声が届いた
領主様との会見はお前がユートか、力は本物か、その力をどう使うつもりかっていう簡単な話だけで終わって。
拍子抜けするくらい簡単に僕がお屋敷への住み込みでの行儀作法を含んだ色々な勉強をすることは決まった。
最後に堂々とした態度で。
「明日から守護魔道師団に入るための努力を努々怠らぬように精進するように。我が領は君に期待して言う」
と言われて僕は部屋をだされて、アレクさんの案内で小さな個室に通された。
最低限のベッドと机があるだけの部屋だったけど、冬になれば隙間風の通り抜ける実家の部屋よりは暖かそうかな?という感じだった。
それから、再三屋敷を回って部屋の位置を覚えさせてもらって、僕がまだ入るべきではない場所を教えてもらって、それが済むと早速という風に街に出て僕の服を用意することになった。
その道すがら、アレクさんに僕が屋敷でどう振舞うべきかを教えてもらった。
「良いですか、ユート君。君は魔道師候補ではありますが、あくまで候補です。高圧的になってはいけません。かと言って我々普通の使用人にへりくだる必要もありません」
「へりくだ……なんですか?」
「好意でして貰った事にお礼をいう事は円滑な人間関係の為に必要です。が、使用人の仕事の範囲内の行動については当然のこととしてお受け取りください」
「えっと、それってどういう風に区別するんですか?」
「例えばですが、ユート君は見習いですので、自分の身の回りの事を自分で出来るように部屋の掃除などは自分でやる事になると思います。それを手伝ってもらったならありがとう、と。反対にユート君に食事を用意したとしても特別な場合を除けばきちんとテーブルマナーを守っている限りについて特にありがとうなどという必要はないのです」
「えっと、難しいです」
「そうですね。そのあたりはおいおい……ユート君の立場が変わるにつれて相応しい立ち居振るまいも変わりますから。ゆっくり覚えていきましょう。当面は……」
アレクさんはかなり几帳面な性格みたいで、お屋敷の使用人の仕事のそれぞれにどんな苦労があるかを説明してくれて。
その苦労に対する感謝を忘れず行動してくれるだけで嬉しいものだという事を教えてくれた。
それと、お屋敷には女の人の使用人もいるらしいんだけど、その人達に僕が特別好意を持っていると思わせるような行為は控えるように言われた。
なんだかわからないけど、悪くしても守護獣騎兵団に、もしかすると守護魔道師団に入れるかもしれない僕が特定の女の人に肩入れすると、お屋敷内の人間関係に悪いんだって。
どうしてだろう。
解らないなりに気をつけますと言ったら、次は領主様に使える守護騎兵の人達に対する礼儀を教えられた。
僕はあくまでも見習いで、どんなに力があっても先輩である現役の人達には敬意を払わなければいけないらしい。
話すときは敬語で、礼儀正しく、多少理不尽に思えても指示に従う事、という事を強めの口調で言われた。
理不尽に思えても従うようにって言うのが疑問で、そのことについて聞いたら。
仕事をする上で、その仕事に精通していないと何故そうするのか頭を捻る事も良くある。
でも仕事をこなし経験を積んでくるとある時不意に、そんな疑問が、ああそういう事なのか、と納得できる事があるんだって。
時々ただの理不尽な事もあるけど、それを判断するにはやっぱり経験が必要だっていうのがアレクさんの教えてくれた事だ。
なんだか憧れだけで来ちゃったけど、お仕事とっていう枠の中で色んな人と付き合うのは大変なのかなぁって。
ぼんやり思った。
ちょっと大丈夫か不安になったけど、そんな僕の気持ちを感じたのか肩に乗せたままだったペタンが大丈夫というように僕の頬を舐めた。
僕の方からも、ペタンの背の毛を撫でて頑張るよという気持ちを送る。
その時確かに頑張って、って言う声が聞こえた。
周囲を見回すと、アレクさんが訝しげな顔をして僕の方を振り向いた。
でも、確かに聞こえたその声を出したのがアレクさんではなさそうで。
ペタンがてしてしと僕の頬を肉球で叩いてきたので、僕は確信した。
ペタン、ペタン、今僕は心で君に語りかけてる、人間の言葉で返せる?
凄くドキドキして、思わず足を止めてペタンを両手で掲げて強く念じた僕の頭の中に、声が届いた。
『ユート、ユート、聞こえる?ようやく聞こえてくれたね。僕だよ、ペタンだよ』
思わず僕は大声を上げて街の通りの真ん中で跳び上がった!
そしたらアレクさんが渋い顔をして僕を端の方に引っ張る。
「どうしたんですかユート君。貴方は既に領主様の庇護下にいる者なのですから。妙な噂が広がりそうな行動はいけません」
咎めるアレクさんの厳しい語調に、少しだけ僕は正気に戻った。
「す、すいません。でもペタンの声が聞こえたんです……」
僕の言い訳の言葉を聞いたら、アレクさんの態度は柔らかいものに変わった。
真面目で厳しい顔を作っていたのに、相好を崩して僕に端正な顔で作った笑顔を向けてくれたんだ。
「ああ、それが本当なら思わず声を上げてしまうのも無理は無いですね。私は伝わらないので解りませんが……騎士の皆さんは誰もが自分の守護獣と通じ合った時、皆さん非常に興奮して、この人がという人が泣いたりもするそうですから」
そういって、自分の肩に乗せたネズミ型の守護獣の鼻先を擦ったアレクさんはちょっと寂しそうだった。
僕はそれをみて、なんとなく騎兵や魔道師の人達が自然に出来る守護獣との言葉の交換が、とても特別な事で。
そうじゃない人にはとっても羨ましい事なんだ、って理解した。
見れば、僕の村よりずっと大きなこの街では大きくても中型の犬、多くの人は小型犬や小鳥サイズの守護獣を連れていて、自然に触れ合っている。
街角でお喋りに興じるおばさん達も、肩や足元にいさせる守護獣になにくれとなく触れながら話をしているんだ。
なんだか僕はずるをしているような気分になって、ちょっと申し訳なくなった。
そしたら、アレクさんはそんな僕の心を見透かしたみたいに、そっと僕の傍に寄り添って言ってくれた。
「守護獣と言葉を交わすのはズルではありません。胸を張って、守護獣を厭わずに話をしてあげてください」
優しい顔で、ペタンと話してあげるようにというアレクさんはやっぱりいい人だと思った。
とりあえず、優先すべきことは僕の生活用品をそろえる用事をすることなので、ペタンにお喋りは後でねって言ったんだけど。
『ユートには僕がいるから寝巻きは薄着でいいよ』とか『ユートには半ズボンが似合うよ、それに半ズボンなら僕がくっつくとお互いの感触が解るし!』なんて具合に。
色々と話しかけてきて、アレクさんにその言葉を伝えたら。
領主様に仕えるわけではないけれど、王都で学校に通うからには子供っぽい格好はダメ。
薄い寝巻きもそれだけ織物の手間がかかるものが多いので見習いには見合わないと反対されて。
最後にはすっかりしょんぼりしちゃったペタンを僕が抱え込んだ。
ペタンががっくりしちゃったけど、僕はクタクタだった。
初めて服のお店に行ったんだけど、服のお店は二種類あった。
もう出来てる着回しの服を売る店と、体の大きさを計って真新しい服を作るお店。
僕は両方とも言って、着回しのお店の方は良かったんだけど、新しい服を作るお店の方が疲れたんだ。
なんだか腕の長さとか色々計ってもらった上に、今10歳だから来年にはこのくらい大きくなっているかも……とかアレクさんがお店の人と話すんだ。
服の外見は、僕のなりたい魔道師団に入るための学校は制服って言うのがあって、皆同じ服を着るんだって。
だからそういう、見た目の自由さは無くて逆に楽だったんだけどね。
お洒落なんてわからないよ……。
アレクさんは礼装が解れば大丈夫っていってくれたけど、それも一杯あるみたいで。
うぅ、ペタンと力を合わせて何かをするのは自信があるけど、勉強とかは自信無くなって来た。
そんな風にして、僕の領主様の街カラットでの生活が始まったんだ。
やる事は沢山あるけど、頑張らなくちゃ。
ペタンとも二人で頑張って盲獣と向き合う仕事に就こうねって約束した。
ただ、布団に毛がつくからって夜にペタンが布団の中に入るのは禁止されちゃって。
『えー、一緒に寝られないの。ユート寂しくない?一人で寝れる?』
なんて、ずっと僕に抱えられる卵だったのに。
まるで僕が小さい頃のお母さんみたいなことを言う、結構なお節介焼きだっていうのが解った。
でも、本当にお節介だけなのかな。
ペタンが寂しいんじゃないの?って聞いたら、あむあむとサンダルの爪先を甘噛みされた。
もう、しょうがないなぁ。




