乗る訓練や馬を養うのはお金持ちしかできない。
だから一生村から出ずにお墓に入る人が大多数で、僕の年で村から街へ、街から王都へ渡り歩く僕はちょっと特別だってジュナイさんは言っていた。
ジュナイさんも、騎士になるために王都に出た以外はずっと領主様の街で暮らしていて、この先もずっとそうだろうなって言っていた。
僕は魔道師団に入って魔道師になりに王都に行くけど、もしそうなったら盲獣への対処であちこち旅することになるだろう、とも。
それはさておき、とにかく王都だよ。
街道に並ぶ人達の列に並んで、二組の守護獣と騎士がやってる王都へ来た理由の聞き取りの順番が周ってくる。
まあ、理由を聞かれるといってもそんな厳しいことは無いらしいんだ。
王都で何かしようとしてもその気になれば王都を囲む塀の外に待機してる大型守護獣を従える騎士の人達が、すぐに悪い事をする人を取り押さえられるから。
騎士団の人達の守護獣は王都内外を守るその様子から猟獣とも呼ばれるらしい。
とはいえ、そんな場所で悪い事する人はほとんどいないらしいけどね。
「よし、次はそこの宝石付きの守護獣の主人。王都へは何をしに?」
「あ、えっと。僕は守護魔道師団に入るための学校に入学試験を受けに来ました」
「ふむ。魔道師学校への入学希望者か。推薦状などの証書はあるか?あるならすぐに受験者用の寮へ案内を手配するが」
「あ、お願いします。これ、イルニアッド領主様が書いてくださった推薦状です」
「どれ……ふむ、紋章印は確かにイルニアッド領のものだ。魔道師志望の君に聞くのは愚問かもしれないが、守護獣は体格操作できるかな」
「はい。大丈夫です」
「では守護獣を小型にしてこの割符を持って塀の中すぐ左手の建物を訪ねるといい。そこには受験希望者の寮への案内人がいる」
「ありがとうございます。他には何か言うべき事はあるでしょうか」
「ん、特に無い。試験頑張れよ、少年」
「はい!」
お互い守護獣に乗っているので、触れ合って激励という事は無いけど、検査役の騎士さんは兜の下で眼を細め、口元に笑いを浮かべて僕を迎えてくれた。
こんな良い感じに試験も進むといいなぁと思いながら、ペタンを伏せさせて降りて、小型犬サイズになってもらう。
そして人の流れに乗って、開かれた門を潜って、言われたとおりにすぐ左側にある建物に入る。
「おう坊主。なんだ?王都観光案内なら反対側だぞ」
建物の中の受付カウンターの中に座ってるおじさんがなんだか眠そうな顔であごひげをさすりながら僕に声を掛けてきた。
寝てたのかな?と思ったけど、それにしては言葉がはっきりしてる。
そういう顔の人なんだろうか。
「ええと、検査役の騎士様に割符を貰ってここに行けって言われました」
「……ほう。じゃあ騎士か魔道師候補だな。割符を見せてみな」
「どうぞ」
割符を渡すと、眠そうな眼をさらに細めてにやりとひげに囲まれた口を吊り上げるおじさん。
それからチラッとペタンを見ると席から立ち上がってカウンターから出てきた。
「よーし、魔道師の卵さんよ。受験者の寮まであんないするぜ。俺の案内が必要な魔道師なんて何年ぶりだったかな」
体をほぐすように肩や腰から上を回しながら言うおじさんに、ちょっと気になることを聞いてみる。
「あの、案内するのが数年ぶりってどういうことですか?」
「ああ。魔道師になるような奴は大体貴族様だからな、寮への案内なんて家からの召使いにさせるし、平民上がりの魔道師候補はそんなにいない。8年位前は豊作だったのか一気に3人ほど来たが……ここしばらくはそんなこともなかったのさ。つうか、寮も実を言えば騎士学校への受験者寮に間借りだしな」
「そうなんですか。じゃあ周りは貴族様だけじゃなくて同じ平民の人も結構いるのかな」
「それなりだと思うぞ。魔道師学校に入っちまえば身分差はあんまり関係無いが、寮では気をつけろよ」
「え?なんで魔道師学校に入ればあんまり関係なくなるんですか」
「一体で手持ちの守護獣同士でガチンコやらせれば街がヤバイ魔道師が身分さでいざこざ起こしてたらやってられないからな。平民出身者への身分云々でいざこざふっかけるのは厳しく取り締まられてるんだよ」
「へぇ、なんだか魔道師って聞いてた以上に特別なんですね」
「そりゃあな。強い守護獣持ち同士が身分がどうとかで杓子定規な基準で対立し合ったら国の一大事だからな。魔道師は特別なんだよ」
「そうなんだ……それなら、一応礼儀作法も教えてもらったし大丈夫かなぁ」
「ま、そんな硬くなるな坊主。試験までまだ1週間以上あるんだ。その間ずっと緊張してたらお前、体調悪くするぜ」
「うん。気楽にしていきます」
「よしよし。じゃあいくべ」
眠そうな顔を笑顔して、がははと笑ったおじさんに引き連れられた僕は木造と石造りの混ざり合った街並みを歩く。入り口側の1/3は石造りで残りの部分が木造って言う感じ。
なんでだろうなぁ、って思っておじさんに聞いたら、すぐにその理由が解った。
「王都の塀が木造なのは見ただろ?ここいらは岩を切り出すのが手間な地理なんだよな。粘土の産地からもちょいと離れているし……その分周囲にはぽつぽつと森林地帯があるから木は良く採れる。でな、埃落とす玄関部分や火を使う台所には石を使いたい、でも家全体を石で作るのは金が掛かる。だからこんなみょうちくりんな造りの家がならんでるんだよ」
「へぇー……不思議な街だなぁ。さすが王都」
「お前さんもそういう街に住む事になる、かもしれんからな。慣れろよ」
「うん。ちょっとどんな住み心地か楽しみ」
こうして僕は石と木で造られた騎士学校の受験者の寮に間借りする事になった。
試験までの一週間、僕が騎士ではなく魔道師学校の受験者だというと微妙に距離を取られちゃった。
ううん、ジュナイさん達はそんなに気にしてなかったのになぁ。
なんか年上の人達に遠まわしに見られるけど、そっちを見ると顔を逸らされるのは気が重いよ。




